静止物体中の Maxwell の方程式 の履歴(No.22)

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電磁気学

目次

静止物体

物体は非常に多数の荷電粒子(電子および原子核)から構成されるが、 電子と原子核は空間的に重なって存在するため、 通常ほぼすべてが互いに打ち消し合って、遠くから見た際に電荷の存在を無視できる。

そこで、

  • 打ち消される電荷を無視し、
  • 残った電荷や電流のみを考えたい

例)1kgの鉄球から、1兆個 = 10^{12} 個に1個の電子を取り出して、もう1つの鉄球に移す。 それら2つの鉄球を1m 離して置くと 1 kg 以上の力で互いに引き合う。

普段、正の電荷と負の電荷がどれほど精密に打ち消し合っているかが分かる。

打ち消されずに残るもの

それぞれの定義は後述するとして、

原子イオン自由電子
構成核+電子核+(内殻)電子伝導電子
特徴動けない
中性
動けない
電荷
動ける
電荷
電荷 \rho 真電荷 \rho_e
分極電荷 \rho_d
電流 \bm i 分極電流 \bm i_d 伝導電流 \bm i_e
磁化電流 \bm i_m

このように分類すると、

  • 全電荷 \rho=\rho_e+\rho_d+ (打ち消されてゼロになるため無視する電荷)
  • 全電流 \bm i=\bm i_e+\bm i_d+\bm i_m+ (打ち消されてゼロになるため無視する電流)

と書ける。

本章では、真電荷、伝導電流を主に考える(イオンと自由電子に由来)

打ち消されてゼロになる成分(中性分子、イオンの内殻電子など)は完全に無視する

薄文字 はほぼ打ち消し合った電荷の消え残った影響
\varepsilon,\mu を介して間接的に取り扱う。

通常、静止物体中の電磁気学ではこの \rho_e,\bm i_e を単に \rho,\bm i と書く。 真空中の電磁気学で出てくる \rho,\bm i と定義が異なることに注意せよ。

分極

通常、原子の 負電荷(電子雲) -e の中心は、 正電荷(原子核) +e の中心と一致している。

ここに外場 \bm E がかかり、両者の中心が \bm s だけずれたとしよう。

負電荷の中心を \bm x' 、正電荷の中心を \bm x'+\bm s とする。 すなわち \bm s は負電荷から正電荷へのベクトル。


     分極.png


このとき遠く離れた \bm x における電位は、

  \phi(\bm x)=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\left(\frac{+e}{|\bm x-(\bm x'+\bm s)|}+\frac{-e}{|\bm x-\bm x'|}\right)

  = \frac{1}{4\pi\varepsilon_0}e\bm s\cdot\GRAD\!_{\bm x'}\frac{1}{|\bm x-\bm x'|}

電気双極子能率 \bm p\equiv e\bm s を導入すると、電位分布は $\bm p$ だけで決まり、

  =\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\bm p\cdot\GRAD\!_{\bm x'}\frac{1}{|\bm x-\bm x'|}

  =\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\bm p\cdot\frac{1}{|\bm x-\bm x'|^2}\frac{\bm x-\bm x'}{|\bm x-\bm x'|}

を得る。このように正電荷と負電荷が近接する極限は「電気双極子」と呼ばれる。

\bm p は定数で、 \frac{1}{|\bm x-\bm x'|^2}\frac{\bm x-\bm x'}{|\bm x-\bm x'|} の部分は $\bm p$ によらない \bm x の関数。

\bm x'=\bm o と置けば \frac{1}{r^2}\frac{\bm r}{r} の形になるから、 この部分は下図のように \bm x' を中心にして外へ向くベクトル場で、 その大きさは距離の二乗に反比例する。

grad 1 over r - 2d.png grad 1 over r - 3d.png

実際の電位分布はこれと \bm p との内積をとった物となる。 例えば \bm s +x 方向であれば上記ベクトル場の x 座標がそのまま電位となるから、左下のようなグラフになる。 右下は電位分布を微分して得られる「電場」。

opg dielectric polarization-2.png

点電荷による電位が距離に反比例して減衰するのに対して、 分極した原子(電気双極子)による電位は距離の二乗に反比例する。

電場の形は 棒磁石の周りにできる磁力線 をイメージするとよい。 事実、「非常に小さな棒磁石」は磁気双極子そのものとなる。

具体的な形については4章で詳しく見ることになるためここでは割愛する。

Mathematica ソース: fileMathematica.pdf

分極の連続分布

電気双極子能率を持つ分子や原子が空間的に敷き詰められているとき、 微小体積 d^3x の分極率  d\bm p は体積に比例するため、 分極密度 \bm P(\bm x) を用いて

  d\bm p=\bm P(\bm x)d^3x

と書ける。この分極分布により生じる電位は、

  \phi_d(\bm x)=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \bm P(\bm x')\cdot\GRAD\!_{\bm x'}\frac{1}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'

次の微分公式を用いて変形すると、

  \DIV\!_{\bm x'}\frac{\bm p(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}=\frac{\DIV\!_{\bm x'}\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}+\bm P(\bm x')\cdot\GRAD\!_{\bm x'}\frac{1}{|\bm x-\bm x'|}

  \phi_d(\bm x)=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \DIV\!_{\bm x'}\frac{\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'-\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \frac{\DIV\!_{\bm x'}\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'

  =\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_S \frac{\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\cdot\bm n\,dS-\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \frac{\DIV\!_{\bm x'}\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'

物質が系の外にはみ出していない限り、系の界面 S において、 \bm P(\bm x')=\bm o となるから第1項は消えて、

  =\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \frac{-\DIV\!_{\bm x'}\bm P(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'

この式を、真電荷 \rho_e に対する電位分布の式

  \phi_e(\bm x)=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int_V \frac{\rho_e(\bm x')}{|\bm x-\bm x'|}\,d^3x'

と比較すると、分極により

  \rho_d(\bm x)=-\DIV\bm P(\bm x)

の電荷密度が生じたことが分かる。

電気双極子能率 \bm p は負電荷から正電荷に向けてのベクトルであるから、 \bm P(\bm x) に正の沸き出しがあれば、中心部には負電荷が残されるのである。

分極では個々の電荷は原子サイズ以下しか動かないが、 分極に空間的な偏りがある場合大域的な電荷分布を生じることが分かる。

分極電流

分極が時間と共に変化するとき、分極電荷も \rho_d(\bm x,t) のように時間と共に変化し、それに伴い分極電流 \bm i_d(\bm x,t) が流れる。

真電荷としてカウントされる伝導電子やホールが、原子からイオンを残して自由に動けるようになった電荷であるのに対して、分極電荷を生じる電荷は原子核と電子が強固に結びついている。

分極電荷を生じる荷電粒子がイオン化して真電荷となったり、その逆の過程が起きない限り、 真電荷の総量と、分極電荷の総量とは独立に保存する。すなわち、

  • \DIV\bm i_e+\frac{\PD\rho_e}{\PD t}=0
  • \DIV\bm i_d+\frac{\PD\rho_d}{\PD t}=0

第2式は、

  \DIV\bm i_d-\frac{\PD\DIV\bm P(\bm x)}{\PD t}=0

  \DIV\left(\bm i_d-\frac{\PD\bm P(\bm x)}{\PD t}\right)=0

と書けるから、分極電流は

  \bm i_d=\frac{\PD\bm P}{\PD t}

であると考えるのが自然である。

分極 \bm P を大きくするには電荷を \bm P 方向に移動させる必要があるから、 その方向に電流が流れるという結果が得られたのは自然なことである。

この電流は、強固に結びついた原子核と電子とが、その場所を大きく動かずに運ぶ電流であることを理解せよ。

磁化電流

上記の他に、

  \DIV\bm i_m=0

を満たす電流が流れたとしても、そのような電流は電荷保存則に影響しない。 湧き出し、吸い込みのない電流は常にループ状に流れ、電荷分布を変化させないためだ。

そのような電流は、 \DIV \bm B=0 である磁束密度をベクトルポテンシャルを用いて \bm B=\ROT\bm A と書けたのと同様に、磁化ベクトルと呼ばれるベクトル場 \bm M(\bm x) を用いて、

  \bm i_m=\ROT\bm M

と書ける。

繰り返しになるが、自由に動ける電子が運ぶ伝導電流 \bm i_e は別に考えているため、 ここで考える磁化電流 \bm i_m とは、空間的に移動しない電荷が運ぶ電流である。

「移動しない電荷」が作るこの電流は、 電荷が局所領域で回転運動(公転=軌道角運動、自転=スピン角運動)することにより生じる。そ のような電流は微少な磁気双極子を形成する。

そのような電荷の回転が空間のある領域に一定密度で分布するとき、 内部を流れる電流の影響は互いに打ち消し合うが、 領域の縁を流れる電流は打ち消されず残る。 結果的に、個々の電荷は大きく移動しないにもかかわらず、 あたかも領域の縁を一周する電流が流れているかのような磁場を発生させる。

磁化ベクトル \bm M を用いると、 局所体積あたりの磁気双極子能を \bm M d^3x と書き表せる。

我々が生活の中で目にする磁石などでは主に電子の自転(スピン)が 「局所的にループを描く電流」の源になっており、それらが同じ向きに揃うとき、 大局的に大きな磁化電流が流れ、大きな磁場が発生する。

物質中の Maxwell 方程式

真空中の Maxwell 方程式の電荷および電流を

  • 全電荷 \rho=\rho_e+\rho_d+ (打ち消されてゼロになるため無視する電荷)
  • 全電流 \bm i=\bm i_e+\bm i_d+\bm i_m+ (打ち消されてゼロになるため無視する電流)

と書き直し括弧内を無視することにより、

  \ROT\bm E(\bm x,t)+\frac{\PD\bm B(\bm x,t)}{\PD t}=\bm o

  \DIV\bm B(\bm x,t)=0

  \frac{1}{\mu_0}\ROT\bm B(\bm x,t)-\varepsilon_0\frac{\PD\bm E(\bm x,t)}{\PD t}=\bm i_e+\bm i_d+\bm i_m

  \varepsilon_0\DIV\bm E(\bm x,t)=\rho_e+\rho_d

を得る。さらに、 \rho_d,\bm i_d,\bm i_m に具体的な表式を代入すれば第3、4式は、

  \ROT\left\{\frac{1}{\mu_0}\bm B(\bm x,t)-\bm M(\bm x,t)\right\}-\frac{\PD}{\PD t}\left\{\varepsilon_0\bm E(\bm x,t)+\bm P(\bm x,t)\right\}=\bm i_e

  \DIV\{\varepsilon_0\bm E(\bm x,t)+\bm P(\bm x,t)\}=\rho_e

と変形できる。

そこで、

電束密度: \bm D(\bm x,t)=\varepsilon_0\bm E(\bm x,t)+\bm P(\bm x,t)

磁場の強さ: \bm H(\bm x,t)=\frac{1}{\mu_0}\bm B(\bm x,t)-\bm M(\bm x,t)

と書けば、物質中での Maxwell 方程式として次式を得る。

  \ROT\bm E(\bm x,t)+\frac{\PD\bm B(\bm x,t)}{\PD t}=\bm o

  \DIV\bm B(\bm x,t)=0

  \ROT\bm H(\bm x,t)-\frac{\PD\bm D(\bm x,t)}{\PD t}=\bm i_e

  \DIV\bm D(\bm x,t)=\rho_e

通常、 \bm i_e, \rho_e は単に \bm i,\rho と書かれる。 この形は、真空の Maxwell 方程式と非常に似ているものの、実際には大きく異なる。

  • \bm i, \rho の定義が真空の時とは異なる。
  • \bm E, \bm B の定義は真空の時と同じ。
  • \bm D \bm E から分極による影響を取り除いたもの
    • \bm D は見た目の電荷量(真電荷 \rho_e )のみから予想される電場に相当する
    • 実際の電場 \bm E \rho_d のせいで \bm E\ne\bm D/\varepsilon_0
  • \bm H \bm B から磁化電流による影響を取り除いたもの
    • \bm H は見た目の電流量(伝導電流 \bm i_e と、真電荷 \rho_e の作る電場 \bm D による変位電流)のみから予想される磁束密度に相当する
    • 実際の磁束密度 \bm B \bm i_m のせいで \bm B\ne\mu_0\bm H
    • 分極電荷由来の変位電流 \tfrac{\partial}{\partial t}(\bm E-\bm D) は分極電流 \bm i_d と相殺するため磁束密度に寄与しない

一般には \bm E(\bm x,t) \bm D(\bm x,t) \bm B(\bm x,t) \bm H(\bm x,t) は完全に独立な物理量で、大きさはもちろん方向も異なる。

したがって、 \rho_e \bm i_e が与えられただけでは変数が多すぎて解を求められない。 この方程式を解くには Maxwell 方程式に加えて、 外場に対して物質の分極や磁化がどのように応答するかに関する物性的な知識が必要である。

素直な系では

実験によると、強誘電体や強磁性体、あるいは非等方性物質を除き、多くの系において 微弱な電場、磁場の元で次のような簡単な関係が成り立つことが認められる。

電束密度: \bm D(\bm x,t)=\varepsilon\bm E(\bm x,t)

磁場の強さ: \bm H(\bm x,t)=\frac{1}{\mu}\bm B(\bm x,t)

\varepsilon,\mu は単なる比例定数であるから、このとき \bm D//\bm E \bm H//\bm B である。

特に真空では \varepsilon=\varepsilon_0 \mu=\mu_0 であるから、

  \varepsilon=\varepsilon^*\varepsilon_0

  \mu=\mu^*\mu_0

のように、無次元量である比誘電率 \varepsilon^* 、比透磁率 \mu^* を抜き出すこともしばしば行われる。

上で示した \bm D,\bm E および \bm H,\bm B の関係は、物性論から得られる物であり、電磁気学からの帰結ではないことに注意せよ。

比誘電率 \varepsilon^* は物質により 1\sim 10 程度で1より大きな値を取る。一般には外場の周波数や強度にも依存する。

比透磁率 \mu^* は物質により1より大きくも、小さくもなる。常磁性体では \mu^*-1= 10^{-6}\sim 10^{-4} である。反磁性体では \mu^*=10^{-5} 程度まで小さくなる。

質問・コメント




自由電子について

円城塔 ()

誘電体における電気双極子は、結晶構造に電子が束縛されているため、その束縛する力が、原子核に対する斥力と釣り合うから双極子になると思うのですが、束縛されない自由電子は、どうして双極子になるのでしょうか。

  • 自由電子が双極子になると書いたつもりはありませんでした。どこか書き方が悪いのかもしれません。具体的に記述のおかしい箇所を指摘していただけませんか? -- 武内(管理人)
  • お返事ありがとうございます。申し訳ありません、私の勘違いでした。 分極の項で、原子に外場Eがかかることにより、分極するという事ですが 理論電磁気学(砂川重信)の第3章で同様のテーマが扱われていて、そこでは 金属結晶において、真電荷(=自由電子の空間的分布)のつくる電場が物体内の原子を分極させている場合についての記述があり、同様の設定だと勘違いしてしまいました。申し訳ありません。 -- 円城塔

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