量子力学Ⅰ/平均場近似 のバックアップソース(No.11)

更新

[[量子力学Ⅰ]]

* 目次 [#f10aabe3]

#contents

* 平均場近似による1体問題化 [#gab67a11]

前述のように、「粒子間の相互作用がないこと」を仮定すれば、
1粒子波動関数を複数掛け合わせて、多粒子シュレーディンガー方程式を解ける。

しかし、「粒子間の相互作用がないこと」を要件とする限り、
興味のある問題にはまったく適当できない。

そこで、「擬似的に相互作用をなくすために」粒子・粒子間の相互作用を平均化して、
ポテンシャル &math(V); に含めてしまう___平均場近似___が行われる。

* ハートレーの方法 [#i288001d]

先に見た水素様「分子」のポテンシャル

 &math(
V(\bm r_1,\bm r_2)&=\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0}\Biggl[
\underbrace{
\frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_1|}+
\frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_2|}}_{電子1と原子核}+
\underbrace{
\frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_1|}+
\frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_2|}}_{電子2と原子核}+
\underbrace{\frac{+1}{|\bm r_1-\bm r_2|}}_{電子間相互作用}
\Biggr]\\
&=V_{1体}(\bm r_1)+V_{1体}(\bm r_2)+V_{2体}(\bm r_1,\bm r_2)
); 

でもそうだったように、
粒子間の相互作用が「2体相互作用の重ね合わせ」で書けるとすれば、
多体問題のポテンシャルを一般に次のように表せる。

 &math(
V(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)=
\underbrace{\sum_{j=1}^n V_j(\bm r_j)}_{1粒子ポテンシャル}+
\underbrace{\sum_{j=1}^n\sum_{k=j+1}^n V_{j,k}(\bm r_j,\bm r_k)}_{2粒子ポテンシャル}
);

(相互作用ポテンシャルを2重にカウントしないため、
2つ目の &math(\sum); の &math(k); は &math(j+1); から始まっている)

このようなポテンシャルを仮定した場合、
例えば粒子 &math(j); の感じるポテンシャルは他の粒子の位置により変化するのであるが、

 &math(
v_j(\bm r_j)&=V_j(\bm r_j)+\sum_{k\ne j} V_{j,k}(\bm r_j,\bm r_k)\\
);

これを "平均場" で置き換えよう。

 &math(
\overline{v_j}(\bm r_j)&= V_j(\bm r_j)+\sum_{k\ne j} \overline{ V_{j,k}}(\bm r_j)\\
);

ただし、

 &math(\overline{ V_{j,k}}(\bm r_j)=\int V_{j,k}(\bm r_j,\bm r_k)\,|\varphi_k(\bm r_k)|^2\,d\bm r_k);

であり、これはポテンシャル &math(V_{j,k}); を粒子 &math(k); が &math(\bm r_k); 
に見いだされる確率 &math(|\varphi_k(\bm r_k)|^2); で重み付けして平均したものである。
&math(k); 番目の粒子は様々に動き回るが、その際 &math(\bm r_k); に存在する確率が
&math(|\varphi_k(\bm r_k)|^2); であることから、粒子 &math(j); 
の感じるであろう「平均的なポテンシャル」を上記のように求めたわけである。

この &math(\overline{v_j}(\bm r_j)); に対する「1体のシュレーディンガー方程式」
を解いて、粒子 &math(j); に対する一体の波動関数 &math(\varphi_j(\bm r_j)); を得る。

 &math(
\left[-\frac{\hbar^2}{2m_j}\nabla_{r_j}^2+\overline{v_j}(\bm r_j)\right]\varphi_j(\bm r_j)=\varepsilon_j\varphi_j(\bm r_j)
);

このようにして、平均場近似により多体問題が1体問題に変換されたことになる。

ただし、&math(\overline{v_j}(\bm r_j)); を求めるのに &math(\set{\varphi_j(\bm r_j)}); が必要で、
個々の &math(\varphi_j(\bm r_j)); を求めるのに &math(\overline{v_j}(\bm r_j)); が必要なので、
この方程式はそのままでは解けない。

始めに適当な &math(\overline{v_j}(\bm r_j)); を仮定して &math(\varphi_j(\bm r_j)); を求め、
そこから新しい &math(\overline{v_j}(\bm r_j)); を求め、、、、などと繰り返して、
「全体としてつじつまの合う(セルフコンシステントな=自己無頓着な)」解 
&math(\varphi_j(\bm r_j)); を得るような手順(= 自己無頓着場の方法 あるいは
セルフコンシステント法)が必要となる。

そのようにして求めた &math(\varphi_j(\bm r_j)); から

 &math(\Phi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)=\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\dots\varphi_n(\bm r_n)); 

を作れば、1体のハミルトニアン

 &math(
&\hat h_j=-\frac{\hbar^2}{2m_j}\nabla_{r_j}+V_j(\bm r_j)+\sum_{k\ne j}\overline{V_{jk}}(\bm r_j)\\
);

をにらみつつ、

 &math(
&\hat H\Phi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)\\
&=\left[-\sum_j\frac{\hbar^2}{2m_j}\nabla_{r_j}+\sum_jV_j(\bm r_j)+\sum_j\sum_{k>j}V_{jk}(\bm r_j,\bm r_k)\right]\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\dots\varphi_n(\bm r_n)\\
&\sim\sum_j\left[-\frac{\hbar^2}{2m_j}\nabla_{r_j}+V_j(\bm r_j)+\sum_{k>j}\overline{V_{jk}}(\bm r_j)\right]\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\dots\varphi_n(\bm r_n)\\
&=\sum_j\left[\hat h_j-\sum_{k<j}\overline{V_{jk}}(\bm r_j)\right]\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\dots\varphi_n(\bm r_n)\\
&\sim\underbrace{\left[\sum_j\varepsilon_j-\sum_j\sum_{k<j}\overline{V_{jk}}\right]}_{E}\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\dots\varphi_n(\bm r_n)\\
&=E\Psi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)
);

のように、多粒子ハミルトニアンの(近似的な)固有関数になっていることが分かる。

ここで、

 &math(
\overline{V_{jk}}=\iint V_{jk}(\bm r_j,\bm r_k)\,|\varphi_j(\bm r_j)|^2\,|\varphi_k(\bm r_k)|^2\,d\bm r_j\,d\bm r_k
);

とした。

このときのエネルギー固有は、

 &math(E=\sum_j\varepsilon_j-\sum_j\sum_{k<j}\overline{V_{jk}});

であるから、1体問題のエネルギー固有値の単純な足し算にはなっていない。
これは、2粒子ポテンシャルのエネルギーを &math(j); と &math(k); 
とで2回取り込んでしまっているためであり、上式の2つ目のシグマはこの分を差し引いているものである。

** 平均場近似の変分法による理解 [#o19b35d7]

上記のようにして求まる解が「多体波動関数を1つのハートレー積で表示する場合」の最適解となることを「変分法」(量子力学II で学ぶ)を用いて確かめることができる。

- 波動関数をある形に規定する &math(\phi_\mathrm{model});
- その形の関数で、もっとも「正確な解」に近いもの(&math(\|\Phi_\mathrm{model}-\Phi_\mathrm{exact}\|);最小)を探したければ
- エネルギー期待値を最小化するものを求めれば良い
-- すなわち、&math(\overline E=\int \Phi^*\hat H\Phi dx); を最小化する &math(\Phi); を求めればそれが最適解になる

というのが変分法の原理。

多体波動関数を1つのハートレー積で表して、エネルギー期待値を最低にする条件
(&math(\frac{\delta}{\delta\varphi_j}\overline E=0);)を求めると、
上記で求めた「平均場を感じる粒子の波動方程式」が出てくるのである。

** 問題点 [#ub870885]

ハートレー法にはいくつかの問題点があり、実用性には乏しい。

- 波動関数が対称化・反対称化されていない(実在粒子の波動関数として正しくない)
- 粒子毎にハミルトニアンが異なり、1体波動関数間の直交性が保証されない

そこで、ハートレー・フォック法を始めとした、
さらに実用的な1粒子問題化の方法が開発されている。

* ハートレー・フォックの方法 [#q6dc1c57]

多体波動関数を「1つのハートレー積で表示する場合」の最適解を求める方法がハートレー法だったのに対して、多体波動関数を「1つのスレイター行列で表示する場合」の最適解を求める方法がハートレー・フォック法である。

ハートレー・フォック法ではハートレー法とは異なり、1粒子方程式(「フォック方程式」と呼ばれる)はすべての粒子に対して共通となる。したがって、これを解けば一連の正規直交完全な1粒子波動関数が得られ、そこから &math(n); 個を取り出して作ったスレイター行列が求める解となる。

フォック方程式には、ハートレー法でも現れた
- 1粒子ポテンシャル項~
&math(V_1(\bm r)\phi(\bm r));~
~
- 平均化された2粒子ポテンシャル項(電子ではクーロン項と呼ばれる)~
&math(\biggl[\frac{1}{2}\sum_j\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')|\phi_j(\bm r')|^2\biggr]\phi(\bm r));

の他に、
- 波動関数が反対称化されたことを反映した「交換項」~
&math(-\frac{1}{2}{\sum_j}'\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')\phi_j^*(\bm r') \phi(\bm r') \phi_j(\bm r));

と呼ばれる項が現れる。

ただし、交換項に現れる &math(\sum_j'); は、&math(\phi(\bm r)); と同じスピンを持つ軌道 
&math(\phi_j(\bm r)); についてのみ和を取ることを表す。

この交換項は関数 &math(\phi(\bm r)); に「積分演算子」がかかった形になっているが、
この演算子はこれまでに見てきた「微分演算子」と同様に''線形な演算子''であるから
フォック方程式はやはり線形演算子(フォック演算子)の固有値問題となっている。

交換項の物理的起源は、波動関数に課される(反)対称性の要請から、
同じスピンを持つ粒子の間に交換相互作用が働くため、
結果として2粒子ポテンシャル由来のエネルギーが変化する影響を表している。

フェルミオンについては、
パウリの排他律により複数の粒子が同じ固有関数状態を取ることはできないため、
フォック方程式の固有関数をエネルギーの低い方から 
&math(n); 個集めて作ったスレイター行列が、多粒子系の基底状態を表す。

ボゾンについては、1粒子状態の基底状態のみを &math(n); 
個集めて作ったスレイター行列が基底状態である。

固有関数をエネルギーの低い方から &math(n); 個集める代りに、
いくつか飛ばしながら &math(n); 個集めれば、
それは低エネルギー状態の粒子を高エネルギー状態へ励起した、
(仮想的な)「励起状態」を表す。

フォック方程式もそのポテンシャルに「求めるべき波動関数」を含むため、
セルフコンシステントな解を探す形で解くことになる。

&uml(
start
repeat
  :平均場ポテンシャル;
  :   フォック方程式   ;
  :正規直交固有関数系;
  :任意のn個を対称化 ;
repeat while (収束まだ?)
stop
);

ハートレー・フォック法での解法をまとめると上記のようになる。

適当なポテンシャルから始めて、
+ 1体方程式の解として、フォック方程式の正規直交固有関数系を得る
+ 任意の数の1体波動方程式を選び、それらを対称化して多体波動関数を作る
-- ここでの選び方により、任意の数の粒子の任意の基底/励起状態を作れる
+ 多体波動関数から平均場ポテンシャルを求めて、
-- 1. で仮定したものと等しければ終了
-- 等しくなければポテンシャルを適当に更新して 1. から再スタート

全体としてセルフコンシステントな解が得られるまで繰り返す

2. において、任意の数の粒子を含む任意の基底/励起状態を作れることが、
さらに進んだ議論において重要となってくる。

** 精度の限界 [#ia16af36]

多体波動関数が「1つのスレイター行列式で表示できる」というのはあくまで近似であるため、
この近似の範囲を超えた精度を必要とする計算には、ハートレー・フォック法を越えた議論が必要となる。

「1つのスレイター行列式で表示できる」というのは、
個々の粒子があくまで平均場ポテンシャル(と交換相互作用)のみを感じて運動しており、
ポテンシャルが他の粒子の位置に依存しない(相関関係を持たない)ことと同義である。

他の粒子位置によってポテンシャルが変化するような、ハートレー・フォック近似を越える相互作用
は「相関相互作用」と呼ばれる。

- ハートレー法:(反)対称性を満たさず、交換相互作用を無視する
- ハートレー・フォック法:(反)対称性を満たし、交換相互作用を取り込むが、それ以上の相互作用(相関相互作用)は無視
- それ以上の近似:相関相互作用 を程度取り込もうとする

波動関数を複数のスレイター行列式の線形結合で表すことにより、「相関」を取り入れることができる。

上で述べた「最安定状態」のスレーター行列と、
複数の「励起状態」のスレーター行列との線形結合を取ることで、
より正確な「最安定状態」が得られる事が知られている。

当然、多くの項数を含めた高精度な計算には多大な計算資源が必要となる。

*** 別系統の手法 [#w73a33ac]

ハートレー・フォック法とは別系統の手法として、密度汎関数理論 (DFT = density functional theory) が有名である。

ハートレー・フォック法ではエネルギーを &math(n); 個の1粒子波動関数の汎関数として表し最小化することを基本としたが、DFT ではエネルギーを粒子数の空間密度関数の汎関数として表し最小化することを基本とする。

多くの実際の数値計算で DFT が用いられている。

** 複数種類の粒子 [#od0916e9]

全体の波動関数は、
それぞれの粒子に対応するスレーター行列式の掛け合わせで表される。

* 質問・コメント [#p2533295]

#article_kcaptcha

Counter: 19419 (from 2010/06/03), today: 1, yesterday: 0