線形代数II/抽象線形空間
目次†
4-1 線形空間 (あるいは ベクトル空間)†
線形代数I では主に数ベクトルについて学んだ。
「線形空間」は数ベクトルに類似した代数的構造を表わす概念である。
線形代数は「線形空間」について学ぶ学問である。
定義†
まず、ある既知の「体」$K$ を想定する。*1体は英語では field だが、ドイツ語の Körper の頭文字を取って $K$ で表すことが多い
線形代数では $K=\mathbb R\ \mathrm{or}\ \mathbb C$ であることが多いが、四則演算(加減乗除)が可能であれば他の体でも良い
$K$ の元はスカラーと呼ばれる
- 「$K$ 上の線形空間」 $V$ は集合であり、その元をベクトルと呼ぶ
すなわち、$\bm x,\bm y\in V$ なら $\bm x,\bm y$ はベクトル - 2つのベクトルの間に「和」が定義され、$V$ はベクトルの和に対して閉じている
すなわち、$\forall\bm x,\forall\bm y\in V$ に対して $\bm x+\bm y\in V$ - $K$ の元とベクトルとの間に「スカラー倍」が定義され、$V$ はスカラー倍に対して閉じている
すなわち、$\forall a\in K$、$\forall\bm x\in V$ に対して $a\bm x\in V$
さらに、これらの「和」と「スカラー倍」に対して次の公理が成立する。
- ベクトル和の交換則: $\forall \bm x,\forall \bm y\in V$ について $\bm x+\bm y=\bm y+\bm x$
- ベクトル和の結合則: $\forall \bm x,\forall \bm y,\forall \bm z\in V$ について $(\bm x+\bm y)+\bm z=\bm x+(\bm y+\bm z)$
- ゼロ元の存在: ある元 $\bm 0\in V$ が存在し、$\forall \bm x\in V$ について $\bm x+\bm 0=\bm x$ を満たす
- スカラーの単位元: $1\in K$ について、$\forall \bm x\in V$ について、$1\bm x=\bm x$
- 逆元の存在: $\forall \bm x\in V$ について $\bm x+(-\bm x)=\bm 0$ を満たす元 $-\bm x\in V$ が存在する
- 分配法則(1): $\forall a,\forall b\in K$、$\forall \bm x\in V$ について、$(a+b)\bm x=a\bm x+b\bm x$
- 分配法則(2): $\forall a\in K$、$\forall \bm x,\forall \bm y\in V$ について、$a(\bm x+\bm y)=a\bm x+a\bm y$
- スカラー倍の結合法則: $\forall a,\forall b\in K$、$\forall \bm x\in V$ について、$a(b\bm x)=(ab)\bm x$
このとき、$V$ を $K$ 上の線形空間と呼ぶ。
「集合」について復習が必要な学生はこちらを参照 → 線形代数I/ベクトル空間と線形写像#xe9fe451
細かいことは置いておいて†
線形空間の定義では、一見すると重要そうな 1. ~ 8. の公理よりも、 その前の「ベクトル和とスカラー倍に対して閉じた集合である」という部分が本質である。
上記のややこしい「公理」は、和やスカラー倍が持つべき最低限の性質を表わしただけのもので、 上記の公理を満たさないような演算を和やスカラー倍と呼びたくないということである。
線形空間の例†
$V=\mathbb R^3,K=\mathbb R$ は線形空間である($\mathbb R^3$ は3次元実数ベクトルの集合)
$V=\mathbb R^3,K=\mathbb C$ は線形空間ではない!
$x$の2次以下の実係数多項式の集合 ( $P^2[x]=\set{ax^2+bx+c|a,b,c\in \mathbb R}, K=\mathbb R$ ) は、自然に定義される和と実数倍に対して線形空間となる(線形空間が「ベクトル同士の積」に対して閉じている必要がないことに注意せよ)
$V=\set{(3a,-a)\in \mathbb R^2|a\in \mathbb R}$ は $\mathbb R^2$ に定義される和と実数倍に対して線形空間となる
2x2 行列全体は、自然に定義される和と定数倍に対して線形空間となる
演習†
$x$の2次以下の実係数多項式の集合 $P^2[x]$ が「実数上の線形空間」の公理を満たすことを確かめよ。 → 解答例
部分空間†
線形空間 $U$ の空でない部分集合 $V$($V\subset U, V\ne\set{}$)が $U$ に定義されるベクトル和やスカラー倍に対して閉じているとき、 $V$ も線形空間となる。
(ベクトル和やスカラー倍は線形空間の公理を満たすため、 閉じていることのみが条件となる)
このとき、$V$ を $U$ の部分空間という。
線形空間の性質†
上のような一般の線形空間 $V$ がどこまで $\mathbb R^n$ と似ているかを考えるのが 当面の目標となる。
たとえば 線形代数II/抽象線形空間/性質 で見るように、 上記の公理を満たすすべての線形空間は、
- ゼロ元はただ1つだけ存在する
- 逆元はただ1つだけ存在する
- 引き算を定義できる $\bm x-\bm y\equiv\bm x+(\bm yの逆元)$
- $\bm x-\bm x=\bm 0$
- $\bm a+\bm b=\bm a+\bm c → \bm b=\bm c$
- $-\bm 0=\bm 0$
- $-(-\bm x)=\bm x$
- $(-\bm x)=(-1)\bm x$
- $0\bm x = \bm 0$
といった、数ベクトル空間と同じ性質を持つことを 「定理として証明」 できる。
その他にも、任意の線形空間と数ベクトル空間との間には非常に多くの類似点がある。