多粒子系の波動関数とボゾン・フェルミオン の履歴(No.10)
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1粒子系の量子力学の復習†
量子力学において1粒子の運動は、 粒子の位置を変数とする複素関数(波動関数)が満たす シュレーディンガー方程式により記述された。
粒子の位置:
波動関数:
方程式:
シュレーディンガー方程式は両辺に共通な を除いて考えると
の形をしている。これは前期量子論における
という関係に対応しているのであった。
ただし、 は古典力学におけるハミルトニアン、 ただし中に現れる粒子の運動量 を で置き換えたものである。
シュレーディンガー方程式を解いて得られた波動関数の絶対値の二乗が 時刻 に粒子を位置 を見いだす確率となる。
その他の物理量 の期待値 は、 物理量に対応する演算子を として次のように与えられる。
2粒子系の量子力学†
2つの電子の位置座標をそれぞれ とする。
2粒子系の波動関数を として、
シュレーディンガー方程式を
としたならば、これは1粒子系で学んだ内容の自然な拡張となっており、 事実これが正しい2粒子系のシュレーディンガー方程式である。 波動関数を大文字にしたのは教科書に合わせるためで表記上の問題しかない。 教科書では1粒子波動関数を小文字 で、多粒子波動関数を大文字 で表すことにしている。
は古典力学における2粒子系のハミルトニアンに現れる 2つの粒子の運動量 を に置き換えたものとなる。
例:
2粒子がクーロン相互作用しているなら、 となるから、
&math( \hat H(\bm r_1,\bm r_2,t)=
- \frac{\hbar^2}{2m_1}\bm\nabla_{r_1}^2-\frac{\hbar^2}{2m_2}\bm\nabla_{r_2}^2
- \frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{e_1e_2}{|\bm r_1-\bm r_2|});
である。
シュレーディンガー方程式を解いて得られた波動関数の絶対値の二乗が 時刻 に2つの粒子をそれぞれ位置 および に見いだす確率となる。
その他の物理量 の期待値 は、 物理量に対応する演算子を として次のように与えられる。
多粒子系の量子力学†
位置座表をそれぞれ
として、
波動関数を
とすれば良い。
このときハミルトニアンは例えば次のような形に書けるはずで、
&math( \hat H(\bm r_1,\bm r_2,t)= \underbrace{\sum_{j=1}^n -\frac{\hbar^2}{2m_j}\bm\nabla_{r_j}^2}_{運動エネルギー}+ \underbrace{V(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)\rule[-16.5pt]{0pt}{10pt}}_{ポテンシャルエネルギー} );
これを用いてシュレーディンガー方程式はやはり次の形に書ける。
これまで学んだとおり、1粒子のシュレーディンガー方程式でも 解析的に閉じた解が得られるのは非常に単純な問題に限られており、 そのような場合であっても解を得るには高度な数学を要する。
多体のシュレーディンガー方程式を解析的に解くことはほぼ不可能であるため、 様々な近似を用いて1体の問題に直し、さらに近似を用いて1体の問題を解くことにより、 ようやく実験結果と比較できるような理論的予測が得られる。
同種粒子の不可弁別性†
多粒子系において、粒子 と とが同種の粒子 (たとえば電子)であるとする。
粒子
が
に、
粒子
が
に、それぞれ見いだされる確率と、
粒子
が
に、
粒子
が
に、それぞれ見いだされる状態と、
は常に等しい、というのが同種粒子の不可弁別性である。
量子力学では観測するまで粒子の位置は決まっていない。
観測した結果、2カ所に電子が見つかったとして、 それらのどちらがどちらの電子かを判別する方法はない。 そもそもそれら2つの状態は区別できない、 として構築した理論が現実をよく再現する。
上記を式で書けば、
&math( &\big|\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\big|^2\\ =&\big|\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\big|^2\\ &\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );
すなわち、同種の2つの粒子の位置座標を入れ替えても、波動関数の絶対値は変化せず、 その位相のみが変化する。
この位相変化の大きさを見積もるのに、多くの教科書では次のような議論が行われる。
位置の入れ替えで生じる位相変化の大きさを とする、
すなわち、
&math( C&\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ =\phantom{C}&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\\ &\hspace{1.3cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );
もう一度入れ替えると元に戻るから、
&math( C^2&\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ =C&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\\ =\phantom{C}&\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ &\hspace{1.3cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );
ここから が得られ、 を得る。
ただ、 が に依存しない定数であるというのは それほど自明なことではない。
議論を場の量子論などまで進めることにより、 であることを導ける。
が となるか となるかは粒子の種類により異なり、 電子では に、光子では になる。
前者のように
となる粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)と呼ばれ、
後者のように
となる粒子はボーズ粒子(ボゾン)と呼ばれる。
フェルミ粒子はスピンが半整数値をとり、
ボーズ粒子はスピンが整数値をとることも、同時に導かれる。
パウリの排他律†
フェルミオンに関する著しい性質として、 2つのフェルミオンが同じ座標にいる確率は常にゼロになる。
なぜならこの場合、2つの位置座標を入れ替えても関数形が変わらないため、
&math( &\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_a,\dots,t)=C\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_a,\dots,t)\\ );
&math( &(1-C)\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_a,\dots,t)=0\\ );
&math( &2\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_a,\dots,t)=0\\ );
となり、波動関数の値がゼロになる。
ボゾンの場合には となるため、必ずしも波動関数はゼロとならず、 同じ座標に複数の粒子が存在できる。
通常「パウリの排他律」と言った場合には、 「複数のフェルミ粒子が同じ量子状態を占めることはできない」という意味であるが、 根本にある原理は上記と同じである。
相互作用のない2つの粒子†
例として、遠く離れた2つの水素原子の基底状態を考える。
2つの原子が遠く離れていれば、 原子核 1 の周りの電子の確率分布や、原子核 2 の周りの電子の確率分布は、 水素原子が1個しかない場合の確率分布と ほぼ等しいはずである。
孤立水素原子の基底状態の、時間によらない波動関数を とすれば、
すなわち、
原子核 1 の周りの電子の存在確率は
原子核 2 の周りの電子の存在確率は
とほぼ等しいことになる。ただし、
は2つの原子核の位置を表す。
そこで、
と置き、系全体の波動関数を
としてみると、
となり、電子 1 の空間分布は電子 2 の位置によらず で表され、 電子 2 の空間分布は電子 1 の位置によらず で表される。
また、系のハミルトニアンは、
&math( \hat H&= \underbrace{\left[-\frac{1}{2m}\bm \nabla_{\bm r_1}^2-\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{e^2}{|\bm r_1-\bm R_1|}\right]} _{\displaystyle\hat H_1}
- \underbrace{\left[-\frac{1}{2m}\bm \nabla_{\bm r_2}^2-\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{e^2}{|\bm r_2-\bm R_2|}\right]} _{\displaystyle\hat H_2}
- \underbrace{\cancel{\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{e^2}{|\bm r_1-\bm r_2|}}} _{\displaystyle 相互作用を無視}\\ &=\hat H_1+\hat H_2 );
であるから、上記波動関数に作用させれば
&math( \hat H\mathit\Phi(\bm r_1,\bm r_2) &=\hat H_1\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)+\hat H_2\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\\ &=\big[\hat H_1\varphi_1(\bm r_1)\big]\varphi_2(\bm r_2)
+\varphi_1(\bm r_1)\big[\hat H_2\varphi_2(\bm r_2)\big]\\
&=\varepsilon\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)+\varepsilon\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\\ &=2\varepsilon\mathit\Phi(\bm r_1,\bm r_2) );
のように、 の固有関数となっており、時間を含まないシュレーディンガー方程式の解となっていることを表している。
ただしこの波動関数はフェルミ粒子に要求される半対称性 を満たさない。電子 1 が 付近に、電子 2 が 付近に存在することを表す波動関数は不可弁別性を満たさないためだ。
正しい波動関数は、
電子 1 が原子核 1 に、電子 2 が原子核 2 に束縛された状態と、
電子 1 が原子核 2 に、電子 2 が原子核 1 に束縛された状態と、
を、等しい確率で混ぜ合わせて得られる。
等確率にするためには とすべきであり、フェルミオンでは の形にすればよい。一見、 とすれば良さそうであるが、 と との重なりを完全に無視できない限り上記2つの項は直交しないため、 と取っても規格化は達成されない。このことは下でもう少し詳しく見る。
この波動関数が を満たすことは容易に確かめられる。
以上が1粒子の波動関数から粒子の不可弁別性を考慮して2粒子の波動関数を作る際の標準的な手順となる。
※ボーズ粒子であれば、 と取ればよい。
確率分布†
&math( \Big|\Phi(\bm r_1,\bm r_2)\Big|^2 &=C^2\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\big|^2+\big|\varphi_1(\bm r_2)\varphi_2(\bm r_1)\big|^2
- \varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\varphi_1^*(\bm r_2)\varphi_2^*(\bm r_1)
- \varphi_1^*(\bm r_1)\varphi_2^*(\bm r_2)\varphi_1(\bm r_2)\varphi_2(\bm r_1) \Big]\\ &=C^2\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\big|^2+\big|\varphi_1(\bm r_2)\varphi_2(\bm r_1)\big|^2
- 2\,\mathrm{Re}\Big\{\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\varphi_1^*(\bm r_2)\varphi_2^*(\bm r_1)\Big\} \Big]\\ );
1粒子の時間によらない波動関数は常に実数に取れることを利用すると、
&math( \Big|\Phi(\bm r_1,\bm r_2)\Big|^2 &=C^2\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\big|^2+\big|\varphi_1(\bm r_2)\varphi_2(\bm r_1)\big|^2
- 2\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)\varphi_1(\bm r_2) \Big]\\ );
ここから、粒子1の確率分布を求めると、
&math( P(\bm r_1) &=\int\Big|\Phi(\bm r_1,\bm r_2)\Big|^2 d\bm r_2\\ &=C^2\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\big|^2\int\big|\varphi_2(\bm r_2)\big|^2d\bm r_2+\big|\varphi_2(\bm r_1)\big|^2\int\big|\varphi_1(\bm r_2)\big|^2d\bm r_2
- 2\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_1)\int\varphi_2(\bm r_2)\varphi_1(\bm r_2)d\bm r_2 \Big]\\ &=C^2\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\big|^2+\big|\varphi_2(\bm r_1)\big|^2
- 2\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_1)\int\varphi_2(\bm r_2)\varphi_1(\bm r_2)d\bm r_2 \Big]\\ );
と とが直交する場合には であるから 第3項は消えて、
&math( P(\bm r_1) &=\frac{1}{2}\Big[ \big|\varphi_1(\bm r_1)\big|^2+\big|\varphi_2(\bm r_1)\big|^2 \Big]\\ );
粒子の確率分布は単に と の平均値となる。
一方、 と とが直交しない場合には、 がゼロと見なせない領域、つまり と とが両方ともゼロと見なせない領域で、 と の平均値からずれることになる。 *1&math(\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_1; がゼロと見なせない領域が存在することは、2つの粒子が相互作用をしないという仮定に反することになるため近似の精度には注意が必要である))
2つの波動関数を水素原子の基底状態を模して と置き、 を計算した結果を以下に示す。
2つの波動関数が両方とも値を持つことになる中央部で不自然に確率分布が小さくなっている他は、 おおむね1粒子波動関数を足し合わせた分布が再現されていることが分かる。
LANG:mathematica phi[x_, q_, d_] := Exp[-Sqrt[(x - d)^2 + q^2]] phi1 = Compile[{x1, q1, d}, NIntegrate[ 2 Pi q2 (phi[x1, q1, d] phi[x2, q2, -d] - phi[x1, q1, -d] phi[x2, q2, d]), {x2, -100.0, 100.0}, {q2, 0, 100.0}]]; image = Table[phi1[x, q, 3], {x, 0, 10, 0.1}, {q, 0, 5, 0.1}]; ListDensityPlot[ Flatten[Table[{x, q, image[[Abs[Round[x/0.1]] + 1]][[Abs[Round[q/0.1]] + 1]]}, {x, -10, 10, 0.1}, {q, -5, 5, 0.1}], 1], PlotRange -> All, AspectRatio -> 1/2] profile = Table[phi1[x, 0, 3], {x, 0, 10, 0.01}]; ListPlot[Table[{x, profile[[Abs[Round[x/0.01]] + 1]]}, {x, -10, 10, 0.01}], PlotRange -> All]
スレーター行列式†
上でフェルミオンの波動関数が以下の性質を持っていることを学んだ。
- 座標を入れ替えると符号が反転する
- 同じ座標が2つ以上あるとゼロになる
これは行列式の以下の性質とよく似ている。
- 2つの行を入れ替えると符号が反転する
- 同じ行が2つ以上あるとゼロになる
実際、上で見た2電子の波動関数は
&math( \Phi(\bm r_1,\bm r_2) &=\frac{1}{\sqrt 2}\Big[\varphi_1(\bm r_1)\varphi_2(\bm r_2)-\varphi_1(\bm r_2)\varphi_2(\bm r_1)\Big]\\ &=\frac{1}{\sqrt 2}\left|\begin{matrix} \varphi_1(\bm r_1) & \varphi_1(\bm r_2) \\ \varphi_2(\bm r_1) & \varphi_2(\bm r_2) \\ \end{matrix}\right| );
のように2×2の行列式の形に表せる。
一般の多粒子系においても、
&math( \Phi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n) &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\left|\begin{matrix} \varphi_1(\bm r_1) & \varphi_1(\bm r_2) & \dots & \varphi_1(\bm r_n) \\ \varphi_2(\bm r_1) & \varphi_2(\bm r_2) & & \vdots \\ \vdots & & \ddots & \vdots \\ \varphi_n(\bm r_1) & \dots & \dots & \varphi_n(\bm r_n) \\ \end{matrix}\right| );
とすることで、相互作用を無視できる 個の粒子の波動関数を1粒子の波動関数から作れる。
この右辺に現れる行列式はスレーター行列式と呼ばれる。
行列式の定義により、右辺には 個の項が現れる。 それぞれの項は、 個の粒子をそれぞれどの1粒子状態に割り当てるか、 の割り当て方の1つ1つに対応し、その割り当て方は 通り存在する。 それらに適切な符号を付け、均等に加えたのがスレーター行列式である。
&math( \Phi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n) &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\sum_{(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n)}\sigma(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n) \varphi_1(\bm r_{p_1})\varphi_2(\bm r_{p_2})\dots\varphi_n(\bm r_{p_n}) );
※ボゾンの場合には各項の符号を与える の部分を に置き換えればよい
平均場近似†
上記のように1粒子状態を複数集めて他粒子状態を作れるためには、 粒子間の相互作用がないことを仮定しなければならないが、 それでは興味のある問題は1つも解けないことになってしまう。
そこで、擬似的に相互作用をなくすために他の粒子からの相互作用を平均化してしまい、 ポテンシャル に含めてしまうことが行われる。
例えば、粒子 1 が にある際に他の粒子から受けるポテンシャルは、
であるはずのところを、
としてしまったのが「平均場」である。ここで は粒子 2~粒子 がそれぞれ にいる確率である。
粒子 に対する平均場を と書けば、この粒子の運動は
という1体問題の波動方程式を解くことで得られる。
とはいえ が未知である限り上記の方程式は決定されないのであるが、上記の方程式の解を使えば
などと書けることから、 をうまく決めて上記の1体ポテンシャルと波動方程式が自己無矛盾(=自己無撞着=セルフコンシステント)に解けたとすれば、その波動方程式が平均場近似の下での「正しい波動関数」であると言える。
このように、相互作用する多粒子に対する問題を、平均化された場の中を運動する1体問題として近似し、平均場と波動方程式をセルフコンシステントに解く方法を「平均場近似による方法」と呼ぶ。
多体問題をそのまま解くことはほぼ不可能であるため、量子力学における多体問題はほぼ必ず平均場近似を用いて議論される。