フォック方程式の導出 の履歴(No.15)
更新フォック方程式の導出†
ハートレー・フォック法によるフェルミオンに対する1粒子方程式となるフォック方程式を導出する。
変分法を使うので、まだ学んでいなければ次のことだけ理解しておくこと。
- 変分法の考え方
- あるハミルトニアンに対する基底状態とは、そのハミルトニアンに対して最低のエネルギー期待値を与える波動関数のことである
- つまり、いくつかのパラメータを含む試行的な波動関数を作り、それらのパラメータを調節して厳密な基底状態が得られるなら、それは波動関数のエネルギー期待値が最小となる点である
- 試行関数では厳密解を表せない場合にも、なるべく良い近似解を作るのには波動関数のエネルギー期待値を最小化するようにパラメータを調節するのが良い指針になるだろう
ハートレー・フォック法では1つのスレーター行列で表せる関数の中から、最も小さいエネルギー期待値を与える関数を探すことにより、その形で表すことの可能な「最良の近似解」を求める。
目次†
時間に依らないシュレーディンガー方程式†
$n$ 個の同種粒子からなる系を考える。
$$ \hat H\mathit\Phi =\varepsilon \mathit\Phi $$
ハミルトニアン $\hat H$ は運動エネルギー $T$、1体ポテンシャル $V_\text{1体}$、 2体ポテンシャル $V_\text{2体}$ の和で表わせる。
$$ \begin{aligned} H&=T+V_\text{1体}+V_\text{2体}\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(\bm r_i,s_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(\bm r_i,s_i,\bm r_j,s_j)\\ \end{aligned} $$
$$ \begin{aligned} \phantom{H} &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \sum_i \sum_{j>i} V_2(x_i,x_j)\\ &=\sum_i T_i + \sum_i V_1(x_i) + \frac{1}{2}\sum_i \sum_{j\ne i} V_2(x_i,x_j)\\ \end{aligned} $$
ここで、
- $\bm r_i$ 等は空間座標、$s_i$ などはスピン座標、$x_i$ などは空間座標とスピン座標を合わせた座標の意味
- 粒子は同種だから、$V_1,V_2$ は $i,j$ によらず同一 (異なるポテンシャルを感じる粒子は同種でない)
- 2行目の $j>i$ は、同じ2つの電子に対してポテンシャルを重複して計算しないため
- 4行目では $j>i$ とする代わりに、全て2回ずつ数えておいて最後に半分にした
多粒子波動関数モデル†
多粒子波動関数は $\{\phi_i\}$ から作られる単一のスレーター行列式で表すものとする。
$$ \begin{aligned} \Phi &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\mathrm{det} (\phi_1, \phi_2, \cdots, \phi_n)\\ &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\sum_{(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n)}\sigma(p_1\ p_2\ \cdots\ p_n)\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ &=\frac{1}{\sqrt{n!}}\sum_p(-1)^p\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ \end{aligned} $$
ただし、$\{\phi_i\}$ は正規直交系をなす $n$ 個の1粒子関数。
$$\int d\bm r\,\sum_s\,\phi_i(\bm r,s)\phi_j(\bm r,s)= \int dx\,\phi_i(x)\phi_j(x)= \delta_{ij} $$
以下で見るとおり、この形に置くこと自体が平均場近似(電子相関の無視)を仮定していることと同義となる。
エネルギーの期待値†
変分法で波動関数を最適化するため、まずはエネルギーの表式を求めておく。
$$ \begin{aligned} E&=\langle H\rangle=\int d^nx\ \mathit\Phi^* H \mathit\Phi\\ &=\int d^nx\ \mathit\Phi^* (T+V_\text{1体}+V_\text{2体}) \mathit\Phi\\ \end{aligned} $$
以下、項ごとに見ていく。
運動エネルギー†
式変形に対するコメントが脚注にある(Web ブラウザで読んでいる場合には *2 などにマウスカーソルをかざすと脚注が表示される)ので参考にせよ。
$\begin{aligned} \langle T_i\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* T_i \Phi\\ \end{aligned} $
$ \begin{aligned} \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n) \nabla_i^2 \phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ \end{aligned} $
$ \begin{aligned} \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{j\ne i}\delta_{p_j,q_j}\Big) \int dx_i\ \phi_{q_i}^*(x_i) \nabla_i^2 \phi_{p_i}(x_i)\\ \end{aligned} $ *1$\nabla_i$ が作用するのは $x_i$ のみなので、$j\ne i$ では $\textstyle \int dx_j\ \phi_{p_i}(x_j)\phi_{q_j}(x_j)=\delta_{p_j,q_j}$ が現れる
$ \begin{aligned} \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n!}\sum_p \cancel{(-1)^{2p}} \int dx\ \phi_{p_i}^*(x) \nabla^2 \phi_{p_i}(x)\\ \end{aligned} $ *2$j\ne i$ に対して $p_j=q_j$ である項以外は消える。このとき $p_i=q_i$ も成り立つので、ゼロにならずに残った項では置換 $q$ は $p$ に等しい。定積分に使う変数は $x$ に書き直した。
$ \begin{aligned} \phantom{\langle T_i\rangle} &=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{n}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) \nabla^2 \phi_j(x)\\ \end{aligned} $ *3置換 $p$ の取り方は $n!$ 通りあるが、そのうち $p_i=p_j$ となる $(n-1)!$ 通りのものごとにまとめた。
スレーター行列式は粒子の区別の付かない波動関数であるのだから 当然と言えば当然ではあるが、結果は $i$ に依存しない形になった。
$$ \begin{aligned} \langle T\rangle&=\sum_i \langle T_i\rangle\\ &=n \langle T_i\rangle\\ &=-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) \nabla^2 \phi_j(x)\\ &=\sum\langle t\rangle_{\phi_i} \end{aligned} $$
ただし、$$ この形は $\phi_i$ ($i=1,2,\dots,n$) のそれぞれに合計 $n$ 個の粒子が詰まっている、という描像を端的に表している。
1体エネルギー†
計算は上とほぼ同様の変形により、
$$ \begin{aligned} \langle V_i\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* V_i \Phi\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{j\ne i}\delta_{p_j,q_j}\Big) \int dx_i\ \phi_{q_i}^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_i}(x_i)\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p \cancel{(-1)^{2p}} \int dx_i\ \phi_{p_i}^*(x_i)\,V_1(x_i)\,\phi_{p_i}(x_i)\\ &=\frac{1}{n}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x)\,V_1(x_i)\,\phi_j(x)\\ \end{aligned} $$
これも $i$ に依存しない形になった。
$$ \begin{aligned} \langle V_\text{1体}\rangle&=\sum_i \langle V_i\rangle\\ &=n \langle V_i\rangle\\ &=\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x)\,V_1(x_i)\,\phi_j(x)\\ &=\sum_j \langle V_1\rangle_{\phi_j} \end{aligned} $$
ただし $\langle V_1\rangle_{\phi_j}$ は、$\phi_j$ に対する $V_1$ の期待値。
この形は $\phi_i$ ($i=1,2,\dots,n$) のそれぞれに合計 $n$ 個の粒子が詰まっている、という描像を端的に表している。
2体エネルギー†
式変形に対するコメントが脚注にある(Web ブラウザで読んでいる場合には *2 などにマウスカーソルをかざすと脚注が表示される)ので参考にせよ。
$V_{ij}=V_2(x_i,x_j)$ について、
$ \begin{aligned} \langle V_{ij}\rangle &=\int d^nx\ \Phi^* V_{ij} \Phi\\ &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \int d^nx\, \phi_{q_1}^*(x_1) \phi_{q_2}^*(x_2) \cdots\phi_{q_n}^*(x_n) V_2(x_i,x_j) \phi_{p_1}(x_1) \phi_{p_2}(x_2) \cdots\phi_{p_n}(x_n)\\ \end{aligned} $
$\begin{aligned} \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q(-1)^p(-1)^q \Big(\prod_{k\ne i,j}\delta_{p_k,q_k}\Big) \iint dx_idx_j\ \phi_{q_i}^*(x_i)\phi_{q_j}^*(x_j) V_2(x_i,x_j) \phi_{p_i}(x_i)\phi_{p_j}(x_j)\\ \end{aligned}$ *4今度は $k\ne i,j$ が条件になる
$\begin{aligned} \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n!}\sum_p\sum_q \iint dx_idx_j\ \big\{\cancel{(-1)^{2p}}\phi_{p_i}^*(x_i)\phi_{p_j}^*(x_j)-\cancel{(-1)^{2p}}\phi_{p_j}^*(x_i)\phi_{p_i}^*(x_j)\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_{p_i}(x_i)\phi_{p_j}(x_j)\\ \end{aligned}$ *5$q$ は $p$ と等しいか、$p$ の $p_i$ と $p_j$ を交換したものかのどちらかである。後者に対しては $(-1)^q=-(-1)^p$ が成り立つ
$\begin{aligned} \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n(n-1)}\sum_k\sum_{l\ne k} \iint dxdx'\ \big\{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')-\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_k(x)\phi_l(x')\\ \end{aligned}$ *6$p_i=k,p_j=l$ となる $(n-2)!$ 個の置換ごとにまとめた。$x_i, x_j$ を $x,x'$ と書くようにした。
$\begin{aligned} \phantom{\langle V_{ij}\rangle} &=\frac{1}{n(n-1)}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \big\{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')-\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')\big\} V_2(x_i,x_j) \phi_k(x)\phi_l(x')\\ \end{aligned}$ ($k=l$ の項は $\big\{\ \dots\ \big\}$ の部分がゼロになるので、式の上では入れる形に書いておいて構わない))
これも $i,j$ に依存しない形になった。
$\begin{aligned} \langle V_\text{2体}\rangle &=\frac{1}{2}\sum_i\sum_{j\ne i} \langle V_{ij}\rangle\\ &= \frac{n(n-1)}{2} \langle V_{ij}\rangle\\ &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \big\{\underbrace{\phi_k^*(x)\phi_l^*(x')}_A-\underbrace{\phi_l^*(x)\phi_k^*(x')}_B\big\} V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ &=\langle V_\text{2体A}\rangle-\langle V_\text{2体B}\rangle\\ \end{aligned}$
ここで、$\langle V_\text{2体A}\rangle$ は古典的に予想される次の形であり、 電子に対しては「クーロン積分」と呼ばれる。係数の $1/2$ は、$\sum_k\sum_l$ によりすべての粒子対に対してポテンシャルを2度ずつ数えてしまっているのを補正するための係数となっている。$k=l$ の項は古典的には意味のない項であるが、$\langle V_\text{2体B}\rangle$ に含まれる項と打消し合う。
$\begin{aligned} \langle V_\text{2体A}\rangle &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_l \iint dxdx'\ \phi_k^*(x)\phi_l^*(x') V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_l \iint dxdx'\ V_2(x,x')\,|\phi_k(x)|^2|\phi_l(x')|^2\\ \end{aligned}$
$\langle V_\text{2体B}\rangle$ は古典的には理解しにくい形で、交換積分と呼ばれる。
$\begin{aligned} \langle V_\text{2体B}\rangle &=\frac{1}{2}\sum_k\sum_{l} \iint dxdx'\ \phi_l^*(x)\phi_k^*(x') V_2(x,x') \phi_k(x)\phi_l(x')\\ \end{aligned}$
エネルギーを最小化する波動関数を求める†
エネルギーの期待値は次のようになった。
$$ \begin{aligned} E=&-\frac{\hbar^2}{2m}\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) \nabla^2 \phi_j(x)\\ &+\sum_j \int dx\ \phi_j^*(x) V_1(x) \phi_j(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_j\sum_k \iint dxdx'\ \big\{\phi_j^*(x)\phi_k^*(x')-\phi_k^*(x)\phi_j^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_j(x)\phi_k(x') \end{aligned} $$
このエネルギーを最小化するような $\{\phi_i\}$ を求めることにより、 1つのスレーター行列式で表現可能な波動関数の最良解を探そう。
ただし、${\phi_i}$ が規格直交化されていることを前提としているので、
$$ \int dx\,\phi_i^*(x)\phi_j(x)=\delta_{ij} $$
の条件の下で、$\phi_i$ を変化させて $E$ を最小化することになる。
そこで ラグランジュの未定係数法 を使う。
ラグランジュの未定係数法†
正規直交を表す条件式は $n^2$ 個あるので、$n^2$ 個の未定係数を $\varepsilon_{jk}$ として、
$$ \begin{aligned} L=E-\sum_j\sum_k\varepsilon_{jk} \Big[\int dx\,\phi_j^*(x)\phi_k(x)-\delta_{jk}\Big] \end{aligned} $$
を定義し、この $L$ を $\delta\phi_i,\varepsilon_{jk}$ で微分しゼロと置く。ただし、
$$ \begin{aligned} \Big[\int dx\,\phi_j^*(x)\phi_k(x)-\delta_{jk}\Big]=\Big[\int dx\,\phi_k^*(x)\phi_j(x)-\delta_{kj}\Big]^* \end{aligned} $$
であるため、$\varepsilon_{jk}$ の条件式と $\varepsilon_{kj}$ の条件式とは独立ではない。そこで $\varepsilon_{jk}^*=\varepsilon_{kj}$ となるようにパラメータを置くことで、実質的なパラメータ数を減らしておく。このとき、正方行列 $\varepsilon=\big(\varepsilon_{jk}\big)$ はエルミートになる。
$\varepsilon_{jk}$ で微分した結果をゼロと置けば正規直交条件が出てくるので、これは $\{\phi_i\}$ として正規直交系を用いるだけで成立する。
一方、$\phi_i(x)$ を変化させ、$\phi_i(x)+\delta\phi_i(x)$ とした時の変化を $L\to L+\delta L_i$ として、任意の $i$ に対して $\delta L_i=0$ となる、という条件式が求める1体方程式となる(汎関数微分 $\delta L/\delta\phi_i=0$ の形になる*7汎関数微分については例えば http://eman-physics.net/analyt... などを参考にすると良い)。
$$ \begin{aligned} \delta L= &-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \nabla^2 \delta\phi_i(x)\big\}\\ &+\int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \delta\phi_i(x)\big\}V_1(x)\\ &+\frac{1}{2}\sum_k \iint dxdx'\ \big\{\delta\phi_i^*(x)\phi_k^*(x')-\phi_k^*(x)\delta\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_k(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_k \iint dxdx'\ \big\{\phi_i^*(x)\phi_k^*(x')-\phi_k^*(x)\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_k(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_j \iint dxdx'\ \big\{\phi_j^*(x)\delta\phi_i^*(x')-\delta\phi_i^*(x)\phi_j^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_j(x)\phi_i(x')\\ &+\frac{1}{2}\sum_j \iint dxdx'\ \big\{\phi_j^*(x)\phi_i^*(x')-\phi_i^*(x)\phi_j^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_j(x)\delta\phi_i(x')\\ &-\sum_k\varepsilon_{ik}\int dx\delta\phi_i^*(x)\phi_k(x)- \sum_j\varepsilon_{ji}\int dx\phi_j^*(x)\delta\phi_i(x)\\ \end{aligned} $$
$$ \begin{aligned} \phantom{\delta L}= &-\frac{\hbar^2}{2m}\int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \nabla^2 \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \nabla^2 \delta\phi_i(x)\big\}\\ &+\int dx\ \big\{\delta\phi_i^*(x) \phi_i(x)+\phi_i^*(x) \delta\phi_i(x)\big\}V_1(x)\\ &+\sum_k \iint dxdx'\ \big\{\delta\phi_i^*(x)\phi_k^*(x')-\phi_k^*(x)\delta\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \phi_i(x)\phi_k(x')\\ &+\sum_k \iint dxdx'\ \big\{\phi_i^*(x)\phi_k^*(x')-\phi_k^*(x)\phi_i^*(x')\big\} V_2(x,x') \delta\phi_i(x)\phi_k(x')\\ &-\sum_k\varepsilon_{ik}\int dx\big\{ \delta\phi_i^*(x)\phi_k(x)+ \phi_k^*(x)\delta\phi_i(x)\big\}\\ \end{aligned} $$
$V_2$ の項をまとめる際には $x$ と $x'$ とを入れ替え、$V_2$ が $x$ と $x'$ の入れ替えに対して対称であることを用いた。
演算子のエルミート性†
ここで、ある演算子 $\hat H$ がエルミートであるとき、
$$ (g,\hat Hf)=(\hat Hf,g)^*=(f,\hat Hg)^* $$
すなわち、
$$ (f,\hat Hg)+(g,\hat Hf)=(f,\hat Hg)+(f,\hat Hg)^*=2\,\mathrm{Real}\big[(f,\hat Hg)\big] $$
のようにまとめられる。これを用いると、
$$\begin{aligned} \delta L=2\,\mathrm{Real}\!&\int dx\ \delta\phi_i^*(x)\Big[- \frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 \phi_i(x)+V_1(x)\phi_i(x)\\ &+\sum_k \int dx'\,V_2(x,x')\big\{\phi_k^*(x') \phi_i(x)\phi_k(x')-\phi_k^*(x') \phi_i(x')\phi_k(x)\big\}-\sum_k\varepsilon_{ik}\phi_k(x)\Big]\\ \end{aligned}$$
これが任意の $\delta\phi_i$ に対してゼロとなるには $\Big[\cdots\Big]$ の部分がゼロでなければならない。
$$\begin{aligned}- \frac{\hbar^2}{2m}& \nabla^2 \phi_i(x)+V_1(x)\phi_i(x)+\\ &\sum_j \int\! dx'\,V_2(x,x')\big\{\phi_j^*(x')\phi_i(x)\phi_j(x')-\phi_j^*(x')\phi_i(x')\phi_j(x)\big\}=\sum_j\varepsilon_{ij}\phi_j(x)& \end{aligned}$$
積分演算子†
上記方程式に現れる $\phi_i(x')$ を含む項は、
$$\begin{aligned}- \sum_j\int dx'\ V_2(x,x') {\phi_j}^*(x') \phi_i(x')\phi_j(x) &=-\int dx'\,V_2(x,x')\Big\{\sum_j\phi_j^*(x') \phi_j(x)\Big\}\phi_i(x')\\ &=-\int dx'\,\mathcal V(x,x')\phi_i(x') \end{aligned}$$
のように書き直すと、この項は $\phi_i(x')$ に以下の積分演算子を適用した形になっている。
$$\begin{aligned} \hat V_\mathrm{ext}:\phi_i(x)\mapsto -\int dx'\,\mathcal V(x,x')\phi_i(x')); \end{aligned}$$
この演算子は、
$$\begin{aligned} \hat V_\mathrm{ex}\big\{a\phi(x)+b\phi'(x)\big\} &=-\int dx'\,\mathcal V(x,x')\big\{a\phi(x)+b\phi'(x)\big\}\\ &=-a\int dx'\,\mathcal V(x,x')\phi(x)-b\int dx'\,\mathcal V(x,x')\phi'(x)\\ &=a\hat V_\mathrm{ex}\phi(x)+b\hat V_\mathrm{ex}\phi'(x) \end{aligned}$$
のように線形演算子である。この表記を用いると最小化の条件は、
$$\begin{aligned} \underbrace{\bigg[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 +V_1(x)+\sum_j \int\! dx'\,V_2(x,x')\,|\phi_j(x')|^2+\hat V_\mathrm{ex}\bigg]}_{\hat H_\mathrm{HF}}\phi_i(x)=\hat H_\mathrm{HF}\phi_i(x)=\sum_j\varepsilon_{ij}\phi_j(x)& \end{aligned}$$
のように表せる。
対角化†
右辺がややこしいので簡単にする。
エルミート行列 を対角化するユニタリ行列を とする。すなわち、 を対角行列とする。 に対して
&math( \phi_i=\sum_j u_{ij} \phi_j' ); ベクトル形式で &math( \bm\phi=U\bm \phi' );
として を定義すれば、 である一方、
&math( \hat H_\mathrm{HF}\bm \phi&=\varepsilon\bm\phi\\ \hat H_\mathrm{HF}U\bm \phi'&=\varepsilon U\bm\phi'\\ U^\dagger\hat H_\mathrm{HF}U\bm \phi'&=U^\dagger\varepsilon U\bm\phi'\\ U^\dagger U\hat H_\mathrm{HF}\bm \phi'&=U^\dagger\varepsilon U\bm\phi'\\ \hat H_\mathrm{HF}\bm \phi'&=\varepsilon'\bm\phi'\\ \hat V_\mathrm{ex}\phi_i(x)=-\int dx' V_2(x,x') (\bm \phi(x'),\bm \phi(x) ) \phi_i(x') );
のようにして、条件式から の非対角項を消せる。ここで、
&math( \hat V_\mathrm{ex}\bm \phi(x)&=-\int dx' V_2(x,x') \big(\bm \phi(x'),\bm \phi(x) \big) \bm\phi(x')\\ \hat V_\mathrm{ex}U\bm \phi'(x)&=-\int dx' V_2(x,x') \big(U\bm \phi'(x'),U\bm \phi'(x) \big) U\bm\phi'(x')\\ U^\dagger\hat V_\mathrm{ex}U\bm \phi'(x)&=-U^\dagger\int dx' V_2(x,x') \big(\bm \phi'(x'),\bm \phi'(x) \big) U\bm\phi'(x')\\ U^\dagger U\hat V_\mathrm{ex}\bm \phi'(x)&=-U^\dagger U\int dx' V_2(x,x') \big(\bm \phi'(x'),\bm \phi'(x) \big) \bm\phi'(x')\\ \hat V_\mathrm{ex}\bm \phi'(x)&=-\int dx' V_2(x,x') \big(\bm \phi'(x'),\bm \phi'(x) \big) \bm\phi'(x')\\ );
の関係を使った。
すなわち始めから対角成分のみ残した式を解くことにすれば、一般の ではなく、 を対角化するような特別な が求まることになる。
フォック方程式†
上式は によらないため、 を と書きなおし、 を としたのがフォック方程式である。
&math( \underbrace{\bigg[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 +V_1(x)+\sum_j \int\! dx'\,V_2(x,x')\,|\phi_j(x')|^2+\hat V_\mathrm{ex}\bigg]}_{\hat H_\mathrm{HF}}\phi(x)=\hat H_\mathrm{HF}\phi(x)=\sum_j\varepsilon_{ij}\phi(x)& );
第1項は1粒子運動エネルギーで、ハートレー法でも同じものが出てきた
第2項は1粒子の1体ポテンシャルで、ハートレー法でも同じものが出てきた
第3項は1粒子の平均場ポテンシャルで、ハートレー法でも「ほぼ」同じものが出てきた
についての和にすべての粒子が含まれているところが異なる
として理解できるが、
第4項はややこしい。
&math( \hat V_\mathrm{ex}: \phi(x)\mapsto -\int dx'\,V_2(x,x')\Big\{\sum_j\phi_j^*(x') \phi_j(x)\Big\}\phi(x') );
この物理的な解釈については後ほど検討しよう。
フォック方程式は、
&math( \hat H_\mathrm{HF}\phi(x)=\varepsilon\phi(x) );
の形をしており、一見、線形演算子 の固有値問題に見えるが、 実際には 自体に が含まれるため、単純な固有値問題にはなっていない。
仮に を決めてやれば、方程式から固有値 に対応する固有関数 が無数に見つかる。新たに見つかったそれらの関数は元の より良い近似を与えることが多く、このような演算を繰り返すことでハートリーフォック近似の下での最良解へ近づいていく。
1粒子固有値と多粒子エネルギーとの関係†
エネルギー期待値の表式を見直すと、
&math( E=&\sum_i \langle H_\mathrm{HF}\rangle_{\phi_i} );
の形となっているから、各 が固有値 に属する固有関数であれば、
&math( E=&\sum_i \varepsilon_{i} );
となり、系全体のエネルギーがフォック方程式の固有値の合計で与えられる事が分かる。
2体ポテンシャルがスピンに依らない場合†
のように空間座標のみで書ける場合、 に含まれる のスピン座標部分が の具体的な形に依らず積分できて、
&math( \hat V_2 &=\frac{1}{2}\sum_j\int dx'\ V_2(x,x')|\phi_j(x')|^2\\ &=\frac{1}{2}\sum_j\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')|\phi_j^r(\bm r')|^2\underbrace{\sum_{s'}|\phi_j^s(\bm s')|^2}_{=\,1}\\ &=\frac{1}{2}\sum_j\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r')|\phi_j^r(\bm r')|^2\\ );
は、やはり古典的に期待される平均場ポテンシャルである。
一方、
&math( =&\begin{cases} \displaystyle-\frac{1}{2}\sum_j\Big[\int d\bm r'\ V_2(\bm r,\bm r') {\phi_j^r}^*(\bm r') f^r(\bm r') \Big]\phi_j^r(\bm r)\phi_j^s(s)&\hspace{10mm}\phi_j^s=f^s\\0&\hspace{10mm}\phi_j^s\ne f^s\\\end{cases});
であるから、交換項はスピン成分が同じ軌道同士の間にしか働かない。
物理的には、スピン軌道が重なるものの間だけに交換相互作用が働くため、 その分だけ2粒子相互作用に補正がかかることになる。
この補正が数式として現れたのが交換項と考えられる。
コメント・質問†
*1 $\nabla_i$ が作用するのは $x_i$ のみなので、$j\ne i$ では $\textstyle \int dx_j\ \phi_{p_i}(x_j)\phi_{q_j}(x_j)=\delta_{p_j,q_j}$ が現れる
*2 $j\ne i$ に対して $p_j=q_j$ である項以外は消える。このとき $p_i=q_i$ も成り立つので、ゼロにならずに残った項では置換 $q$ は $p$ に等しい。定積分に使う変数は $x$ に書き直した。
*3 置換 $p$ の取り方は $n!$ 通りあるが、そのうち $p_i=p_j$ となる $(n-1)!$ 通りのものごとにまとめた。
*4 今度は $k\ne i,j$ が条件になる
*5 $q$ は $p$ と等しいか、$p$ の $p_i$ と $p_j$ を交換したものかのどちらかである。後者に対しては $(-1)^q=-(-1)^p$ が成り立つ
*6 $p_i=k,p_j=l$ となる $(n-2)!$ 個の置換ごとにまとめた。$x_i, x_j$ を $x,x'$ と書くようにした。
*7 汎関数微分については例えば http://eman-physics.net/analytic/functional.html などを参考にすると良い