原発事故/1 Svによる健康被害 のバックアップ(No.2)

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公開メモ

1シーベルトの被曝が個々の細胞に与えるダメージを考えてみる

1シーベルトがどのくらい怖そうか、細胞1つ1つに与えるダメージを元に考えてみます。

疫学的なことは分からないので、あくまで机上だけで考えられる範囲の話です。

沢田昭二『放射線による内部被曝』−福島原発事故に関連して−
http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_20.html
に、

1シーベルトの被曝により「細胞1個当たり平均して52万カ所以上の電離作用を受けることになる」

と書かれていたことに触発されて書いた記事です。

細胞の大きさ・重さ

まず人の細胞の大きさは、http://bunseiri.michikusa.jp/Cell.htm によると平均 15 マイクロメートル だそうです。どうせ概算なので立方体だとすると、細胞1つの体積は、

(15\,{\rm \mu m})^3=3375\,{\rm \mu m}^3 = 3.4 \times 10^{-15}\,{\rm m}^3

となって、比重を1とすればこれは 3.4\times 10^{-9}\,{\rm g}=3.4\,{\rm ng} に相当します。(ng はナノグラム)

1個の細胞に吸収される放射線のエネルギー

ガンマ線に対しては1シーベルトはそのまま1グレイ(Gy)に対応します。1グレイ(Gy)は人体 1 kg あたりに吸収される放射線エネルギーです。

したがって、シーベルト値に細胞の重さに掛けると細胞1つに吸収されるエネルギーが出ます。

ということで、浴びる線量が 1 Sv の時、細胞1つに吸収されるエネルギーは:

1\,{\rm Gy}\times\frac{3.4\,{\rm ng}}{1\,{\rm kg}}=3.4\,{\rm pJ}

ここで pJ はピコジュール。

これを放射線1個あたりのエネルギーで割ると、ようやく細胞1つが吸収する放射線の個数が出ます。

1個の細胞に吸収される放射線の数

セシウム137から出るガンマ線1個が持つエネルギーは 662keV(キロ エレクトロンボルト)です。 1\,{\rm eV} = 1.6\times 10^{-19}\,{\rm J} より、

662\,{\rm keV}= 1.06 \times 10^{-13}\,{\rm J} = 0.106\,{\rm pJ}

したがって、1 Sv の被曝により、細胞1つあたり 32 個の放射線を吸収することになります。

あれ???

上記文献にある「細胞1個当たり52万カ所以上の電離作用」という値とかけ離れた結果が得られてしまいました。

上記文献値との比較

何か考え方が違うようですね。

先の文献では体重50kgの人に60兆個の細胞があるとしていたので、

50\,{\rm kg}/60\times 10^{12}\,{\rm cell}=0.83\,{\rm ng/cell}

は、数倍の違いを無視すればオーダーでは正しいです。実際、体重の 50 kg には骨とか消化中の食物、体液なんかが含まれてるので、そのあたりを考慮すれば差はぐっと縮まるはず。

文中に出てくる

50\,{\rm J}= 3.12\times 10^{20}\,{\rm eV}

もあってる。

これを60兆で割ると、細胞1個あたりのエネルギーは

3.12\times 10^{20}\,{\rm eV}/60\times 10^{12}=52\times 10^{5}\,{\rm eV}

これを52万箇所の電離作用に分けたら1カ所あたりのエネルギーは 10\,{\rm eV} ということになります。

これは放射線1個の持つエネルギー数百keVに比べて4桁くらい小さい値です。

ここまで来てようやく「52万カ所の電離作用」の意味を理解しました。

「電離作用」の意味

文献に出てくる「電離作用」というのは、生体分子を構成する原子と原子の間の結合を切り離してイオン化する化学反応のことを言います。

原子と原子との間の結合はだいたい数eVくらいのエネルギーを与えると切れてしまうので、1回の電離には 10\,{\rm eV} くらいのエネルギーで十分と考えたわけですね。

放射線粒子1つあたりのエネルギーはこの 10 eV というエネルギーに比べると桁違いに大きいです。

例えば、セシウム137から出るガンマ線は 662 keV のエネルギーを持つので、 電離1回あたり 10 eV という値で割ってしまえば、 単純計算で 66200 回の電離作用を生じ得ることになります。

上記文献ではこの数に吸収される放射線の数を掛けて、全体での電離回数が数十万回とかいう値を出してるのと同じ計算になります。

被曝による急性症状

そんな回数の「電離作用」が生じて、その細胞は生き続けることができるのでしょうか?

現在、緊急作業による被曝限度は 250 mSv とされています。

この被曝量は上記 1 Sv の 1/4 にあたるので、 細胞1つあたり10万〜数十万回以上の電離作用を受けることに相当します。

すなわち、体中すべての細胞中で1つの細胞あたり10万〜数十万個の分子が破壊されると。

こんな値を見ると「そんなに浴びたら即死じゃないの?」と思ってしまうけど、 実際にはこのレベルだと多少のだるさを感じることがある程度で、急性症状での死者はまず出ません。 症状の重く出る人でも、軽い風邪を引いた程度の体調不良で済んでしまうそうです。

電離作用による細胞へのダメージの大きさ

「体中すべての細胞中で1つの細胞あたり10万個以上の分子が破壊される」

というのと、

「症状の重く出る人でも、軽い風邪を引いた程度の体調不良で済んでしまう」

というのとは、ちょっと考えると相容れない気がします。

そこで、4つの観点から考えてみました。

  • 電離作用は本当にそんな回数起きるのか?
  • 数十万個の分子が破壊されたとして、その影響は?
  • DNA への損傷
  • 破壊される領域の分布

電離作用は本当にそんな回数起きるのか?

確かに、原子と原子との間を結ぶ結合(共有結合)は数eV程度のエネルギーを与えると切れてしまうのですが、 そんな反応があったとすれば、エネルギーのうちかなりの部分は分子の運動エネルギーになって、すぐさま熱に変換されると思われます。

すなわち、分子が切れるとその切れ端は凄い勢いで飛んでいきますが、すぐにまわりの水分子の抵抗で停止する。凄い勢いで飛んでいる状況は運動エネルギーをたくさん持っている状況。抵抗で停止するのは、その運動エネルギーを周りの水分子に与えたため。水分子が受け取った運動エネルギーは、すぐに熱エネルギーに変化します。(というか、乱雑な運動エネルギーはほぼ熱エネルギーそのものです)

だから、放射線の持つエネルギーはすべてが分子結合を切るのに使われるわけではなく、 かなりの部分が熱になって失われるんじゃないでしょうか?

もしそうなら実際に起きる電離作用の数は10万よりかなり小さくなるのですが・・・すみません、この点については勉強不足なので、実際に何回くらいと見積もればいいのか、よく分かっていません。

数十万個の分子が破壊されたとして、その影響は?

たとえ数十万個の分子が破壊されたとしても、その多くの「分子」が水分子であれば、 水素と水酸基に分離した水分子はすぐに元に戻るため、影響はごくわずかです。

細胞に含まれている水分子の数はというと:

水分子の重さは、水の分子量 18 をアボガドロ数 N_A=6.0221415\times 10^{23} で割れば、

3.0\times 10^{-23}\,{\rm g}

です。細胞の重さが 3.4 ng で、その7割程度が水だとすれば、細胞1個には

3.4 \times 10^{-9} / 3.0\times 10^{-23}=1.1\times 10^{14}

の水分子が含まれていることになります。

10万回の電離がすべて水分子で生じたとしても、 「11億個に1つ」の水分子が電離作用を受けるに過ぎないことになります。

細胞中には分子が非常にたくさんあるので、 10万個というような一見大きな数に思える分子が壊れたとしても、 DNA や RNA をはじめとする重要な分子が損傷しない限り、 「数多くの分子のごく一部が壊れただけ」で済むため、 細胞としての活動を停止させられることは無い、 と考えられます。

DNA の損傷

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3214706.html によると、人の細胞のうち 3.7 pg 程度が DNA だそうで、これは上で見積もった細胞の質量 3.4 ng の約 1/1000 に相当します。

あれ???

すると、質量比だけで単純計算すれば十万回の電離作用があれば100回くらいが DNA 内で起きる計算になりますね。それじゃあ、やっぱり細胞は全滅してしまうような・・・

この話と、前項での話がどう繋がるかというと、水分子にくらべて DNA 分子は 1000 億倍も大きいので、水分子10億個に1つが壊れる程度の低い破壊確率でも、DNA は100回くらい壊れてしまう、という話です。

ただ、DNA には 3.3 x 10^9 塩基対と言われる膨大な遺伝情報が蓄えられている物の、その97%は意味のないジャンクであって、実際に有意義な遺伝情報を司るのは残りの3%に過ぎないのだそうです。だから、その3%が無事であれば、細胞の機能は保たれると考えられます。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AFDNA

さらに、DNA は2重らせん構造を持っているため、片方のらせんが電離作用により壊されたとしても、 もう一方が残っていれば修復が可能である場合も多いはずです。

とはいえ、これらを考えに入れても1セットのDNAあたり100回の電離がすべての細胞に起きるというのでは、生き延びる細胞が少なすぎてとてもじゃないけど軽い風邪程度では済まないような?

破壊の分布

強いエネルギーを持った放射線が1つの細胞に数十個入射する場合、ダメージを受ける範囲は細胞内で均一には分布しないと思われます

放射線の通った軌道付近はずたずたに壊されますが、そこから離れればあまり影響はない。

もし細胞内が均一にダメージを受けるのであれば、上の計算の通りすべての細胞の DNA がほぼ必ず損傷を受けてしまいますが、ダメージが不均一であれば、核の中に固まって存在する DNA が生き延びる可能性が出てきます。

正しいことは分かりませんが、実際に起こりそうなのは、放射線のエネルギーを 10 eV で割るという方法では電離作用の回数を多く見積もりすぎで、実際には1細胞あたり10万回というほどの回数の電離は起きていないんじゃないかということと、破壊の分布が不均一なので、DNA が傷つかない細胞もかなりあるんじゃないかということと、が相まって急性症状が「軽い風邪程度」で済んでいるんじゃないか、というのが今考えている状況です。

どこかで私が見積もりを間違ってるだけかもしれませんが・・・

文献との比較

上記文献では「1ミリシーベルトの被曝では全身の細胞1個当たり520カ所以上の電離作用を受けて,ほぼ100%の細胞で誤った修復あるいは,修復できない損傷が生ずる.」と書いています。

これはどう考えても暴論です。

もしこれが正しければ、1シーベルトは1ミリシーベルトの1000倍なので、もう完全に DNA がずたずたになる計算ですが、それでも、急性症状による死亡例はほとんど無いわけで、そのあたり説明できないと思います。

ガンになるかどうか

DNA の主要部分が損傷を受けた場合、ほぼ確実にその細胞は次の細胞分裂の後に生命活動を続けられずに死滅することになります。

ただ、ごくまれに細胞自身の生命活動に支障はないものの、正規の機能を失って暴走するような DNA への損傷が生じる可能性があります。そのようにして生まれた細胞ががん細胞です。

DNA のコピーミスは放射線が無くても一定確率で生じます。これが放射線に依らない分のガン発生確率。

それに、放射線により生じる DNA 損傷分が上乗せされることで、ガン発生確率が上昇します。 DNA をずたずたに破壊されて死滅する細胞は、ガン発生確率の上昇に寄与しません。

放射線で発生した場合も、自然に発生した場合も、生じたがん細胞はその多くが体内の免疫細胞により駆逐されるため、実際にはガンとして発症しません。免疫が弱かったり、あるいは免疫細胞に攻撃されないようながん細胞が生じた時に始めてガンが発症します。

そう考えると、被曝により数十年後にガンを発症する、というのは不思議に感じますね。

被曝でがん細胞が生じる、という以外に、被曝により「がん細胞に対する長期的な免疫が下がる」というような影響があるのかもしれないと想像しますが、そのあたりはここでの考察の範囲外なので、また別途勉強してみようと思います。

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