三次元空間での散乱現象 のバックアップ(No.9)

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概要

三次元空間での散乱現象

静止した粒子に別の粒子が高速で衝突する過程*1加速器などによる素粒子物理学や、放射線による健康被害などに現れる物理現象であるを理論的に扱うには、 重心座標を用いて2粒子の相対運動を記述するのが常套手段となる。 なぜなら静止していた粒子も反跳により動き出すためである。

ここではそのような問題を単純化して、静的で局所的なポテンシャル V(\bm r) に粒子が入射し、 散乱される現象を考える。 これは、非常に軽い粒子が重い粒子の作るポテンシャルに散乱される場合の近似となる。 → 反跳を無視するということ

ポテンシャルが局所的と見なせるとき、遠く離れた位置において粒子は自由である。 入射粒子はそのような遠方において運動量が確定しており、すなわち平面波で表されるとしよう。

  \psi_I(\bm r,t)=e^{i(\bm k_0\cdot\bm r-\omega_0t)}

1粒子問題では散乱波の振幅は入射波の振幅に比例するから、 入射波の振幅を1として計算し、必要に応じて後から振幅をかければよい。

散乱された波は、反射と透過だけ考えれば良かった1次元の場合とは異なり標的から3次元的に広がる。

波動関数が入射波と散乱波からなるとして、後者を g(\bm r,t) と置けば、

  \psi(\bm r,t)=e^{i(\bm k_0\cdot\bm r-\omega_0t)}+g(\bm r,t)

時間を含むシュレーディンガー方程式は

  i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\psi(\bm r,t)=\left\{-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r)\right\}\psi(\bm r,t)

であるが、定常的な粒子の流れが実現している状況では確率分布が時間によらないから、

  \left\{-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\bm r)\right\}\varphi(\bm r)=\varepsilon\varphi(\bm r)

を解けばよい。

散乱体から十分に離れた箇所で上記平面波がシュレーディンガー方程式の解となるには \varepsilon=\frac{\hbar^2k_0^2}{2m} でなければならないことを用いて変形すれば、

 &math( \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big)\varphi(\bm r)=V(\bm r)\varphi(\bm r) );

ボルン近似

ボルン近似では散乱ポテンシャル V(\bm r) が小さく、 そのため散乱波 g(\bm r) も小さいものとして、 右辺に現れる積 V(\bm r)g(\bm r) を無視する。 当然得られる解は不正確になるが、問題が解きやすくなる。

 &math( \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big) \big\{\underbrace{e^{i\bm k_0\cdot\bm r}\rule[-4pt]{0pt}{0pt}}_{消える}+g(\bm r)\big\}=V(\bm r)e^{i\bm k_0\cdot\bm r} );

左辺の e^{i\bm k_0\cdot\bm r} に対して \nabla^2=-k_0^2 よりこの項は消えて、

 &math( \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\nabla^2+k_0^2\Big)g(\bm r)=V(\bm r)e^{i\bm k_0\cdot\bm r} );

左辺の g(\bm r) が求めるべき未知の関数、 右辺は既知の関数である。

グリーン関数

上記のような方程式を解くための便利な方法として、グリーン関数を用いる方法がある。

一般に、ある線形演算子 \hat L と既知の関数 f(\bm r) に対して 次式を満たす g(\bm r) を求める問題において、

  \hat L g(\bm r)=f(\bm r)

代わりに次式を満たす「グリーン関数」*2George Green は19世紀のイギリスの物理学・数学者の名前 → Wikipedia:ジョージ・グリーン(https://dora.bk.tsukuba.ac.jp:...) G(\bm r) 適切な境界条件のもとで求められれば、

  \hat L G(\bm r)=\delta^3(\bm r)=\delta(x)\delta(y)\delta(z)

元の方程式の解 g(\bm r) は、

  g(\bm r)=\iiint f(\bm r')G(\bm r-\bm r') d\bm r'

として、任意の f(\bm r) に対して積分のみで求められる。

この g(\bm r) が元の方程式を満たすことは、

 &math( \hat L g(\bm r)&=\iiint f(\bm r')\hat LG(\bm r-\bm r') d\bm r'\\ &=\iiint f(\bm r')\delta^3(\bm r-\bm r') d\bm r'\\ &=f(\bm r) );

として確かめられる。 \hat L \bm r の関数に作用する演算子であるため、 \hat L に対して \bm r' は定数と見なせることに注意せよ。

散乱現象におけるグリーン関数

  G(\bm r)=-\frac{1}{4\pi}\frac{e^{ik_0 r}}{r}\hspace{1.5cm}\left(\ne-\frac{1}{4\pi}\frac{e^{i\bm k_0\cdot\bm r}}{r}\right)

と置けば、この関数が

 &math( \left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=\delta^3(\bm r) );

を満たすことを以下で確かめる。

r で表された関数に対して、

  \frac{\PD}{\PD x}=\frac{\PD r}{\PD x}\frac{d}{dr}=\frac{x}{r}\frac{d}{dr}

であることなどに注意して、

  \frac{\PD}{\PD x}\frac{e^{ik_0r}}{r}=\frac{x}{r}\left(\frac{ik_0e^{ik_0r}}{r}-\frac{e^{ik_0r}}{r^2}\right)

 &math( \frac{\PD^2}{\PD x^2}\frac{e^{ik_0r}}{r}=\left[\frac{ik_0e^{ik_0r}}{r^2}-\frac{e^{ik_0r}}{r^3}\right]

  1. \frac{x^2}{r}\left[\frac{-k_0^2e^{ik_0r}}{r^2}\underbrace{-\frac{2ik_0e^{ik_0r}}{r^3}-\frac{ik_0e^{ik_0r}}{r^3}}+\frac{3e^{ik_0r}}{r^4}\right] );

 &math( \nabla^2\frac{e^{ik_0r}}{r}&=\cancel{\frac{3ik_0e^{ik_0r}}{r^2}}-\cancel{\frac{3e^{ik_0r}}{r^3}}

  1. \cancel{\frac{x^2+y^2+z^2}{r^2}}\left[\frac{-k_0^2e^{ik_0r}}{r}-\cancel{\frac{3ik_0e^{ik_0r}}{r^2}}+\cancel{\frac{3e^{ik_0r}}{r^3}}\right]\\ &=-k_0^2\frac{e^{ik_0r}}{r} );

したがって、 \frac{e^{ik_0r}}{r} が微分可能な点において、すなわち原点以外において、

 &math( \left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=0 );

であり、この関数がデルタ関数であることと矛盾しない。

後は積分値が正しければ良くて、

 &math( &\iiint\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{e^{ik_0r}}{r}d\bm r\\ &=\lim_{\delta\to +0}\int_0^\delta 4\pi r^2\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{e^{ik_0r}}{r}dr\hspace{2cm}(被積分関数は原点以外でゼロ)\\ &=\lim_{\delta\to +0}\int_0^\delta 4\pi r^2\left(\nabla^2+k_0^2\right)\frac{1}{r}dr \hspace{2.5cm}(r\to 0 で e^{ik_0r}\to 1)\\ );
 &math( &=\lim_{\delta\to +0}\int_0^\delta 4\pi r^2\bm\nabla\cdot\Big(\bm\nabla\frac{1}{r}\Big)dr

  1. \underbrace{\lim_{\delta\to +0}\int_0^\delta 4\pi k_0^2r\,dr}_{=0}\\[-4mm] &=\int_S \Big(\bm\nabla\frac{1}{r}\Big)\cdot\bm n\,dS \hspace{4.7cm}(Sは原点中心の微小球面)\\ );
     &math( &=\int_S -\frac{1}{r^2}\,dS \hspace{5.7cm}(r方向の微係数)\\ &=\lim_{r\to +0} \left(-\frac{1}{r^2}\cdot 4\pi r^2\right)\\ &=-4\pi );

したがって、

 &math( \left(\nabla^2+k_0^2\right)G(\bm r)=\delta^3(\bm r) );

が確かめられた。

散乱源から遠い位置における振幅

上で求めた G(\bm r) を用いれば、

 &math( g(\bm r)=-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\iiint\frac{e^{ik_0|\bm r-\bm r'|}}{|\bm r-\bm r'|}V(\bm r')e^{i\bm k_0\cdot\bm r'}d\bm r' );

と表せる。

さらに、 V(\bm r) が原点から近くにしか値を持たず、 その散乱源から遠い個所での振幅を求める場合には、 r'\ll r を仮定してよいから、

 &math( |\bm r-\bm r'|=&\sqrt{(\bm r-\bm r')\cdot(\bm r-\bm r')}\\ =&\,\sqrt{r^2-2\bm r\cdot\bm r'+r'^2}\\ =&\,r\sqrt{1-\frac{2\bm r\cdot\bm r'}{r^2}-\cancel{\frac{r'^2}{r^2}}}\\ \simeq&\,r\left(1-\frac{\bm r\cdot\bm r'}{r^2}\right)\\ );

 &math( \frac{1}{|\bm r-\bm r'|}\simeq \frac{1}{r}\left(1+\frac{\bm r\cdot\bm r'}{r^2}\right)\simeq\frac{1}{r}\\ );

として、

 &math( g(\bm r)=&-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\iiint\frac{e^{ik_0\{r-(\bm r/r)\cdot\bm r'\}}}{r}V(\bm r')e^{i\bm k_0\cdot\bm r'}d\bm r'\\ =&-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^2}\frac{e^{ik_0 r}}{r}\underbrace{\iiint V(\bm r')e^{ik_0(\bm k_0/k_0-\bm r/r)\cdot\bm r'}d\bm r'}_{\bm rの方向\bm r/rのみに依存する関数} );

scattering_direction.png

散乱問題では入射波方向 \bm k_0 を軸に、散乱方向 \bm r を球座標を用いて表すと、 \theta,\phi がそのまま散乱角を表すため便利である。

このとき、

 &math( g(\bm r)=&\frac{e^{ik_0 r}}{r}f(\theta,\phi) );

と書けることになる。

散乱断面積

&math( \frac{e^{ik_0 r}}{r} ); は原点から 1/r で減衰しながら等方的に広がる球面波である。

比較すると、 |f(\theta,\phi)|^2 は原点から広がる波の振幅の非等方性を表している。

位置 r,\theta,\phi における単位面積・単位時間あたりの流量の r 方向成分は、

 &math( S_{g,r} &=\mathrm{Re}\left[g^*(r,\theta,\phi)\frac{\hbar}{im}\frac{\PD}{\PD r}g(r,\theta,\phi)\right]\\ &=\mathrm{Re}\left[\frac{\hbar}{im}\frac{1}{r}\left(-\cancel{\frac{1}{r^2}}+\frac{ik_0}{r}\right)|f(\theta,\phi)|^2\right]\\ &=\frac{\hbar k_0}{mr^2}|f(\theta,\phi)|^2\\ &=\frac{S_I}{r^2}|f(\theta,\phi)|^2\hspace{2cm}(S_I は入射波の流量)\\ );

である。これが位置 r,\theta,\phi に置かれた検出器で検出される単位時間あたりの粒子の検出確率に相当する。*3数学的には波動関数は入射波と散乱波の重ね合わせになるため、入射波も検出器に入ってしまうが、実際の系では検出器は入射平面波の当たらない箇所に置かれる

この流量を半径 r の球面 S 上で積分すると、

 &math( I_g &=\int_S \bm S_g\cdot\bm n dS\\ &=\int_S S_{g,r} \,dS\\ &=\iint\frac{S_I}{\cancel{r^2}}|f(\theta,\phi)|^2\cdot\cancel{r^2}\sin\theta\,d\phi\,d\theta\\ &=S_I\cdot \underbrace{\iint|f(\theta,\phi)|^2\sin\theta\,d\phi\,d\theta}_{\sigma^\mathrm{total}}\\ );

のように r によらない定数となり、 これが散乱波全体の単位時間あたりの流量である。

S_I は入射波の単位時間、単位面積あたりの流量であるから、 \sigma^\mathrm{total} は面積の次元を持ち、「散乱断面積」と呼ばれる。

入射波のうち、この面積に当たった分に相当する流量だけが散乱波となったと解釈するのである。

また、 \sigma^\mathrm{total} の被積分関数

 &math( \sigma(\theta,\phi)=|f(\theta,\phi)|^2 =\left(\frac{m}{2\pi\hbar^2}\right)^2\left|\iiint V(\bm r')e^{ik_0(\bm k_0/k_0-\bm r/r)\cdot\bm r'}d\bm r'\right|^2 );

は「微分散乱断面積」あるいは単に「微分断面積」と呼ばれる。

確率密度の保存は?

1次元の散乱問題では反射波と透過波の流量を加えると入射波の流量と等しかった。

3次元の散乱問題では確率密度の保存はどのようになっているか。

ボルン近似を行う前の段階では、散乱による入射波の減衰は g(\bm r) に含まれていた。

ボルン近似後も \bm r\parallel \bm k_0 のとき、

 &math( g(\bm r\parallel \bm k_0)=&-\frac{e^{ik_0 r}}{r}\cdot \frac{1}{4\pi}\iiint \frac{2m}{\hbar^2}V(\bm r')\,d\bm r' );

となるから、「透過方向への散乱波」 g(\bm r\parallel \bm k_0) は入射波 e^{i\bm k_0\cdot\bm r} と打ち消し合うことが分かる。

正確には \varphi(\bm r)=e^{ik_0 r}+g(\bm r) に対して原点を中心とした大きな球面への流入量と流出量が等しいことを確かめればよいのだが、 簡単には求められそうにない???

ボルン近似で求めた波動関数は確率密度を厳密には保存しないのではないかと思いますが、 個人的に未確認です。

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*1 加速器などによる素粒子物理学や、放射線による健康被害などに現れる物理現象である
*2 George Green は19世紀のイギリスの物理学・数学者の名前 → Wikipedia:ジョージ・グリーン
*3 数学的には波動関数は入射波と散乱波の重ね合わせになるため、入射波も検出器に入ってしまうが、実際の系では検出器は入射平面波の当たらない箇所に置かれる

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