線形代数II/代数学的構造 のバックアップ(No.18)
更新目次 †
この授業は「線形代数」という名前だけれど、この言葉の意味を知っているだろうか?
線形とは †
ある写像(関数)が「線形」であるかどうかは、
$f(\bm x)$ が線形とは: $f(\bm x+\bm y)=f(\bm x)+f(\bm y)$ および $f(a \bm x)=a f(\bm x)$ が成り立つこと
あるいは、
$f(\bm x)$ が線形とは: $f(a \bm x+b \bm y)=a f(\bm x)+b f(\bm y)$ が成り立つこと
と定義される。
すなわち関数がベクトルの和とスカラー倍に対して透過的*1関数適用前に演算を行っても、適用後に行っても結果が変わらないであることを言う。
通常の1変数関数であれば、
$$ f(x)=f(x\cdot 1)=x\,\underbrace{f(1)}_{=A}=Ax $$
となるから、$A$ を何らかの定数として $f(x)=Ax$ と表せる関数のみが線形である。
そのような関数のグラフを考えれば原点を通る直線となり、これが「線形(linear)」の語源である。
代数学とは †
では「代数学(algebra)」は?
これまで様々な「数の集合」を学んできた。
- $\mathbb N$ 自然数 = 加算・乗算について「閉じている」 → $a,b\in \mathbb N$ ならば $a+b, a\times b\in \mathbb N$
- $\mathbb Z$ 整数 = 減算についても閉じている $a-b$
- $\mathbb Q$ 有理数 = 除算についても「ほぼ」閉じている $a/b$(ゼロでの除算は例外)
- $\mathbb R$ 実数 = 収束する有理数列の極限演算についても閉じている $\displaystyle\lim_{n\rightarrow\infty}a_n$
- $\mathbb C$ 複素数 = 負数の開根操作についても閉じている $\sqrt{-1}$
$\mathbb N \subset \mathbb Z \subset \mathbb Q \subset \mathbb R \subset \mathbb C$ であり、新しい「演算」の導入により「数の集合」を拡大してきた。
「解析学」はこの最上位の $\mathbb R$ または $\mathbb C$ (あるいは $\mathbb R^n$ や $\mathbb C^n$ )の上で、極限や微積分を扱う学問だった ($\mathbb R^n$、 $\mathbb C^n$ は $n$ 次元実数ベクトル、$n$ 次元複素数ベクトルの集合)
「代数学」は $\mathbb N, \mathbb Z, \mathbb Q, \mathbb R, \mathbb C$ の系列から外れて、
例えば、
加算は定義されないが、乗算だけが定義される数の集合
などというように、「何らかの演算」と、「その演算に対して閉じた数の集合」を定め、 そこに現れる「構造」を研究する。
線形代数学で主役となる「ベクトル」もそのような意味での「数」の一員である。
代数学的構造の例: 群 †
ある集合 $U$ の2つの元の間に ある演算 $*$ が定義され、
$U$ は $*$ について「閉じている」とする。
集合 $U$ が演算 $*$ について「閉じている」とは、演算の結果が必ず $U$ に含まれること。
すなわち $\forall x,\forall y \in U$ について $x*y\in U$
「$\forall x\in U$ について」 は、「任意の $U$ の元 $x$ について」 という意味
閉じていない例: $1,2\in \mathbb N$ しかし、$1/2 \not\in \mathbb N$ なので、 自然数は除算について閉じていない。
さらにこの演算が次の公理を満たすものとする。
- $\forall x,\forall y,\forall z\in U$ に対して結合法則 $(x*y)*z=x*(y*z)$ が成り立つ
- 特別な元 $e\in U$ が存在し、$\forall x \in U$ に対して $e*x=x*e=x$ を満たす(単位元の存在)
- $\forall x \in U$ それぞれに対して、$x*y=y*x=e$ を満たすような元 $y\in U$ を(最低限1つずつ)見つけられる(逆元の存在)
このとき、「$U$ は演算 $*$ に対して群である」 という。
上記の条件は、for all 記号 $\forall$、exists 記号 $\exists$ を使えば次のようになる。
0. $\forall x, \forall y\in U, x*y\in U$
1. $\forall x,\forall y,\forall z\in U, (x*y)*z=x*(y*z)$
2. $\exists e\in U, \forall x\in U, x*e=e*x=x$
3. $\forall x\in U,\exists y\in U, x*y=y*x=e$
群の例 †
一見すると、$U$ を有理数 $\mathbb Q$、$*$ を通常の乗算 $\times$ と考えれば群の公理を満たしそうに思えるが、$0\in \mathbb Q$ が逆元を持たないため、 有理数 $\mathbb Q$ は乗算 $\times$ について群とはならない。
$U$ を有理数 $\mathbb Q$ からゼロを除いた集合 $\mathbb Q-\set{0}$ とすれば、この集合は乗算 $\times$ に対して群となる。
$U$ を整数 $\mathbb Z$、$*$ を通常の加算 $+$、単位元を $0$ と考えると公理を満たすから、$\mathbb Z$ は加算について群である。(加算の単位元は 0 である)
$U$ を $k$ の倍数 $\set{nk|n\in \mathbb Z}$、$*$ を通常の加算 $+$、単位元を $0$ と考えると、これも群を為す。
群の要素数が有限である場合もある。
自明な群: 1つしか要素を持たない集合 $U=\set{e}$ に対して、$e*e=e$ と定義すれば、$U$ は群である。
$U={a,b,c}$ に対して、演算 $*$ を
* | a | b | c |
---|---|---|---|
a | a | b | c |
b | b | c | a |
c | c | a | b |
と定義すれば、$U$ は群である。
ただしこの表は、$(左に書かれた数)*(上に書かれた数)$ の演算結果を示した物である。
代数学で扱う「演算」は、このように表を作ることで任意に定義できる。
例えばこの表を、
$\odot$ | a | b | c |
---|---|---|---|
a | a | b | c |
b | b | c | b |
c | c | b | a |
とすると別の演算 $\odot$ を定義できるが、$(c\odot b)\odot b=b\odot b=c\ne c\odot (b\odot c)=c\odot b=b$ となって $\odot$ は結合法則を満たさず、 $U$ は $\odot$ に対して群ではない。
「群」の公理は上のように単純なものであるが、
その数学的構造は非常に奥深く、「群論」だけで数学の1分野となる。
応用理工の数学カリキュラムでは群論の詳細には立ち入らないが、 結晶学や分子振動における点群や、 ゲージ理論などにおける対称性に関する議論に重要な応用があるため どこかでまた学ぶことになるかもしれない。
その他の代数的構造 †
- 群 = 上記
- 可換群 = 群の公理に交換法則 $a*b=b*a$ を加える
- 体 = 2つの演算 $+,*$ を持ち、$+$ に対して可換群、$+$ の単位元である 0 を除いて $*$ に対しても可換群であり、さらに分配法則 $a*(b+c)=a*b+a*c$ が成立する(つまり「四則演算」ができる集合のこと)
有理数 $\mathbb Q$ や実数 $\mathbb R$、複素数 $\mathbb C$ は
自由に四則演算の行える構造を持ち、「体」である。
そこでしばしば 有理体、実数体、複素数体 などとも呼ばれる。
これ以外にも様々な代数的構造が研究されている。→ Wikipedia:代数的構造
代数的構造の意味 †
「代数的構造」の優れた点は数学的に類似の構造を持つ対象を抜き出して、 それらをまとめて議論できる点にある。
異なる対象の「類似点」を公理の形で記し、公理のみを基に定理を導くことにより、 個々の対象に依存せず、すべての対象に適用可能な結論を導くことができるのである。
質問・コメント †
細かいですが、間違いを見つけました。 †
工学システム学類の変な男? ()
「代数学的構造の例: 群 」 のfor all とexistsの使用例の3ですがx と a が混在しています。
最近、このサイトをみつけました。教科書よりも読み易く、面白い読み物として利用させて頂いています。
- 指摘をありがとうございます。早速訂正しました。ぜひ役立ててもらえればこちらもうれしいです。 -- 武内(管理人)?