量子力学Ⅰ/不確定性原理 のバックアップ(No.13)

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同時固有関数

これまでことある毎に「量子力学においては位置や運動量などの物理量は確率的にしか決まらない」 と話してきた。

ただしこれには例外があって、「物理量演算子の固有関数」 については物理量が 確定値 を取るのであった。

もし波動関数 \psi が物理量 \hat\alpha \hat\beta の「同時固有関数」(両方の固有関数)であれば、その状態に対して物理量 \alpha,\beta はどちらも確定値を取ることになる。

例:
運動量の固有関数は、完全に自由な電子に対するハミルトニアンの固有関数でもあるから、 \bm p=\hbar \bm k,\epsilon=\hbar^2k^2/2m は同時に確定値を取る。

\hat\alpha\psi=\lambda_\alpha \hat\beta\psi=\lambda_\beta とすれば

  \hat\alpha\hat\beta\psi=\hat\alpha\lambda_\beta\psi=\lambda_\alpha\lambda_\beta\psi

  \hat\beta\hat\alpha\psi=\hat\beta\lambda_\alpha\psi=\lambda_\beta\lambda_\alpha\psi

であるから、

  (\hat\alpha\hat\beta-\hat\beta\hat\alpha)\psi=0

となる。

したがって、 (\hat\alpha\hat\beta-\hat\beta\hat\alpha)\psi= 0 となる \psi が存在しない \alpha,\beta に対しては、同時固有関数は存在しない。

位置と運動量

  x\hat p-\hat px=i\hbar\ne 0 *1 (x\hat p-\hat px)\psi&=\left(x\frac{\hbar}{i}\frac{\PD}{\PD x}-\frac{\hbar}{i}\frac{\PD}{\PD x}x\right)\psi\\&=-i\hbar\left\{x\frac{\PD\psi}{\PD x}-\frac{\PD}{\PD x}(x\psi)\right\}\\&=-i\hbar\left\{\cancel{x\frac{\PD\psi}{\PD x}}-\psi-\cancel{x\frac{\PD\psi}{\PD x}}\right\}\\&=i\hbar\psi

であるから、 x \hat p の同時固有関数は存在せず、 両者が同時に確定するような量子状態は存在しない。

これがどういうことか、以下、具体的に見てみよう。

運動量が確定値 p=p_0 を取る「運動量の固有状態」 は、

  \varphi_{p_x=\hbar k}(x)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{ik x}

だが、このとき

  |\varphi_{p=p_0}(x)|^2=1/2\pi

であるから、位置に対する確率密度は全空間で一定値を取る。

すなわち x 座標は 完全に不確定 になる。 (そのためこの関数は通常の意味では規格化できない)

すなわち、 \sigma_p=0 であれば \sigma_x=+\infty となる。

x 座標が確定値 x=x_0 を取る「位置の固有状態」 は、

  \varphi_{x=x_0}(x)=\delta(x-x_0)

であるが、これを指数関数の積分表示に直せば、

 &math( \varphi_{x=x_0}(x)=\int_{-\infty}^\infty \underbrace{ \frac{1}{2\pi} e^{ik(x-x_0)} }_{波数 k の固有関数} dk );

となる。これはあらゆる波数の固有関数を均等な重みで重ね合わせた関数である。

重みが一定 = 確率密度が一定 であるから、 運動量の測定値は 完全に不確定 になる。

すなわち、 \sigma_x=0 であれば \sigma_p=+\infty となる。

2つの演算子が交換しないとき(同時固有関数を持たないとき)、 片方を完全に確定すれば、もう一方は完全に不確定となることが分かった。

この両極端の場合を除けば \sigma_x \sigma_p も有限値を取ることになるが、 以下に示すように、このとき必ず

 &math( \sigma_x\cdot\sigma_{p_x} \ge \frac{\hbar}{2} );

となる。

\sigma_x \sigma_{p_x} を同時にゼロにすることはできない、 というこの結論は、「不確定性原理」 の一例である。

不確定性の導出

一般に、エルミート演算子 \hat\alpha,\hat\beta \hat\alpha\hat\beta-\hat\beta\hat\alpha\ne 0 のとき、 \sigma_\alpha\cdot\sigma_\beta に最小値が存在することを示す。

エルミート演算子 \Delta \alpha=\alpha-\langle\alpha\rangle , \Delta \beta=\beta-\langle\beta\rangle に対して

 &math( I(\lambda) &\equiv\int \left|\Delta \alpha\psi+i\lambda\Delta \beta\psi\right|^2dx\\ );

と置けば、

 &math(I(\lambda)&=\int \left\{(\Delta \alpha+i\lambda\Delta \beta)\psi\right\}^*\left\{(\Delta \alpha+i\lambda\Delta \beta)\psi\right\}dx\\ &=\int \psi^*(\Delta \alpha-i\lambda\Delta \beta)(\Delta \alpha+i\lambda\Delta \beta)\psi\,dx\\ &=\int \psi^*\left\{\Delta \alpha^2+i\lambda(\Delta \alpha\Delta \beta-\Delta \beta\Delta \alpha)+\lambda^2\Delta \beta^2\right\}\psi\,dx\\ &=\langle\Delta\alpha^2\rangle+i\lambda\langle\Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha\rangle+\lambda^2\langle\Delta\beta^2\rangle\\ &\geqq 0 );

が任意の \lambda に対して成り立つから、判別式は負である。

 &math( &-\langle\Delta\alpha\Delta\beta+\Delta\beta\Delta\alpha\rangle^2

  • 4\langle\Delta\alpha^2\rangle\langle\Delta\beta^2\rangle\leqq 0\\ );

\langle\Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha\rangle は純虚数またはゼロになるので(そうでないと I(\lambda) が実数にならない)、*2数学的には、 \Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha (わい)エルミートであるためにそのトレースが純虚数になる

 &math( 4\langle\Delta\alpha^2\rangle\langle\Delta\beta^2\rangle &\geqq

  • \langle\Delta\alpha\Delta\beta+\Delta\beta\Delta\alpha\rangle^2 \\ &= |\langle\Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha\rangle|^2 );

 &math( \sigma_\alpha\sigma_\beta=\sqrt{\langle\Delta\alpha^2\rangle\langle\Delta\beta^2\rangle}\geqq \left|\frac{\langle\Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha\rangle}{2}\right| );

さらに、

 &math( \Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha&= (\hat\alpha-\langle\alpha\rangle)(\hat\beta-\langle\beta\rangle)- (\hat\beta-\langle\beta\rangle)(\hat\alpha-\langle\alpha\rangle)\\ &=\hat\alpha\hat\beta-\hat\beta\hat\alpha );

であるから、

  \sigma_\alpha\sigma_\beta\geqq \left|\frac{\langle\hat\alpha\hat\beta-\hat\beta\hat\alpha\rangle}{2}\right|

具体例

x\hat p_x-\hat p_xx=i\hbar より、

  \sigma_x\sigma_p\geqq \frac{\hbar}{2}

\hat l_x\hat l_y-\hat l_y\hat l_x=i\hbar\hat l_z より、

  \sigma_{l_x}\sigma_{l_y}\geqq \frac{\hbar}{2}\left|\langle l_z\rangle\right|

l_x=l_y=l_z=0 はこの不確定性原理に反しないことに注意せよ。 このとき \bm l^2=0 である。

もう一つの不確定性原理?

本来、量子力学で言うところの「不確定性原理」は上記のように、 x p_x が同時に正確に定まるような状態は存在しない」 という原理である。

ただし、この言葉は微妙に異なる、そして時には 間違った文脈で使われることがある ため注意が必要である。

歴史的には、量子力学の黎明期に 活躍した若き科学者、ハイゼンベルク が不確定性原理を提唱した。 その当時、量子力学はまだ多くの科学者に信用されていなかった。

古典力学 では、初期状態を与えてニュートン方程式を解けば、 原理的には未来永劫の時間発展を完全に正確に記述することができる(決定論的世界)。

これに対して 量子力学 では正確な初期条件を与えれば与えるほど、波動関数はすぐに広がってしまい、 一定時間経過後の 物理量は確率的にしか求まらない。それどころか、量子力学では 完全に正確な初期条件を設定すること自体不可能 とされる(物理系の初期条件は位置と速度を与えなければ決まらないこと、位置と速度の同時固有状態が存在しないこと、を思い出せ)。

このような点を見比べると、量子力学は古典力学に比べて 「不正確な劣った理論」 と見えてしまいかねなかった。 また、多くの科学者はニュートン的な世界観、すなわち、 『未来は「初期条件」によって完全に決定されており、「確率」の入り込む余地はない』 とする決定論的世界観を持っていたため、この世界観に反する量子力学は受け容れがたかった。 かの アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と言った のは象徴的である。

そのような価値観・世界観を打ち破るべくハイゼンベルクが指摘したのが物理現象の不確定性である。 ハイゼンベルクは 電子に光を当ててその位置と運動量を決定するという仮想的な実験 について考察した。 電子の位置を正確に測定しようとすればより短い波長の光を使わなければならない が、 その場合 光の運動量が大きくなり、位置測定後の電子の運動量が乱され、不正確になってしまう。 すなわち位置と運動量の両者を同時に、正確に決定するような測定方法は存在しない ことを指摘した。 彼の思考実験は位置測定の精度 \Delta x と運動量に与える撹乱 \Delta p_x の積が

  \Delta x\Delta p_x\gtrsim h

となることを示しており、ハイゼンベルクはこの結果を上記の物理量の不確定性と結びつけて説明した。

そもそも 計測不可能な「初期状態」が実在すると仮定する 古典物理学がおかしいのであって、 初期状態が計測不可能なことを原理に取り入れた 量子力学こそ正しいと考えるべき、 という指摘である。

このような考え方は物理現象の見方を大きく変え、その後の 量子力学の発展に大変役立った

ただし、ここで議論した

  1. x p_x が両方とも正確に定まるような量子状態は存在しないこと
  2. 粒子の x の計測が必ず p_x に影響を与え、誤差を生んでしまうこと

の2つは本来区別して考えなければいけない問題であるにもかかわらず、 ハイゼンベルク以来長い間この2者の区別は曖昧なままになっていた。

名古屋大学の小澤正直(おざわまさなお)は2003年にこの点を明確に指摘し、 2012年には東京大学の長谷川祐司(はせがわゆうじ)らと共にハイゼンベルクの思考実験の限界を下回る計測が可能であることを実験的に証明した。


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*1 (x\hat p-\hat px)\psi&=\left(x\frac{\hbar}{i}\frac{\PD}{\PD x}-\frac{\hbar}{i}\frac{\PD}{\PD x}x\right)\psi\\&=-i\hbar\left\{x\frac{\PD\psi}{\PD x}-\frac{\PD}{\PD x}(x\psi)\right\}\\&=-i\hbar\left\{\cancel{x\frac{\PD\psi}{\PD x}}-\psi-\cancel{x\frac{\PD\psi}{\PD x}}\right\}\\&=i\hbar\psi
*2 数学的には、 \Delta\alpha\Delta\beta-\Delta\beta\Delta\alpha (わい)エルミートであるためにそのトレースが純虚数になる

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