量子力学Ⅰ/波動関数の解釈 のバックアップ(No.13)

更新


量子力学Ⅰ

波動関数の物理的な意味は何か?

シュレーディンガー方程式が正しいとして、そこから求まる波動関数の物理的意味は何であろうか?

話の進み方が奇妙?

近代の物理学ではこのように、「正しそうな方程式が先に求まって、後からその意味を考える」 という手順を踏むことがしばしばある。

「直感的に理解できる」方程式が基礎となっていた古典論と比べると、 このようなやりかたは始め奇妙に思えるが、 量子力学の真価が現れるような極小の世界に対しては「我々の直感の働かない」のだからしかたがない、 と考えて納得してほしい。 実際これから直感とはかけ離れた物理現象を学ぶことになる。

近代科学ではむしろ「直感」をなるべく廃した、以下のような手法が科学的と考えられている。

  1. 観測された物理現象を説明できそうで、かつ論理的に矛盾のない基礎方程式をでっち上げる
  2. その方程式から何が予測されるかを考えて、新たな測定結果と突き合わせる
  3. 矛盾が生じれば理論に修正が必要となる
  4. 矛盾無く測定結果を説明できている限り、それが正しい理論である

このような意味で現在受け入れられているのが、 先に 求めた でっち上げた シュレーディンガー方程式である。

測定される物理現象

電子の波動関数の意味を理解する上で最も分かりやすい実験結果の1つに、 二重スリットを通る電子についての測定が挙げられる。

二重スリットの実験は光学でもよく知られており、ホイヘンスの原理によれば、 スリット通過後の状況は2つのスリットの位置にそれぞれ光源があるのと同じであり、 それらの光の干渉によりスクリーン上に干渉縞が現れる。 当然、片方のスリットを閉じれば干渉縞は消失する。

double-slit.png       double-slit.gif

電子に対しても同様の実験を行うことができて、その結果、光と同様に干渉縞が現れる。

Double-slit_experiment_results_Tonomura_Preview.jpg

電子が古典的な粒子であればスリットを通った電子は単に直進するのみであるから、 もう一方のスリットが開いていようが閉じていようが 1つのスリットを通った電子がスクリーン上に到達する位置は変わらないはずで、 二重スリットの結果は単一スリットの結果の足し算になるはずである。

それにもかかわらず干渉縞が現れることは、確かに電子が波の性質を持っていることを表わしてる。

それでは電子に粒子としての性質が無いのかといえばそんなことはない。 高感度のスクリーンを用いることで、 1つ1つの電子がスクリーン上に到達した位置を記録することができる。 干渉縞が現れる場合にも、1つの電子は1つの点に到達する。 すなわち、電子は確かに粒子なのである。

有名な外村(とのむら)による二重スリットの測定結果は右図のようになる。 1つ1つの電子がスクリーン上に到達する位置はランダムに見える物の、 その確率が波動関数の干渉により波打つために、 多数の電子に対して観測を繰り返すことにより干渉縞が現れてくる。(from Electron double-slit experiment (dr. Tonomura, Hitachi Research) - ATLAS@CERN

コペンハーゲン解釈

現在受け入れられている波動関数の解釈は以下のような物である。コペンハーゲンにあるボーア研究所で主に構築されたため、コペンハーゲン解釈と呼ばれる。*1歴史的にはこの解釈がなされた時点で上記のような顕著な実験結果は得られておらず、この解釈が受け入れられるまでにはかなりの紆余曲折があった

  • 電子の運動はシュレーディンガー方程式を満たす波動関数 \psi(\bm r,t) で記述される
  • 波動関数は空間的に広がりを持ち、また、干渉や回折などの波に特有な性質を現す
  • 電子の位置を実験的に観測した場合には電子はある一点に見出される
  • 位置 \bm r の周りの微小体積 d\bm r に電子が発見される確率は |\psi(\bm r,t)|^2d\bm r に比例する

二重スリットの実験に当てはめれば、

  • 二重スリットを通る電子の波動関数は、2つのスリットのそれぞれを通る経路の間で干渉を起こす
  • その結果、波動関数の絶対値の二乗 |\psi(\bm r,t)|^2 に濃淡=干渉縞が現れる
  • 電子がスクリーンに当たり、その位置が記録されることが「観測」にあたる
  • 観測される電子位置は常に1点だけに定まり、広がりを持たない
  • |\psi(\bm r,t)|^2 の大きな箇所でより多くの電子が発見されるため、 多くの電子について観測を繰り返すことによりスクリーン上に干渉縞が現れる

空間的に広がりを持つ電子が観測により1点に見出される様子は「波動関数の収束」と呼ばれる。

現在の量子力学は、なぜ観測により波動関数が収束を起こすのか、 とか、観測しないときに電子はどの位置にあるのか、といった問いには答えない。 「観測によって検証できない内容」は物理の範疇ではないというスタンスである。

そのかわり、「観測により確かめられる内容」については量子力学は完璧な予想を与える。 (対応するシュレーディンガー方程式が数学的に解ける範囲にある限り)

確率密度関数について

|\psi(\bm r,t)|^2 は確率密度関数である。

そこで確率密度関数についてここで復習しておく。

確率密度関数の定義

probability_density_function.png

「確率変数 x が確率密度関数 f(x) に従う」という意味は、

測定毎に異なる値を取る変数 x があり、1回測定したときに x x_a<x<x_b の範囲に入る確率を

  P\{x_a<x<x_b\}=\int_{x_a}^{x_b}f(x)dx

として求められる、ということである。

右図で分かるとおり、上式の右辺の積分は f(x) x 軸に挟まれる部分の面積に相当するため、 f(x) が大きいことは x がその付近の値を取りやすいことを表わしており、 f(x) が小さければ x はその付近の値を滅多に取らない。

当然、すべての x に対して f(x)\ge 0 であり、 また、測定を行えば必ず何らかの値が得られることから、 f(x) を全範囲にわたって積分した値は常に1になる。

  \int_{-\infty}^{\infty}f(x)dx=1

期待値

確率変数 x の測定を仮想的に無限回行った場合に得られるであろう x の平均値を x の期待値という。

例えば、サイコロを1回振った際に出る目の期待値は、

  1\cdot\frac{1}{6}+2\cdot\frac{1}{6}+3\cdot\frac{1}{6}+4\cdot\frac{1}{6}+5\cdot\frac{1}{6}+6\cdot\frac{1}{6}=3.5

のように、サイコロの目の値に、個々の目の出る確率を掛けて得られる。

すなわち、離散的な値を取る確率変数 x の期待値 \overline x は、

  \overline x=\sum_{k} x_k p(x_k)

として与えられる。ここで p(x_k) x=x_k となる確率である。

x が連続値を取る場合には和が積分に変わって、

  \overline x=\int_{-\infty}^\infty x\underbrace{f(x)\,dx}_{p(x)に相当}

となる。測定値が範囲 [x,x+dx] に入る確率を f(x)dx と表せることに注意せよ。

分散

分散は確率変数 x がその期待値を中心にどれほど大きなバラツキを持つかを表わす指標である。

統計学的には、 n 回の測定値 x_1,x_2,\dots,x_n の分散は、

  \sigma^2=\frac{1}{n}\sum_{k=1}^n (x_k-\overline x)^2

として定義される。

これに対して確率変数 x を仮想的に無限回観測した際の分散の期待値は

 &math(\sigma_x^2=\overline{(x-\overline x)^2}

               =\int_{-\infty}^\infty (x-\overline x)^2f(x)\,dx);

として求められる。これを確率密度関数 f(x) の分散という。

標準偏差

分散の自乗根を標準偏差 \sigma=\sqrt{\sigma^2} という。

 &math(\sigma_x=\sqrt{\overline{(x-\overline x)^2}}

               =\sqrt{\int_{-\infty}^\infty (x-\overline x)^2f(x)\,dx});

例えば x が粒子の位置を表わすとき、 分散が面積の次元を持つのに対して 標準偏差は x と同じ長さの次元を持つため、 x のバラツキの指標として用いやすい。

任意の関数の期待値

標準偏差の場合と同様に、確率変数 x の関数として表わされる任意の値 g(x) の期待値を、

  \overline{g(x)}=\int_{-\infty}^\infty g(x)\,f(x)\,dx

として求められる。( g(x)=(x-\overline x)^2 の場合が分散 \sigma_x^2 にあたる)

g(x) が線型である場合を除き、

  \overline{g(x)} \ne g(\overline x)

であることに注意せよ。

複合確率

確率変数 x が区間 [x, x+dx] に入る確率が f(x)dx であり、
確率変数 y が区間 [y, y+dy] に入る確率が g(y)dy であり、
両者が同時に起きる確率が h(x,y)dxdy であるとする。

x y が独立ならば」 h(x,y)=f(x)g(y) である。

x y に相関があれば」 h(x,y)\ne f(x)g(y) である。

波動関数から各種物性値を取り出すには

シュレーディンガー方程式を解いて波動関数 \psi(\bm r,t) が得られたとする。 この波動関数から電子の運動について何をどのように知ることができるのだろうか?

波動関数の規格化

シュレーディンガー方程式は線型な方程式だから、 ある関数 \psi_1(\bm r,t) が解であれば、 任意の定数 A に対して A\psi_1(\bm r,t) も解である。

一方、波動関数の絶対値の二乗が確率密度関数となるためには、

  \iiint|\psi(\bm r,t)|^2\,d\bm r=1

でなければならない。 ただし \iiint\ d\bm r\equiv \iiint\ dx\,dy\,dz である。

任意のシュレーディンガー方程式の解 \psi_1(\bm r,t) に対して、

  \|\psi_1\|\equiv\sqrt{\iiint|\psi_1(\bm r,t)|^2\,d\bm r}

で割ることにより、

  \psi(\bm r,t)=\frac{1}{\|\psi_1\|}\psi_1(\bm r,t)

のように波動関数の規格化し、 |\psi(\bm r,t)|^2 が確率密度関数となるようにできる。

後に見るように、シュレーディンガー方程式に従った時間発展で波動関数の全確率は保存されるため (→ 後に学ぶ証明?)、 ある時刻で規格化された波動関数はシュレーディンガー方程式に従って時間発展する限り、 任意の時刻で規格化された物になる。

座標について

|\psi(\bm r,t)|^2 が確率密度関数であるならば、 電子の位置の x 座標の期待値 \overline x(t)

  \overline x(t)=\iiint x|\psi(\bm r,t)|^2\,d\bm r

として求められる。

二重スリットの実験のように電子の存在確率が広範囲に広がっている場合には この期待値にあまり意味はない。一方、ポテンシャルにより束縛された電子や、 波束として空間中を飛ぶ電子では、この値が電子のおおよその位置の時間変化を表わすことになる。

もちろんその場合にも波動関数は広がりを持つから、任意の時刻の波動関数の広がりを評価するために x 座標の標準偏差の期待値を求めるようなことも意味を持つ。

  \sigma_x(t)=\sqrt{\iiint (x-\overline x)^2|\psi(\bm r,t)|^2\,d\bm r}

このように一旦波動関数が求まれば、座標 \bm r の関数 g(\bm r) として表わされる任意の関数について、

  \overline{g(\bm r)}=\iiint g(\bm r)|\psi(\bm r,t)|^2\,d\bm r

としてその期待値を求めることが可能である。

運動量について

量子力学によれば、 電子の位置が確率的にしか決定されないのと同様に、 その運動量も確率的にしか決定されない。 波動関数から運動量の期待値などを得るにはどうしたらよいだろうか?

シュレーディンガー方程式をでっち上げた際に、平面波に対して \bm p=\hbar\bm k および \hbar\bm k\psi(\bm r,t)=\frac{\hbar}{i}\bm \nabla \psi(\bm r,t) が成り立つことを利用した。

実は平面波でない場合にも、運動量 \bm p の期待値を、

 &math( \overline{\bm p}(t)=\iiint \psi^*(\bm r,t) \frac{\hbar}{i}\bm \nabla \psi(\bm r,t)\,d\bm r );

として求めることができる。 左から \psi^*(\bm r,t)\equiv\psi(\bm r,t)^* がかかっているのは、 |\psi|^2=\psi^*\psi であることに対応している。

と言われても、現時点ではそもそも上記の計算結果が実数になるのかどうかからあやふやであるのだが、 後に学ぶように上記の積分は現実的な条件下で必ず実数値となることを数学的に証明でき、 また、計算から予想される値は実験結果を良く再現する。

同様に、 \bm p の関数で与えられる任意の物性値 g(\bm p) の期待値は、 g の中の \bm p \hbar\bm\nabla/i で置き換えた演算子 \hat g を作り、

 &math( \overline{g(\bm p)}=\iiint \psi^*(\bm r,t) \hat g(\hbar\bm\nabla/i) \psi(\bm r,t)\,d\bm r );

とすれば求められる。

一般の場合

解析力学の授業にて、1つの粒子の運動は座標と運動量によって完全に記述されることを学んだ。

すなわち電子の運動を表わす任意の物性値は座標と運動量の関数として g(\bm r,\bm p) の形に書ける。波動関数からこのような物性値の期待値を求めるには、 \bm p \hbar\bm\nabla/i で置き換えた演算子 \hat g を作り、

 &math( \overline{g(\bm r,\bm p)}=\iiint \psi^*(\bm r,t) \hat g(\bm r,\hbar\bm\nabla/i) \psi(\bm r,t)\,d\bm r );

とすればよい。

このようにして求めた g(\bm r,\bm p) の期待値が実数になることはそれほど自明ではない。 後に任意の(観測可能な)物理量を表わす演算子がエルミートになることを使って期待値が実数になることを理解する。

例:エネルギーの場合

系のエネルギーを一般座標とそれに対応する一般運動量の関数として書き表したものを、 その系のハミルトニアンと呼ぶことを解析力学で学んだ。

座標を \bm r , 運動量を \bm p として、ハミルトニアンを H(\bm r,\bm p) と表わすと、シュレーディンガー方程式に現れる \hat H(\bm r,\hbar\bm\nabla/i)=\frac{\hbar}{2m}\nabla^2+V(\bm r,t) はちょうどハミルトニアンの \bm p を演算子 \hbar\bm\nabla/i で置き換えた物になっている。 したがって、系のエネルギーの期待値は

 &math( \overline \varepsilon=\overline{H(\bm r,\bm p,t)}=\iiint \psi^*(\bm r,t)\hat H(\bm r,\hbar\bm\nabla/i,t)\psi(\bm r,t)d\bm r );

となる。

ここで、 \psi_k(\bm r,t) が時間に依存しないシュレーディンガー方程式の解、 つまりハミルトニアン \hat H の固有関数であり、 その固有値が \hat H\psi_k(\bm r,t)=\varepsilon_k\psi_k(\bm r,t) であるとすれば、

 &math( \overline \varepsilon&=\iiint \psi_k^*(\bm r,t)\hat H(\bm r,\hbar\bm\nabla/i,t)\psi_k(\bm r,t)d\bm r\\ &=\iiint \psi_k^*(\bm r,t)\varepsilon_k\psi_k(\bm r,t)d\bm r\\ &=\varepsilon_k\iiint |\psi_k(\bm r,t)|^2\,d\bm r\\ &=\varepsilon_k );

となり、たしかにエネルギーの期待値が固有値に一致することが確かめられる。

振り返ると

上記では、「どうすれば期待値を求められるか」を説明したが、「なぜそれでいいのか」は説明していない。 実は後者は今後も説明されない。あえて理由を付けるならば、そう考えるといろいろとつじつまが合うから、そしてなによりも実験結果と合うから、ということになる。

以降では、このようにして得られる期待値がどのような性質を持つかを学ぶことで、 極微の世界で起きている物理現象を学んでいく。

質問・コメント





*1 歴史的にはこの解釈がなされた時点で上記のような顕著な実験結果は得られておらず、この解釈が受け入れられるまでにはかなりの紆余曲折があった

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