量子力学Ⅰ/電子の波動方程式 のバックアップソース(No.12)

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[[量子力学I]]

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&mathjax();

* 波動方程式 [#kd348ff8]

20世紀初頭の前期量子論によって、電子は粒子と波の両方の性質を持つことが分かってきた。((量子力学的な実験結果をまとめて基礎方程式を組み立てる直前までを(前期)量子論と呼び、基礎方程式ができてからの部分を量子力学と呼び分ける。))
量子力学では電子の運動を「波動方程式」により記述する。((量子力学には基礎方程式を波動方程式の形に書く「波動力学」(シュレーディンガー流)の他に、行列方程式の形で書く「行列力学」(ハイゼンベルグ流)も存在する。後に、線型代数IIで学んだ関数空間の考え方を用いて2つの形式の同値性を理解する。))
* 準備:波動を表わす関数 [#l6f89798]

** 速度 $v$ で移動する関数 [#o38ae487]

&math(f(x-d)); は、&math(f(x)); を &math(x); の正方向に &math(d); だけ移動した関数である。

&attachref(translation.png,,25%);

&math(f(x,t)=f(x-vt,0)); は時刻 &math(t=0); の時の関数形 &math(f(x,0)); が時刻 &math(t); において &math(vt); だけ移動することを表わす。

すなわち、形を変えずに &math(x); の正方向に速度 &math(v); で伝播する関数を &math(f(x,t)=f(x-vt,0)); の形で書ける。

** 位相速度 $v$ で&ruby(でんぱ){伝播};する正弦波(一次元) [#ec3d0c6f]

&math(f(x,0)=\cos(2\pi x/\lambda)=\cos(kx)); と置けば、これは波長 &math(\lambda);、
波数 &math(k=2\pi/\lambda); の正弦波である。

したがって、&math(f(x,t)=f(x-vt,0)=\cos(k (x-vt))); は、波数 &math(k); の正弦波が速度 
&math(v); で伝播する関数になる。

&attachref(wave-function.gif);

&math(\cos(k (x-vt))=\cos(kx-\omega t)); と書けば、
この関数が時間に対して角振動数 &math(\omega=kv); で振動することが分かる。
このとき振動数は &math(\nu=\omega/2\pi); である。

速度 &math(v); の波が1周期 &math(T); の間に進む距離が波長 &math(\lambda); だから、&math(vT=\lambda);

両者の逆数を取って、&math(2\pi/T=(2\pi/\lambda)v);

このように考えて得られる &math(\omega=kv); とも、ちゃんと整合性がとれている。

** 位相速度 $v$ で伝播する平面波(三次元) [#k973ac67]

3次元空間で考えると、&math(f(\bm r,t)=\cos(k x-\omega t)); という関数は &math(x); 軸正方向に進む平面波を表わす。これに対して、&math(\bm k); 方向に進む平面波を表わす式は 

 &math(f(\bm r,t)=\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t)); 

である。なぜなら・・・

まず、&math(|\bm e|=1); のとき、&math(\bm e\cdot\bm r); は &math(\bm r); の &math(\bm e); 方向成分の長さ

したがって、&math(f(\bm r)=\cos(\bm e\cdot\bm r)); は、
&math(\bm e); 方向に波長 &math(2\pi);、波数 &math(1); を持つ正弦波を表わす。
(&math(\bm e\cdot\bm r=d); は原点から距離 &math(d); のところにある &math(\bm e); に垂直な平面を表わすから、&math(\bm e); に垂直な平面内で正弦波の位相は一定である)

&math(f(\bm r)=\cos(\bm k\cdot\bm r)=\cos(|\bm k|\bm e_{\bm k}\cdot\bm r)); なら、
&math(\bm k); 方向に波数 &math(|\bm k|); の正弦波である。

さらに、&math(f(\bm r,t)=\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t)); とすれば、
波数 &math(k=|\bm k|);、周期 &math(\omega);、速度 &math(v=\omega/k); で
&math(\bm k); 方向に伝播する平面波を表わす。
(下図は二次元の場合)

&attachref(wave-function-2d.gif);

上記のベクトル &math(\bm k); は平面波の波数ベクトルと呼ばれる。
* 演習:波動方程式(電磁波の場合) [#p878da3f]

平面波 &math(\bm E(\bm r,t)=\bm E_0\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t)); が電磁波の波動方程式

 &math(\nabla^2\bm E=\frac{1}{c^2}\frac{\PD^2}{\PD t^2} \bm E);

を満たすことを示したい。

(1) &math(\frac{\PD^2}{\PD t^2} \bm E=-\omega^2\bm E); となることを示せ

(2) &math(\nabla^2 \bm E=-k^2\bm E); となることを示せ(&math(\nabla^2=\PD^2/\PD x^2+\PD^2/\PD y^2+\PD^2/\PD z^2);、&math(k=|\bm k|); である)

(3) &math(\nabla^2\bm E=\frac{1}{c^2}\frac{\PD^2}{\PD t^2} \bm E); となるためには 
&math(k); と &math(\omega); の間にどのような関係が必要か

(4) 速度 &math(c); で進む波の周期 &math(T); と波長 &math(\lambda); との間には &math(\lambda=cT); の関係がある(1回振動する間に進む距離が波長である)。&math(\lambda,T); をそれぞれ &math(k,\omega); で書き直して、(3) と同じ式が得られることを示せ。(このような &math(k); と &math(\omega); の関係を「分散関係」と呼ぶ。上記の波動方程式は分散関係を式にした物であったとも解釈できる。)

(5) [発展] より一般に、任意の関数 &math(f(x)); に対して、&math(\bm E(\bm r,t)=\bm E_0 f(\bm k\cdot\bm r\pm\omega t)); が &math(\nabla^2\bm E=\frac{1}{c^2}\frac{\PD^2}{\PD t^2} \bm E); を満たすことを示せ

* 復習:前期量子論で電子について分かったこと [#vd7794fc]

- 電子は粒子として、数を数えたり、1つ当たりの電荷や質量を測定したりできる。
-- 電荷は &math(e=1.60217657\times 10^{-19}\,\mathrm{C});
-- 質量は &math(m=9.10938291\times 10^{-31}\,\mathrm{kg});~
~
- 電子は波として、回折したり、干渉したりする。
-- エネルギーと周波数の関係 &math(E=h\nu=\hbar\omega);
-- 運動量と波数の関係    &math(\bm p=\hbar\bm k);~
~
- 水素原子の中の電子は
-- 原子核の周りを回る軌道を描く?
-- 1周が電子波長の整数倍になるような軌道以外は禁止されている
-- 結果的に電子のエネルギーも離散化している

なぜ粒子の性質も持つのかは置いておいて、~
もし電子が波であるならば、その波の満たすべき波動方程式はどのような物になるだろうか?

* 自由な電子の波動方程式 [#mb727caa]

外力を受けない(自由な)電子の満たすべき波動方程式について考える。

外場がなければ電子のエネルギーは運動エネルギーのみで書けるから、

 &math(E=\frac{p^2}{2m});

&math(E=\hbar\omega);、&math(\bm p=\hbar\bm k); で書き直せば、

 &math(\hbar\omega=\frac{\hbar^2 k^2}{2m});

この分散関係を要求する波動方程式を作ろう!

電子波を &math(\psi(\bm r,t)=\psi_0\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t)); と置いて、&math(\omega,k^2); が出てくるように微分すると、((量子力学の波動関数はギリシャ文字のプサイ &math(\psi); で書かれることが多い。ギリシャ文字の書き方・読み方は http://www.tomakomai-ct.ac.jp/department/gene/am/education/greek.html や http://kscalar.kj.yamagata-u.ac.jp/~endo/greek/orthographic.html が参考になる。))

 &math(\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=-\omega\psi_0\sin(\bm k\cdot\bm r-\omega t));

 &math(\nabla^2\psi(\bm r,t)=-k^2\psi_0\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t));

上では &math(\sin);、下では &math(\cos); が現れてきてしまい両者を等号で結べない。
&math(\cos); や &math(\sin); は微分により形が変わってしまうのが問題。((条件式の両辺を二乗して &math(k^4); と &math(\omega^2); の式にすれば &math(\cos); や &math(\sin); でも式は作れるが、それでは物理現象と合う方程式が得られない))

微分で形の変わらない関数を使ってみる。~

 &math(\psi(\bm r,t)=\psi_0e^{i(\bm k\cdot\bm r-\omega t)});&math(=\psi_0\{\cos(\bm k\cdot\bm r-\omega t)+i\sin(\bm k\cdot\bm r-\omega t)\});

これも波数 &math(\bm k);、角周波数 &math(\omega); の波動を表わす。

&math(\omega,k^2); が出てくるように微分すると、

 &math(\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=-i\omega\psi(\bm r,t));

 &math(\nabla^2\psi(\bm r,t)=-k^2\psi(\bm r,t));

これらを用いて分散関係を表わす式 
&math(\hbar\omega\psi(\bm r,t)=\frac{\hbar^2 k^2}{2m}\psi(\bm r,t)); を書き換えると、

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=-\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2\psi(\bm r,t));

これが自由な電子に対するシュレーディンガー方程式である。

* 外力を受ける場合 [#nce852a7]

電子に外力がかかるとき、そのポテンシャルエネルギーを &math(V(\bm r,t)); とすると、
電子のエネルギーは

 &math(\frac{p^2}{2m}\to \frac{p^2}{2m}+V(\bm r,t));

となる。そこで、シュレーディンガー方程式も、

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\left(-\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2+V(\bm r,t)\right)\psi(\bm r,t));

となる。

当然、ここまでの導出には任意性があるから、
この式が正しいかどうかは実験結果と合うかどうかで判断することになるが、
相対論的効果が顕著でない場合、
実際にこの式が実験結果と良く合うことが確かめられている。((このシュレーディンガー方程式が相対論と相容れないことは、左辺が1次の時間微分を含んでおり、右辺が2次の空間微分を含んでいることからも明らかである。相対論では空間と時間とで構成される4次元を考える。それらの指標は等価な物であるから微分の次数が異なるはずがない。))

シュレーディンガー方程式に現れる(現時点では)得体の知れない関数 
&math(\psi(\bm r,t)); は電子の「波動関数」と呼ばれる。
波動関数は一般に複素数値を取る。

* 時間に依存しないシュレーディンガー方程式 [#mb4d7efe]

シュレーディンガー方程式を実験と比べるために、
「波動関数の空間分布が時間によらず変化しない場合」を考える。
安定に存在する原子の中の電子はそのような「定常状態」にあるはずである。

当然ここではポテンシャルが時間に依存しないような系を考えているので、
&math(V(\bm r,t)); の代わりに &math(V(\bm r)); と書いておく。

すなわち、想定するのは &math(\psi(\bm r,t)=\varphi(\bm r)); の形であるが、((&math(\varphi); は &math(\phi); の異なる書き方で、これらはどちらもギリシャ文字のファイである))
ここではひとまず &math(\psi(\bm r,t)=\varphi(\bm r)\tau(t)); のように変数分離ができることだけを仮定しよう。((時間微分をゼロと仮定してしまうとシュレーディンガー方程式の左辺がゼロになり意味をなさないことに注意せよ))

&math(\hat H=-\hbar^2\nabla^2/2m+V(\bm r)); と置けば、
演算子 &math(\hat H); は &math(\varphi(\bm r)); のみに作用し、&math(\tau(t)); に作用しないから、

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\left\{\varphi(\bm r)\tau(t)\right\}=\hat H\left\{\varphi(\bm r)\tau(t)\right\});

 &math(\varphi(\bm r)\cdot i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\tau(t)=\tau(t)\cdot \hat H\varphi(\bm r));

 &math(\frac{i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\tau(t)}{\tau(t)}=\frac{\hat H\varphi(\bm r)}{\varphi(\bm r)});

となる。左辺は &math(t); だけの関数、右辺は &math(\bm r); だけの関数であり、
それらが &math(t,\bm r); によらず等しいなら、これらはある定数 &math(E); 
に等しくなければならない。

 &math(\frac{i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\tau(t)}{\tau(t)}=\frac{\hat H\varphi(\bm r)}{\varphi(\bm r)}=E);

すなわち、

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\tau(t)=E\tau(t));

 &math(\hat H\varphi(\bm r)=E\varphi(\bm r));

上の式はすぐに解けて、

 &math(\tau(t)=\tau(0)e^{-iEt/\hbar});

時間依存部分は複素数の位相が一定速度で回転するのみであり、
その絶対値は時間によらず変化しないことが分かる。

&math(\tau(0)); は定数であるからこれを &math(\varphi(\bm r)); に含めてしまい、
&math(\tau(t)=e^{-iEt/\hbar}); としても一般性を失わない。
このとき、&math(|\psi(\bm r,t)|=|\varphi(\bm r)|); を満たすことになり、
「絶対値が時間に対して変化しない解」が得られたことになる。

残った &math(\varphi(\bm r)); に対する方程式

 &math(\hat H\varphi(\bm r)=\left(-\frac{\hbar^2\nabla^2}{2m}+V(\bm r)\right)\varphi(\bm r)=E\varphi(\bm r));

は時間に依存しないシュレーディンガー方程式、と呼ばれる。

上記の議論をたどれば分かるとおり、これを満たす解以外には「時間に依存しない解」は存在しない。

* エネルギー固有値 [#pf9c9134]

&math(\hat H=-\hbar^2\nabla^2/2m+V(\bm r,t)); 
はある関数を別の関数に変換する線型な演算子と見なすことができる。

すなわち、どんな &math(V(\bm r,t)); に対しても、
&math(\Phi_1(\bm r)=\hat H\varphi_1(\bm r));, &math(\Phi_2(\bm r)=\hat H\varphi_2(\bm r)); 
ならば、

 &math(a\Phi_1(\bm r)+b\Phi_2(\bm r)=\hat H(a\varphi_1(\bm r)+b\varphi_2(\bm r)));

であり、線型の条件を満たす。

線形代数Ⅱで学んだように、関数に作用する線型な演算子 &math(\hat H); に対して固有値問題を考えることができる。
実際、時間に依存しないシュレーディンガー方程式はそのまま &math(\hat H); の固有値と固有ベクトル(固有関数)を求める方程式になっている(ここでは &math(E); が固有値)。

 &math(\hat H\varphi(\bm r)=E\varphi(\bm r));

これを解いて固有値 &math(E_0,E_1,E_2,\dots); と、それぞれの固有値に対応する固有関数 
&math(\varphi_0,\varphi_1,\varphi_2,\dots); が求まれば、

 &math(\psi_k(\bm r,t)=e^{-iE_kt/\hbar}\varphi_k(\bm r));

として(絶対値が)時間に依存しない波動関数 &math(\psi_1,\psi_2,\dots); が得られる。
そして、時間に依存しない、定常的な電子の状態はこれら以外に存在しない。

シュレーディンガー方程式の導出課程から &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Leftrightarrow \hbar\omega); や &math(\hat H\Leftrightarrow \frac{p^2}{2m}+V(\bm r, t)); 
はエネルギーを表わすから、
固有値 &math(E_k); は波動関数 &math(\psi_k); によって表わされる状態において
系が持つエネルギーを表わすと期待される。

** シュレーディンガー方程式の有用性 [#y1848207]

水素の原子核が電子に及ぼすポテンシャルは &math(V(\bm r,t)=-\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0|\bm r|});
である。

水素の中の電子が定常状態にあるならば、
その波動関数は上記の時間に依存しないシュレーディンガー方程式を満たすはずであり、
そのエネルギー値は &math(\hat H); の固有値 &math(E_0,E_1,E_2,\dots); のいずれかを取るはずである。

実際に上記のポテンシャルに対して固有値を求めてみると
その値は測定値(ボーアの量子条件)とぴったり一致する。

いろいろ不確実なまま進んできた物の、
シュレーディンガー方程式が正しそうなことが確認されたことになる。

* 復習 [#n8770abf]

電子のエネルギー &math(E=h\nu=\hbar\omega);、運動量 &math(\bm p=\hbar\bm k);

自由な電子の波動関数

 &math(\psi(\bm r,t)=\psi_0 e^{i\bm k\cdot\bm r-\omega t});

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\frac{\hbar}{-i}\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\hbar\omega\psi(\bm r,t)=E\psi(\bm r,t));

 &math(-i\hbar\bm\nabla\psi(\bm r,t)=\frac{\hbar}{i}\bm\nabla\psi(\bm r,t)=\hbar\bm k\psi(\bm r,t)=\bm p\psi(\bm r,t));

シュレーディンガー方程式: &math(E=\frac{p^2}{2m}+V(\bm r,t)); より

 &math(i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r,t)\right)\psi(\bm r,t));

時間に依らないシュレーディンガー方程式

 &math(E\varphi(\bm r)=\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r,t)\right)\varphi(\bm r));
* 質問・コメント [#idb3d123]

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