多粒子系の波動関数とボゾン・フェルミオン の履歴(No.33)

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量子力学Ⅰ

概要

これまで、1粒子のシュレーディンガー方程式の解法を細かく見てきたが、 以下では多粒子系の問題について考える。(教科書では「量子力学II」に収録されている9章の内容となる)

目次

2粒子系の量子力学

古典的なハミルトニアンは系のエネルギーを位置と運動量で表したものであった。

したがって2粒子系であれば、2つの粒子の位置座標 \bm r_1,\bm r_2 および、運動量 \bm p_1,\bm p_2 を使って、

 &math( H(\bm r_1,\bm r_2,\bm p_1,\bm p_2)=\underbrace{\frac{p_1^2}{2m_1}+\frac{p_2^2}{2m_2}}_{運動エネルギー}+\underbrace{\mathop{V(\bm r_1,\bm r_2,t)}_{\ } }_{ポテンシャル} );

などとなる。

量子力学ではハミルトニアンに \bm p\to\frac{\hbar}{i}\bm \nabla の置き換えをして、演算子

 &math( \hat H\big(\bm r_1,\bm r_2,\frac{\hbar}{i}\bm \nabla_{r_1},\frac{\hbar}{i}\bm \nabla_{r_2}\big)=

  • \frac{\hbar^2}{2m_1}\nabla_{r_1}^2
  • \frac{\hbar^2}{2m_2}\nabla_{r_2}^2
  1. V(\bm r_1,\bm r_2,t) );

を得る。ただし、 \nabla_{r_1}^2=\frac{\partial^2}{\partial \bm r_1^2} \bm r_1 に対するラプラシアン、 \nabla_{r_2}^2=\frac{\partial^2}{\partial \bm r_2^2} \bm r_2 に対するラプラシアン、

これが波動関数に作用する演算子となるのであるから、 2粒子系の波動関数は \bm r_1,\bm r_2 の関数であるはずだ。

 2粒子系の波動関数: \Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)

すると、シュレーディンガー方程式は

  i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)=\hat H\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)

と書ける。

波動関数を大文字にしたのは教科書に合わせるためで、表記上の問題しかない。 教科書では、1粒子波動関数を小文字 \psi,\varphi で、多粒子波動関数を大文字 \Psi,\Phi で表すことになっている。

 波動関数の絶対値の二乗:  \big|\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)\big|^2d\bm r_1d\bm r_2  

は時刻 t において、

  • 粒子1を位置 \bm r_1 の近傍の d\bm r_1 に、
  • 粒子2を位置 \bm r_2 の近傍の d\bm r_2 に、

見出す確率となる。

物理量 O(\bm r_1,\bm r_2,\bm p_1,\bm p_2) の期待値 \overline O は、 対応する演算子 \hat O(\bm r_1,\bm r_2,\hbar\bm \nabla_{r_1}/i,\hbar\bm \nabla_{r_2}/i) を用いて次のように与えられる。

 &math( \overline O(t)=\iint \Psi^*(\bm r_1,\bm r_2,t)\,\hat O\,\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)\,d\bm r_1\,\bm r_2 );

これらが1粒子系で学んだ内容の自然な拡張となっていることを確認せよ。

多粒子系の量子力学

一般の n 粒子系では、位置座表をそれぞれ \bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n として、 波動関数を \Psi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n,t) とすれば良い。 このときハミルトニアンは例えば次のような形に書けるはずで、

 &math( \hat H= \underbrace{\sum_{j=1}^n -\frac{\hbar^2}{2m_j}\bm\nabla_{r_j}^2}_{運動エネルギー}+ \underbrace{V(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n,t)\rule[-16.5pt]{0pt}{10pt}}_{ポテンシャルエネルギー} );

これを用いてシュレーディンガー方程式はやはり次の形に書ける。

  i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi=\hat H\Psi

波動関数の物理的意味は、時刻 t において、 それぞれの粒子を位置 \bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n の周囲 d\bm r_1,d\bm r_2,\dots,d\bm r_n に見出す確率が |\Psi|^2d\bm r_1\dots d\bm r_n である。

これまで学んだとおり、1粒子のシュレーディンガー方程式でも 解析的に閉じた解が得られるのは非常に単純な問題に限られており、 そのような例外的な場合に限ってさえ、解を得るには高度な数学を要するのであった。

多体のシュレーディンガー方程式を解析的に閉じた形で解くことはほぼ不可能であるため、 様々な近似を用いて1体の問題に直し、さらに近似を用いて複雑な1体問題を解くことにより、 ようやく実験結果と比較できるような理論的予測が得られる。

もう1つ、多体問題ではシュレーディンガー方程式だけでは波動関数が一意に定まらない。 シュレーディンガー方程式に加えて対称性に関する制約を与えて始めて解が一意に定まることになる。 以下この点について考える。

同種粒子の不可弁別性

多粒子系の量子力学ではシュレーディンガー方程式に加えて、同種の粒子の間に不可弁別性が成り立つことが求められる。

粒子 j k とが同種の粒子なら、

  • 粒子 j \bm r_a に、粒子 k \bm r_b に、存在する状態と
  • 粒子 j \bm r_b に、粒子 k \bm r_a に、存在する状態と

は物理的に区別されない、同一の状態である、というのが同種粒子の不可弁別性である。

量子力学では観測するまで粒子の位置は決まっていない。

観測した結果、2カ所に電子が見つかったとして、 それらのどちらがどちらの電子かを判別する方法はない。

したがって、そもそもそれら2つの状態は区別できないものとして扱うべきだ、 とするのが不可弁別性であり、これに基づき構築した理論が現実をよく再現する。

すべての粒子に「個別の軌道」が存在することをよりどころとする 古典論とは大きく異なる考え方であることに注意せよ。

またこの要請はシュレーディンガー方程式とは独立に与えられることにも注意せよ。

多粒子系の物理量

粒子の不可弁別性により、

  • 粒子1の位置
  • 粒子2の運動量

などの物理量は、「観測可能量」とはならない。

観測可能(定義可能)な物理量としては、

  • 全エネルギー
  • 全運動量
  • 全角運動量

のような「全粒子の物理量の総和」や、

  • ある範囲に入る粒子の数
  • 上向きスピンを持つ粒子の数

のように「ある条件を満たす粒子数」など、
「個々の粒子を区別せずに定義できるもの」のみとなる。

粒子の入れ替え演算子とその固有値

不可弁別性が成り立つとき、同種粒子 j k とを入れ替えた状態は同じ状態を表すから、

 &math( &\big|\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\big|^2\\ =&\big|\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\big|^2\\ &\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );

でなければならない。すなわち、

 &math( &\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ =C&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\ \ \ ただし |C|=1\\ &\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );

であるから、同種の2つの粒子の座標(一般には空間座標+スピン座標)を入れ替えても、 波動関数の絶対値は変化せず、位相のみが変化することになる。

不可弁別性だけが条件であれば、 C は時刻 t や位置座標 \bm r_k の関数であっても構わないのであるが、 実際には C の値は粒子の種類によって \pm 1 のどちらか一方を取ることが知られている。

このことを、「関数に作用して粒子 j k の座標入れ替える」 という「座標の入れ替え演算子 \hat P_{jk} 」を導入して解説する。

まず、この \hat P_{jk} は線形演算子である。

 &math( \hat P_{12}\big[af(\bm r_1,\bm r_2)+bg(\bm r_1,\bm r_2)\big] &=af(\bm r_2,\bm r_1)+bg(\bm r_2,\bm r_1)\\ &=a\big[\hat P_{12}f(\bm r_1,\bm r_2)\big]+b\big[\hat P_{12}g(\bm r_1,\bm r_2)\big]\\ );

したがって、その「固有状態」を考えることができる。 固有関数の1つを \Phi とすると、

 &math( \hat P_{jk}&\Phi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots)=C\Phi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots)\\ =&\Phi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots) );

が成り立ち、このとき C \hat P_{jk} の固有値であるから、 \bm r_a,\bm r_b によらない定数である。

さらに、 \hat P_{jk}^2 は恒等変換となるから C^2=1 であり、そこから \hat P_{jk}^2 に固有値が存在すれば C=\pm 1 に限られることが分かる。

以下では多粒子波動関数は \hat P_{jk} の固有関数でなければならない、という話をする前に、そのような固有関数が必ず存在することと、固有関数は時間発展しても固有関数のままであることを見る。

多粒子ハミルトニアンの対称性

どんな波動関数に対しても C (の期待値)が時間的依存しない定数となることを多粒子ハミルトニアンの対称性から以下のように導ける。

2つの陽子の位置を \bm R_1,\bm R_2 に固定した水素様「分子」の2つの電子に対するポテンシャルは、それぞれの座標を \bm r_1,\bm r_2 として

 &math( V(\bm r_1,\bm r_2)&=\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0}\Biggl[ \underbrace{ \frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_1|}+ \frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_2|}}_{電子1と原子核}+ \underbrace{ \frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_1|}+ \frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_2|}}_{電子2と原子核}+ \underbrace{\frac{+1}{|\bm r_1-\bm r_2|}}_{電子間相互作用} \Biggr]\\ &=V_{1体}(\bm r_1)+V_{1体}(\bm r_2)+V_{2体}(\bm r_1,\bm r_2) );

と書ける。

このポテンシャルが2つの電子の位置座標 \bm r_1,\bm r_2 の入れ替えに対して対称性を持っている(値が変わらない)ことに注意せよ。

 &math(\hat P_{12}V(\bm r_1,\bm r_2)&=V(\bm r_2,\bm r_1)\\ &=V(\bm r_1,\bm r_2));

したがって、ハミルトニアンも入れ替えに対して対称になる。

この例に限らず、また、2粒子系に限らず、一般にハミルトニアンは同種粒子の入れ替えに対して対称な形をしている。
 ↔ 質量やポテンシャル=相互作用が異なる粒子は「同種」と言えない

粒子 j,k が同種粒子であれば \hat P_{jk} \hat H と可換となる。なぜなら、任意の \Psi に対して、

 &math( \hat P_{jk}\big\{\hat H\Psi\big\}=\big\{\hat P_{jk}\hat H\big\}\big\{\hat P_{jk}\Psi\big\}=\hat H\big\{\hat P_{jk}\Psi\big\} );

すなわち、

  \hat P_{jk}\hat H=\hat H\hat P_{jk} あるいは [\hat P_{jk},\hat H]=0

このことから、

  1. 両者の同時固有関数が存在すること(← 不確定性原理 で学んだ)
  2. \hat P_{jk} に対応する物理量は定数であり、時間によらないこと
    \frac{d}{dt}\langle C\rangle=\frac1{i\hbar}[\hat P_{jk},\hat H]=0
    (← 近い内容をエーレンフェストの定理で学んだ)

が結論される。

すなわち、時間に寄らないシュレーディンガー方程式の解(ハミルトニアンの固有関数)であり、 なおかつ \hat P_{jk} の固有状態となるような波動関数が存在する。 現実の(非定常な)波動関数はそのような同時固有状態の線形結合で表される。

そして、系がある時刻において \hat P_{jk} の固有状態にあれば、 時刻が変化してもやはり同じ固有値( +1 または -1 ) の固有状態のままである。

ボゾンとフェルミオンの対称性・反対称性

場の量子論などの進んだ研究から、 多粒子系の波動関数はシュレーディンガー方程式の解になることに加えて 任意の同種粒子に対する入替操作 \hat P_{jk} に対する 固有関数になっているという条件も満たさねばならないことが知られている。

例えば電子2個、光子2個からなる系の波動関数 \Psi について、 1 番目と 2 番目が電子であれば \hat P_{12} に対する固有値は -1 となり、 3 番目と 4 番目が光子であれば、 \hat P_{34} に対する固有値は +1 となる。したがって、この波動関数は、

  \hat H\Psi=E\Psi
  \hat P_{12}\Psi=-\Psi
  \hat P_{34}\Psi=\Psi

を満たさなければならないことになる。(本当は、光子などを扱うには相対論的効果や生成・消滅過程を考慮した記述が必要になるため この書き方はかなり問題があるのだが・・・雰囲気だけ読み取って欲しい。)

入れ替え演算子の固有値は C=\pm 1 に限られるのであった:

  • C=-1 となる粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)と呼ばれる
    → スピンは半整数値を取る
    • 素粒子とされるクォーク(通常単独では存在しない)やレプトン(電子やニュートリノなど)
    • 3つのクォークからなるハドロン(陽子や中性子など)
    • 奇数個のフェルミオンが硬く結びついた粒子(He3 原子 = 陽子×2+中性子×1+電子×2 など)
       → そのような粒子の入れ替えはフェルミオンの奇数回の入れ替えに分解できる

  • C=+1 となる粒子はボーズ粒子(ボゾン)と呼ばれる
    → スピンは整数値を取る
    • 素粒子の間の相互作用を媒介するゲージ粒子である光子やウィークボソン、グルーオンなど(それぞれ電磁気力、弱い力、強い力を媒介)
    • 偶数個のフェルミオンが強く結びついた粒子(超流動を生じる He4 原子 = 陽子×2+中性子×2+電子x2、超伝導を担うクーパー対 = 電子×2 など)
       → そのような粒子の入れ替えはフェルミオンの偶数回の入れ替えに分解できる
    • フォノンやプラズモンなど、集団励起状態を表す準粒子

すべての量子力学的粒子はこのどちらかに属する。

重要なことなのでもう一度書くと、粒子の入れ替えに対する フェルミ粒子の反対称性 \hat P_{jk}\Psi=-\Psi や ボーズ粒子の対称性 \hat P_{jk}\Psi=\Psi は、「シュレーディンガー方程式とは独立した基本原理」であるから、 多粒子系の波動関数を求める際には、それがシュレーディンガー方程式を満たすことに加えて、 これらの対称性を備えていることも確認しなければならない。

以下では主に電子を想定して、フェルミオンについて主に学ぶ。 ボゾンについては付録的に述べる。

波動関数の一意性

逆に言えば、与えられたポテンシャルに対してシュレーディンガー方程式(+境界条件+規格化条件)だけでは 数学的に波動関数を一意に定めることはできず、 対称性を指定して始めて波動関数が1つに定まるのである(位相因子を除いて)。

パウリの排他律1

フェルミオンに関する著しい性質として、 2つのフェルミオンが同じ座標を取る確率は常にゼロになる。

なぜならこの場合、2つの位置座標を入れ替えても形が変わらないため、

 &math( \Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=C\Psi(\dots,\,&\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)\\ &\ \ \uparrow\hspace{17mm}\uparrow\\ &\ \ \ 入れ替えた );

 &math( &(1-C)\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\ );

フェルミオン C=-1 では

 &math( &2\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\ );

となり、波動関数の値がゼロであることが導かれるためだ。 これはパウリの排他律の一例となっている。

ここで、 s_? はスピン座標である。この授業ではスピンについて深く学ばないが、 スピンが異なれば波動関数値が異なって構わないため、ここで言う「同じ座標」とは、 「同じ空間座標かつ同じスピン」という意味に捉えて欲しい。

ボゾンの場合には 1-C=0 となるため、必ずしも波動関数はゼロとならず、 同じ座標に複数の粒子が存在できる。

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