経済鈍化による健康リスクを見落とすべきではない

(4685d) 更新


公開メモ

経済鈍化による健康リスクを見落とすべきではない

まったく分野違いの私がこんなところでこんな記事を書くことに 意味があるのかどうか、見当違いの感も無いわけではないのですが、 ちょっと気になったので勢いで書いてしまいます。

ずばり主張としては「経済鈍化による健康リスクを見落とすべきではない」です。

というのも、統計から単純に判断すると、

経済が2割鈍化すると平均寿命が1歳程度短くなる

というほどの健康リスクが経済鈍化で生じるためです。

健康第一という考え方

現在、メディアやネットでは原発による健康被害が声高に叫ばれており、 脱原発を進めるべき!とか、汚染範囲をすべて強制移住させるべき! とか、「健康第一」が大きな流れになっています。

これとよく対比されるのが「経済優先」ですね。 ソフトバンクの孫社長の「金で命は買えない」とか 「正義を疎かにする経済ほど愚かなものはない」のような発言が、 「お金儲けしか頭に無い人たちが国民の健康をないがしろにして国を 動かそうとしている」というような疑心暗鬼を代弁しています。

「別に贅沢しなくて良いからそのかわり健康でいたい」というのは 多くの人の本音であり、その望みは正当な物だと思います。

経済をおろそかにして健康が手に入るのか?

しかしここではあえて、 「本当に金で命は買えないの?」あるいはもっと踏み込んで 「金が無くても命が買えるなんてホント?」 という疑問を真剣に考えてみたいと思います。

私は原発事故があるまで知らなかったのですが、 国別の経済規模と平均寿命は非常に強い相関を持っているのだそうです。

上記のリンクから、国民1人あたりのGDPを横軸(対数)に、 平均寿命を縦軸に取ったグラフを見ることができます。

経済と健康.png

このグラフは少数の例外(恐らく国内での貧富の格差が非常に大きな国)を除き、 途中で折れ曲がり、2つの直線が繋がった形に分布しています。 (これらの直線は私が目分量で引いた物です)

  • 低所得側の直線は「どれだけちゃんと食事が取れるか」に相当する傾きを、
  • 高所得側の直線は「どれほど社会福祉が充実しているか」に相当する傾きを、

それぞれ表していると理解できます。

注目したいのは、日本が含まれる高所得側の直線が、

経済が2割鈍化すると平均寿命が1歳程度短くなる

という非常に急激な傾きを持っていることです。

これは非常に大きな事実です。

繰り返しますが、このグラフから予想されるのは 「日本の経済が長期的に2割落ち込んだら、日本の平均寿命は1歳程度短くなる」 そして、 「もし半分まで落ち込んだら、日本の平均寿命は3歳程度短くなる」 という結論です。

「経済鈍化は非常に大きな健康リスク」 と考える意味はここにあります。

経済鈍化による健康リスク

経済鈍化により生じる健康リスクとはどのようなものでしょう?

経済がうまく回り、税収が十分にあれば社会福祉やインフラが充実することを 期待でき、人々が幸せに暮らせるようになります。 そうなれば健康にプラスとなる影響をいくつも思いつきます。

  • ゴミ処理や清掃等の充実による衛生の向上
  • 健康診断の頻度・精度の向上
  • 充実した医療行為や介護の提供
  • 交通インフラの整備による事故の減少
  • 警察組織充実や人々の満足感の向上による犯罪の減少
  • 好況感によるストレス減少・自殺の減少
  • より健康的な食事の提供
  • 教育の充実による健康への貢献

逆に経済が鈍化すれば、これらと逆のことが起きますから、 同じ数だけ健康にマイナスとなる影響を思いつけます。

これらが数値として表れたのが上記のグラフなわけですね。

あえて過激な言葉にすれば 「金がなければ命は買えない」

もちろん政策等をどれだけうまくするかによって 同じ経済規模でも直線より上にいったり下にいったりしますから、 経済以外の面で頑張ればある程度は長寿を保てる望みもあります。

それでも、すでに日本は他国と比べて最も上に位置していますから、 経済が衰えても平均寿命だけそのままにできると考えるのは ちょっと楽観的と言えそうです。

個人レベルでもお金は大事

個人レベルの話でも、所得が増えることは健康にとって プラスに働くことが期待できます。

非常に印象的な話として、 広島における原爆被害者の死亡リスクに関する研究があります。

広島では被曝によりガンの発症率・死亡率が増えましたが、 実は全死因による死亡率は男女とも非被爆者より 9% も低率になっているのだそうです。

これは国が国費による年2回の健康診断を義務づけたことなどにより、 福祉の向上が健康増進に結びついた結果と理解されています。

http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_20.html

この話は、被曝による健康被害を、充実した福祉が挽回した、 と単純化されることもあります。

とはいえこの調査は、多くの低レベル被曝者と、 少数の高レベル被曝者とを平均したからこういう結果になっただけで あって、特に高レベル被曝者については ガンの増加に福祉が追いつかないのは間違いありません。 その意味で、経済力では救えない健康被害も厳然として存在します。

また、被曝によるガンで亡くなってしまった方は、 その他の方がいくら長生きしても個人的には救われませんから、 この話に大きな不平等が隠されていることも無視できません。

そういったことを踏まえ、ここで「被曝の不利益を経済で打ち消せる」 などと言うつもりはありません。

そうではなく、十分な所得を得ることで健康増進に多額の出費が可能となれば、 実際に健康に過ごせる可能性が高まるというのが論点です。

たとえば個人の選択として、 比較的小さな健康リスクを避ける代わりに大きな経済損失をするならば、 それはかえって全体としての健康リスクを増大する可能性がある、 というような話になります。

経済を原因とする健康リスクが見落とされていないか

このように、経済鈍化は立派な健康リスクだと思うのですが、 そういう話がメディアでもネットでもほとんど見られないと感じています。

「被曝でガンになるかも」はみんな心配してるけど、

買い物やレジャーが減って経済が鈍化すると、 就労環境や衛生・福祉の水準が下がり 「全国レベルで経済鈍化による健康被害が心配される」、 という話は聞かないです。

このままでは経済鈍化という大きな健康リスクを見落としたまま、 国の行く末を左右する重要な議論が進んでしまうのではないかと 心配になります。

経済損失を健康リスクととらえる

このように、 「お金なんて無くても健康さえあれば」 というのは現実的にはなかなか難しいはずです。

ですから、例えば各種の発電方法について、

  • 原発は事故の際に被曝による健康リスクがある
  • 火力だと排ガスが気になる
  • 風力だと音がうるさい
  • 太陽光発電なら健康リスクは無い!

というような単純な考え方をしているようでは、 発電所から直接受ける健康被害は減らせるかもしれませんが、 もしかすると経済リスクが大きすぎて、 「総合的な健康リスク」を上昇させてしまうかもしれません。

  • 今後長期的に見て日本の経済をどのような産業で引っ張っていくのか
  • 各発電方式の総合的な(地政学的、経済的、安全的) メリット・デメリットをどう生かしてそれらの産業を支えるか

といった、国レベルの政策を議論したり、

  • 放射能汚染地域から待避して健康リスクを避けるべきか
  • 放射能汚染地域にとどまって経済的・心理的メリットを生かすべきか

といった個人の判断を行う際には、健康を害する直接的要因 (被曝や運動不足、ストレス等)だけでなく、 経済や所得の増減が健康へ与える効果も必ず考えておかなければなりません。

そういう手間のかかる議論を抜きにして、 大衆迎合的な政策を場当たり的に打ち出すような政党には 国の政治を任せられないと思います。

さまざまな健康リスクを相対的に比較する必要性

上でくどいくらい述べた「経済損失は健康リスクである」と言う論点は、 「健康第一」の流れの中で行われる議論にとって非常に重要です。

もちろん、経済損失も数ある健康リスクの1つですから、 他のリスクとその大小を比較して、総合的なリスクを減らし、 メリットを高めることを考えなければなりません。

そのためには被曝による健康リスクについても、 それだけを過度に恐れたりせず、 その健康リスクを他の健康リスク要因と相対的に評価して、 全体を小さくするように考えるべき、というのが中川先生の言葉ですが、 その相対評価に「経済リスク」も入れたら良い。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110525dde018040043000c.html

目に見えるリスクを研究する理系の識者の意見と、 目に見えない間接的なリスクを研究する文系の識者の意見とを しっかり合わせることが必要ですね。

くれぐれも、太陽光発電だから人は死なない、 というような短絡的な話で議論を進めてはならないと思います。 (経済界でそういうことを言っている人がいたら、 それこそどういう意図で発言しているのかをちゃんと 見極めなければならないと思うわけです)

ぜひとも10年後、20年後に笑っていられる選択ができるよう、 冷静かつ抜け目のない判断をしたいものです。

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