フォック方程式の導出 のバックアップ(No.9)

更新


量子力学Ⅰ

フォック方程式の導出

ハートレー・フォック法の基本方程式となるフォック方程式を導出する。

変分法を使うので、まだ学んでいなければ次のことだけ理解しておくこと。

  • 変分法の考え方
    • あるハミルトニアンに対する基底状態とは、そのハミルトニアンに対して最低のエネルギー期待値を与える波動関数のことである
    • つまり、いくつかのパラメータを含む試行的な波動関数を作り、それらのパラメータを調節して厳密解が得られれば、それは波動関数のエネルギー期待値が最小となる点である
    • 試行関数が厳密解を含まない場合にも、なるべく良い近似解を作るのには波動関数のエネルギー期待値を最小化するようにパラメータを調節するのが良い指針になるだろう

ハートレー・フォック法では1つのスレーター行列で表せる関数の中から、最も小さいエネルギー期待値を与える関数を探すことで「最良の近似解」を求める。

目次

時間に依らないシュレーディンガー方程式

n 個の同種粒子からなる系を考える。

 &math( \hat H\Phi =\varepsilon \Phi );

ハミルトニアン \hat H は運動エネルギー T 、1体ポテンシャル V_\mathrm{1体} 、 2体ポテンシャル V_\mathrm{2体} の和として表わせる。

 &math( H&=T+V_\mathrm{1体}+V_\mathrm{2体}\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(\bm r_i,s_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(\bm r_i,s_i,\bm r_j,s_j)\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(x_i,x_j)\\ );*1 j>i となっているのは、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算することのないようにするため

ここで、 \bm r_i 等は空間座標、 s_i などはスピン座標、 x_i などは空間座標とスピン座標を合わせた座標の意味で使っている。

ハートレー・フォック波動方程式

正規直交系をなす1粒子関数系 \{\phi_i\} を想定する。 繰り返しになるが x は空間座標 \bm r とスピン座標 s とを合わせた座標である。

 &math( \int d\bm r\,\sum_s\,\phi_i(\bm r,s)\phi_j(\bm r,s)= \int dx\,\phi_i(x)\phi_j(x)= \delta_{ij} );

多粒子波動関数を \{\phi_i\} から作られる単一のスレーター行列式で表すものとする。

 &math( \Phi &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\mathrm{det} (\phi_1, \phi_2, \cdots, \phi_n)\\ &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\sum_{(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n)}\sigma(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n)\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\sum_p(-1)^p\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ );

以下で見るとおり、この形に置くこと自体が平均場近似(電子相関の無視)を仮定していることと同義となる。

エネルギーの期待値

変分法でスレーター行列式を最適化するため、まずはエネルギーの表式を求めておく。 (変分原理によればエネルギーを最小化する関数が最良の関数である)

 &math( E=\langle H\rangle=\int d^nx\ \Phi^* H \Phi );

以下、各項毎に見ていく。

運動エネルギー

式変形に対するコメントが脚注にある(Web ブラウザで読んでいる場合には *2 などにマウスカーソルをかざすと脚注が表示される)ので参考にせよ。

 &math( \langle T_i\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* K_i \Phi\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n) \nabla_i^2 \phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ );

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{j\ne i}\delta_{p_j,q_j}\Big) \int dx_i\ \phi_{q_i}^*(x_i) \nabla_i^2 \phi_{p_i}(x_i)\\ ); *2 \nabla_i が作用するのは x_i のみなので、 j\ne i では \textstyle \int dx_j\ \phi_{p_i}(x_j)\phi_{q_j}(x_j)=\delta_{p_j,q_j} が現れる

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p \cancel{(-1)^{2p}} \int dx\ \phi_{p_i}^*(x) \nabla^2 \phi_{p_i}(x)\\ ); *3 j\ne i に対して p_j=q_j である項以外は消える。このとき p_i=q_i も成り立つので、ゼロにならずに残った項では置換 q p に等しい。定積分に使う変数を x に書き直した。

 &math( \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) \nabla^2 \phi_j(x)\\ ); *4置換 p の取り方は n! 通りあるが、そのうち p_i=j となる (n-1)! 通りのものごとにまとめた。

スレーター行列式は粒子の区別の付かない波動関数であるのだから 当然と言えば当然ではあるが、結果は i に依存しない形になった。

 &math( \langle T\rangle&=\sum_i \langle T_i\rangle\\ &=n \langle T_i\rangle\\ &=-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) \nabla^2 \phi_j(x)\\ );

この形は \phi_i ( i=1,2,\dots,n ) のそれぞれに合計 n 個の粒子が詰まっている、という描像を端的に表している。

1体エネルギー

計算は上とほぼ同様の変形により、

 &math( \langle V_i\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* V_i \Phi\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{j\ne i}\delta_{p_j,q_j}\Big) \int dx_i\ \phi_{q_i}^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_i}(x_i)\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p \cancel{(-1)^{2p}} \int dx_i\ \phi_{p_i}^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_i}(x_i)\\ &=\frac{1}{n}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x)\,V_1(x_i)\,\phi_j(x)\\ );

これも i に依存しない形になった。

 &math( \langle V_\mathrm{1体}\rangle&=\sum_i \langle V_i\rangle\\ &=n \langle V_i\rangle\\ &=\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x)\,V_1(x_i)\,\phi_j(x)\\ &=\sum_j \langle V_1\rangle_{\phi_j} );

ただし \langle V_1\rangle_{\phi_j} は、 \phi_j に対する V_1 の期待値。

この形は \phi_i ( i=1,2,\dots,n ) のそれぞれに合計 n 個の粒子が詰まっている、という描像を端的に表している。

2体エネルギー

式変形に対するコメントが脚注にある(Web ブラウザで読んでいる場合には *2 などにマウスカーソルをかざすと脚注が表示される)ので参考にせよ。

 &math( \langle V_{ij}\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* V_{ij} \Phi\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n) V_2(x_i,x_j) \phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ );

 &math( \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{k\ne i,j}\delta_{p_k,q_k}\Big) \iint dx_idx_j\ \phi_{q_i}^*(x_i)\phi_{q_j}^*(x_j) V_2(x_i,x_j) \phi_{p_i}(x_i)\phi_{p_j}(x_j)\\ ); *5今度は k\ne i,j が条件になる

 &math( \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q \iint dx_idx_j\ \big\{\cancel{(-1)^{2p}}\phi_{p_i}^*(x_i)\phi_{p_j}^*(x_j)-\cancel{(-1)^{2p}}\phi_{p_j}^*(x_i)\phi_{p_i}^*(x_j)\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_{p_i}(x_i)\phi_{p_j}(x_j)\\ ); *6 q p と等しいか、 p p_i p_j を交換したものかのどちらかである。後者に対しては (-1)^q=-(-1)^p が成り立つ

 &math( \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n(n-1)}\sum_k\sum_{l\ne k} \iint dxdx'\ \big\{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')-\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_k(x)\phi_l(x')\\ ); *7 p_i=k,p_j=l となる (n-2)! 個の置換ごとにまとめた。

 &math( \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n(n-1)}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \big\{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')-\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_k(x)\phi_l(x')\\ );*8 k=l の項は \big\{\ \dots\ \big\} の部分がゼロになるので、式の上では入れる形に書いておいて構わない

これも i,j に依存しない形になった。

 &math( \langle V_{2体}\rangle &=\sum_i\sum_{j>i} \langle V_{ij}\rangle\\ &=\sum_i (n-i) \langle V_{ij}\rangle\\ &= \Big\{n^2-\frac{n(n+1)}{2}\Big\} \langle V_{ij}\rangle\\ &= \frac{n(n-1)}{2} \langle V_{ij}\rangle\\ &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \big\{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')-\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ &=\langle V_\mathrm{2体A}\rangle+\langle V_\mathrm{2体B}\rangle\\ );

ここで、 \langle V_\mathrm{2体A}\rangle は古典的に予想される次の形であり、 電子に対しては「クーロン積分」と呼ばれる。係数の 1/2 は、 \sum_k\sum_l によりすべての粒子対に対してポテンシャルを2度ずつ数えてしまっているのを補正するための係数となっている。 k=l の項は古典的には意味のない項であるが、 \langle V_\mathrm{2体B}\rangle に含まれる項と打消し合う。

 &math( \langle V_\mathrm{2体A}\rangle &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_l \iint dxdx'\ \phi_k^*(x)\phi_l^*(x') V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_l \iint dxdx'\ V_2(x,x')\,|\phi_k(x)|^2|\phi_l(x')|^2\\ );

\langle V_\mathrm{2体B}\rangle は古典的には理解しにくい形で、交換積分と呼ばれる。

 &math( \langle V_\mathrm{2体B}\rangle &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \phi_l^*(x)\phi_k^*(x') V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ );

エネルギーを最小化する波動関数を求める

エネルギーの期待値は次のようになった。

 &math( E=&-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)\\ &+\sum_i \int dx\ \phi_i^*(x) V_1(x) \phi_i(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_j \iint dxdx'\ \big\{\phi_i^*(x)\phi_j^*(x')-\phi_j^*(x)\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x') );

このエネルギーを最小化するような \set{\phi_i} を求めることにより、 1つのスレーター行列式で表現可能な波動関数の最良解を探そう。

ただし、 {\phi_i} が規格直交化されていることを前提としているので、

 &math( \int dx\,\phi_i^*(x)\phi_j(x)=\delta_{ij} );

の条件の下で、 \phi_i を変化させて E を最小化することになる。

そこで ラグランジュの未定係数法 を使う。

正規直交を表す条件式は n^2 個あるので、 n^2 個の未定係数を 2\varepsilon_{ij} として、

 &math( L=E-\sum_i\sum_j2\varepsilon_{ij} \Big[\int dx\,\phi_i^*(x)\phi_j(x)-\delta_{ij}\Big] );

を定義し、この L \delta\phi_i,\varepsilon_{ij} で微分しゼロと置く。

\varepsilon_{ij} で微分した結果をゼロと置けば正規直交条件が出てくるので、これは \{\phi_i\} として正規直交系を用いることのみで成立する。

一方、 \phi_i(x) を変化させ、 \phi_i(x)+\delta\phi_i(x) とした時の変化を E\to E+\delta E として、 \delta E/\delta \phi_i=0 となる条件が、求める1体方程式となる。

ある演算子 \hat H がエルミートであるとき、

 &math( \langle x|\hat H|y\rangle=\langle x|\hat Hy\rangle=\langle \hat Hy|x\rangle^*=\langle y|\hat H^\dagger|x\rangle^*=\langle y|\hat H|x\rangle^* );

すなわち、

 &math( \int dx f^*(x)\hat Hg(x)+\!\int dx g^*(x)\hat Hf(x)=\int dx f^*(x)\hat Hg(x)+\Big(\int dx f^*(x)\hat Hg(x)\Big)^*=2\,\mathrm{Real}\!\int dx f^*(x)\hat Hg(x) );

のようにまとめられる。

そこで各演算子がエルミートであることを使うと、

 &math( \delta L= &-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_i \int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \nabla^2 \delta\phi_i(x)\big\}\\ &+\sum_i \int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \delta\phi_i(x)\big\}V_1(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_j \iint dxdx'\ \big\{\delta\phi_i^*(x)\phi_j^*(x')-\phi_j^*(x)\delta\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_j \iint dxdx'\ \big\{\phi_i^*(x)\phi_j^*(x')-\phi_j^*(x)\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_j(x')\\ &-\sum_i\sum_j2\varepsilon_{ij}\int dx\delta\phi_i^*(x)\phi_j(x)\\ );

 &math( \phantom{\delta L} =&-\frac{\hbar^2}{m}\mathrm{Real}\sum_i \int dx\ \delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)\\ &+2\mathrm{Real}\sum_i \int dx\ \delta\phi_i^*(x) V_1(x)\phi_i(x)\\ &+\mathrm{Real}\sum_i\sum_j \iint dxdx'\ \delta\phi_i^*(x)\phi_j^*(x') V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_j(x')\\ );
 &math( \phantom{\delta L=} &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_j \iint dx'dx\ \big\{-\phi_j^*(x')\delta\phi_i^*(x)\big\} V_2(x,x') \phi_i(x')\phi_j(x)\\ ); *9 x x' は単なる名前なので、変数名を入れ替えた
 &math( \phantom{\delta L=} &+\frac{1}{2}\sum_i\sum_j \iint dxdx'\ \big\{-\phi_j^*(x)\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_j(x')\\ );
 &math( \phantom{\delta L=} &-\sum_i\sum_j2\varepsilon_{ij}\int dx\delta\phi_i^*(x)\phi_j(x)\\ );

 &math( \phantom{\delta L} =&\,\mathrm{Real}\sum_i \int dx\ \delta\phi_i^*(x)\Bigg[ -\frac{\hbar^2}{m}\nabla^2 \phi_i(x)+2V_1(x)\phi_i(x)\\ &\hspace{11em}+\sum_j\int dx'\ V_2(x,x') \big\{\phi_j^*(x') \phi_i(x)\phi_j(x')-\phi_j^*(x') \phi_i(x')\phi_j(x)\big\}\\ );

 &math( \phantom{\delta L=} &\hspace{11em}-\sum_j2\varepsilon_{ij}\phi_j(x)\ \Bigg]\\ );*10最後の項は実数とは限らないので本当は \mathrm{Real} の中に入れてはいけない???

 これが任意の \delta\phi_i に対してゼロとなるには \Big[\cdots\Big] の部分がゼロでなければならない。

 &math(

  • \frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \phi_i(x)+V_1(x)\phi_i(x)+ \frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x') \big\{\phi_j^*(x') \phi_i(x)\phi_j(x')-\phi_j^*(x') \phi_i(x')\phi_j(x)\big\}=\sum_j \varepsilon_{ij}\phi_j(x) );

対角化

右辺がややこしいので簡単にする。

行列 E=(\varepsilon_{ij}) を対角化するユニタリ行列を U とする。すなわち、 E'=(\varepsilon_{ij}')=UEU^{-1} が対角行列である。 U=(u_{ij}) に対して

 &math( \phi_i'=\sum_j u_{ij} \phi_j );

として \{\phi_i'\} を定義すれば、 \mathrm{det}(\phi_1\ \phi_2\ \cdots\ \phi_n)=\mathrm{det}(\phi'_1\ \phi'_2\ \cdots\ \phi'_n) である一方、上の条件式から \varepsilon_{ij} の非対角項が消えて、

 &math(

  • \frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \phi_i'(x)+V_1(x)\phi_i'(x)+ \frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x') \big\{{\phi_j'}^*(x') \phi_i'(x)\phi_j'(x')-{\phi_j'}^*(x') \phi_i'(x')\phi_j'(x)\big\}=\varepsilon_{ii}'\phi_i'(x) );

となる。

すなわち始めからこの式を解くことにすれば、一般の \{\phi_i\} ではなく、 \{\varepsilon_{ij}\} を対角化するような特別な \{\phi_i'\} が求まることになる。

フォック方程式

上式は i によらないため、 \phi'_i \phi と書きなおし、 \varepsilon_{ii} \varepsilon としたのがフォック方程式である。

 &math( &-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \phi(x)+V_1(x)\phi(x)

  1. \Biggl[\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2\Biggr] \phi(x)\\ &\hspace{50mm}-\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')\phi_j^*(x') \phi(x') \phi_j(x)=\varepsilon\phi(x) );

第1項は1粒子運動エネルギー \hat T=-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2
第2項は1粒子の1体ポテンシャル \hat V_1=V_1(x)
第3項は1粒子の平均場ポテンシャル \hat V_2=\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2

として理解できるが、

第4項はややこしい。

 &math( \hat X: f(x)\mapsto -\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')\phi_j^*(x') f(x') \phi_j(x) );

なる演算子を定義すると、これは線形演算子となる。

これを使えばフォック方程式は、

 &math( &\hat T \phi(x)+\hat V_1\phi(x)+\hat V_2\phi(x)+\hat X\phi(x)=\\ &\hat H_\mathrm{hf}\phi(x)=\varepsilon\phi(x) );

のように、エルミートな線形演算子 \hat H_\mathrm{hf}=\hat T+\hat V_1+\hat V_2+\hat X に対する固有値方程式となっている。

実際には \hat H_\mathrm{hf} 自体に \phi_j が含まれるのでそのままでは解けないが、仮に \phi_j を決めてやれば、方程式から固有値 \varepsilon に対応する固有関数 \phi が無数に見つかる。新たに見つかったそれらの関数は元の \phi_j より良い近似を与えることが多く、このような演算を繰り返すことでハートリーフォック近似の下での最良解へ近づいていく。

1粒子固有値と多粒子エネルギーとの関係

エネルギー期待値の表式を見直すと、

 &math( E=&\sum_i \langle H_\mathrm{hf}\rangle_{\phi_i} );

の形となっているから、各 \phi_i が固有値 \varepsilon_i に属する固有関数であれば、

 &math( E=&\sum_i \varepsilon_{i} );

となり、系全体のエネルギーがフォック方程式の固有値の合計で与えられる事が分かる。

2体ポテンシャルがスピンに依らない場合

  V_2(x,x')=V_2(\bm r,\bm r')

のように空間座標のみで書ける場合、 \hat V_2,\hat X に含まれる \int dx' のスピン座標部分が V_2(\bm r,\bm r') の具体的な形に依らず積分できて、

&math( \hat V_2 &=\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2\\ &=\frac{1}{2}\sum_j\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')|\phi_j^r(\bm r')|^2\underbrace{\sum_{s'}|\phi_j^s(\bm s')|^2}_{=\,1}\\ &=\frac{1}{2}\sum_j\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')|\phi_j^r(\bm r')|^2\\ );

は、やはり古典的に期待される平均場ポテンシャルである。

一方、

\hat X: f(x)\mapsto &-\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')\phi_j^*(x') f(x') \phi_j(x)\\

=&-\frac{1}{2}\sum_j\Big[\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r') {\phi_j^r}^*(\bm r') f^r(\bm r') \Big]\Big[\sum_{s'} {\phi_j^s}^*(s')f^s(s')\Big]\phi_j^r(\bm r)\phi_j^s(s)

&math( =&\begin{cases} \displaystyle-\frac{1}{2}\sum_j\Big[\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r') {\phi_j^r}^*(\bm r') f^r(\bm r') \Big]\phi_j^r(\bm r)\phi_j^s(s)&\hspace{10mm}\phi_j^s=f^s\\0&\hspace{10mm}\phi_j^s\ne f^s\\\end{cases});

であるから、交換項はスピン成分が同じ軌道同士の間にしか働かない。

物理的には、スピン軌道が重なるものの間だけに交換相互作用が働くため、 その分だけ2粒子相互作用に補正がかかることになる。

この補正が数式として現れたのが交換項と考えられる。

コメント・質問





*1 j>i となっているのは、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算することのないようにするため
*2 \nabla_i が作用するのは x_i のみなので、 j\ne i では \textstyle \int dx_j\ \phi_{p_i}(x_j)\phi_{q_j}(x_j)=\delta_{p_j,q_j} が現れる
*3 j\ne i に対して p_j=q_j である項以外は消える。このとき p_i=q_i も成り立つので、ゼロにならずに残った項では置換 q p に等しい。定積分に使う変数を x に書き直した。
*4 置換 p の取り方は n! 通りあるが、そのうち p_i=j となる (n-1)! 通りのものごとにまとめた。
*5 今度は k\ne i,j が条件になる
*6 q p と等しいか、 p p_i p_j を交換したものかのどちらかである。後者に対しては (-1)^q=-(-1)^p が成り立つ
*7 p_i=k,p_j=l となる (n-2)! 個の置換ごとにまとめた。
*8 k=l の項は \big\{\ \dots\ \big\} の部分がゼロになるので、式の上では入れる形に書いておいて構わない
*9 x x' は単なる名前なので、変数名を入れ替えた
*10 最後の項は実数とは限らないので本当は \mathrm{Real} の中に入れてはいけない???

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