正弦波の複素指数関数表現とインピーダンス

(606d) 更新


目次:

オームの法則

抵抗に掛かる電圧を $V(t)$、流れる電流を $I(t)$ とすると $V(t)$ と $I(t)$ は比例する。

その係数が抵抗値 $R$ であり、

$$V(t)=R I(t)$$

と書ける。これをオームの法則と呼ぶのだった。

抵抗 $R$ は $\text{Ω}=\text{V/A}$ の単位で計られる。 $\Omega$ は「オーム」と読む。

抵抗とコンダクタンス

同じ関係式を、

$$I(t)=\underbrace{(1/R)}_G V(t)=G V(t)$$

と書いた時の $G=1/R$ をコンダクタンスと呼ぶ。

コンダクタンス $G$ は $\text{S}=1/\Omega=\text{A/V}$ の単位で計られる。 $\text{S}$ はジーメンスと読む。

コンデンサとコイルの特性

静電容量(キャパシタンス)$C$ を持つコンデンサ(キャパシタ)では、蓄えられた電荷 $Q(t)$ と両端電圧 $V(t)$ とが比例し、その比例係数が $C$ となる。

$$ Q(t)=CV(t) $$

電流が流れることで電荷量が変化するとき、$Q(0)=0$ を仮定すると

$$ \int_0^t I(t')\,dt'=Q(t) $$

あるいは、これを微分して、

$$ I(t)=\frac{d}{dt}Q(t) $$

の関係があるため、

$$ I(t)=\frac{d}{dt}Q(t)=C\,\frac{d}{dt}V(t) $$

あるいは同じことだが、

$$ V(t)=(1/C)\int\,dt\, I(t) $$

が成り立つ。

インダクタンス $L$ を持つコイル(インダクタ)では、電流の変化速度に比例する電圧が生じる。

$$ V(t)=L\frac{d}{dt}I(t) $$

このように、コンデンサやコイルについては電圧と電流の関係は抵抗とは異なり単なる比例ではなく、微分や積分を含む「面倒な」関係になっている。

とはいえ、次のように並べて書くと、

$$ \begin{cases} V(t)=R I(t)&(\text{抵抗})\\ V(t)=(1/C)\int\,dt\,I(t)&(\text{コンデンサ})\\ V(t)=L\frac{d}{dt}I(t)&(\text{コイル})\\ \end{cases} $$

線形演算子である $(1/C)\int\,dt$ や $L\frac{d}{dt}$ が抵抗 $R$ と同じ働きをする、 と見なせるところが実は後に重要になってくる。

微分や積分で形の変わらない関数 = 指数関数

電圧や電流が、「微分や積分で形の変わらない関数」である指数関数で表せるとき、コンデンサやコイルの特性がどのように書けるか見てみよう。

$$ \begin{aligned} V(t)=V_0\,e^{st}\\ I(t)=I_0\,e^{st} \end{aligned} $$

とすると、抵抗の特性は普通にオームの法則で、

$$ V_0\,e^{st}=RI_0\,e^{st} $$

となるのに対して、コンデンサーの特性は、

$$ I_0\,e^{st}=C\,\frac{d}{dt}\Big[V_0\,e^{st}\Big] $$ $$ I_0\,e^{st}=sCV_0\,e^{st} $$

コイルの特性は、

$$ V_0\,e^{st}=L\,\frac{d}{dt}\Big[I_0\,e^{st}\Big] $$ $$ V_0\,e^{st}=sLI_0\,e^{st} $$

となる。

これらの関係を並べてみると、

$$ \begin{cases} V(t)=\ \ \ \ R\ \ \ \ \ \ I(t)&(\text{抵抗})\\ V(t)=(1/sC)\,I(t)&(\text{コンデンサ})\\ V(t)=\ \ (sL)\ \ \,I(t)&(\text{コイル})\\ \end{cases} $$

となって、電圧・電流が指数関数的に変化する場合には、コンデンサやコイルの場合にも電圧と電流は「比例関係」にあり、コンデンサの場合には $1/sC$ が、コイルの場合には $sL$ が、「抵抗と同じ役割を持つ比例係数」になっていることを確認できる。

これは指数関数が、線形演算子である微分演算子や積分演算子の固有関数になっていて、指数関数に作用させる場合に限っては微分演算子や積分演算子をその固有値である $s$ や $1/s$ と置き換えて良いことが理由になっている。

$$ \underbrace{\frac{d}{dt}}_{\text{線形演算子}}\hspace{-3mm}e^{st}=\underbrace{s\rule[-2.4mm]{0mm}{5mm}}_\text{固有値}e^{st} $$

$$ \underbrace{\int dt\,}_{\text{線形演算子}}\hspace{-1mm}e^{st}=\underbrace{\frac 1s\rule[-3.2mm]{0mm}{5mm}}_\text{固有値}e^{st} $$

→ $\underbrace{A}_\text{行列}\bm x=\underbrace{\lambda}_\text{固有値}\bm x$ と同じ形

正弦波も形が変わらない = 指数関数で表せるため

実は正弦波についても、微分や積分を行っても形が変わらない(位相は変わってしまうけれど)。

$$ \frac{d}{dt}\cos\omega t=-\omega\sin\omega t=\omega\cos(\omega t+\pi/2) $$

これは正弦波を指数関数で書けることに起因している。

$$ \frac d{dt}\cos\omega t=\frac d{dt}\Big[\frac{e^{i\omega t}+e^{-i\omega t}}2\Big]=i\omega\cdot \frac{e^{i\omega t}-e^{-i\omega t}}2 =-\omega\cdot \frac{e^{i\omega t}-e^{-i\omega t}}{2i}=-\omega\sin\omega t $$

ただ微分や積分で位相が変化してしまうので、純粋な指数関数ほど便利な感じにはならない?

正弦波を簡易的に複素指数関数で表す

上で述べた指数関数の有用性と、今後も見ていく正弦波の有用性との両方を生かすために、

$$ \cos(\omega t+\theta) =\operatorname{Re}\big[e^{i(\omega t+\theta)}\big] =\operatorname{Re}\big[\cos(\omega t+\theta)+i\sin(\omega t+\theta)\big] $$

であることを念頭に置きつつ、

  • 微分や積分を含む線形な演算を行う間はずっと $\cos(\omega t+\theta)$ の代わりに $e^{i\omega t+\theta}$ を使って計算を進める
  • 最後に実際の波形を得たくなったらおもむろに $\operatorname{Re}$ を取る

というのが非常に便利なやり方になる。

この記法では、

  • $\cos\omega t=\operatorname{Re}\big[e^{i\omega t}\big]$
  • $\sin\omega t=\operatorname{Re}\big[-ie^{i\omega t}\big]$

のように、$\sin$ と $\cos$ は係数が違うだけの同じ形の関数として表せる。

$A$ を複素定数とすると、

$$ \operatorname{Re}\big[Ae^{i\omega t}\big] =\operatorname{Re}\big[|A|e^{i\omega t+\arg A}\big] =|A|\cos(i\omega t+\arg A) $$

であり、係数の絶対値 $|A|$ が正弦波の振幅を、係数の偏角 $\arg A$ が正弦波の位相を表す。

そこで、例えば、

$$ \cos\omega t+\sin\omega t=\sqrt2\Big(\cos(-\pi/4)\cos\omega t-\sin(-\pi/4)\sin\omega t\Big)=\sqrt2\cos(\omega t-\pi/4) $$

などという計算を、

$$ \begin{aligned} &\operatorname{Re}\big[e^{i\omega t}\big]+\operatorname{Re}\big[-ie^{i\omega t}\big] =\operatorname{Re}\big[e^{i\omega t}-ie^{i\omega t}\big] =\operatorname{Re}\big[(1-i)e^{i\omega t}\big]\\ &=\sqrt2\operatorname{Re}\big[\frac{1-i}{\sqrt 2}e^{i\omega t}\big]=\sqrt2\operatorname{Re}\big[e^{-i\pi/4}e^{i\omega t}\big]=\sqrt2\cos(\omega t-\pi/4) \end{aligned} $$

のように進められる。

「$\operatorname{Re}$ を取る」という操作は線形であるばかりでなく、微分や積分と可換であるため、すべての(線形な)計算が済んでから一度だけ$\operatorname{Re}$ を取ればよいのが非常に便利なところだ。

回路学や信号処理では 「$V(t)=e^{i\omega t}$ のとき」 みたいな記述がしょっちゅう出てくるが、 これは「$V(t)=\cos\omega t$ のとき」と書いてあるのと同じだ、と瞬時に変換できるようになろう。

ただこの記法は、計算を線形な手順で行うときしか役に立たないことに注意が必要である。例えば電圧と電流を掛けて消費電力を求める場合などには、掛け算する前に $\text{Re}$ を取らなければならない。

インピーダンスとアドミタンス

上の指数関数の結果を使うと、 電圧と電流が角周波数 $\omega$ の正弦波であるとき、

$$ \begin{aligned} V(t)=V_0e^{i\omega t}\\ I(t)=I_0e^{i\omega t} \end{aligned} $$

抵抗、コンデンサ、コイルの特性を、

$$ \begin{cases} V(t)=\ \ \ \ R\ \ \ \ \ \ I(t)&(\text{抵抗})\\ V(t)=(1/i\omega C)\,I(t)&(\text{コンデンサ})\\ V(t)=\ \ (i\omega L)\ \ \,I(t)&(\text{コイル})\\ \end{cases} $$

と書けることが分かる。

そこで、抵抗、コンデンサ、コイルの「インピーダンス」をそれぞれ $Z_R=R,Z_C=1/i\omega C,Z_L=i\omega L$ と定義すれば、 いずれの場合にも「拡張版オームの法則」

$$ V(t)=Z I(t) $$

が成り立つ。

すなわち、インピーダンスとは「正弦波信号を複素表示した場合の 拡張版オームの法則で『抵抗』にあたる量」ということになる。

当然、インピーダンスは抵抗と同じ次元を持ち、$\Omega$ の単位で計られる。

抵抗の場合とは異なり、コンデンサやコイルでは「比例係数」が複素数になっていて、偏角がそれぞれ $-90^\circ, 90^\circ$ になっている。複素振幅を使うことで、電圧の位相が電流に対してずれることを複素係数で表せていることに注意せよ。インピーダンスの絶対値 $|Z|$ が振幅比を、偏角 $\arg Z$ が位相差を表すことをしっかり理解しておこう。

インピーダンスの逆数 $Y=1/Z$ はアドミタンスと呼ばれ、コンダクタンスと同様 $S$ ジーメンスで計られる。

抵抗、コンデンサ、コイルでできた回路を微分・積分を使わずに表せる

良く知られた抵抗の合成則として、

  • 抵抗 $R_1$ と抵抗 $R_2$ とを直列につないだ場合の合成抵抗は $R_1+R_2$ になる。
  • 抵抗 $R_1$ と抵抗 $R_2$ とを並列につないだ場合の合成抵抗は $(1/R_1+1/R_2)^{-1}\equiv R_1//R_2$ になる。

の2つがあるが、インピーダンスに対しても全く同様の合成則が成り立つ。

  • インピーダンス $Z_1, Z_2$ を直列につないだ場合の合成回路のインピーダンスは $Z_1+Z_2$ になる。

なぜなら電流を $I$ とすれば、2つのインピーダンスに生じる電圧は $V_1=Z_1I, V_2Z_2I$ で、 合成回路に生じる電圧はこれらの和で $V=V_1+V_2=(Z_1+Z_2)I$ であるためだ。

  • インピーダンス $Z_1, Z_2$ を並列につないだ場合の合成回路のインピーダンスは $(1/Z_1+1/Z_2)^{-1}\equiv Z_1//Z_2$ になる。

なぜなら電圧を $V$ とすれば、2つのインピーダンスに流れる電流は $I_1=V/Z_1, I_2=V/Z_2$ で、 合成回路に流れる電流はこれらの和で $I=I_1+I_2=(1/Z_1+/1Z_2)V$ であるためだ。

より複雑な回路についても、インピーダンスを使えば正弦波に対する回路特性を微分・積分を使うことなく四則演算のみで求めることができ、非常に便利である。

線形回路、重ね合わせの原理

抵抗、コンデンサ、コイルの特性はどれも線形である。

・・・線形とは?

ある関数 $f(x)$ が、

$$ f(ax+by)=af(x)+bf(y) $$

を満たすとき、この関数は線形である、と言う。

抵抗、コンデンサ、コイルからなる回路では、

電圧 $V_1(t)$ を掛けたら電流 $I_1(t)$ が流れ、
電圧 $V_2(t)$ を掛けたら電流 $I_2(t)$ が流れるとすれば、
電圧 $V_1(t)+V_2(t)$ を掛けたら電流 $I_1(t)+I_2(t)$ が流れる。

これは、抵抗、コンデンサ、コイルの特性がどれも線形であるためである。

この特性を指して、重ね合わせの原理が成り立つ、ともいう。

ダイオードやトランジスタなどは非線形な特性を持つため、 そのような非線形素子を含む回路では重ね合わせは成り立たない。 → 2倍の電圧を掛けたら2倍の電流が流れるわけではない、ということ。

ただし、理想オペアンプのように、内部にダイオードやトランジスタを含んではいても、 外から見た時に線形な入出力特性を持つように設計される回路も多く、 そのような回路では外から見た特性に線形性を仮定できる場合がある。

また、ある動作点からの微小な変化を議論する際には、 非線形素子を含む場合にも動作点近傍の応答に線形近似を適用できて、 線形な解析ができる場合があり、そこでは重ね合わせの原理を使える。

現実の信号を複数の正弦波の重ね合わせとして表すと便利

上記のように抵抗・コンデンサ・コイルなどを含む線形回路の「正弦波に対する応答」は、 インピーダンスを使うことで非常に簡単に求められる。

では「入出力信号が正弦波でない場合」にはどうしたらいいだろうか?

そのような場合にも、線形な回路は和に対して透過的になる(重ね合わせの原理が働く)ため、 電圧や電流を複数の正弦波の重ね合わせとして表示できるとインピーダンスを用いた解析ができるようになる。

例えば、インピーダンス $Z(\omega)$ を持つ素子に非正弦波的な電流

$$ I(t)=I_1e^{i\omega_1t}+I_2e^{i\omega_2t} $$

を流した場合に発生する電圧は、重ね合わせの原理により $I_1e^{i\omega_1t}$ と $I_2e^{i\omega_2t}$ とがそれぞれ単独で存在した場合の 電圧の和として求められるため、

$$ V(t)=Z(\omega_1)I_1e^{i\omega_1t}+Z(\omega_1)I_2e^{i\omega_2t} $$

となる。インピーダンスは周波数により異なるため、それぞれの正弦波には それに応じたインピーダンスを掛けているところに注意せよ。

より一般に、正弦波の和として表される任意の電流波形をインピーダンス $Z(\omega)$ に流せば、

$$ I(t)=\sum_n I_ne^{i\omega_nt} $$

発生する電圧は、

$$ V(t)=\sum_n Z(\omega_n)I_ne^{i\omega_nt} $$

となるわけだ。

現実の信号を複数の正弦波の重ね合わせとして表すと便利なことが認識できただろうか。 次項では、任意の信号を複数の正弦波の重ね合わせとして表すために フーリエ級数やフーリエ変換について学ぶ。

ちょっと先取り

上記の話は、微分や積分を含む線形演算子 $\hat \mathcal Z$ で表される電流・電圧特性を持つ素子

$$ V(t)=\hat \mathcal Z I(t) $$

があったときに、$\hat \mathcal Z$ の固有関数である $e^{i\omega_n t}$ の固有値がインピーダンス $Z(\omega_n)$ であり、

$$ V(t)=\sum_n Z(\omega_n)I_ne^{i\omega_nt} $$

という式は $\hat \mathcal Z$ のスペクトル分解にあたる表現になっているのだが・・・

そのあたりはまた後で見ていくことにしよう。


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