エーレンフェストの定理

(1028d) 更新


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物理量期待値の時間変化

時間を含むシュレーディンガー方程式は、波動関数の時間発展をそのまま記述したものになっていた。

$$i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi=\hat H\psi$$

つまり、

$$\psi(\bm r,t+\Delta t)=\underbrace{\psi(\bm r,t)+\frac{1}{i\hbar}\hat H\psi(\bm r,t)\cdot\Delta t}_{\psi(\bm r,t)\text{のみから求まる}}$$

同様の考えで、ある物理量を表わす演算子を \hat O として、 この期待値 \langle \hat O\rangle の時間変化を考える。

$$\begin{aligned} \frac{d}{dt}\langle\hat O\rangle &=\frac{d}{dt}\iiint \psi^*\hat O\psi\,d\bm r\\ &=\iiint \frac{\partial}{\partial t}\Big(\psi^*\hat O\psi\Big)\,d\bm r\\ &=\iiint\bigg[\psi^* \hat O\frac{\partial\psi}{\partial t}+\psi^*\underbrace{\frac{\partial\hat O}{\partial t}}_{=\,0}\psi+\frac{\partial\psi^*}{\partial t}\hat O\psi\bigg]d\bm r\\ \end{aligned}$$

ここで $\frac{\PD\hat O}{\PD t}=0$ として真ん中の項は落とす($O(q(t), p(t))$ のように $O$ が位置と運動量のみの関数として書けるとき、$\frac{\PD\hat O}{\PD t}=0$ である。一方、$O(q(t), p(t), t)$ のように時刻 $t$ を顕わに含むときにはこの項も残る)。

シュレーディンガー方程式: \frac{\PD\psi}{\PD t}=\frac{1}{i\hbar}\hat H\psi  により、

$$\begin{aligned} \frac{d}{dt}\langle\hat O\rangle &=\iiint\bigg[\psi^* \hat O\Big(\frac{1}{i\hbar}\hat H\Big)\psi+\Big(\frac{1}{i\hbar}\hat H\psi\Big)^*\hat O\psi\bigg]d\bm r\\ &=\iiint\bigg[\frac{1}{i\hbar}\psi^* \hat O\hat H\psi+\frac{1}{-i\hbar}\Big(\hat H\psi\Big)^*\hat O\psi\bigg]d\bm r\\ &=\frac{1}{i\hbar}\iiint\bigg[\psi^* \hat O\hat H\psi-\Big(\hat H\psi\Big)^*\hat O\psi\bigg]d\bm r\\ &=\frac{1}{i\hbar}\iiint\bigg[\psi^* \hat O\hat H\psi-\psi^*\hat H\hat O\psi\bigg]d\bm r\hspace{1.5cm}\because\ \hat H\ はエルミート\\ &=\frac{1}{i\hbar}\langle \hat O\hat H-\hat H\hat O \rangle \end{aligned}$$

したがって、期待値の時間変化は演算子とハミルトニアンとの交換子の期待値で表わされる。

  \frac{d}{dt}\langle\hat O\rangle &=\frac{1}{i\hbar}\langle \hat O\hat H-\hat H\hat O \rangle

ここから、演算子とハミルトニアンが交換するならば、その物理量は時間に依存しない保存量となることが分かる。

ここに現れた \hat H\hat O-\hat O\hat H に代表される、 \hat A\hat B-\hat B\hat A の形を \hat A \hat B との交換子と呼び、 しばしば \hat A\hat B-\hat B\hat A=[\hat A,\hat B] と書く。 また、交換子で表される \hat A,\hat B の関係を交換関係と呼ぶ。

演算子の期待値を求める計算にはこれからも交換子が頻出する。

演習:エーレンフェストの定理

初期状態において電子の存在確率があまり広がっておらず、 その広がりに対してポテンシャル V(\bm r,t) の変化が十分に緩やかであれば、 電子の運動は古典論から予想されるものと等しくなるはずである。 このことを確かめてみよう。

まず、電子の位置座標*1求めているのは期待値の変化であるが、ここでは電子はあまり広がっていないと考えているため、期待値はそのまま電子の位置と見なせる。の時間変化を求める*2 x,t は独立なパラメータであるため、 \frac{\PD x}{\PD t}=0 である。

(1) \hat O=x と置き、

  \frac{d}{dt}\langle x\rangle &=\frac{1}{i\hbar}\iiint\frac{1}{2m}\psi^*\Big(x\hat p^2-\hat p^2x\Big)\psi\,d\bm r

を導け。

(2) 交換関係 x\hat p_x-\hat p_xx=i\hbar を用いて、

  \hat p_x^2x&=x\hat p_x^2-2i\hbar\hat p_x

を導け。

(3) (2) および x\hat p_y-\hat p_yx=0, x\hat p_z-\hat p_zx=0 を用いて、

  x\hat p^2-\hat p^2x&=2i\hbar\hat p_x

を導け。

(4) (1)、(3) を用いて、

  \frac{d}{dt}\langle x\rangle &=\frac{\left\langle p_x\right\rangle}{m}

を導け。

次に運動量の時間変化について考える。

(5) \hat p_x \hat p^2 が交換することを導け。

(6) \hat p_xV&=\frac{\hbar}{i}\frac{\PD V}{\PD x}+V\hat p_x を導け。

(7) \frac{d}{dt}\langle p_x\rangle&=-\left\langle\frac{\PD V}{\PD x}\right\rangle を導け。

● 解答はこちら

解説

$y,z$ に対しても同様の結果が得られるため、 $\bm r,\bm p$ の期待値が古典論の運動方程式

$$\frac{d\bm r}{dt}=\frac{\bm p}{m}$$

$$\frac{d\bm p}{dt}=-\bm\nabla V$$

に対応して、

$$\frac{d\langle\hat{\bm r}\rangle}{dt}=\frac{\langle\hat{\bm p}\rangle}{m}$$

$$\frac{d\langle\hat{\bm p}\rangle}{dt}=-\langle\bm\nabla V\rangle$$

を満たすことが示された。

シュレーディンガー方程式が巨視的極限(波動関数の広がりのスケールに対してポテンシャルの変化が十分にゆっくりである条件)において古典論の運動方程式に一致する、という この定理をエーレンフェストの定理と呼ぶ。 一方、波動関数の広がりが大きく、その中でポテンシャルが大きく変化してしまう場合には量子力学的効果が強く表れることになる。

上で求めた、

$$ \frac{d}{dt}\langle\hat O\rangle =\frac{1}{i\hbar}\langle [\hat O,\hat H] \rangle $$

という式は、演算子自体が時間を含む場合には

$$ \frac{d}{dt}\langle\hat O\rangle =\frac{1}{i\hbar}\langle [\hat O,\hat H]\rangle+\langle\tfrac{\partial \hat O}{\partial t} \rangle $$

となるが、この式は ハミルトン力学における力学変数 $F$ の時間発展 を表す、

$$ \frac{d}{dt} F=\big\{F,H\big\}+\frac{\partial F}{\partial t} $$

のような式に現れるポアソン括弧

$$ \big\{F,H\big\}=\sum_{i=1}^n \Big[\frac{\partial F}{\partial q_i}\frac{\partial H}{\partial p_i}-\frac{\partial F}{\partial p_i}\frac{\partial H}{\partial q_i}\Big] $$

を交換子 $\tfrac{1}{i\hbar}[\cdot,\cdot]$ で置き換えた形になっており、ハイゼンベルクの運動方程式と呼ばれる。

この対応関係は非常に重要なものであるが、解析力学(ハミルトン力学)に関する最低限の知識がないと 何を言っているのかわからないと思うので、もし足りない人は 解析力学(リンク先) などをテキストとして 解析力学の基本的な部分を見直してほしい。


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質問・コメント




理解しました

根岸 康夫? ()

理解しました。<О>=<φ|О|φ>ですから∂О/∂t=0でも ∂φ/∂tが0ではない、だからd<О>/dtも0にはならない、ということですね。改めてみればちゃんと本文に記載されていました。本当にありがとうございました。

  • お恥ずかしい限りです。理解してませんでした。解析力学のLにおいてdL/dtを考えるとき、Lが時間に「あらわに依存しない」とは、座標qと速度qドットが固定された状態で時間変化しない、すなわち偏微分∂L/∂tが0を意味することを見て、先生の回答の意味が少しわかりかけています。 -- 根岸 康夫?
  • こちらこそ言葉足らずですみません。おっしゃる通りの意味になります。ラグランジュ力学では独立変数が q と qドットであるところ、ハミルトン力学では q と p になりますので、q, p, t のうち q と p を固定して t のみを変化させた偏微分が ∂О/∂t ということでした。 -- 武内 (管理人)?

d<О>/dtを計算する過程で∂О/∂t=0とできる理由がわかりません

根岸 康夫? ()

学外者です。無礼は重々承知で質問させていただきます。
d<О>/dtを計算する過程で∂О/∂t=0とできる状況がイメージできません。
「物理量Оの期待値」を計算するときに、
∂О/∂t=0では「物理量Оに時間変化がない」ように考えてしまいます。
私はどこを勘違いしているんででしょうか?

  • ここでの偏微分∂О/∂tは、数式上で位置qや運動量pを変化させずに時間tだけを変化させたときの微分であることを意味します。物理量Qを式で書いたときに位置qと運動量pのみで書け、あらわに時間tを含まないとき、偏微分はゼロになります。その場合にも、位置q(t)や運動量p(t)自体が時間に依存して変化すればその物理量は時間とともに変化します。O(p(t), q(t), t) と書いたときに、p, q, t を独立変数として、p, q が動かないとして t で偏微分したのが ∂О/∂t である、という説明で理解できるでしょうか? -- 武内 (管理人)?
  • 早々に回答ありがとうございました。 -- 根岸 康夫?

*1 求めているのは期待値の変化であるが、ここでは電子はあまり広がっていないと考えているため、期待値はそのまま電子の位置と見なせる。
*2 x,t は独立なパラメータであるため、 \frac{\PD x}{\PD t}=0 である。

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