ハートレー方程式の導出 のバックアップ(No.3)

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ハートレー方程式の導出

ハートレー法の基本方程式となるハートレー方程式を導出する。

変分法を使うので、まだ学んでいなければ次のことだけ理解しておくこと。

  • 変分法の考え方
    • あるハミルトニアンに対する基底状態とは、そのハミルトニアンに対して最低のエネルギー期待値を与える波動関数のことである
    • つまり、いくつかのパラメータを含む試行的な波動関数を作り、それらのパラメータを調節して厳密解が得られれば、それは波動関数のエネルギー期待値が最小となる点である
    • 試行関数が厳密解を含まない場合にも、なるべく良い近似解を作るのには波動関数のエネルギー期待値を最小化するようにパラメータを調節するのが良い指針になるだろう

ハートレー法では1つのハートレー積で表せる関数の中から、最も小さいエネルギー期待値を与える関数を探すことで「最良の近似解」を求める。

目次

時間に依らないシュレーディンガー方程式

n 個の同種粒子からなる系を考える。

 &math( \hat H\mathit\Phi =\varepsilon \mathit\Phi );

ハミルトニアン \hat H は運動エネルギー T 、1体ポテンシャル V_\mathrm{1体} 、 2体ポテンシャル V_\mathrm{2体} の和として表わせる。

 &math( H&=T+V_\mathrm{1体}+V_\mathrm{2体}\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(\bm r_i,s_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(\bm r_i,s_i,\bm r_j,s_j)\\ );*1 j>i となっているのは、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算することのないようにするため

 &math( \phantom{H} &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(x_i,x_j)\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \frac{1}{2}\sum_i \sum_{j\ne i} V_2(x_i,x_j)\\ );*2 j>i とする代わりに、全て2回ずつ数えておいて最後に半分にしても同じ結果になる

ここで、 \bm r_i 等は空間座標、 s_i などはスピン座標、 x_i などは空間座標とスピン座標を合わせた座標の意味で使っている。

多粒子波動関数モデル

正規化された n 個の1粒子関数 \{\phi_i\} を想定する。 繰り返しになるが x は空間座標 \bm r とスピン座標 s とを合わせた座標である。

 &math( \int d\bm r\,\sum_s\,\phi_i(\bm r,s)\phi_i(\bm r,s)= \int dx\,\phi_i(x)\phi_i(x)=1 );

多粒子波動関数を \{\phi_i\} から作られる単一のハートレー積で表すものとする。

 &math( \mathit\Phi=\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n) );

以下で見るとおり、この形に置くこと自体が平均場近似で電子相関および交換相互作用を 無視することに繋がる。

エネルギーの期待値

変分法で1粒子波動関数を最適化するため、まずはエネルギーの表式を求めておく。

 &math( E=\langle H\rangle=\int d^nx\ \mathit\Phi^* H \mathit\Phi );

以下、各項毎に見ていく。

運動エネルギー

 &math( \langle T_i\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* T_i \mathit\Phi\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m} \int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n) \nabla_i^2 \phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx_i\, \phi_i^*(x_i) \nabla_i^2 \phi_i(x_i)\\ );

\nabla_i が作用するのは x_i のみなので、 j\ne i については積分が実行できて 1 が現れる。

1体エネルギー

計算は上と同様に、

 &math( \langle V_i\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* V_i \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n)\,V_1(x_i)\,\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ &=\int dx_i\ \phi_i^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_i(x_i)\\ );

2体エネルギー

 &math( \langle V_{ij}\rangle &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* V_{ij} \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\, \phi_1^*(x_1) \phi_2^*(x_2) \cdots\phi_n^*(x_n)\,V_2(x_i,x_j)\,\phi_1(x_1) \phi_2(x_2) \cdots\phi_n(x_n)\\ &=\int dx\int dx'\, \phi_i^*(x) \phi_j^*(x') \,V_2(x,x')\,\phi_i(x) \phi_j(x') \\ );

i,j の2つの積分が残る。

エネルギーの最小化

エネルギーの期待値は次のようになった。

 &math( E=&-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)

  1. \sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) V_1(x) \phi_i(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x') );

このエネルギーを最小化するような \set{\phi_i} を求めることにより、 1つのハートレー積で表現可能な波動関数の最良解を探そう。

ただし、 {\phi_i} が規格化されていることを前提としているので、

 &math( \int dx_i \phi_i^*(x)\phi_i(x)=1 );

の条件下で \phi_i を変化させて E を最小化することになる。

そこで ラグランジュの未定係数法 を使う。

正規性を表す条件式は n 個あるので、 n 個の未定係数を 2\varepsilon_{i} として、

 &math( L=E-\sum_i \varepsilon_i \Big[\int dx\,\phi_i^*(x)\phi_i(x)-1\Big] );

を定義し、この L \phi_i,\varepsilon_i で微分しゼロと置く。

\varepsilon_i で微分した結果をゼロと置けば正規直交条件が出てくるので、これは \{\phi_i\} として正規化された関数を用いることのみで成立する。

一方、 \phi_i(x) を変化させ、 \phi_i(x)+\delta\phi_i(x) とした時の変化を E\to E+\delta E として、 \delta E/\delta \phi_i=0 となる条件が、求める1体方程式となる。

ここで、ある演算子 \hat H がエルミートであるとき、

 &math( \langle x|\hat H|y\rangle=\langle x|\hat Hy\rangle=\langle \hat Hy|x\rangle^*=\langle y|\hat H^\dagger|x\rangle^*=\langle y|\hat H|x\rangle^* );

すなわち、

 &math( \int dx f^*(x)\hat Hg(x)+\!\int dx g^*(x)\hat Hf(x)=\int dx f^*(x)\hat Hg(x)+\Big(\int dx f^*(x)\hat Hg(x)\Big)^*=2\,\mathrm{Real}\!\int dx f^*(x)\hat Hg(x) );

のようにまとめられる。

そこで各演算子がエルミートであることを使うと、

 &math( \delta L= &-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \phi_i^*(x) \nabla^2 \delta\phi_i(x)\\ &+\int dx\ \delta\phi_i^*(x) V_1(x) \phi_i(x)+\int dx\ \phi_i^*(x) V_1(x) \delta\phi_i(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\delta\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x')

  1. \frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \iint dxdx'\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_j(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_{i'\ne i} \iint dxdx'\phi_{i'}^*(x)\delta\phi_i^*(x') V_2(x,x') \phi_{i'}(x)\phi_i(x')
  2. \frac{1}{2}\sum_{i'\ne i} \iint dxdx'\phi_{i'}^*(x)\phi_i^*(x') V_2(x,x') \phi_{i'}(x)\delta\phi_i(x')\\ &-\varepsilon_i \Big[\int dx\,\delta\phi_i^*(x)\phi_i(x)+\int dx\,\phi_i^*(x)\delta\phi_i(x)\Big]\\ =&\,2\,\mathrm{Real} \int dx\ \delta\phi_i^*(x) \bigg[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \phi_i(x)
  3. V_1(x)+\sum_{j\ne i}\int dx'V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2-\varepsilon_i \bigg]\phi_i(x)\\ =&\,0 );

これが任意の \delta\phi_i(x) に対して成立するためには、 \Big[\ \ \Big]\phi_i(x) がゼロでなければならない。すなわち、

 &math( \underbrace{\Big[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 +V_1(x)+\sum_{j\ne i}\int dx'V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\Big]}_{\hat H_h}\phi_i(x)=\varepsilon_i\phi_i(x) );

これが、 \phi_i(x) を求めるための1粒子方程式となる。

多粒子波動関数を単一のハートレー積の形に限定することにより、 非常に自然な流れで「平均場近似」が得られることに注目せよ。

多粒子エネルギーと1粒子エネルギー

上で出てきた \hat H_i を使うと、

&math( E=&\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \bigg[\hat H_i-\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \int dx' V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\bigg] \phi_i(x) );

と表せるから、 \phi_i が上記ハートレー方程式の解であれば、

&math( E=&\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \bigg[\varepsilon_i-\frac{1}{2}\sum_{j\ne i} \int dx' V_2(x,x') |\phi_j(x')|^2\bigg] \phi_i(x)\\ =&\sum_i \varepsilon_i-\underbrace{\frac{1}{2}\sum_i\sum_{j\ne i} \iint dxdx' \,V_2(x,x') |\phi_i(x)|^2|\phi_j(x')|^2}_{2粒子相互作用を2重に数えてしまった補正}\\ );

となり、多粒子系のエネルギーが、1粒子方程式の固有値の和にならないこと、 1粒子固有値が必ずしもエネルギーとしての意味を持たないことが分かる。


*1 j>i となっているのは、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算することのないようにするため
*2 j>i とする代わりに、全て2回ずつ数えておいて最後に半分にしても同じ結果になる

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