量子力学Ⅰ/固有値と期待値

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目次

量子力学Ⅰ

概要

シュレーディンガー方程式を解いて物理量の期待値を求める問題は 線形代数の知識を使って理解すると見通しが良い。

以下、線形代数IIで学んだ関数空間の考え方が量子力学でどのように生かされるかを学ぶ。

関数ベクトル・線形演算子

[数ベクトル]

\bm a あるいは \bm a(t)

[波動関数]

\psi(\bm r,t)

[内積]

(\bm a,\bm b)

[積分]

\iiint \psi_1^*(\bm r,t)\psi_2(\bm r,t)d\bm r

[ノルムの二乗]

\|\bm a\|^2=(\bm a,\bm a)

[全確率密度]

\iiint |\psi(\bm r,t)|^2d\bm r=\iiint \psi^*(\bm r,t)\psi(\bm r,t)d\bm r

規格化された波動関数のノルムは1である。

[規格化]

\bm e_a=\frac{1}{\|\bm a\|}\bm a

[規格化]

\psi_2(\bm r,t)=\frac{\psi_1(\bm r,t)}{\sqrt{\iiint |\psi_1(\bm r,t)|^2d\bm r}}

[行列]

\bm b=A\bm a

A(\alpha\bm a+\beta\bm b)=\alpha A\bm a+\beta A\bm b

数ベクトルを数ベクトルに変換する任意の線型変換は、行列のかけ算で表現できる。

[線型演算子]

\psi_2(\bm r,t)=\hat A\psi_1(\bm r,t)

\hat A\big(a\psi_1(\bm r,t)+b\psi_2(\bm r,t)\big) =a\hat A\psi_1(\bm r,t)+b\hat A\psi_2(\bm r,t)

関数を別の関数に変換する線型変換を、演算子 を左から掛ける形で書く。 すると線形演算子には行列のように分配法則を適用できる。

例:ハミルトニアン \hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r)

[行列の積の非可換性]

一般に、 AB\bm x\ne BA\bm x である。

[演算子の非可換性]

一般に、 \hat A\hat B\psi\ne \hat B\hat A\psi である。

例: \hat A:\psi(x)\to \frac{d}{dx}\psi(x),\ \hat B:\psi(x)\to x\psi(x) なら

  \frac{d}{dx}(x\psi)=\psi+x\frac{d}{dx}\psi=\Big(1+x\frac{d}{dx}\Big)\psi\ne x\frac{d}{dx}\psi

シュレーディンガー方程式・線形演算子の固有値

[ベクトル方程式]

i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\bm a(t)=A_H(t)\bm a(t)

[シュレーディンガー方程式]

i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\hat H(\hat{\bm r},\hat{\bm p},t)\psi(\bm r,t)

[固有値方程式]

\varepsilon\bm a=A_H\bm a

[時間に依存しないシュレーディンガー方程式]

\varepsilon\varphi(\bm r)=\hat H(\hat{\bm r},\hat{\bm p})\varphi(\bm r)

[$A_H$の固有値・固有ベクトル]

\varepsilon=\varepsilon_1,\varepsilon_2,\dots

\bm a=\bm a_1,\bm a_2,\dots

[エネルギー固有値・固有関数]

\varepsilon=\varepsilon_1,\varepsilon_2,\dots

\varphi(\bm r)=\varphi_1(\bm r),\varphi_2(\bm r),\dots

固有関数の物理量は固有値そのものである

ある波動関数 \psi に対して演算子 \hat O で表される物理量を観測した際の期待値は、

  \overline O(t)=(\psi,\hat O\psi)=\iiint\psi^*(\bm r,t)\hat O\psi(\bm r,t)d\bm r

と求められるが、 \psi \hat O の固有関数で、 \hat O\psi=\lambda\psi のとき、 期待値は固有値になり、

  \overline O=(\psi,\hat O\psi)=(\psi,\lambda\psi)=\lambda\|\psi\|=\lambda

分散、標準偏差はゼロになる。

  \overline{\sigma_O^2} &=\bigl(\psi,(\hat O-\overline O)^2\psi\bigr) =\bigl(\psi,(\hat O-\lambda)^2\psi\bigr) =\bigl(\psi,\ \hat O^2\psi-2\lambda\hat O\psi+\lambda^2\psi\bigr) =\bigl(\psi,\ \lambda^2\psi-2\lambda^2\psi+\lambda^2\psi\bigr) =0

すなわち、演算子の固有関数に対して物理量を観測すれば、 常に固有値に等しい値が得られることになる。

  • 一般に固有値は複素数値をとるが「物理量」は実数となるべきである
  • 固有関数ではない波動関数に対しては観測結果は確率的にしか決まらない
    → 確率分布はどのようなものになる?

こういったことを考える際に、物理量を表わす演算子がエルミートであることが重要になる。

エルミート演算子

[行列のエルミート共役]

(\bm a,A\bm b)=(A^\dagger\bm a,\bm b)

A^\dagger=(A^T)^*   転置の複素共役

[演算子のエルミート共役]

\iiint \psi_1^*(\bm r,t)\hat A\psi_2(\bm r,t)d\bm r=\iiint \big(\hat A^\dagger\psi_1(\bm r,t)\big)^*\psi_2(\bm r,t)d\bm r

その空間に含まれる任意の関数 \psi_1,\psi_2 に対して成り立たなければならない。

[エルミート行列]

H がエルミート行列とは H^\dagger=H つまり 任意の \bm a,\bm b に対して

(\bm a,H\bm b)=(H\bm a,\bm b)

を満たす行列のこと。

[エルミート演算子]

\hat H がエルミート演算子とは \hat H^\dagger=\hat H つまり その関数空間の任意の \psi_1,\psi_2 に対して

\iiint \psi_1^*(\bm r,t)\hat H\psi_2(\bm r,t)d\bm r=\iiint \big(\hat H\psi_1(\bm r,t)\big)^*\psi_2(\bm r,t)d\bm r

を満たす演算子のこと。

エルミート演算子の固有値問題

エルミート行列の固有値問題は以下の特徴を持っていた。

  • 固有値はすべて実数
  • 異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交
  • 固有ベクトルを列ベクトルとするユニタリー行列を用いて対角化が可能

この、エルミート行列を対角化するユニタリー行列の各列ベクトルは正規直交系を為し、 なおかつ n 次元空間を張るから、この部分は

  • 固有ベクトルを使って 正規直交基底 を作れる

とも表せる。

同様に、エルミート演算子の固有値問題では、

  • 固有値はすべて実数
  • 異なる固有値に属する固有関数は互いに直交
  • 固有関数により正規直交完全系を作れる

という特徴を持つ。

以下では A \hat A をエルミートとする。

[固有値は実数]

A\bm x=\lambda\bm x ならば \lambda\in\mathbb R

[固有値は実数]

\hat A\varphi(\bm r)=\lambda\varphi(\bm r) ならば \lambda\in\mathbb R

[固有ベクトルで正規直交系基底を作れる]

n 個のベクトル \{\bm e_i\} を、

A\bm e_i=\lambda_i\bm e_i

かつ

(\bm e_i,\bm e_j)=\delta_{ij}

となるように選べる。

それらを並べた U=\Big(\bm e_1\ \bm e_2\ \dots\ \bm e_n\Big) により、 U^\dagger AU=\Lambda を対角行列にできる。

これは \bm e_i^\dagger A\bm e_j=(\bm e_i,A\bm e_j)=(\bm e_i,\lambda_j\bm e_j)=\lambda_j\delta_{ij} となることに対応する。

[固有関数で正規直交完全系を作れる]

完全系 \{\varphi_i(\bm r)\} を、

\hat A\varphi_i(\bm r)=\lambda_i\varphi_i(\bm r)

かつ

\iiint\varphi_i^*(\bm r)\varphi_j(\bm r)\,d\bm r=\delta_{ij}

となるように選べる。

それらに対して、

\iiint\varphi_i^*(\bm r)\hat A\varphi_j(\bm r)\,d\bm r=\lambda_j\delta_{ij}=\lambda_i\delta_{ij}

[固有ベクトルによる展開]

任意のベクトルを固有ベクトル \{\bm e_i\} で展開できる( n 本の一次独立なベクトルは基底をなすから)。

\bm a=\sum_{i=1}^\infty c_i\bm e_i

[固有関数による展開]

任意の関数を固有関数 \{\varphi_i(\bm r)\} で展開できる(完全性)。

\varphi(\bm r)=\sum_{i=1}^\infty c_i\varphi_i(\bm r)

[正規直交系による展開係数]

上記の c_i \bm a に左から \bm e_i を掛けて、

c_i &=(\bm e_i,\bm a)\\ &=\sum_{j=1}^\infty c_j(\bm e_i,\bm e_j) \\ &=c_i\\

として求められる。

[正規直交系による展開係数]

上記の c_i \varphi(\bm r) に左から \varphi_i(\bm r) を掛けて、

c_i=\iiint\varphi_i^*(\bm r)\varphi(\bm r)\,d\bm r

として求められる。

固有関数でない一般の関数に対する観測地

ある物理量を表す演算子 \hat O に対して、

  \hat O\varphi_1=\lambda_1\varphi_1

  \hat O\varphi_2=\lambda_2\varphi_2

であり、 \varphi_1,\varphi_2

  (\varphi_i,\varphi_j)=\delta_{ij}   (正規直交)

を満たすとする。

この \varphi_1,\varphi_2 を混ぜ合わせて新しい波動関数を作ろう。

  \varphi=a\varphi_1+b\varphi_2

この関数のノルムは、

  \|\varphi\|^2 &=(a\varphi_1+b\varphi_2, a\varphi_1+b\varphi_2)\\ &=a^*a(\varphi_1,\varphi_1)+a^*b(\varphi_1,\varphi_2)+b^*a(\varphi_2,\varphi_1)+b^*b(\varphi_2,\varphi_2)\\ &=|a|^2+|b|^2\\

したがって、 |a|^2+|b|^2=1 を満たす実数 a,b に対して これは正規化された関数となる。(ピタゴラスの定理で理解できることに気づける?)

この \varphi で表される状態に対して \hat O を観測した際の期待値は、

  (\varphi,\hat O\varphi) &=(a\varphi_1+b\varphi_2,\ a\lambda_1\varphi_1+b\lambda_2\varphi_2)\\ &=\lambda_1|a|^2+\lambda_2|b|^2

|a|^2+|b|^2=1 の制約の下、 |a|^2 を大きくする、すなわち \varphi_1 を混ぜる量を増やすと、期待値は \varphi_1 の固有値 \lambda_1 に近づき、 逆に減らすともう一方の期待値 \lambda_2 に近づく。

ここでは導くことはしないが、このとき実際に観測される値は \lambda_1 \lambda_2 のどちらか一方で、

  • O=\lambda_1 となる確率は |a|^2
  • O=\lambda_2 となる確率は |b|^2

となっている。

これを一般化すれば、

演習:物理量を表わす演算子のエルミート性

境界条件 \varphi(-\infty)=\varphi(\infty)=0 を満たす一次元波動関数 \varphi(x) の集合 U は線形空間と見なせる。
→ 和と複素数倍に対して境界条件は保存されるから、これらの演算に対して U は閉じている。

U において、「観測可能な物理量」を表わす演算子はすべてエルミート演算子になる。 現実的な問題では常にこの境界条件は満たされるため、このことは非常に重要である。

(1) 演算子 \hat f:\varphi(x)\mapsto f(x)\varphi(x) (ただし f(x) は実数関数つまり f(x)\in\mathbb R ) のエルミート共役が \hat f 自身になること、すなわち \hat f がエルミート演算子であることを示せ。( f(x)=x と置けば、演算子 \hat x:\varphi(x)\mapsto x\varphi(x) もエルミートであることがわかる。 同様に実数定数(定数関数)を掛けることもエルミートな演算である。)

(2) 演算子 \frac{d}{dx} のエルミート共役が -\frac{d}{dx} となることを示せ。部分積分を使い、境界条件を用いるとよい。

(3) 演算子 \hat p:\varphi(x)\mapsto \frac{\hbar}{i}\frac{d}{dx}\varphi(x) がエルミート演算子であることを示せ。

(4) エルミート演算子 \hat X (べき) \hat X^n:\varphi(x)\mapsto \underbrace{\hat X\hat X\dots\hat X}_{n}\varphi(x)\rule{0pt}{1.8em} がエルミート演算子となることを示せ。

(5) エルミート演算子 \hat X,\hat Y の和 \hat X+\hat Y:\varphi(x)\mapsto \hat X\varphi(x)+\hat Y\varphi(x) がエルミート演算子となることを示せ。

(6) エルミート演算子 \hat X,\hat Y の積 \hat X\hat Y:\varphi(x)\mapsto \hat X\big(\hat Y\varphi(x)\big) \hat X\hat Y-\hat Y\hat X=0 すなわち \hat X \hat Y が可換でない限り エルミート演算子ではない ことを示せ。

(7) ハミルトニアン演算子 \hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+V(x)=\frac{\hat p^2}{2m}+V(x) がエルミート演算子であることを示せ。

(8) 上記演算子 \hat x,\hat p について、 \hat x\hat p-\hat p\hat x=i\hbar であることを示せ。 すなわち \hat p\hat x \hat x\hat p はエルミート演算子ではない。

>>> 解答例はこちら

解説:物理量を表わす演算子のエルミート性

上でも述べた通り、量子力学で「観測可能」とされる物理量に対応する演算子は必ずエルミートになる。 ならないとどう困るかはこの後で見る。

逆に、物理量を演算子で表わした際にエルミートにならないような物理量は直接観測可能ではない。 例えば、位置 \hat x と運動量 \hat p の積 xp は直接観測可能ではない。

これは、位置 \hat x と運動量 \hat p を同時に、 正確に測定する手段がないという意味で、そのため積を直接は観測できないことになる。

観測可能性については後に 不確定性原理 のところで詳しく学ぶ。

一方、 \frac{1}{i}\frac{\PD}{\PD x} がエルミートになるのは波動関数空間に

   \phi(-\infty)=\phi(\infty)=0   (固定端条件)

の境界条件を付いているためであった。 波動関数が有限領域 [a,b] に閉じ込められている場合も含めれば、領域の端 a,b で、

   \phi(a)=\phi(b)=0   (固定端条件)

が条件となる。この条件を少し緩めて、

   \phi(a)=\phi(b)   (周期的境界条件)

としても \frac{1}{i}\frac{\PD}{\PD x} はエルミートになるが、 さもなければこの演算子がエルミートになることはない。

すなわち、 \frac{1}{i}\frac{\PD}{\PD x} は任意の関数を含む「全関数空間」 においてはエルミートでないが、 「周期的境界条件を満たす」という条件を付けた部分空間においてはエルミートとなる。

このため量子力学の問題では現実では成り立たないにもかかわらず「周期的境界条件」を仮定して問題が設定されることがあるが、戸惑わないように。

「観測可能な物理量」の実数性

\hat O がエルミート演算子であれば、固有値 \lambda_i はすべて実数であるから、 その期待値 \overline O も必ず実数になることが分かる。



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