三次元空間での散乱現象 のバックアップソース(No.14)

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* 概要 [#p54b4c9c]

#contents

* 三次元空間での散乱現象 [#u8667d1b]

静止した粒子に別の粒子が高速で衝突する過程((加速器などによる素粒子物理学や、放射線による健康被害などに現れる物理現象である))を理論的に扱うには、
重心座標を用いて2粒子の相対運動を記述するのが常套手段となる。
なぜなら静止していた粒子も反跳により動き出すためである。

しかしここではそのような問題を単純化して、___静的で局所的な___ポテンシャル &math(V(\bm r)); 
に粒子が入射し、散乱される現象を考える。
これは、非常に軽い粒子が、非常に重い粒子の作るポテンシャルに散乱される場合の近似となる。
→ 反跳を無視するということ

ポテンシャルが局所的と見なせるとき、遠く離れた位置において粒子は自由である。
入射粒子はそのような遠方において運動量が確定しており、すなわち平面波で表されるとしよう。

 &math(\varphi_I(\bm r)=e^{i\bm k_0\cdot\bm r});

1粒子問題では散乱波の振幅は入射波の振幅に比例するから、
入射波の振幅を1として計算し、必要に応じて後から振幅をかければよい。

1次元の散乱では、散乱結果について反射波と透過波のみを考えれば良かったが、

~

&attachref(scattering_1d.png,,25%);

~

3次元の散乱では、散乱波は標的から3次元的に広がる。

&attachref(scattering_3d.png,,25%);

波動関数を入射波と散乱波とに分けて書くことにして、後者を &math(g(\bm r)); と置けば、

 &math(\varphi(\bm r)=\varphi_I(\bm r)+g(\bm r));

検出器の位置での &math(|g(\bm r)|^2); の値が散乱実験における検出強度に対応すると考えられる。
数学的には入射波は全空間に広がっているから検出器の位置でも振幅を持つが、
実験的には入射波はビーム状になっており、&math(V(\bm r)); の広がりのスケールでは平面波と見なせるものの、検出器位置での振幅はゼロと見なせるためである。

定常的な粒子の流れが実現している状況では確率分布が時間によらないから、

 &math(\left\{-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r)\right\}\varphi(\bm r)=\varepsilon\varphi(\bm r));

を解いて &math(g(\bm r)); を求めることになる。

** エネルギーについて [#pc476888]

散乱体から離れた位置では &math(V(\bm r)=0); である。

さらに、散乱波は散乱体から四方八方に広がるため、散乱体から十分に離れた箇所では &math(g(\bm r)\to 0); も成り立つ。

このときシュレーディンガー方程式は、&math(-\frac{\hbar^2}{2m}{\bm \nabla}^2\varphi_I(\bm r)=\varepsilon\varphi_I(\bm r)); となって、
&math(\varepsilon=\frac{\hbar^2k_0^2}{2m}); が得られる。

これを代入することで次式を得る。

 &math(
\frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big)\varphi(\bm r)=V(\bm r)\varphi(\bm r)
);

* ボルン近似 [#p81b7a92]

ボルン近似では散乱ポテンシャル &math(V(\bm r)); が小さく、
そのため散乱波 &math(g(\bm r)); も小さいものとして、
右辺に現れる積 &math(V(\bm r)g(\bm r)); を無視する。
当然得られる解は不正確になるが、問題が解きやすくなる。

 &math(
\frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big)
\big\{\underbrace{e^{i\bm k_0\cdot\bm r}\rule[-4pt]{0pt}{0pt}}_{消える}+g(\bm r)\big\}=V(\bm r)e^{i\bm k_0\cdot\bm r}
);

左辺の &math(e^{i\bm k_0\cdot\bm r}); に対して &math(\nabla^2=-k_0^2); であるからこの項も消えて、

 &math(
\frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big)g(\bm r)=V(\bm r)e^{i\bm k_0\cdot\bm r}
);

左辺の &math(g(\bm r)); が求めるべき未知の関数、
右辺は既知の関数である。

* グリーン関数 [#i189bfd3]

上記のような方程式を解くための便利な方法として、グリーン関数を用いる方法がある。

一般に、ある線形演算子 &math(\hat L); と既知の関数 &math(f(\bm r)); に対して
次式を満たす &math(g(\bm r)); を求める問題において、

 &math(\hat L g(\bm r)=f(\bm r));

代わりに次式を満たす「グリーン関数」((George Green は19世紀のイギリスの物理学・数学者の名前 → [[Wikipedia:ジョージ・グリーン]])) &math(G(\bm r)); を___適切な境界条件のもとで___求められれば、

 &math(\hat L G(\bm r)=\delta^3(\bm r)=\delta(x)\delta(y)\delta(z));

元の方程式の解 &math(g(\bm r)); は、

 &math(g(\bm r)=\iiint f(\bm r')G(\bm r-\bm r') d\bm r');

として、任意の &math(f(\bm r)); に対して積分のみで求められる。

この &math(g(\bm r)); が元の方程式を満たすことは、

 &math(
\hat L g(\bm r)&=\iiint f(\bm r')\hat LG(\bm r-\bm r') d\bm r'\\
&=\iiint f(\bm r')\delta^3(\bm r-\bm r') d\bm r'\\
&=f(\bm r)
);

として確かめられる。&math(\hat L); は &math(\bm r); の関数に作用する演算子であるため、&math(\hat L); 
に対して &math(\bm r'); は定数と見なせることに注意せよ。

電磁気学において、連続分布する電荷の作る電場を、点電荷の作る電場を積分することにより求めたが、
まったく同じ考え方である。

* 散乱現象のグリーン関数 [#vef9ba03]

 &math(G(\bm r)=-\frac{1}{4\pi}\frac{e^{ik_0 r}}{r}\hspace{1.5cm}\left(e^{i k_0 r}\ne e^{i\bm k_0\cdot\bm r}に注意せよ\right));

と置けば、この関数が

 &math(
\left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=\delta^3(\bm r)
);

を満たすことを以下で確かめる。

 &math(
\nabla^2\frac{e^{ik_0r}}{r}&=\left(\frac{1}{r}\frac{\PD^2}{\PD r^2}\cancel r+\cancel{\frac{1}{r^2}\hat\Lambda}\right)\frac{e^{ik_0r}}{\cancel r}
&=-k_0^2\,\frac{e^{ik_0r}}{r}
);

したがって、&math(\frac{e^{ik_0r}}{r}); が微分可能な点において、すなわち原点以外において、

 &math(
\left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=0
);

であり、この関数がデルタ関数であることと矛盾しない。

後は積分値が正しければ良くて、

 &math(
&\iiint_{全空間}\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{e^{ik_0r}}{r}d\bm r\hspace{3cm}(被積分関数は原点以外でゼロ)\\
&=\iiint_V\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{e^{ik_0r}}{r}d\bm r\hspace{3.1cm}(Vは原点を中心とする微小球内)\\
&=\iiint_V\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{1}{r}d\bm r\hspace{3.7cm}(r\to 0 で e^{ik_0r}\to 1)\\
);~
 &math(
&=\iiint_V \bm\nabla\cdot\Big(\bm\nabla\frac{1}{r}\Big)d\bm r
+\underbrace{\lim_{\delta\to +0}\int_0^\delta 4\pi k_0^2r\,dr}_{=0}\\[-4mm]
&=\int_S \Big(\bm\nabla\frac{1}{r}\Big)\cdot\bm n\,dS
\hspace{4.7cm}(Sは原点中心の微小球面)\\
);~
 &math(
&=\int_S -\frac{1}{r^2}\,dS
\hspace{5.7cm}(\mathrm{gradient} のr方向成分)\\
&=-\frac{1}{r^2}\cdot 4\pi r^2\\
&=-4\pi
);

したがって、

 &math(
\left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=\delta^3(\bm r)
);

が確かめられた。

この &math(G(\bm r)); を用いれば、

 &math(
g(\bm r)=-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\iiint\frac{e^{ik_0|\bm r-\bm r'|}}{|\bm r-\bm r'|}V(\bm r')e^{i\bm k_0\cdot\bm r'}d\bm r'
);

と表せる。

* 散乱源から遠い位置における振幅 [#n42a9aab]

&math(V(\bm r)); が原点から近くにしか値を持たず、
その散乱源から遠い個所での振幅を求める場合には、
&math(r'\ll r); を仮定してよいから、

 &math(
|\bm r-\bm r'|=&\sqrt{(\bm r-\bm r')\cdot(\bm r-\bm r')}\\
=&\,\sqrt{r^2-2\bm r\cdot\bm r'+r'^2}\\
=&\,r\sqrt{1-\frac{2\bm r\cdot\bm r'}{r^2}-\cancel{\frac{r'^2}{r^2}}}\\
\simeq&\,r\left(1-\frac{\bm r\cdot\bm r'}{r^2}\right)\\
);

 &math(
ik_0|\bm r-\bm r'|\simeq&ik_0\,r-ik_0(\bm r/r)\cdot\bm r'
);

 &math(
\frac{1}{|\bm r-\bm r'|}\simeq \frac{1}{r}\left(1+\frac{\bm r\cdot\bm r'}{r^2}\right)\simeq\frac{1}{r}\\
);

として、

 &math(
g(\bm r)=&-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\iiint\frac{e^{ik_0\{r-(\bm r/r)\cdot\bm r'\}}}{r}V(\bm r')e^{i\bm k_0\cdot\bm r'}d\bm r'\\
=&-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\underbrace{\frac{e^{ik_0 r}}{r}}_{rに依存}\underbrace{\iiint V(\bm r')e^{ik_0(\bm k_0/k_0-\bm r/r)\cdot\bm r'}d\bm r'}_{方向\bm r/rのみに依存}
);

のように、&math(\bm r); の大きさ &math(r); に依存する部分と方向 &math(\bm r/r); に依存する部分とを分離できる。((大きさが &math(\bm k_0); に等しく、&math(\bm r); の方向を向く波数ベクトル &math(\bm k'=k_0 (\bm r/r) ); を導入すれば、&math(g(\bm r)=-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\frac{e^{i\bm k'\cdot\bm r}}{r}\iiint V(\bm r')e^{i(\bm k_0-\bm k')\cdot\bm r'}d\bm r'); とも書ける。))

#ref(scattering_direction.png,right,around,15%);

散乱問題では入射波方向 &math(\bm k_0); を軸に、散乱方向 &math(\bm r); 
を球座標を用いて表すのが一般的である。

このとき、&math(\theta,\phi); はそのまま散乱角を表し、

 &math(
g(\bm r)=g(r,\theta,\phi)=&\frac{e^{ik_0 r}}{r}f(\theta,\phi)
);

と書けることになる。

* 散乱断面積 [#o36d97c5]

&math(
\frac{e^{ik_0 r}}{r}
); は原点から &math(1/r); で減衰しながら___等方的に___広がる球面波である。

&math(f(\theta,\phi)); は散乱波の振幅および位相の___散乱角依存性___を表している。

位置 &math(r,\theta,\phi); における単位面積・単位時間あたりの流量(= ベクトル量である)の 
&math(r); 方向成分は、

 &math(
S_{g,r}
&=\mathrm{Re}\left[g^*(r,\theta,\phi)\frac{\hbar}{im}\frac{\PD}{\PD r}g(r,\theta,\phi)\right]\\
&=\mathrm{Re}\left[\frac{\hbar}{im}\frac{1}{r}\left(-\cancel{\frac{1}{r^2}}+\frac{ik_0}{r}\right)|f(\theta,\phi)|^2\right]\hspace{0.5cm}(1/r^2\,の項は虚部になる)\\
&=\frac{\hbar k_0}{mr^2}|f(\theta,\phi)|^2\\
&=\frac{S_I}{r^2}|f(\theta,\phi)|^2\hspace{2cm}(S_I=\hbar k_0/m は入射波の流量)\\
);

である。これが位置 &math(r,\theta,\phi); に置かれた検出器で検出される単位面積あたり、単位時間あたりの粒子の検出確率に相当する。((波動関数は入射波と散乱波の重ね合わせであるため、数学的には入射波も検出器に入ってしまうが、実際の系では検出器は入射平面波の当たらない箇所に置かれる))

この流量を半径 &math(r); の球面 &math(S); 上で積分すると、

 &math(
I_g
&=\int_S \bm S_g\cdot\bm n \,dS\\
&=\int_S S_{g,r} \,dS\\
&=\iint\frac{S_I}{\cancel{r^2}}|f(\theta,\phi)|^2\cdot\cancel{r^2}\sin\theta\,d\phi\,d\theta\\
&=S_I\cdot \underbrace{\iint|f(\theta,\phi)|^2\sin\theta\,d\phi\,d\theta}_{\sigma^\mathrm{total}}\\
);

のように &math(r); によらない定数となり、
これが散乱波全体の___単位時間あたりの流量___である。

&math(S_I); は入射波の___単位時間、単位面積あたりの流量___であるから、
&math(\sigma^\mathrm{total}); は面積の次元を持ち、「散乱断面積」と呼ばれる。

入射波のうち、この面積に当たった分に相当する流量だけが散乱波となったと解釈するのである。

また、&math(\sigma^\mathrm{total}); の被積分関数

 &math(
\sigma(\theta,\phi)=|f(\theta,\phi)|^2
=\left(\frac{m}{2\pi\hbar^2}\right)^2\left|\iiint V(\bm r')e^{ik_0(\bm k_0/k_0-\bm r/r)\cdot\bm r'}d\bm r'\right|^2
);

は「微分散乱断面積」あるいは単に「微分断面積」と呼ばれる。

* 確率密度の保存は? [#ob8bedd1]

1次元の散乱問題では反射波と透過波の流量を加えると入射波の流量と等しかった。

3次元の散乱問題では入射波は全空間に広がっており、そのまま透過波となる。
すなわち、入射波がすべて透過するにもかかわらず散乱波が生じる・・・

- 散乱波はどこから来たのか?
- 散乱により入射波は減衰しないのか?

実のところ、散乱による入射波の減衰は &math(g(\bm r)); に含まれている。

すなわち、&math(g(\bm r)); はいわゆる散乱波を表すだけでなく、
散乱を生じたことによる入射波の変化分も含んでいるのである。

上では原点を中心とする球面上で &math(g(\bm r)); のわき出し量を計算したが、
&math(\varphi(\bm r)=\varphi_I(\bm r)+g(\bm r)); について同様の計算を行えば、
その結果はゼロとなる。これが3次元の散乱問題における確率密度の保存である。

以前見た通り、ボルン近似をする前であれば確率の保存が厳密に成り立つことは
シュレーディンガー方程式から保証されている。
一方で、ボルン近似後の解については確率が保存されないのではないかと思われるが、
個人的には未確認なので、今後調べたい。

* ラザフォード散乱 [#r8efcf05]

重い原子にα線(ヘリウム原子核 &math(Z=2);)を入射した際の散乱

原子核同士の相互作用=クーロン相互作用 : 
原子の持つ荷電子による遮蔽は、高速でぶつかる2つの原子核が相互作用するような短距離では無視できるため、ほぼ完全にクーロンポテンシャルと考えてよい。

 &math(V(\bm r)=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{qq'}{r});

ただ、厳密なクーロンポテンシャルでは計算上発散を招くため、
ここでは遮蔽されたクーロンポテンシャル

 &math(V(\bm r)=C\frac{e^{-ar}}{r});

に対して計算を行い、&math(a\to 0); の極限としてクーロン相互作用に対する解を得るとよい。

上式に代入し積分すると、

 &math(f(\theta,\phi)&=-\frac{2mC}{\hbar^2a^2}\frac{1}{1+(2k_0/a)^2\sin^2\theta/2}\\
&\propto \frac{1}{1+A^2\sin^2\theta/2}
);

&math(a\to 0); により &math(A\to \infty); となる。

&attachref(ratherford.png,,25%); 
&attachref(ratherford2.png,,25%);

&math(\sigma(\theta,\phi)=|f(\theta,\phi)|^2); は &math(A); の増加に伴ってより早くつぶれるものの、
その形状はあまり変わらない。

- &math(\theta=0); では &math(f=-\frac{2mC}{\hbar^2a^2}=f_0);
- &math(\theta=\pi); では &math(f=\frac{f_0}{1+A^2});
- &math(a\ll k_0); ではほとんどが &math(\theta\sim 0); への散乱
-- 符号が負であるため入射波を打ち消す
-- これは散乱により入射波が減衰することを表す

&attachref(cross-section.png,,50%);

上で議論したとおり、&math(C>0); の場合には &math(g(\bm r)); 
により入射波の減衰が表されていることが確認できた。

一方で、&math(C<0); つまり2つの粒子の間に引力的な相互作用が働く場合には、
前方散乱により透過波はむしろ入射波よりも強められることになる。
これは、下図のように理解できて、散乱されたからと言って &math(\theta=0); 方向への透過波が
必ずしも減衰せず、むしろ強められることがある。

&attachref(cross-section2.png,,50%);


* 質問・コメント [#xf504836]

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