行列式の具体的な形†
上記3つの性質を使って行列式の具体的な形を以下のようにして導くことができる。
始めに
と置こう。
標準基底
を使って
を展開すると、
と書ける。これを代入して
の行列式を展開すると
とできる。同様に
を展開すると
となり、以下これを繰り返すことで
とできる。
この式は各列からそれぞれ1つずつ行列要素を取り出して掛け算し(
の部分)、
取り出した位置のみに1を立てた行列の行列式(
の部分)を
かけて足し合わせたものになっている。項数は
個であり
とともに爆発的に大きな値となる。
具体例を見てみよう。
項数は4。
項数は27。
以上より、
の
部分の値が求まれば行列式が求まることになるが、この値はいくつになるだろう?
行列式の性質の1より、複数の列ベクトルが同じ値を持てばその行列式はゼロである
ことが分かる。なぜなら、それらの列を入れ替えても行列の形は変わらず、行列式の
値も変わらないが、性質1によれば符号は逆転する。符号を逆転しても値が変わらない
値はゼロのみである。
したがって
個の項のうち、
や、
というような、複数の列ベクトルが同じ値を持つ項はすべてゼロになる。
言い換えれば、
の中に同じ数字が2回以上出てくれば
その項はゼロになる。
それではゼロにならない場合、すなわちの
がすべて
異なる値である場合はどうだろうか?
そもそも
個の変数
は
の範囲の
値しか取らないから、これらが重複しないというのは、
が
を並べ替えたものであることを意味する。
この条件の下で
を動かし和を取るために教科書では
なる書き方をしている。シグマの下の
という書き方は
ここでの特殊なものであるので注意が必要だ。
の形の
行列式のうち、値がすぐに分かるのは、
の場合、
すなわち
の場合である。このとき中の行列は単位行列になるため、この値は
行列式の性質3から明らかに1である。
次に分かるのは、
のように、
のどれか2つを入れ替えるだけで
の形にできる場合である。(この例であれば
と
とを入れ替えればよい)このとき入れ替えた要素を
番目と
番目とすれば、
の
番目と
番目とを入れ替えると単位行列になるはずである。行列式の
性質1と3とを組み合わせることで、この行列式は 1 の符号を反転した -1 であることが分かる。
同様にして、
のどれか2つを入れ替える操作を
回
繰り返すことで
の形にできるならば、同じようにして
行列
のを
回入れ替えることで単位行列とすることができ、その行列式の値は
となる。
まとめると、行列式
の
値は -1, 0, 1 の3つの値を取る可能性があり、
1.
が同じ値を複数回含んでいれば 0 である。
2.
に対して2つの値を入れ替える操作を偶数回施して
の形にできれば 1 である。
3.
に対して2つの値を入れ替える操作を奇数回施して
の形にできれば -1 である。
この条件を式で書くため
という表記法を使って上の式を書き直したのが教科書に出てくる
という式である。
置換について†
上式の中に出てくる
は「置換」を表す表記法である。置換について以下で詳しく見てみよう。
行列式の展開公式で置換を導入した経緯を振り返ると、
を並べ替えた
という数字の列を、2つの要素の入れ替えを繰り返して
元の
に並べなおす。そのとき必要な入れ替え回数が偶数か奇数かを
考えたい、というのであった。
ここで重要となるのが、数字を並べ替える操作を、複数の操作に分解する。あるいは
単純な並べ替えを組み合わせて、目的の並べ替えを達成する。といった、並べ替え操作の
分解、合成の概念である。
これを数学的に記述し、一般化したのが「置換」である。
文字の置換とは、
や
のように、
個ずつの数字を2行に並べ括弧でくくったものである。
それぞれの列は 1 から
までの数字が任意の順序で並んだものになっている。
一般的な形で書けば、
の形であり、
および
はどちらも
の数字を適当に並べ替えた数字の列である。
置換は
を
に置き換える「操作」を表す。例えば上の例で
は、1 を 4 に、3 を 3 に、4 を 1 に、2 を 2 に置き換える。
この操作を 1, 2, 3, 4 という数の並びに適用すると、4, 2, 3, 1 という新しい
数の並びが得られる。同様に 1, 3, 2, 4 に適用すれば結果は 4, 3, 2, 1 になる。
より簡単な言葉で表せば、上記置換は数字の 1 と 4 とを入れ替える操作に対応する。
置換の定義では
対の
のペアが意味を持つのであって、
記述する際の順には意味が無いことに注意しよう。すなわち、
や
などはやはり 1 と 4 とを入れ替える置換を表しており、上で示した表記と
同一視することができる。一般に
字の置換を上記形式で書き表す方法は
通り存在する。
それでは異なる意味を持つ置換の数についてはどうであろうか。
文字の置換の
集合を
と書こう。
の要素の数は
を並び替えて
得られる異なる数列の数に等しいため、
個であることが分かる。
特殊な置換として、恒等置換と逆置換がある。
のように、上の行と下の行とがまったく同じ数列である場合、この置換はなんら
置き換えを行わないという「操作」に対応する。これを恒等置換と呼ぶ。
また、
に対して、上下の行を入れ替えた
の形の置換を
の逆置換と呼ぶ。これは、
により並び替えた数列を
さらに
により並べ替えることで元の数列に戻るためである。
任意の
に対して
が存在することに注意しよう。
複数の置換を順番に適用した結果として得られる並び替え操作を、合成置換と呼ぶ。
例えば、
に置換
を適用すると、
が得られ、その結果にさらに
を適用すると、
が得られる。この過程のはじめと終わりとを見比べると
と
とを連続して適用する演算は
を一回適用する操作と同一視できる。
このことを、
と
との合成変換は
に等しいと言い、
と書く。このようにして、ごく自然に
に含まれる
要素の間に「積」の演算を定義することができ、その積について
が閉じていることが分かる。
この積の定義に対して、
は以下の3つの性質を持っている。
1. 結合法則:すべての
に対して
2. 単位元の存在:ある
が存在して、すべての
に対して
3. 逆元の存在:すべての
に対して、ある
が
存在して、
ある演算に対してこれら3つの性質を持つ集合は「群」と呼ばれる。つまり、
文字の置換は
上で定義した積について群を為す言える。特にこの置換は対称群という名前で呼ばれ、様々な分野で
役に立っている。
ここで少し振り返ると、そもそも置換を導入した目的は、1 から
までの数の並び
を
に並べ替えるのに要する数の入れ替え
操作の回数を調べたいのであった。
そこで、まず互換という言葉を導入する。互換とは、
文字のうち特定の2文字を入れ替える
置換のことである。例えば上で見た
は 1 と 4 とを入れ替える操作であるから互換である。
に含まれる
個の置換の
うち、
個が互換であることは容易に分かる(
個の数字のうちどれと
どれを入れ替えるか、順序を気にせず2つを選ぶ組み合わせの数であるから)。
ここで証明すべき重要な定理が「任意の置換は互換の積として表すことができる」そして、
「ある与えられた置換
を
個の互換の積として表したとする。
このとき
が
偶数であるか奇数であるかは
の選び方によらない
に固有の属性である」
の2つである。
1つ目は説明は直感的に分かりやすく、成立することもほぼ自明であるが、2つ目については
補足が必要かもしれない。まず、ある置換を互換の積として表す方法は複数考えることができる。
例えば、
であるし、そもそも恒等変換を
などと互換の積で表せるのだから、その書き表し方は無限に考えられることになる。
それにもかかわらず、書き表した際の互換の数が偶数になるか、奇数になるかは個々の
書き表し方によらず
のみによって決まってしまうというのがこの定理の
意味するところである。
実はこの証明は比較的難しく、短く解こうとするとかなり技巧的にならざるを得ない
ため、ここでは踏み込まず、後に置換の厳密な定義と共に参考資料として掲載する。
ある置換を互換の積として表したとき、その個数が偶数である置換を遇置換、
奇数である置換を奇置換と呼ぶ。また、置換のシグネチャー(signature)とは、遇置換のとき
1に、奇置換のときに -1 になる値であり、置換
のシグネチャーを
と書く。
このようにして、
を
に並べ替えるのに
要する2つの数の入れ替え操作の回数は、回数自体は不定であるにもかかわらず、
その偶奇性は
により一意に定まることが分かる。
そして、シグネチャーの定義を使うと行列式を
というような短い表式で書けることになる。
さて、この式に含まれる置換が教科書に現れるものの逆置換になっていることに
気づいただろうか?式を導く過程の考え方の違いで結果が異なったのであるが、
これは重要な違いではない。
なぜなら、置換
のシグネチャーとその逆置換
のシグネチャーと
とは等しいからである。これは、以下のようにして示される。
を互換の積として表した表式を
としよう。すると
と書くことができ、また、互換の逆置換はそれ自身であることから、
を得る。すなわち
は
と同じ数の互換で表せるのであるから
両者のシグネチャーは等しいのである。
したがって、上式は教科書の
と等しくなる。