量子力学Ⅰ/水素原子 の履歴(No.15)
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概要†
水素様ポテンシャル内での電子の運動を考える。
球座標による変数分離のまとめ†
球対称ポテンシャル に対する時間を含まないシュレーディンガー方程式:
は球座標
&math( \begin{cases} x=r\sin\theta\cos\phi\\ y=r\sin\theta\sin\phi\\ z=r\cos\theta \end{cases} );
を用いて、
&math( \begin{cases} &\displaystyle\underbrace{\left[\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dr^2}+\left\{V(r)+\frac{\hbar^2l(l+1)}{2mr^2}\right\}\right]}_{\textstyle \hat H_l}\Big\{rR_n{}^l(r)\Big\}=\varepsilon_n{}^l\Big\{rR_n{}^l(r)\Big\}\\[12mm] &\hat {\bm l}^2 \,Y_l(\theta,\phi)=\hbar^2l(l+1)\,Y_l(\theta,\phi) \end{cases} );
のように変数分離できる。
これらは遠心力に対するポテンシャル を含む1次元ハミルトニアン および、全角運動量の2乗 に対する固有方程式となっている。
前者の左辺に に依存する項が含まれているため、 これを解けば の値のそれぞれに対して 複数の固有値 と、対応する固有関数 が得られる。当然ながらこの解はポテンシャルの具体的形状 に依存する。
後者は とは独立に解くことができて、固有値 に対する固有空間は 次元であることが知られている。この固有空間に 方向の角運動量演算子 の 個の固有関数を取ったのが球面調和関数 である。
すなわち球面調和関数は の同時固有関数である。球面調和関数は
の形に変数分離でき、
である。
波動関数 を全空間で積分すれば1になることから、 これら固有関数の正規直交化には、
なる内積が用いられ、 はそれぞれ、
となるように正規化される。
それぞれの正規直交性は、
&math( \int_0^\infty \big\{rR_n{}^l(r)\big\}^*\big\{rR_{n'}{}^l(r)\big\}\,dr=\delta_{nn'} );
&math( \int_0^\pi \sin\theta\ \Theta_l^m(\theta)^*\Theta_{l'}^m(\theta) d\theta=\delta_{ll'} );
&math( \int_0^{2\pi}\Phi_m(\phi)^*\Phi_{m'}(\phi) d\phi=\delta_{mm'} );
である。このとき、球面調和関数の具体系は次のようになる。
&math( Y_l^m(\theta,\phi)= \underbrace{(-1)^{(m+|m|)/2}\sqrt{\frac{2l+1}{2}\frac{(l-|m|)!}{(l+|m|)!}}P_l^{|m|}(\cos\theta)}_{\Theta(\theta)} \underbrace{\frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{im\phi}}_{\Phi(\phi)} );
水素原子†
水素原子の原子核の電荷は であるが、 ここでは少し一般化して電荷を として解こう。 また、原子核の質量は電子の質量に比べてずっと大きいので、 原子核は原点で静止していると考える。*1正確に解くのであれば電子の位置を表すのに重心から測った相対座標を用い、 を換算質量で置き換えればよく、問題の本質は変わらない。
エネルギーを表す と区別するために、真空の誘電率を と書いていることに注意せよ。まず、長さを無次元化するため
と置く。ただし はボーア半径と呼ばれる。
後に見るように つまり水素原子の基底状態は となるから、 は水素の大きさ程度に相当する長さである。
これを用いて と書くと方程式は、
&math( \frac{\PD^2\chi}{\PD\rho^2}+\left\{\frac{2}{\rho}-\frac{l(l+1)}{\rho^2}\right\}\chi+\eta\chi=0 );
のように単純化できる。
ここで、 であり、後に見るように は系の基底状態のエネルギーとなる。
ポテンシャルエネルギーが 倍になると、より強い引力により のように電子と原子核の距離は 倍になり、それに伴い系のエネルギーは 倍になる。
調和振動子の時と同様に と置いて方程式に代入し、係数 に対する条件を検討することにより、
(ただし は の整数)
となるときのみ解が存在することを示せる。→ 詳しくはこちら
このとき、
と表わせ、系のエネルギーは にはよらず だけで決まる。
- 角運動量量子数(方位量子数)
- 磁気量子数
- 主量子数 ← new!
に対する縮退はクーロンポテンシャルに特有の物である。 先に見たように は角運動量を表わすから、 が大きくなれば運動エネルギーが大きくなる。 しかしここでは、ちょうどその変化を打ち消すようにポテンシャルエネルギーが低下するために、 異なる を持つ状態のエネルギーが縮退している。 ポテンシャル形状がクーロン相互作用と少しでも違えばこの縮退は解け、 異なる に属する状態は異なるエネルギーを持つようになる。
n | l | m | 名称 | 縮退度(水素) | 縮退度(一般) |
1 | 0 | 0 | 1s | 1 | 1 |
2 | 0 | 0 | 2s | 4 | 1 |
1 | -1,0,1 | 2p | 3 | ||
3 | 0 | 0 | 3s | 9 | 1 |
1 | -1,0,1 | 3p | 3 | ||
2 | -2,-1,0,1,2 | 3d | 5 | ||
4 | 0 | 0 | 4s | 16 | 1 |
1 | -1,0,1 | 4p | 3 | ||
2 | -2,-1,0,1,2 | 4d | 5 | ||
3 | -3,-2,-1,0,1,2,3 | 4f | 7 |
例えば、1つの原子核の周りを複数の電子が回る状況において、 個々の電子が感じるポテンシャルエネルギーを平均場近似で扱う場合には、 原子核からのポテンシャルは他の電子の存在によって遮蔽されるため、 純粋なクーロンポテンシャルよりも早く減衰すると考えられる。 こうして に対する縮退が解けるために、 現実の原子では の異なる電子軌道は異なるエネルギーを持つことになる。
一方、量子数 はそもそも方程式に現れないため、 のみが異なる 個の状態は ポテンシャルエネルギーが中心対称である限り、その具体的な形状によらず縮退している。 物理的には、エネルギーは回転速度(= 各運動量の大きさ )によって変化しうるが、 回転軸の方向(= で決まる)には寄らないということであり、 これは系が等方的(= 中心対象)であることに対応する。
正規化条件†
で表した正規直交性は、
&math( \int_0^\infty \big\{rR'(r)\big\}^*\big\{rR(r)\big\}\,dr &=\int_0^\infty {\chi'\big(\rho(r)\big)}^*\chi\big(\rho(r)\big)\,dr\\ &=\frac{a_0}{Z}\int_0^\infty {\chi'(\rho)}^*\chi(\rho)\,d\rho\\ &=\int_0^\infty \Big\{\sqrt{\frac{a_0}{Z}}\chi'(\rho)\Big\}^*\Big\{\sqrt{\frac{a_0}{Z}}\chi(\rho)\Big\}\,d\rho\\ &=1);
となる。
具体的な解の形†
のとき、
であれば
のとき、
であれば
であれば
のとき、
であれば
であれば
であれば
のとき、
であれば
であれば
であれば
であれば
体積あたりの確率密度†
上記を に直した式は教科書*2裳華房 基礎物理学選書 「量子力学(I)」小出昭一郎 著の P101 に載っている。
- の多項式部分は 次関数である
-
の解を考えれば
- が 重根となっており、
- に残りの 個の根を持つ
したがって、 のグラフは下図左のようになる。(縦軸は s 状態は の値で、それ以外は最大値で規格化した)
この は体積あたりの電子の確率密度に比例する。 体積あたりの確率密度は常に原点あるいは原点に一番近い山において最大値を取ることが分かる。
半径あたりの確率密度†
一方、電子がどのくらいの半径の箇所に高確率で見いだせるか、 を考る場合には、その確率分布は である。 半径 の球殻の体積が であることに注意せよ。
が常に原点付近で最大値を取るのに対して、 は原点から最も遠い 個目の根の外側の部分で最大値を取ることが分かる。
半径の関数として表される物理量、たとえばポテンシャルエネルギーや、 運動エネルギーの期待値を求める際にはこちらの確率密度が役に立つ。
演習:半径に対する確率密度†
半径 を を単位に測った場合、 は次のように表せる。
&math( R_{2s}(r)=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(1-r/2\right)e^{-r/2} );
(1) が極値を取る の値を求めよ。
(2) (1) で求めた
に対して実際に極値を求め、
が最大値を取る
の値を求めよ。
ただしここでは
の近似で評価すれば十分である。
(3) の期待値を求めよ。 を用いてよい。
解説†
通常のスケールでは、最大値を取る は
一方、
であり、両者はぴったり一致するわけではないが近い値を取ることが分かる。