量子力学Ⅰ/固有値と期待値

(34d) 更新


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目次

量子力学Ⅰ

概要

シュレーディンガー方程式を解いて物理量の期待値を求める問題は 線形代数の知識を使って理解すると見通しが良い。

以下、線形代数IIで学んだ関数空間の考え方が量子力学でどのように生かされるかを学ぶ。

関数ベクトル・線形演算子

[数ベクトル]

$\bm a$ や $\bm a(t)$

[波動関数]

$\varphi(\bm r)$ や $\psi(\bm r,t)$

ここで、$\bm r$ はベクトルの成分を指定する指標であり、 $t$ はベクトルの時間変化を表す。

[内積]

$(\bm a,\bm b)$

[積分]

$\displaystyle(\varphi_1,\varphi_2)=\iiint \varphi_1^*(\bm r)\varphi_2(\bm r)d\bm r$

[ノルムの二乗]

$\|\bm a\|^2=(\bm a,\bm a)$

[全確率密度]

$\displaystyle\iiint \varphi^*(\bm r)\varphi(\bm r)d\bm r=\iiint |\varphi(\bm r)|^2d\bm r\ge 0$

内積の定義にある複素共役のおかげで必ず $\ge 0$ になる。 規格化された波動関数のノルムは1である。

[規格化]

$\displaystyle\bm e_a=\frac{1}{\|\bm a\|}\bm a$

[規格化]

$\displaystyle\varphi_2(\bm r)=\frac{\varphi_1(\bm r)}{\sqrt{\iiint |\varphi_1(\bm r)|^2d\bm r}}$

[行列]

$\bm b=A\bm a$

$A(\alpha\bm a+\beta\bm b)=\alpha A\bm a+\beta A\bm b$

数ベクトルを数ベクトルに変換する任意の線型変換は、行列のかけ算で表現できる。

[線型演算子]

$g(\bm r)=\hat Af(\bm r)$

$\hat A\big(a\varphi_1(\bm r)+b\varphi_2(\bm r)\big) =a\hat A\varphi_1(\bm r)+b\hat A\varphi_2(\bm r)$

関数を別の関数に変換する線型変換を、演算子 を左から掛ける形で書く。 すると線形演算子には行列のように分配法則を適用できる。

例:ハミルトニアン $\displaystyle\hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r)$

[行列の積の非可換性]

一般に、$AB\bm x\ne BA\bm x$ である。

[演算子の非可換性]

一般に、$\hat A\hat B\psi\ne \hat B\hat A\psi$ である。

例:$\hat x:\varphi(\bm r)\to x\varphi(\bm r),\ \hat p_x:\varphi(\bm r)\to \frac{\hbar}{ i}\frac{\partial}{\partial x}\varphi(\bm r)$ なら

$$\hat x\hat p_x\varphi(\bm r)-\hat p_x\hat x\varphi(\bm r)=i\hbar\varphi(\bm r)$$

あるいは

$$\hat x\hat p_x-\hat p_x\hat x=i\hbar$$

$\hat p_x\hat x$ のような「線形演算子の積」は「線形演算子の合成」のことだ。$\hat A\hat B$ は $\hat A\circ\hat B$ のことで、「$\hat B$ を行ってから $\hat A$ を行う」という合成演算を表す。

シュレーディンガー方程式・線形演算子の固有値

[ベクトル方程式]

$\displaystyle i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\bm a(t)=A_H(t)\bm a(t)$

[シュレーディンガー方程式]

$\displaystyle i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\varphi(\bm r)=\hat H(\hat{\bm r},\hat{\bm p},t)\varphi(\bm r)$

[固有値方程式]

$A_H\bm a=\varepsilon\bm a$

[時間に依存しないシュレーディンガー方程式]

$\hat H(\hat{\bm r},\hat{\bm p})\varphi(\bm r)=\varepsilon\varphi(\bm r)$

[$A_H$の固有値・固有ベクトル]

$\varepsilon=\varepsilon_1,\varepsilon_2,\dots$

$\bm a=\bm a_1,\bm a_2,\dots$

[エネルギー固有値・固有関数]

$\varepsilon=\varepsilon_1,\varepsilon_2,\dots$

$\varphi(\bm r)=\varphi_1(\bm r),\varphi_2(\bm r),\dots$

固有関数の物理量は固有値そのものである

波動関数 $\varphi(\bm r)$ に対して演算子 $\hat O$ で表される物理量を観測した際の期待値・分散は、

$$\begin{aligned}\overline O_\varphi=(\varphi,\hat O\varphi)=\iiint\varphi^*(\bm r)\hat O\psi(\bm r,t)d\bm r\end{aligned}$$

$$\begin{aligned}\sigma_{O\varphi}^2 &=\bigl(\varphi,(\hat O-\overline O)^2\varphi\bigr) \end{aligned}$$

と求められるが、$\hat O\varphi=\lambda\varphi$ のとき、

$$\begin{aligned}\overline O_\varphi=(\psi,\hat O\psi)=(\psi,\lambda\psi)=\lambda\|\psi\|^2=\lambda\end{aligned}$$

$$\begin{aligned}\sigma_{O\varphi}^2&=0 \end{aligned}$$

期待値は $\lambda$ で、分散はゼロになる。

すなわち、演算子の固有関数に対して物理量を観測すれば、 常に固有値に等しい値が得られる。

  • 一般に固有値は複素数値をとるが「物理量」は実数となるべきである
  • 固有関数ではない波動関数に対しては観測結果は確率的にしか決まらない
    → 確率分布はどのようなものになる?

こういったことを考える際に、物理量を表わす演算子がエルミートであることが重要になる。

エルミート演算子

[行列のエルミート共役]

任意の $\bm a\in V$ に対して

$(\bm a,A\bm b)=(A^\dagger\bm a,\bm b)$

となるとき $A^\dagger$ を $A$ のエルミート共役と言い、

$A^\dagger=(A^T)^*$   転置の複素共役

[演算子のエルミート共役]

任意の $\varphi\in U$ に対して

$\displaystyle\iiint \varphi_1^*(\bm r)\hat A\varphi_2(\bm r)d\bm r=\iiint \big(\hat A^\dagger\varphi_1(\bm r)\big)^*\varphi_2(\bm r)d\bm r$

となるとき $\hat A^\dagger$ を $\hat A$ のエルミート共役と言う。

[エルミート行列]

$H^\dagger=H$ つまり 任意の $\bm a,\bm b\in V$ に対して

$(\bm a,H\bm b)=(H\bm a,\bm b)$

を満たす行列のこと。

[エルミート演算子]

$\hat H^\dagger=\hat H$ つまり 任意の $\psi_1,\psi_2\in U$ に対して

$\displaystyle\iiint \varphi_1^*(\bm r)\hat H\varphi_2(\bm r)d\bm r=\iiint \big(\hat H\varphi_1(\bm r)\big)^*\varphi_2(\bm r)d\bm r$

を満たす演算子のこと。

エルミート行列・演算子の固有値問題

エルミート行列・演算子では、

  • 固有値はすべて実数
  • 異なる固有値に属する固有ベクトル・関数は互いに直交
  • 固有ベクトル・関数により正規直交基底・完全系を作れる

という特徴を持つ。→ 線形代数II/固有値問題・固有空間・スペクトル分解#b253f18d

以下では $H$ や $\hat H$ をエルミートとする。

[固有値は実数]

$H\bm x=\lambda\bm x,\ \ \bm x\ne \bm 0$ なら $\lambda\in\mathbb R$

[固有値は実数]

$\hat H\varphi(\bm r)=\lambda\varphi(\bm r),\ \ \varphi\ne 0$ なら $\lambda\in\mathbb R$

[固有ベクトルで正規直交系基底を作れる]

$n$ 個のベクトル $\{\bm e_i\}$ を、

$H\bm e_i=\lambda_i\bm e_i$

かつ

$(\bm e_i,\bm e_j)=\delta_{ij}\hspace{1cm} \text{(正規直交)}$

となるように選べる。

それらを並べたユニタリ行列 $U=\Big(\bm e_1\ \bm e_2\ \dots\ \bm e_n\Big)$ により、$U^\dagger HU=\Lambda$ は対角行列になる。

これは $\bm e_i^\dagger H\bm e_j=(\bm e_i,H\bm e_j)=(\bm e_i,\lambda_j\bm e_j)=\lambda_i\delta_{ij}$ に対応する。

[固有関数で正規直交完全系を作れる]

完全系 $\{\varphi_i(\bm r)\}$ を、

$\hat H\varphi_i(\bm r)=\lambda_i\varphi_i(\bm r)$

かつ

$\displaystyle\iiint\varphi_i^*(\bm r)\varphi_j(\bm r)\,d\bm r=\delta_{ij}\hspace{1cm} \text{(正規直交)}$

となるように選べる。

それらに対して、

$\displaystyle\iiint\varphi_i^*(\bm r)\hat H\varphi_j(\bm r)\,d\bm r=\lambda_j\delta_{ij}$

[固有ベクトルによる展開]

任意のベクトルを固有ベクトル $\{\bm e_i\}$ で展開できる($n$ 本の一次独立なベクトルは基底をなす)。

$\displaystyle\bm a=\sum_{i=1}^\infty c_i\bm e_i$

ただし $c_i=(\bm e_i,\bm a)$

[固有関数による展開]

任意の関数を固有関数 $\{\varphi_i(\bm r)\}$ で展開可能(完全性)

$\displaystyle\varphi(\bm r)=\sum_{i=1}^\infty c_i\varphi_i(\bm r)$

ただし $\displaystyle c_i=\iiint\varphi_i^*(\bm r)\varphi(\bm r)\,d\bm r$

固有関数でない一般の関数に対する測定値

2つの固有関数の重ね合わせ

正規直交する2つの固有関数、

$$\begin{aligned}\hat O\varphi_1=\lambda_1\varphi_1\end{aligned}$$

$$\begin{aligned}\hat O\varphi_2=\lambda_2\varphi_2\end{aligned}$$

を混ぜ合わせて新しい波動関数を作る。

$$\begin{aligned}\varphi=a\varphi_1+b\varphi_2\end{aligned}$$

この関数のノルムは、

$$\begin{aligned} \|\varphi\|^2 &=(a\varphi_1+b\varphi_2, a\varphi_1+b\varphi_2)\\ &=a^*a(\varphi_1,\varphi_1)+a^*b(\varphi_1,\varphi_2)+b^*a(\varphi_2,\varphi_1)+b^*b(\varphi_2,\varphi_2)\\ &=|a|^2+|b|^2\\ \end{aligned}$$

したがって、$|a|^2+|b|^2=1$ を満たす実数 $a,b$ に対して これは正規化された関数となる。(ピタゴラスの定理で理解できることに気づける?)

この $\varphi$ で表される状態に対して $\hat O$ を観測した際の期待値は、

$$\begin{aligned} (\varphi,\hat O\varphi) &=(a\varphi_1+b\varphi_2,\ a\lambda_1\varphi_1+b\lambda_2\varphi_2)\\ &=\lambda_1|a|^2+\lambda_2|b|^2 \end{aligned}$$

$|a|^2+|b|^2=1$ の制約の下、$|a|^2$ を大きくする、すなわち $\varphi_1$ を混ぜる量を増やすと、期待値は $\varphi_1$ の固有値 $\lambda_1$ に近づき、 逆に減らすともう一方の期待値 $\lambda_2$ に近づく。

ここでは導くことはしないが、このとき実際に観測される値は $\lambda_1$ か $\lambda_2$ のどちらか一方で、

  • $O=\lambda_1$ となる確率は $|a|^2$
  • $O=\lambda_2$ となる確率は $|b|^2$
  • 両方を合わせると確率は $|a|^2+|b|^2=1$

となっている。

一般の場合

任意の状態 $\varphi$ はエルミート演算子 $\hat O$ の固有関数が作る正規直交完全系 $\{\varphi_n\}$ で展開可能であり、その係数を $c_n$ とすれば、

$$ \varphi=\sum_{n=0}^\infty c_n\varphi_n $$

と書ける。この $\varphi$ に対して物理量 $O$ を観測したならば、$O=\lambda_n$ が得られる可能性は

$$ P\{O=\lambda_n\}=|c_n|^2 $$

と表せる。ただし、$\{\varphi_n\}$ の正規直交性を用いれば $c_n$ は

$$ c_n=\iiint \varphi_n^*(\bm r)\varphi(\bm r)d\bm r $$

として求められ、また、$\varphi$ が規格化されている限り、

$$ \begin{aligned} \iiint \varphi^*(\bm r)\varphi(\bm r)d\bm r &=\sum_{m=0}^\infty\sum_{n=0}^\infty c_m^*c_n\underbrace{\iiint\varphi_m^*(\bm r)\varphi_n(\bm r)d\bm r}_{\delta_{mn}}\\ &=\sum_{n=0}^\infty |c_n|^2\\ &=\sum_{n=0}^\infty P\{O=\lambda_n\}\\ &=1 \end{aligned} $$

いずれかの $\lambda_n$ が観測される確率を全て足すと1になることが保証される。

エルミート演算子の持つ線形代数的な性質により、量子力学的な期待値の理論が非常にうまく構成されることに注目せよ。

演習:物理量を表わす演算子のエルミート性

境界条件 $\varphi(-\infty)=\varphi(\infty)=0$ を満たす一次元波動関数 $\varphi(x)$ の集合 $U$ は線形空間と見なせる。
→ 和と複素数倍に対して境界条件は保存されるから、これらの演算に対して $U$ は閉じている。

$U$ において、「観測可能な物理量」を表わす演算子はすべてエルミート演算子になる。 現実的な問題では常にこの境界条件は満たされるため、このことは非常に重要である。

(1) 演算子 $\hat f:\varphi(x)\mapsto f(x)\varphi(x)$ (ただし $f(x)$ は実数関数つまり $f(x)\in\mathbb R$) のエルミート共役が $\hat f$ 自身になること、すなわち $\hat f$ がエルミート演算子であることを示せ。($f(x)=x$ と置けば、演算子 $\hat x:\varphi(x)\mapsto x\varphi(x)$ もエルミートであることがわかる。 同様に実数定数(定数関数)を掛けることもエルミートな演算である。)

(2) 演算子 $\frac{d}{dx}$ のエルミート共役が $-\frac{d}{dx}$ となることを示せ。部分積分を使い、境界条件を用いるとよい。

(3) 演算子 $\displaystyle\hat p:\varphi(x)\mapsto \frac{\hbar}{i}\frac{d}{dx}\varphi(x)$ がエルミート演算子であることを示せ。

(4) エルミート演算子 $\hat X$ の(べき) $\hat X^n:\varphi(x)\mapsto \underbrace{\hat X\hat X\dots\hat X}_{n}\varphi(x)\rule{0pt}{1.8em}$ がエルミート演算子となることを示せ。

(5) エルミート演算子 $\hat X,\hat Y$ の和 $\hat X+\hat Y:\varphi(x)\mapsto \hat X\varphi(x)+\hat Y\varphi(x)$ がエルミート演算子となることを示せ。

(6) エルミート演算子 $\hat X,\hat Y$ の積 $\hat X\hat Y:\varphi(x)\mapsto \hat X\big(\hat Y\varphi(x)\big)$ は $\hat X\hat Y-\hat Y\hat X=0$ すなわち $\hat X$ と $\hat Y$ が可換でない限り エルミート演算子ではない ことを示せ。

(7) ハミルトニアン演算子 $\displaystyle\hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+V(x)=\frac{\hat p^2}{2m}+V(x)$ がエルミート演算子であることを示せ。

(8) 上記演算子 $\hat x,\hat p$ について、 $\hat x\hat p-\hat p\hat x=i\hbar$ であることを示せ。 すなわち $\hat p\hat x$ や $\hat x\hat p$ はエルミート演算子ではない。

>>> 解答例はこちら

解説:物理量を表わす演算子のエルミート性

上でも述べた通り、量子力学で「観測可能」とされる物理量に対応する演算子は必ずエルミートになる。 エルミートにならないと、上で見た以下の性質を利用できない。

  • 固有値は実数になる
  • 任意の関数を固有状態の一次結合として表せる
  • その係数から観測値の確率分布が分かる

古典論との比較から言うと、 物理量を演算子で表わした際にエルミートにならないような物理量は直接観測可能ではない。 例えば、位置 $\hat x$ と運動量 $\hat p$ の積 $xp$ は直接観測可能ではない。

これは、位置 $\hat x$ と運動量 $\hat p$ を同時に、 正確に測定する手段がないという意味で、そのため積を直接は観測できないことになる。

観測できないことと、そもそもその値が定まるような状態(固有状態)が存在しないこととは 本来異なるのであるがこのあたりについては後に 不確定性原理 のところで詳しく学ぶ。

一方、$\displaystyle\hat p_x=\frac{1}{i}\frac{\partial}{\partial x}$ がエルミートになるのは波動関数空間に

$$\begin{aligned}\phi(-\infty)=\phi(\infty)=0\text{  (固定端条件)}\end{aligned}$$

の境界条件を付けたことによるものであった。 波動関数が有限領域 $[a,b]$ に閉じ込められている場合も含めれば、領域の端 $a,b$ で、

$$\begin{aligned}\phi(a)=\phi(b)=0\text{  (固定端条件)}\end{aligned}$$

が条件となる。この条件を少し緩めて、

$$\begin{aligned}\phi(a)=\phi(b)\text{  (周期的境界条件)}\end{aligned}$$

としても $\hat p_x$ はエルミートになるが、 さもなければこの演算子がエルミートになることはない。

すなわち、$\hat p_x$ は任意の関数を含む「全関数空間」 においてはエルミートでないが、 「周期的境界条件を満たす」という条件を付けた部分空間においてはエルミートとなる。

このため量子力学の問題では現実では成り立たないにもかかわらず「周期的境界条件」を仮定して問題が設定されることがあるが、戸惑わないように。



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