線形代数I/行列

更新


線形代数I

培風館「教養の線形代数(五訂版)」に沿って行っている授業の授業ノート(の一部)です。

1. 行列

1.1 行列

旧課程では2x2の行列を高校で習ったのだが、最近は高校で行列を扱わなくなってしまった。

行列とは数字を縦横に並べて括弧でくくったものである。2x2行列などというときは、縦x横の大きさを表している。

2x2行列

\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix} \hspace{1cm} \begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}

ベクトル(縦と横)も1列あるいは1行しかない行列と考えられる。

\begin{pmatrix}2\\1\end{pmatrix} \hspace{1cm} \begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix} \hspace{1cm} \begin{pmatrix}2&1\end{pmatrix} \hspace{1cm} \begin{pmatrix}x&y\end{pmatrix} \hspace{1cm}

この教科書では角括弧を使う

丸括弧を使う流儀の方が一般的であるが、角括弧を使う流儀もある。

\begin{bmatrix}1&2\\3&4\end{bmatrix} \hspace{1.5cm} \begin{bmatrix}2\\1\end{bmatrix} \hspace{1.5cm} \begin{bmatrix}2&1\end{bmatrix}

2\times 2 行列     縦ベクトル         横ベクトル
                ( 2\times 1 行列)       ( 1\times 2 行列)

もっと大きな行列も考えられる。

\begin{bmatrix}1&2&3\\4&5&6\\7&8&9\end{bmatrix} \hspace{1cm} \begin{bmatrix}1&2\\3&4\\5&6\end{bmatrix} \hspace{1cm} \begin{bmatrix}1&2&3&4\\5&6&7&8\end{bmatrix}

3\times 3 行列         3\times 2 行列         2\times 4 行列    

一般の行列

一般に m\times n 行列を考えることができる。
「数」を m n 列の長方形に並べて角括弧でくくった物を m\times n 行列と呼ぶ。

                    n

m \begin{bmatrix} a_{11}&a_{12}&\cdots&a_{1n}\\ a_{21}&a_{22}& &\vdots\\ \vdots& &\ddots&\vdots\\ a_{m1}&\cdots&\cdots&a_{mn}\\ \end{bmatrix}

横書き文化から来ているため、数字が横にならんだのが1行。行数、行番号は縦に数える。
(日本や中国の縦書き文化が元になっていれば行番号は横に数えたかも?しかも右から! → 実際、将棋の棋譜では右から左へ数えた数値を先に、上から下へ数えた数字を後に書いて マス目を数えますので、和風の行・段で数えていることになりますね。 「2六歩」は右から2行目、上から六段目に歩を進めることを表します。)

数字は常に、行、列、の順で書く

  • m\times n 行列は → m n 列 の大きさ
  • (m, n) 成分は → m 行目 n 列目 の成分
  • a_{ij} は → i 行目 j 列目 の成分

→ "matrix" を「行列」と訳してくれた人のおかげで覚えやすくて助かる!

長方形に並べられた「数」が

  • 実数の時は「実行列」
  • 複素数の時は「複素行列」

行列の成分となる「数」を「スカラー」と呼ぶ。
(と、ここでは理解しておく。正しくは座標変換を学んでから)

スカラーは、考えている問題によって実数だったり、複素数だったりするが、 この教科書ではほぼ常に実数。

数学的には四則演算さえ定義されていれば実数や複素数じゃないものがスカラーであってもいい(専門用語では「スカラーは体を為す」と言う → wikipedia:代数的構造)。

変数として使う文字

行列を表す変数は大文字を使う。 ベクトルは太文字で。

  • x=3 → 数値を表す
  • A=\begin{bmatrix}1&2\\3&4\end{bmatrix} → 行列を表す
  • \bm x=\begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix} → ベクトルを表す
  • \bm y=\begin{bmatrix}1&2\end{bmatrix} → 横ベクトルでも同じ

ベクトルを表す太文字変数を手書きするときは、 縦線を1本増やしておく。例えばこのあたりを参照:
http://tabitetu.travel.coocan.jp/denken/vector.htm
http://gaussatkarizumai.blog.fc2.com/blog-entry-1.html

縦線を引く場所は必ずしも1通りに決まっているわけではないので、 「ベクトルを表したいんだな」という気持ちが伝われば、どこに引いても大丈夫。

行列の略記

成分を全て書くのが面倒なときは、

A=\begin{bmatrix} a_{11}&a_{12}&\cdots&a_{1n}\\ a_{21}&a_{22}& &\vdots\\ \vdots& &\ddots&\vdots\\ a_{m1}&\cdots&\cdots&a_{mn}\\ \end{bmatrix}

と書く代わりに、

A=\begin{bmatrix}a_{ij}\end{bmatrix}

と書く。

別途、例えば

a_{ij}=3i-2j

などと与えておけば、

A=\begin{bmatrix} 1&-1&-3&\cdots&4-2n\\ 4&2&0&\cdots &8-2n\\ 7&5&3& &\vdots\\ \vdots&\vdots& &\ddots&\vdots\\ 3m-2&2m-4&\cdots&\cdots&3m-2n\\ \end{bmatrix}

のことを表せる。

このような場合の

a_{ij}=3i-2j

は、 i j を決めれば値が1つ決まると言う意味で、 関数のような物である。したがって、添え字に使う文字を変えて

a_{kl}=3k-2l

などと書いても全く同じ意味となる。

数ベクトルを行列と見なせる

  • 1\!\times\!n 行列 ⇔ 横ベクトル
  • n\!\times\!1 行列 ⇔ 縦ベクトル

線形代数IIでは「数ベクトル」以外のベクトルも出てくる。

零行列、ゼロ行列

O=\begin{bmatrix}o_{ij}\end{bmatrix} ただし o_{ij}=0

をゼロ行列と呼び、大文字のオー O で表す。

m\times n 行列であることを明示するときは、

O_{m\!\times\!n}

と書く。

O_{3\!\times\!2}=\begin{bmatrix}0&0\\0&0\\0&0\end{bmatrix}

正方行列

n 次正方行列とは、 n\!\times\!n 行列のこと(正方形になる)

対角成分

左上から右下への対角線上に並ぶ、 (i,i) 成分のこと

\begin{bmatrix}*&?&?&?\\?&*&?&?\\?&?&*&?\\?&?&?&*\end{bmatrix}

アスタリスク * の部分が対角成分。

「右上から左下」の対角線上は特別扱いしない。理由は追々分かるはず。

単位行列

正方行列で、対角成分だけが 1 で、他がゼロなもの。 行列のかけ算(積)を計算する際、数字の1と同様、他の行列に掛けても値を変えない行列になる。

\begin{bmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&1\end{bmatrix}\hspace{1cm} \begin{bmatrix}1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1\end{bmatrix}

文字で表すときは I (アイ)を使う(identity matrix の頭文字。 E を使う流儀もある。こちらはドイツ語の Einheitsmatrix からとのこと*1http://mathworld.wolfram.com/I...。unit matrix と呼ぶこともあるが U は使わない。 U は後に学ぶユニタリー行列(unitary matrix:「行列式の絶対値」が1である行列)を表すのに使う。 進んだ教科書では数字の 1 を書いて単位行列を表すこともある。)。

ゼロ成分はしばしば省略される。また、大きさを表したいときは I_n のように次数を添え字にする。

{I}_n=\begin{bmatrix} 1&&&\\ &1&&\\ &&\ddots&\\ &&&1 \end{bmatrix}   ← n 次単位行列

略記すれば、

I=\begin{bmatrix}\delta_{ij}\end{bmatrix}

ただし、

\delta_{ij}=\begin{cases} 1&i=j\\ 0&i\ne j \end{cases}

このように定義された \delta_{ij} は「クロネッカーのデルタ」と呼ばれ、 今後他の教科でも良く出てくる。

ギリシャ文字の書き方は、例えば次のサイトを参照のこと:
https://web.archive.org/web/20161025180430/http://www.tomakomai-ct.ac.jp/department/gene/am/education/greek.html
https://web.archive.org/web/20161102175334/http://homepage1.nifty.com/suzuri/gg/ggk001.html#111

デルタやシグマ、ローの書き順には2つの流儀がある???どちらが正しいのだろう???
→ こちらに「書き順は特に決まっていない」、と説明がありました。

http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2004/09/post_f1a5.html

個人的にはデルタ、シグマ、ローともしっぽが最後になるように書いています。 ラムダは左、右の順で書いています。

例(後に出てくる行列の積を学んでから)

\mathop{A}_{m \times n}=[a_{ij}], \mathop{I}_{n \times n}=[\delta_{ij}], \mathop{B}_{m \times n}=AI=[b_{ij}] とすると、

b_{ij}&=\sum_{k=1}^n a_{ik}\delta_{kj}\\ &=a_{i1}\delta_{1j}+a_{i2}\delta_{2j}+a_{i3}\delta_{3j}+\dots+a_{n1}\delta_{nj}

1\le j\le n より、右辺のどこかに \delta_{jj} の形が現れ、 その項は a_{ij}\delta_{jj} の形をしている。

\delta_{jj}=1 より、 a_{ij}\delta_{jj}=a_{ij} である。

一方、 k\ne j の時 \delta_{kj}=0 なので、

b_{ij}=0+0+\dots+0+a_{ij}+0+\dots+0=a_{ij}

したがって、

B=AI=A

である。

→ 任意の行列 A に単位行列を掛けても行列の値は変化しない

このように、クロネッカーのデルタの基本的な演算法則は、 f(k) を任意の関数、 1\le j\le n として、

\sum_{k=1}^n f(k)\delta_{kj}=\sum_{k=1}^n f(k)\delta_{jk}=f(j)

というものである。

1.2 行列の演算

行列の和

同じ型の2つの行列に対して定義される。

\begin{bmatrix}a&b&c\\d&e&f\end{bmatrix} + \begin{bmatrix}g&h&i\\j&k&l\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}a+g&b+h&c+i\\d+j&e+k&f+l\end{bmatrix}

A=[a_{ij}],B=[b_{ij}],C=A+B=[c_{ij}] とすれば、

c_{ij}=a_{ij}+b_{ij}

行列のスカラー倍

k\begin{bmatrix}a&b&c\\d&e&f\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}ka&kb&kc\\kd&ke&kf\end{bmatrix}

A=[a_{ij}],B=kA=[b_{ij}] とすれば、

b_{ij}=ka_{ij}

このようにして「数の四則演算」を用いて「行列の演算」を定義していく。 高校で行列に関する演算をいろいろ習ったが(最近は習わないね・・・)、ここでは一旦全て「知らない振り」をして、 「定義された内容」および「そこから証明された定理」だけを使って何が言えるかを考える。 こういうのが大学以降で学ぶ数学の基本的なスタンスだ。

例えば行列の「和」は定義したが「差」はまだ定義していない。

符号反転

-A\equiv(-1)A と定義する。

性質:

  • -(-A)=A
  • A+(-A)=O

行列の差

A-B\equiv A+(-B) と定義する。

性質:

  • A-A=O

行列の積

\begin{bmatrix}a&b&c\\d&e&f\end{bmatrix} \begin{bmatrix}g&h\\i&j\\k&l\end{bmatrix}= \begin{bmatrix} ag+bi+ck & ah+bj+cl \\ dg+ei+fk & dh+ej+fl \end{bmatrix}
2\!\times\!3 行列   3\!\times\!2 行列       2\!\times\!2 行列

左の行列の i 行目と、右の行列の j 列目との成分同士をかけてから、すべて足したものが結果の行列の (i,j) 成分になる。

l\!\times\!m 行列と m\!\times\!n 行列の積は l\!\times\!n 行列となる。
( m が共通の時しか積は定義されない)

A=[a_{ij}],B=[b_{ij}],C=AB=[c_{ij}] とすれば・・・

どうなる?いくつか簡単な例を見てみると、

c_{11}=a_{11}b_{11}+a_{12}b_{21}+a_{13}b_{31}+\dots+a_{1m}b_{m1}

c_{12}=a_{11}b_{12}+a_{12}b_{22}+a_{13}b_{32}+\dots+a_{1m}b_{m2}

類推すれば、

c_{ij}&=a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+a_{i3}b_{3j}+\dots+a_{im}b_{mj}\\ &=\sum_{k=1}^m a_{ik}b_{kj}

と表せる。

AB=[c_{ij}]=\left[\sum_{k=1}^m a_{ik}b_{kj}\right]

は非常に重要なので、必ず思い出せるようにしておくこと。

i j 列を表す添え字 i,j により挟まれた添え字 k を動かして和を取る形になっている。

例題

\mathop{A}_{k\times l}=[a_{ij}],\mathop{B}_{l\times m}=[b_{ij}],\mathop{C}_{m\times n}=[c_{ij}] に対してその積を \mathop{D}_{k\times n}=ABC=[d_{ij}] と表すとき、

d_{ij}=\sum_{p=1}^l\sum_{q=1}^ma_{ip}b_{pq}c_{qj}

であることを示せ。

回答:

k\!\times\!m 行列 F=AB=[f_{ij}] を考えると D=FC であるから、

&d_{ij}\\ &=\sum_{p=1}^m f_{ip}c_{pj}\\ &=\sum_{p=1}^m \left(\sum_{q=1}^la_{iq}b_{qp}\right)c_{pj}\hspace{5mm}&分配法則を使う\\ &=\sum_{p=1}^m \sum_{q=1}^la_{iq}b_{qp}c_{pj}&和を取る順番を変える\\ &=\sum_{q=1}^l\sum_{p=1}^ma_{iq}b_{qp}c_{pj}&ダミー変数 p,q を入れ替える\\ &=\sum_{p=1}^l\sum_{q=1}^ma_{ip}b_{pq}c_{qj}\\

として与式を得る。

1.3 行列の演算法則

上記の定義から計算に役立ついくつかの演算法則(定理)を導く。

その前に・・・

行列の相等

  • 同じ型で
  • 全ての対応する成分同士が等しいとき

2つの行列 A B は等しいとして、

A=B

と書く。

例(例5)

A=\begin{bmatrix}1&2&3\\5&7&9\end{bmatrix}, \bm x=\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}, \bm b=\begin{bmatrix}4\\8\end{bmatrix}

であるとき、行列(ベクトル)に対する方程式

A\bm x=\bm b

は、

\begin{bmatrix}x+2y+3z\\5x+7y+9z\end{bmatrix}= \begin{bmatrix}4\\8\end{bmatrix}

であるから、

\begin{cases} x+2y+3z=4\\ 5x+7y+9z=8 \end{cases}

なる連立一次方程式と同値である。

行列の方程式 ⇔ 成分ごとの連立方程式

2章では連立一次方程式を A\bm x=\bm b の形で行列を使って表し、 その性質や解法を勉強する。

和・スカラー倍について

行列の和・スカラー倍は以下の性質を持つ:

  1. A+B=B+A ← 交換法則
  2. (A+B)+C=A+(B+C) ← 結合法則
  3. (k+l)A=kA+lA ← 分配法則
  4. k(A+B)=kA+kB ← 分配法則
  5. (kl)A=k(lA) ← 結合法則

成分に分けて書いてみればこれらはほぼ自明である。

一方、例えば (k+l)A=(l+k)A などという交換法則は、 「数」についての交換法則として既知であるからここでは扱わない。

同じ + で表される演算が、 「数」に対するものであるか、「行列」に対するものであるかに注意せよ。

積について

  1. (AB)C=A(BC) ← 結合法則
  2. A(B+C)=AB+AC ← 分配法則
  3. (B+C)D=BD+CD ← 分配法則
  4. (kA)B=k(AB)=A(kB) ← 結合法則

2. と 3. の両方を書いているのは、行列の積に対しては()()()()()()()()()()()ためである。

1. については、上の例題 で見た内容と、 逆に BC G と置いた計算とを比較すれば証明できる。

2., 3. については、

A(B+C)&=\left[\sum_{m}a_{im}(b_{mj}+c_{mj})\right]\\ &=\left[\sum_{m}(a_{im}b_{mj}+a_{im}c_{mj})\right]\\ &=\left[\sum_{m}a_{im}b_{mj}+\sum_{m}a_{im}c_{mj}\right]\\ &=\left[\sum_{m}a_{im}b_{mj}\right]+\left[\sum_{m}a_{im}c_{mj}\right]\\

のように、「数」の分配法則に帰着する。

ゼロ行列について

  1. A+O=A
  2. A-A=O
  3. AO=O' ← 左辺と右辺の O は大きさが異なる(同じ場合もある)
  4. OA=O'
  5. 0A=O

単位行列について

  1. AI=A
  2. IA=A

証明は上の例のようにすればよい。

これまで見たように、行列の和や積の演算法則はゼロ行列をゼロと、単位行列を1と考えると「数」の演算法則と非常によく似ている。
しかし、すべてが同じというわけではない。

行列と数との相違

(a) 積に関する交換法則は特殊なケースを除き成り立たない AB\ne BA
→ そもそも順序を入れ替えると定義されないことすらある。

交換可能な場合、すなわち AB=BA の時、 A B とは「可換」である、と言う。 (可換の条件を AB-BA=O と書くことも多い)

(b) A\ne O, B\ne O であっても、 AB=O となる場合がある。
AB=O のとき A,B を零因子という。→ A B の左零因子である。

(c) A\ne O でも AX=I あるいは YA=I を満たすような X,Y が存在するとは限らない。
逆数ならぬ「逆行列」は必ずしも見つからない。

行列に条件を付けるとこれらが成り立つこともある。

  • 対角行列(定義は後で)同士は可換。
  • 1\times 1 行列については、(a), (b), (c) すべて大丈夫。
    → そもそも 1\times 1 行列はスカラーと同一視できる。
    → 括弧を省略したものがスカラーと思って良い。

正方行列のべき乗

正方行列に限り自分自身との積を作れて、

A^k=\begin{cases} \underbrace{A\dots A}_{k}&(k>0)\\ I&(k=0)\\ \end{cases}

1.4 行列の転置

転置

\begin{bmatrix}a&b&c\\d&e&f\end{bmatrix}   の転置は  \begin{bmatrix}a&d\\b&e\\c&f\end{bmatrix}

対角線に対して鏡面対称な行列を求める操作を転置という。

m\times n 行列 A の転置は n\times m 行列となり、 {}^t\!A と表される。

A=[a_{ij}],\ {}^t\!A=[a'_{ij}] とすれば、

a'_{ij}=a_{ji}

(右辺の添え字が ij でなく ji となっていることに注意)

{}^t\!A A^T と書く流儀もある。 ( A t 乗と区別するため、右上ではなく左上に書いたり {}^t\!A 、大文字にして数値っぽくないようにしたり A^T 、と工夫してある。複素共役行列を A^* 、エルミート共役行列を A^\dagger などと書くときはこちらの書き方の方が自然である。)

性質

  1. {}^t({}^t\!A)=A
  2. {}^t(A+B)={}^t\!A+{}^t\!B
  3. {}^t(kA)=k\,{}^t\!A
  4. {}^t(AB)={}^t\!B\,{}^t\!A

4. に注意が必要で、「積の転置は転置の積の順番を逆にしたもの」になる。

証明:

まず両辺の型が等しいことを確かめる。

\mathop{A}_{l\times m}, \mathop{B}_{m\times n} とすれば、 \mathop{AB}_{l\times n}, \mathop{{}^t(AB)}_{n\times l} であり、

一方で、 \mathop{{}^t\!B}_{n\times m}, \mathop{{}^t\!A}_{m\times l} より \mathop{{}^t\!B\,{}^t\!A}_{n\times l} であるから、

両辺の型は等しい。

A=[a_{ij}], {}^t\,A=[a'_{ij}] B=[b_{ij}], {}^t\,B=[b'_{ij}] C=[c_{ij}], {}^t\,C=[c'_{ij}]

ただし C=AB とすると、

c'_{ij}&=c_{ji}\\&=\sum_{k=1}^m a_{jk}b_{ki}

一方で、 D={}^t\!B\,{}^t\!A=[d_{ij}] とすれば、

d_{ij}&=\sum_{k=1}^m b'_{ik}a'_{kj}\\ &=\sum_{k=1}^m b_{ki}a_{jk}\\ &=\sum_{k=1}^m a_{jk}b_{ki}\\

となり、左辺と右辺の成分は等しくなる。

上記を応用すれば {}^t(ABC)={}^t(BC)\,{}^t\!A={}^t\!C\,{}^t\!B\,{}^t\!A なども成り立つ。 再度、「積の転置は転置の積の順番を逆にしたもの」になる。

特別な形の行列

  • ゼロ行列
  • 単位行列
  • 対称行列
    \begin{bmatrix} a&b&c&d\\ b&f&g&h\\ c&g&k&l\\ d&h&l&p \end{bmatrix} \hspace{2cm} {}^t\!A=A を満たす ( a_{ji}=a_{ij} )

  • 交代行列
    \begin{bmatrix} 0&b&c&d\\ -b&0&g&h\\ -c&-g&0&l\\ -d&-h&-l&0 \end{bmatrix} \hspace{1cm} {}^t\!A=-A を満たす ( a_{ji}=-a_{ij} )
    特に、 a_{ii}=-a_{ii} より対角成分はゼロ a_{ii}=0 となる。

  • 上三角行列
    \begin{bmatrix} a&b&c&d\\ 0&f&g&h\\ 0&0&k&l\\ 0&0&0&p \end{bmatrix} \hspace{2cm} i>j のとき a_{ij}=0

  • 下三角行列
    \begin{bmatrix} a&0&0&0\\ e&f&0&0\\ i&j&k&0\\ m&n&o&p \end{bmatrix} \hspace{2cm} i<j のとき a_{ij}=0

  • 対角行列
    \begin{bmatrix} a&0&0&0\\ 0&f&0&0\\ 0&0&k&0\\ 0&0&0&p \end{bmatrix} \hspace{2cm} i\ne j のとき a_{ij}=0
    対角行列は、対称行列であり、上三角行列であり、下三角行列である。
    ゼロ行列は、対称、交代、上三、下三、対角、すべての条件を満たす。

三角行列の対角成分はゼロでなくても良いことに注意。

1.5 正則行列

「数」の演算では、 a\ne 0 に対して「逆数」 a^{-1} がただ1つ存在して aa^{-1}=a^{-1}a=1 となる。

逆に、 aa^{-1}=a^{-1}a=1 となる「逆数」 a^{-1} が存在するなら a\ne 0 であり、また、そのような a^{-1} はただ1つしか存在しない。

正則行列

A が正方行列であり、 AX=XA=I となるような X が存在するとき、 A は正則行列であると言う。

  • X は自ずと正方行列となる
  • 「正則行列である」は数で言うところの「 a\ne 0 である」に近いか?
    → 遠くは無いけど、今後もう少し深い理解が得られるようになるはず

逆行列

ある A が与えられたとき、 もし AX=XA=I となる X が存在するなら、 そのような X はただ1つしか存在しない。

∵もし2つあって AX=XA=I かつ AY=YA=I ならば、

XAY&=(XA)Y=IY=Y\\&=X(AY)=XI=X

より X=Y である。

そのような X A の逆行列と呼び、 A^{-1} で表す。 (「 A インバース」と読む)

逆行列の性質

A,B を同じ次数の正則行列とする。

  1. (A^{-1})^{-1}=A

    A(A^{-1})=(A^{-1})A=I はそのまま A A^{-1} の逆行列であることを表す。

  2. (AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1} ← 順序が入れ替わることに注意

    (AB)(B^{-1}A^{-1})=A(BB^{-1})A^{-1}=AIA^{-1}=AA^{-1}=I かつ
    (B^{-1}A^{-1})(AB)=B^{-1}(A^{-1}A)B=B^{-1}IB=B^{-1}B=I

  3. ({}^t\!A)^{-1}={}^t(A^{-1}) ← 転置とインバースは入れ替え可能

    {}^t\!A\,{}^t(A^{-1})={}^t(A^{-1}A)={}^tI=I かつ
    {}^t(A^{-1})\,{}^t\!A={}^t(AA^{-1})={}^tI=I

実際には正方行列 A に対して XA=I を満たす正方行列 X は、 必ず AX=I を満たす。また、その逆も成り立つ。これは後に証明される。

1.6 行列の分割

分割と小行列

大きな行列を縦横に分割して小さなブロック(=小行列)に 分割 することがある。

例:

A=\left[ \begin{array}{ccc|cc} a&b&c&d&e\\ f&g&h&i&j\\ \hline k&l&m&n&o\\ p&q&r&s&t\\ \end{array} \right]=\begin{bmatrix} A_{11}&A_{12}\\ A_{21}&A_{22} \end{bmatrix}

ただし、各小行列は

&A_{11}=\begin{bmatrix}a&b&c\\f&g&h\end{bmatrix}, A_{12}=\begin{bmatrix}d&e\\i&j\end{bmatrix},\\ &A_{21}=\begin{bmatrix}k&l&m\\p&q&r\end{bmatrix}, A_{22}=\begin{bmatrix}n&o\\s&t\end{bmatrix},\\

分割行列の演算

各小行列の型が一致して、計算が可能な限り、

  • \begin{bmatrix} A_{11}&A_{12}\\ A_{21}&A_{22} \end{bmatrix}+\begin{bmatrix} B_{11}&B_{12}\\ B_{21}&B_{22} \end{bmatrix}= \begin{bmatrix} A_{11}+B_{11}&A_{12}+B_{12}\\ A_{21}+B_{21}&A_{22}+B_{22} \end{bmatrix}
  • k\begin{bmatrix} A_{11}&A_{12}\\ A_{21}&A_{22} \end{bmatrix}= \begin{bmatrix} kA_{11}&kA_{12}\\ kA_{21}&kA_{22} \end{bmatrix}
  • \begin{bmatrix} A_{11}&A_{12}\\ A_{21}&A_{22} \end{bmatrix}\begin{bmatrix} B_{11}&B_{12}\\ B_{21}&B_{22} \end{bmatrix}= \begin{bmatrix} A_{11}B_{11}+A_{12}B_{21}&A_{11}B_{12}+A_{12}B_{22}\\ A_{21}B_{11}+A_{22}B_{21}&A_{21}B_{12}+A_{22}B_{22}\\ \end{bmatrix}

などとして、あたかも小行列を普通の数と見なした 2\times 2 行列のような演算が可能である。
ただし、小行列の積の順序は入れ替えられないことに注意せよ。

行列の分割は 2\times 2 に限らず、任意の m'\times n' の小行列への分割が考えられる。

ベクトルへの分割

A=\Big[a_{ij}\Big]_{m\times n} とする。

A を1列ごとに分割して、

A&=\left[ \begin{array}{c|c|c|c|c|c} a_{11}&a_{12}&a_{13}&a_{14}&\dots&a_{1n}\\ a_{21}&a_{22}&a_{23}&a_{24}&\dots&a_{2n}\\ \vdots&\vdots&\vdots&\vdots&&\vdots\\ a_{m1}&a_{m2}&a_{m3}&a_{m4}&\dots&a_{mn}\\ \end{array} \right]\\ &=\Bigg[\begin{matrix} \hspace{3mm}\bm a_{1}&\hspace{3mm}\bm a_{2}&\hspace{2mm}\bm a_{3}&\hspace{2mm}\bm a_{4}&\hspace{1mm}\dots&\hspace{2mm}\bm a_{n}\hspace{2mm} \end{matrix}\Bigg]

と表したり、1行ごとに分割して、

A&=\left[ \begin{array}{ccccc} a_{11}&a_{12}&a_{13}&\dots&a_{1n}\\\hline a_{21}&a_{22}&a_{23}&\dots&a_{2n}\\\hline \vdots&\vdots&\vdots&&\vdots\\\hline a_{m1}&a_{m2}&a_{m3}&\dots&a_{mn}\\ \end{array} \right] =\left[ \begin{array}{ccccc} \bm a'_1\\ \bm a'_2\\ \vdots\\ \bm a'_n\\ \end{array} \right]\\

と表すことがある。

ここで行分割のベクトルにプライム(ダッシュ)を付けているのはここだけの便宜的な物で、 行分割だから付けるというルールがあるわけではない。

(1)

AB=\begin{bmatrix}\bm a'_1\\\bm a'_2\\\hspace{5mm}\vdots\hspace{5mm}\\\bm a'_n\end{bmatrix}\Big[\ \ B\ \ \Big] =\begin{bmatrix}\bm a'_1B\\\bm a'_2B\\\hspace{7mm}\vdots\hspace{7mm}\\\bm a'_nB\end{bmatrix}

例:

\begin{bmatrix}a&b\\c&d\end{bmatrix}\begin{bmatrix}e&f\\g&h\end{bmatrix} &=\begin{bmatrix}\hspace{3mm}\begin{bmatrix}a&b\end{bmatrix}\hspace{3mm}\\\ \\\begin{bmatrix}c&d\end{bmatrix}\end{bmatrix}\begin{bmatrix}e&f\\g&h\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}\hspace{3mm}\begin{bmatrix}a&b\end{bmatrix}\begin{bmatrix}e&f\\g&h\end{bmatrix}\hspace{3mm}\\\ \\\begin{bmatrix}c&d\end{bmatrix}\begin{bmatrix}e&f\\g&h\end{bmatrix}\end{bmatrix}\\ &=\begin{bmatrix}\hspace{3mm}\begin{bmatrix}ae+bg&af+bh\end{bmatrix}\hspace{3mm}\\\ \\\begin{bmatrix}ce+dg&cf+dh\end{bmatrix}\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}ae+bg&af+bh\\ce+dg&cf+dh\end{bmatrix}

(2)

AB=\Bigg[\ \ A\ \ \Bigg]\Bigg[\begin{matrix}\bm b_1&\bm b_2&\dots&\bm b_n\end{matrix}\Bigg] =\Bigg[\begin{matrix}A\bm b_1&A\bm b_2&\dots&A\bm b_n\end{matrix}\Bigg]

(3)

AB= \begin{bmatrix}\bm a'_1\\\bm a'_2\\\hspace{5mm}\vdots\hspace{5mm}\\\bm a'_n\end{bmatrix} \Bigg[\begin{matrix}\bm b_1&\bm b_2&\dots&\bm b_n\end{matrix}\Bigg] =\begin{bmatrix} \bm a_1'\bm b_1&\bm a_1'\bm b_2&\dots&\bm a_1'\bm b_n\\ \bm a_2'\bm b_1&\bm a_2'\bm b_2&\dots&\bm a_2'\bm b_n\\ \vdots&&\ddots&\vdots\\ \bm a_m'\bm b_1&\bm a_m'\bm b_2&\dots&\bm a_m'\bm b_n\\ \end{bmatrix}

ここで、右辺の各項はベクトル {}^t\bm a_1 \bm b_1 との内積になっていて、 その結果はスカラーである。すなわち、これがそのまま各成分を表している。

AB=\Big[c_{ij}\Big]=\Big[\bm a'_i\bm b_j\Big]


(4) \bm x=\begin{bmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{bmatrix} と置けば、

A\bm x&=\Bigg[\begin{matrix} \bm a_1&\bm a_2&\dots&\bm a_n \end{matrix}\Bigg]\begin{bmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{bmatrix}\\ &=x_1\bm a_1+x_2\bm a_2+\dots+x_n\bm a_n\\ &=\sum_{k=1}^n x_k\bm a_k

基本ベクトル

n 次の縦基本ベクトルとは、

\bm e_1=\begin{bmatrix}1\\0\\0\\0\\\vdots\\0\end{bmatrix}, \bm e_2=\begin{bmatrix}0\\1\\0\\0\\\vdots\\0\end{bmatrix}, \bm e_3=\begin{bmatrix}0\\0\\1\\0\\\vdots\\0\end{bmatrix}, \dots, \bm e_n=\begin{bmatrix}0\\0\\0\\0\\\vdots\\1\end{bmatrix}

のような n 本のベクトルである。

\bm e_k=\Big[\delta_{ik}\Big]_{n\times 1}

と書くこともできる。

横基本ベクトルは、

\bm e'_1&=\begin{bmatrix}1&0&0&0&\dots&0\end{bmatrix}\\ \bm e'_2&=\begin{bmatrix}0&1&0&0&\dots&0\end{bmatrix}\\ \bm e'_3&=\begin{bmatrix}0&0&1&0&\dots&0\end{bmatrix}\\ &\vdots\\ \bm e'_n&=\begin{bmatrix}0&0&0&0&\dots&1\end{bmatrix}\\

で、

\bm e'_k={}^t\bm e_k

である。

例1:

単位行列の列分割、行分割は、

I=\Bigg[\begin{matrix}\bm e_1&\bm e_2&\dots&\bm e_n\end{matrix}\Bigg]= \begin{bmatrix}\bm e'_1\\\bm e'_2\\\hspace{5mm}\vdots\hspace{5mm}\\\bm e'_n\end{bmatrix}

として基本ベクトルで書ける。

例2:

行列に基本ベクトルを掛けることで、特定の列や行を取り出すことができる。

A\bm e_k&=\Bigg[\begin{matrix} \bm a_1&\bm a_2&\dots&\bm a_n \end{matrix}\Bigg]\begin{bmatrix}0\\\vdots\\\ \ 1\ \ \\\vdots\\0\end{bmatrix} \begin{matrix} \\ \\\leftarrow k\\ \\ \\ \end{matrix}\\ &=\bm a_k

k 列目が取り出された。

\bm e'_kA&=\mathop{\Big[\begin{matrix}0&\ldots&1&\ldots&0\end{matrix}\Big]}^k \begin{bmatrix}\bm a'_1\\\bm a'_2\\\hspace{5mm}\vdots\hspace{5mm}\\\bm a'_n\end{bmatrix}\\ &=\bm a'_k

k 行目が取り出された。

特に、

\bm e'_iA\bm e_j=a_{ij}

(i,j) 成分が取り出された。

質問・コメント




無題

()

例が豊富で分かりやすかったです

感謝

なまけもの ()

ありがとうございます。
国公立で線形代数を履修していましたがちんぷんかんぷんでした。
とてもわかりやすいです。ありがとうございます。

  • 線形代数Aとの戦いに役立ってます!ありがとうございます -- 工シス

この教科書ではカギ括弧を使う

nupetan ()

カギ括弧は大括弧の誤りではないかとの旨,申し伝えます.

  • ご指摘ありがとうございます。カギ括弧としていたところを角括弧と修正しました。 -- 武内(管理人)
  • 訂正を確認しました.ありがとうございます.
    さて,尚も 一般の行列 本文中に"カギ括弧"が含まれている事をお伝えします. -- nupetan
  • ご指摘ありがとうございます。見落としていました。 -- 武内(管理人)

基本ベクトル

濱口数馬 ()

取り出しベクトルの表現が、行と列が逆では?

  • ご指摘の通りでしたので修正しました。ありがとうございました。 -- 武内(管理人)

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