ハートレー方程式の導出 のバックアップ(No.5)

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ハートレー方程式の導出

ハートレー法の1粒子方程式となるハートレー方程式を導出する。

変分法を使うので、まだ学んでいなければ次のことだけ理解しておくこと。

  • 変分法の考え方
    • あるハミルトニアンに対する基底状態とは、そのハミルトニアンに対して最低のエネルギー期待値を与える波動関数のことである
    • つまり、いくつかのパラメータを含む試行的な波動関数を作り、それらのパラメータを調節して厳密な基底状態が得られるなら、それは波動関数のエネルギー期待値が最小となる点である
    • 試行関数では厳密解を表せない場合にも、なるべく良い近似解を作るのには波動関数のエネルギー期待値を最小化するようにパラメータを調節するのが良い指針になるだろう

ハートレー法では1つのハートレー積で表せる関数の中から、最も小さいエネルギー期待値を与える関数を探すことにより、その形で表すことの可能な「最良の近似解」を求める。

目次

時間に依らないシュレーディンガー方程式

n 個の同種粒子からなる系を考える。

 &math( \hat H\mathit\Phi =\varepsilon \mathit\Phi );

ハミルトニアン \hat H は運動エネルギー T 、1体ポテンシャル V_\mathrm{1体} 、 2体ポテンシャル V_\mathrm{2体} の和で表わせる。

 &math( H&=T+V_\mathrm{1体}+V_\mathrm{2体}\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(\bm r_i,s_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(\bm r_i,s_i,\bm r_j,s_j)\\ );

 &math( \phantom{H} &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(x_i,x_j)\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \frac{1}{2}\sum_i \sum_{j\ne i} V_2(x_i,x_j)\\ );

ここで、

  • \bm r_i 等は空間座標、 s_i などはスピン座標、 x_i などは空間座標とスピン座標を合わせた座標の意味
  • 粒子は同種だから、 V_1,V_2 i,j によらず同一 (異なるポテンシャルを感じる粒子は同種でない)
  • 2行目の j>i は、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算しないため
  • 4行目では j>i とする代わりに、全て2回ずつ数えておいて最後に半分にした

多粒子波動関数モデル

多粒子波動関数は \{\phi_i\} から作られる単一のハートレー積で表すものとする。

 &math( \mathit\Phi=\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n) );

ただし、 \{\phi_i\} は正規化された n 個の1粒子関数。

 &math( \int d\bm r\,\sum_s\,\phi_i(\bm r,s)\phi_i(\bm r,s)= \int dx\,\phi_i(x)\phi_i(x)=1 );

\{\phi_i\} をどのように取れば多粒子系のエネルギー期待値を最小化できるか考える。

以下で見るとおり、上記の形に置くこと自体が平均場近似で電子相関および交換相互作用を 無視することに繋がる。

エネルギーの期待値

変分法で波動関数を最適化するため、まずはエネルギーの表式を求めておく。

 &math( E&=\langle H\rangle=\int d^nx\ \mathit\Phi^* H \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* (T+V_{1体}+V_{2体}) \mathit\Phi\\ );

以下、項ごとに見ていく。

運動エネルギー

 &math( \langle T_i\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* T_i \mathit\Phi\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m} \int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n) \nabla_i^2 \phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx_i\, \phi_i^*(x_i) \nabla_i^2 \phi_i(x_i)\\ );

\nabla_i が作用するのは x_i のみなので、 j\ne i については積分が実行できて 1 が現れる。

1体エネルギー

計算は上と同様に、

 &math( \langle V_i\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* V_i \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n)\,V_1(x_i)\,\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ &=\int dx_i\ \phi_i^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_i(x_i)\\ );

2体エネルギー

 &math( \langle V_{ij}\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* V_{ij} \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n)\,V_2(x_i,x_j)\,\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ &=\int dx\int dx'\, \phi_i^*(x) \phi_j^*(x') \,V_2(x,x')\,\phi_i(x) \phi_j(x') \\ );

i,j の2つの積分が残る。

エネルギーの最小化

エネルギーの期待値は次のようになった。

 &math( E=&-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)

  1. \sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) V_1(x) \phi_i(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x') );

これを最小化する \set{\phi_i} を求めることにより、 1つのハートレー積で表現可能な波動関数の最良解を探そう。

ただし、 {\phi_i} が規格化されていることを前提としているので、

 &math( \int dx_i \phi_i^*(x)\phi_i(x)=1 );

の条件下で \phi_i を変化させて E を最小化することになる。

そこで ラグランジュの未定係数法 を使う。

ラグランジュの未定係数法

正規性を表す条件式は i=1,2,\dots,n n 個あるので、 n 個の未定係数を 2\varepsilon_{i} として、

 &math( L=E-\sum_i \varepsilon_i \Big[\int dx\,\phi_i^*(x)\phi_i(x)-1\Big] );

を定義し、この L \phi_i,\varepsilon_i で微分しゼロと置く。

\varepsilon_i で微分した結果をゼロと置けば正規直交条件が出てくるので、これは \{\phi_i\} として正規化された関数を用いることのみで成立する。

一方、 \phi_i(x) を変化させ、 \phi_i(x)+\delta\phi_i(x) とした時の変化を L\to L+\delta L として、任意の \delta \phi_i に対して \delta L=0 となる、という条件式が求める1体方程式となる( (汎関数微分) = 0 の形になる*1汎関数微分については例えば http://eman-physics.net/analyt... などを参考にすると良い)。

 &math( \delta L= &-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \phi_i^*(x) \nabla^2 \delta\phi_i(x)\\ &+\int dx\ \delta\phi_i^*(x) V_1(x) \phi_i(x)+\int dx\ \phi_i^*(x) V_1(x) \delta\phi_i(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\delta\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x')

  1. \frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_j(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_{i'\ne i} \iint dxdx'\phi_{i'}^*(x)\delta\phi_i^*(x') V_2(x,x') \phi_{i'}(x)\phi_i(x')
  2. \frac{1}{2}\sum_{i'\ne i} \iint dxdx'\phi_{i'}^*(x)\phi_i^*(x') V_2(x,x') \phi_{i'}(x)\delta\phi_i(x')\\ &-\varepsilon_i \Big[\int dx\,\delta\phi_i^*(x)\phi_i(x)+\int dx\,\phi_i^*(x)\delta\phi_i(x)\Big]\\ =&\,0 );

演算子のエルミート性

ここで、ある演算子 \hat H がエルミートであるとき、

 &math( (g,\hat Hf)=(\hat Hf,g)^*=(f,\hat Hg)^* );

すなわち、

 &math( (f,\hat Hg)+(g,\hat Hf)=(f,\hat Hg)+(f,\hat Hg)^*=2\,\mathrm{Real}\big[(f,\hat Hg)\big] );

のようにまとめられる。これを用いると、

 &math( \delta L =&\,2\,\mathrm{Real} \int dx\ \delta\phi_i^*(x) \bigg[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \phi_i(x)

  1. V_1(x)+\sum_{j\ne i}\int dx'V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2-\varepsilon_i \bigg]\phi_i(x)\\ =&\,0 );

これが任意の \delta\phi_i(x) に対して成立するためには、 \big[\hspace{1cm}\big]\phi_i(x) の部分がゼロでなければならない。すなわち、

 &math( \underbrace{\Big[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 +V_1(x)+\sum_{j\ne i}\int dx'V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\Big]}_{\hat H_H^{(i)}}\phi_i(x)=\varepsilon_i\phi_i(x) );

これが、 \phi_i(x) を求めるための1粒子方程式となる。

V_2 を含む項を2粒子相互作用の平均場ポテンシャルと解釈すれば H_i^{(i)} を通常の1粒子ハミルトニアンと捉えることも可能であるが、 この方程式の本質は1つのハートリー積で表せる波動関数の中から最良解を見つけるための方程式である。

多粒子波動関数を単一のハートレー積の形に限定することにより、 非常に自然な流れで「平均場近似」が得られることに注目せよ。

多粒子エネルギーと1粒子エネルギー

上で出てきた \hat H_H^{(i)} を使うと、

 &math( E=&\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \bigg[\hat H_H^{(i)}-\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \int dx' V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\bigg] \phi_i(x) );

と表せるから、 \phi_i が上記ハートレー方程式の解であれば、

 &math( E=&\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \bigg[\varepsilon_i-\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \int dx' V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\bigg] \phi_i(x)\\ =&\sum_i \varepsilon_i-\underbrace{\frac{1}{2}\sum_i\sum_{j\ne i} \iint dxdx' \,V_2(x,x') |\phi_i(x)|^2|\phi_j(x')|^2}_{2粒子相互作用を2重に数えてしまった補正}\\ );

となり、多粒子系のエネルギーが、1粒子方程式の固有値の和にならないこと、 1粒子固有値が必ずしもエネルギーとしての意味を持たないことが分かる。

質問・コメント





*1 汎関数微分については例えば http://eman-physics.net/analytic/functional.html などを参考にすると良い

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