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原子操作
(Atom Manipulation)

■ 原子操作

主に固体表面の"個々の原子や分子"を対象として、場所を移動させたり、加工したり、化学反応を制御する等、原子レベルでの極限的な操作を総称して原子操作と呼んでいます。原子操作は近年の走査プローブ顕微鏡(SPM: Scanning Probe Microscopy)関連技術の進歩により可能になりました。

1981年に走査トンネル顕微鏡(STM: Scanning Tunneling Microscopy)を開発したIBMのグループはその後、低温で作動するSTMの開発を進めました。彼等はこうして開発された低温STMを用いて、金属表面に吸着させたXe原子やCO分子を操作し、並べ替えて、文字や絵を描いたり、人工的な構造を作製して物性研究を行う可能性を示しました。STMによる原子操作は多くの研究者の興味を引き、その後の展開につながりました。

■ 原子操作の原理

STMは、先の尖った探針を試料表面に近づけて走査し、試料・探針間を流れるトンネル電流を測定して、原子レベルの画像を得ます。この時試料と探針との間の1nm程の空間に1V近くのバイアス電圧がかかり、1nAものトンネル電流が、探針真下のオングストローム以下の領域に集中して流れるため、トンネル接合における電場や電流密度は非常に大きな値になります。このため通常、半導体等の安定した試料であれば、1V、0.1nA程度の条件で観察することも可能ですが、有機材料や吸着系などが対象の場合は、10mV、1pA程度の穏やかな条件を用いることが多くなります。これは、バイアス電圧や、トンネル電流による試料の変化を押さえ、安定な状態で観察するためです。

原子操作では、逆に高い電圧や、大きなトンネル電流によって、試料表面の状態を意識的に変化させることを行います。探針の位置は、ピエゾ素子(電圧を付加することにより伸び縮みする素子)を用いて、高精度で制御できる為、試料の物性に応じて条件を選べば、対象とする原子・分子を選択的に抜き取ったり、場所を移動させたり、極限レベルでの操作(原子操作)が実現できます。

IBMにおけるXeの操作では、(1)まず、探針を試料表面から少し離して観察し、Xe原子の位置を確認する。(2)続いて、目標とした原子の真上に探針を移動させ、その後、探針を原子に近づけて相互作用を強くし、基板に沿って横方向に移動させる。(3)目的とした場所に達したところで探針を原子から引き離して固定する。という方法が用いられました。

■ 室温における安定動作

原子・分子操作は多くの場合、極低温( < 10K )で行われます。これは、温度が高いと原子や分子がSTMの操作を待たずに熱エネルギーによって動き回ってしまうためです。ところが、温度が高い場合にも原子・分子を誘導するガイドレールをうまく利用することで安定した操作を行うことができます。例えば、Cuの上に吸着させたC60の操作では、Cu基板のステップをガイドレールとして利用して、室温で安定な算盤状の構造("原子そろばん")が作製されました。しかし、この実験は極低温(∼5K)を必要とし、かつ、金属基板を清浄に保つために超高真空中で行われており、室温・大気中といった、より現実的な条件で分子操作を実現することが望まれていました。

このような中、重川研究室では、ロタキサン構造(ドーナツ状の構造の分子を細長い分子で串刺しにしたネックレス状の構造を持つ超分子)を持つ分子に注目し、室温・大気中で分子玉を軸の分子に沿って安定に操作できることを初めて示しました。ロタキサン構造を持つ超分子には、分子の軸が存在するため、これがガイドとなり、分子を室温で安定に移動させることができます。また、このとき基板には大気中でも安定なグラファイトが利用可能でした。

■ 化学反応の制御

加える摂動を大きくすると、原子間の結合状態を制御することも可能になります。例えば、シリコン表面の特定の原子の上に探針を固定し、高バイアス電圧を印可することにより特定の原子が抜き取られることが見いだされました。これまでに、バイアス電圧や電流に対する依存性が理論と合わせて詳細に調べられています。また、水素原子を吸着させたシリコンの表面から、特定の水素原子を選択的に抜き取りることで、点状、線状、面状のナノ構造を作成し、低次元(0次元、1次元、2次元)構造の物性を調べたり、さらに水素原子を抜き取った場所に、選択的に異なる原子を吸着させて人工的なナノ構造を作製することが行われています。単一分子レベルでの化学反応の操作では、酸素やAlCl3 等の吸着分子の真上に探針を固定して、高い電圧を加えることで分子を解離させたり、吸着状態を人為的に変化させ得ることが示されました。

■ 量子力学と原子操作

量子力学の基礎的な領域でも、原子操作を用いて多くの成果が得られています。Fe原子を金属基板上に並べて囲いを作ることで、囲い内部に電子の定在波が形成され、これがSTMを用いて観察されたことが広く知られていますが、囲いを楕円状にして、一方の焦点にCo原子を置くと、他方の焦点の位置に近藤効果の影響が現れる等、さらに興味深い現象もぞくぞくと確認されています。

また、近年では原子を多数組み合わせたメゾスコピック系の物性が注目されています。ナノスケールの量子伝導の解析など、こういった研究では、実験と理論の両面からの解析が必要ですが、対象とする微細構造を自由に加工・創製して、理論的に解析可能な制御された構造を実現できることは、大切な基礎技術の一つとなっており、今後も "原子操作"技術の果たす役割には大きな期待が寄せられています。