多粒子系の波動関数とボゾン・フェルミオン のバックアップソース(No.23)

更新

[[量子力学Ⅰ]]

* 概要 [#q7edd673]

これまで、1粒子のシュレーディンガー方程式の解法を細かく見てきたが、
以下では多粒子系の問題について考える。(教科書では「量子力学II」に収録されている9章の内容となる)

** 目次 [#g08172c8]
#contents

* 2粒子系の量子力学 [#w3265732]

古典的なハミルトニアンは系のエネルギーを位置と運動量で表したものであった。

したがって2粒子系であれば、2つの粒子の位置座標 &math(\bm r_1,\bm r_2); 
および、運動量 &math(\bm p_1,\bm p_2); を使って、

 &math(
H(\bm r_1,\bm r_2,\bm p_1,\bm p_2)=\underbrace{\frac{p_1^2}{2m_1}+\frac{p_2^2}{2m_2}}_{運動エネルギー}+\underbrace{\mathop{V(\bm r_1,\bm r_2)}_{\ } }_{ポテンシャル}
);

などとなる。

量子力学ではハミルトニアンに &math(\bm p\to\frac{\hbar}{i}\bm \nabla);
の置き換えをして、

 &math(
\hat H\big(\bm r_1,\bm r_2,\frac{\hbar}{i}\bm \nabla_{r_1},\frac{\hbar}{i}\bm \nabla_{r_2}\big)=
-\frac{\hbar^2}{2m_1}\nabla_{r_1}^2
-\frac{\hbar^2}{2m_2}\nabla_{r_2}^2
+V(\bm r_1,\bm r_2)
);

を得る。ただし、&math(\nabla_{r_1}^2=\frac{\partial^2}{\partial \bm r_1^2}); は &math(\bm r_1); に対するラプラシアン、&math(\nabla_{r_2}^2=\frac{\partial^2}{\partial \bm r_2^2}); は &math(\bm r_2); に対するラプラシアン、

これが波動関数に作用する演算子となるのであるから、
2粒子系の波動関数は &math(\bm r_1,\bm r_2); の関数であるはずだ。

 2粒子系の波動関数: &math(\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)); 

すると、シュレーディンガー方程式は

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)=\hat H\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t));

と書ける。

波動関数を大文字にしたのは教科書に合わせるためで、表記上の問題しかない。
教科書では、1粒子波動関数を小文字 &math(\psi,\varphi); で、多粒子波動関数を大文字 
&math(\Psi,\Phi); で表すことになっている。

 波動関数の絶対値の二乗: &math(\big|\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)\big|^2d\bm r_1d\bm r_2); 

は時刻 &math(t); において、
-粒子1を位置 &math(\bm r_1); 付近の &math(d\bm r_1); に、
-粒子2を位置 &math(\bm r_2); 付近の &math(d\bm r_2); に、

それぞれ見いだす確率となる。

物理量 &math(O(\bm r_1,\bm r_2,\bm p_1,\bm p_2)); の期待値 &math(\langle O\rangle); は、
対応する演算子 &math(\hat O(\bm r_1,\bm r_2,\hbar\bm \nabla_{r_1}/i,\hbar\bm \nabla_{r_2}/i)); 
を用いて次のように与えられる。

 &math(
\langle O(t)\rangle=\iint \Psi^*(\bm r_1,\bm r_2,t)\,\hat O\,\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)\,d\bm r_1\,\bm r_2
);

これらが1粒子系で学んだ内容の自然な拡張となっていることを確認せよ。

* 多粒子系の量子力学 [#ne59b5a9]

一般の &math(n); 粒子系では、位置座表をそれぞれ &math(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n); として、
波動関数を &math(\Psi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n,t)); とすれば良い。
このときハミルトニアンは例えば次のような形に書けるはずで、

 &math(
\hat H=
\underbrace{\sum_{j=1}^n -\frac{\hbar^2}{2m_j}\bm\nabla_{r_j}^2}_{運動エネルギー}+
\underbrace{V(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)\rule[-16.5pt]{0pt}{10pt}}_{ポテンシャルエネルギー}
);

これを用いてシュレーディンガー方程式はやはり次の形に書ける。

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi=\hat H\Psi);

波動関数の物理的意味は、時刻 &math(t); において、
それぞれの粒子を位置 &math(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n); 
の周囲 &math(d\bm r_1,d\bm r_2,\dots,d\bm r_n); 
に見出す確率が &math(|\Psi|^2d\bm r_1\dots d\bm r_n); である。

これまで学んだとおり、1粒子のシュレーディンガー方程式でも
解析的に閉じた解が得られるのは非常に単純な問題に限られており、
そのような例外的な場合に限ってさえ、解を得るには高度な数学を要するのであった。

多体のシュレーディンガー方程式を解析的に閉じた形で解くことはほぼ不可能であるため、
様々な近似を用いて1体の問題に直し、さらに近似を用いて複雑な1体問題を解くことにより、
ようやく実験結果と比較できるような理論的予測が得られる。

* 同種粒子の不可弁別性 [#q8a2e6f8]

多粒子系の量子力学では同種の粒子の間に不可弁別性が成り立つことが求められる。

粒子 &math(j); と &math(k); とが同種の粒子なら、
- 粒子 &math(j); が &math(\bm r_a); に、粒子 &math(k); が &math(\bm r_b); に、見つかる確率と、
- 粒子 &math(j); が &math(\bm r_b); に、粒子 &math(k); が &math(\bm r_a); に、見つかる確率と、

は常に等しい、というのが同種粒子の不可弁別性である。

量子力学では観測するまで粒子の位置は決まっていない。

観測した結果、2カ所に電子が見つかったとして、
それらのどちらがどちらの電子かを判別する方法はない。

したがって、そもそもそれら2つの状態は区別できないものとして扱うべきだ、
とするのが不可弁別性であり、これに基づき構築した理論が現実をよく再現する。

すべての粒子に「個別の軌道」が存在することをよりどころとする
古典論とは大きく異なる考え方であることに注意せよ。

* 多粒子系の物理量 [#i5550a42]

粒子の不弁別性により、

- 粒子1の位置
- 粒子2の運動量

などの物理量は、「観測可能量」とはならない。

観測可能(定義可能)な物理量としては、

- 全エネルギー
- 全運動量
- 全角運動量

のような「全粒子の物理量の総和」や、

- ある範囲に入る粒子の数
- 上向きスピンを持つ粒子の数

のように「ある条件を満たす粒子数」など、~
「個々の粒子を区別せずに定義できるもの」のみとなる。

* 粒子の入れ替え演算子とその固有値 [#o688ef49]

不可弁別性を式で書けば、同種粒子 &math(j); と &math(k); に対して、

 &math(
&\big|\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\big|^2\\
=&\big|\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\big|^2\\
&\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k
);

すなわち、

 &math(
&\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\
=C&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\ \ \ ただし |C|=1\\
&\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k
);

であるから、同種の2つの粒子の座標(一般には空間座標+スピン座標)を入れ替えても、
波動関数の絶対値は変化せず、位相のみが変化することになる。

不可弁別性だけが条件であれば、
&math(C); は時刻 &math(t); や位置座標 &math(\bm r_k); の関数であっても構わないのであるが、
実際には以下に見るように、&math(C); の値は粒子の種類によって &math(\pm 1); のどちらか一方を取る。

このことを、「関数に作用して座標 &math(\bm r_a); と &math(\bm r_b); とを入れ替えた関数を作る」
という座標の入れ替え演算子 &math(\hat P_{ab}); を導入して解説する。

まず、この &math(\hat P_{ab}); は線形演算子であるから、その「固有状態」を考えることができる。

固有関数の1つを &math(\Phi); とすると、

 &math(
\hat P_{ab}&\Phi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots)=C\Phi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots)\\
=&\Phi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots)
);

が成り立ち、このとき &math(C); は &math(\hat P_{ab}); の固有値であり、&math(\bm r_k); によらない定数となる。

さらに、&math(\hat P_{ab}^2); は恒等変換となるから &math(C^2=1); 
であり、そこから固有値は &math(C=\pm 1); に限られることが分かる。

* 多粒子ハミルトニアンの対称性 [#jc3b610f]

2つの陽子の位置を &math(\bm R_1,\bm R_2); に固定した水素様「分子」の2つの電子に対するポテンシャルは、それぞれの座標を &math(\bm r_1,\bm r_2); として

 &math(
V(\bm r_1,\bm r_2)&=\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0}\Biggl[
\underbrace{
\frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_1|}+
\frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_2|}}_{電子1と原子核}+
\underbrace{
\frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_1|}+
\frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_2|}}_{電子2と原子核}+
\underbrace{\frac{+1}{|\bm r_1-\bm r_2|}}_{電子間相互作用}
\Biggr]\\
&=V_{1体}(\bm r_1)+V_{1体}(\bm r_2)+V_{2体}(\bm r_1,\bm r_2)
); 

と書ける。

このポテンシャルが2つの電子の位置座標 &math(\bm r_1,\bm r_2); 
の入れ替えに対して対称性を持っている(値が変わらない)ことに注意せよ。

一般に、ハミルトニアンは同種粒子の入れ替えに対して対称な形をしている。~
 ↔ 質量やポテンシャル=相互作用が異なる粒子は「同種」と言えない

ここから、入れ替え演算の位相因子 &math(C); は時間的にも定数であることが導かれる。

なぜなら、粒子 &math(a,b); が同種粒子であれば &math(\hat P_{ab}); は &math(\hat H); と可換であるためだ。任意の &math(\Psi); に対して、

 &math(
\hat P_{ab}\big\{\hat H\Psi\big\}=\big\{\hat P_{ab}\hat H\big\}\big\{\hat P_{ab}\Psi\big\}=\hat H\big\{\hat P_{ab}\Psi\big\}
);

すなわち、

 &math(\hat P_{ab}\hat H=\hat H\hat P_{ab});

このことから、

+ &math(\hat P_{ab}); に対応する物理量は定数であり、時間に寄らないこと(← [[エーレンフェストの定理>量子力学Ⅰ/エーレンフェストの定理#j882b192]]で学んだ)
+ 両者の同時固有関数が存在すること(← [[不確定性原理>量子力学Ⅰ/不確定性原理#hb461116]] で学んだ)

が結論される。

すなわち、系がある時刻において &math(\hat P_{ab}); の固有状態にあれば、
時刻が変化してもやはり同じ固有値(&math(+1); または &math(-1);)の固有状態のままであることが分かる。

また、時間に寄らないシュレーディンガー方程式の解(ハミルトニアンの固有関数)であり、
なおかつ &math(\hat P_{ab}); の固有状態となるような波動関数を見つけることは常に可能である。

* ボゾンとフェルミオンの対称性・反対称性 [#s491e79c]

場の量子論などの進んだ研究から、
実在粒子の波動関数はシュレーディンガー方程式の解になることに加えて
任意の同種粒子に対する入替操作 &math(\hat P_{ab}); に対して
固有関数になっているという条件も満たさねばならないことが知られている。

例えば電子では &math(C=-1);、光子では &math(C=+1); の固有関数になる。

- &math(C=+1); を満たす粒子はボーズ粒子(ボゾン)~
→ スピンは整数値を取る~
~
- &math(C=-1); を満たす粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)~
→ スピンは半整数値を取る

と呼ばれ、すべての粒子はこのどちらかに属する。

実際には、波動関数は実空間座標の他にスピン座標 &math(s_j); の関数でもあるから、

 &math(\Psi(\bm r_1,s_1,\bm r_2,s_2,\dots,\bm r_n,s_n));

の形を取る。粒子の入れ替えは空間座標とスピンの座標を同時に入れ替える操作に対応する。

重要なことなのでもう一度書くと、粒子の入れ替えに対する
ボーズ粒子の対称性 &math(\hat P_{ab}\Psi=\Psi); や
フェルミ粒子の反対称性 &math(\hat P_{ab}\Psi=-\Psi); 
は、「シュレーディンガー方程式とは独立した基本原理」であるから、
多粒子系の波動関数を求める際には、それがシュレーディンガー方程式を満たすことに加えて、
これらの対称性を備えていることも確認しなければならないことである。

電子、陽子、中性子などの「物質的な粒子」はすべてフェルミオンとなり、
これらの粒子は同種の粒子と物理的に重なることができない(パウリの排他律)。

光子、ウィークボゾン、グルーオンなど、相互作用を媒介する粒子(それぞれ電磁気力、弱い力、強い力を媒介)や、フォノン、ポラリトンなどの仮想粒子、
ヘリウム原子のようなスピンが整数値となる原子、などがボゾンとして振る舞う。

以下では主に電子を想定して、フェルミオンについて主に学ぶ。
ボゾンについては付録的に述べる。

** 波動関数の一意性 [#t95bbee6]

逆に言えば、与えられたポテンシャルに対してシュレーディンガー方程式(+境界条件)だけでは
数学的に波動関数を一意に定めることはできず、
対称性を指定して始めて波動関数が1つに定まるのである(規格化定数を除いて)。
* パウリの排他律1 [#ze677499]

フェルミオンに関する著しい性質として、
2つのフェルミオンが同じ座標を取る確率は常にゼロになる。

なぜならこの場合、2つの位置座標を入れ替えても形が変わらないため、

 &math(
\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=C\Psi(\dots,\,&\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)\\
&\ \ \uparrow\hspace{17mm}\uparrow\\
&\ \ \ 入れ替えた
);

 &math(
&(1-C)\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\
);

フェルミオン &math(C=-1); では

 &math(
&2\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\
);

となり、波動関数の値がゼロであることが導かれるためだ。
これはパウリの排他律の一例となっている。

ボゾンの場合には &math(1-C=0); となるため、必ずしも波動関数はゼロとならず、
同じ座標に複数の粒子が存在できる。

* 質問・コメント [#t9e105fe]

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