多粒子系の波動関数とボゾン・フェルミオン の履歴(No.17)

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量子力学Ⅰ

概要

これまで、1粒子のシュレーディンガー方程式の解法を細かく見てきたが、 以下では多粒子系の問題について考える。(教科書では「量子力学II」に収録されている9章の内容となる)

目次

2粒子系の量子力学

2粒子系の古典的なハミルトニアンは、 2つの粒子の位置座標と運動量をそれぞれ \bm r_1,\bm r_2 および \bm p_1,\bm p_2 とすると、

 &math( H=\underbrace{\frac{p_1^2}{2m_1}+\frac{p_2^2}{2m_2}}_{運動エネルギー}+\underbrace{\mathop{V(\bm r_1,\bm r_2)}_{\ } }_{ポテンシャル} );

などと書ける。

量子力学ではハミルトニアンは \bm p\to\frac{\hbar}{i}\bm \nabla の置き換えにより演算子となるから、

 &math( \hat H=

  • \frac{\hbar^2}{2m_1}\nabla_{r_1}^2
  • \frac{\hbar^2}{2m_2}\nabla_{r_2}^2
  1. V(\bm r_1,\bm r_2) );

そうすると波動関数も \bm r_1,\bm r_2 の関数であるはず。

2粒子系の波動関数を \Psi(\bm r_1,\bm r_2,t) とすると、 シュレーディンガー方程式は

  i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)=\hat H\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)

と書ける。

波動関数を大文字にしたのは教科書に合わせるためで、表記上の問題しかない。 教科書では、1粒子波動関数を小文字 \psi,\varphi で、多粒子波動関数を大文字 \Psi,\Phi で表すことになっている。

波動関数の絶対値の二乗 |\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)|^2d\bm r_1d\bm r_2 は 時刻 t に粒子1を位置 \bm r_1 付近の d\bm r_1 に、 粒子2を位置 \bm r_2 付近の d\bm r_2 に見いだす確率となる。

物理量 O の期待値 \langle O\rangle は、 物理量に対応する演算子を \hat O として次のように与えられる。

 &math( \langle O(t)\rangle=\iint \Psi^*(\bm r_1,\bm r_2,t)\,\hat O\,\Psi(\bm r_1,\bm r_2,t)\,d\bm r_1\,\bm r_2 );

これらが1粒子系で学んだ内容の自然な拡張となっていることを確認せよ。

多粒子系の量子力学

位置座表をそれぞれ \bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n として、
波動関数を \Psi(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n,t) とすれば良い。

このときハミルトニアンは例えば次のような形に書けるはずで、

 &math( \hat H(\bm r_1,\bm r_2,t)= \underbrace{\sum_{j=1}^n -\frac{\hbar^2}{2m_j}\bm\nabla_{r_j}^2}_{運動エネルギー}+ \underbrace{V(\bm r_1,\bm r_2,\dots,\bm r_n)\rule[-16.5pt]{0pt}{10pt}}_{ポテンシャルエネルギー} );

これを用いてシュレーディンガー方程式はやはり次の形に書ける。

  i\hbar\frac{\PD}{\PD t}\Psi=\hat H\Psi

これまで学んだとおり、1粒子のシュレーディンガー方程式でも 解析的に閉じた解が得られるのは非常に単純な問題に限られており、 そのような場合であっても解を得るには高度な数学を要するのであった。

多体のシュレーディンガー方程式を解析的に解くことはほぼ不可能であるため、 様々な近似を用いて1体の問題に直し、さらに近似を用いて1体の問題を解くことにより、 ようやく実験結果と比較できるような理論的予測が得られる。

多粒子ハミルトニアンの対称性

水素様「分子」であれば、2つの陽子位置を \bm R_1,\bm R_2 に固定して、

 &math( V(\bm r_1,\bm r_2)&=\frac{e^2}{4\pi\epsilon_0}\Biggl[ \underbrace{ \frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_1|}+ \frac{-1}{|\bm r_1-\bm R_2|}}_{電子1と原子核}+ \underbrace{ \frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_1|}+ \frac{-1}{|\bm r_2-\bm R_2|}}_{電子2と原子核}+ \underbrace{\frac{+1}{|\bm r_1-\bm r_2|}}_{電子間相互作用} \Biggr]\\ &=V_{1体}(\bm r_1)+V_{1体}(\bm r_2)+V_{2体}(\bm r_1,\bm r_2) );

と書ける。

このポテンシャルが2つの電子の位置座標 \bm r_1,\bm r_2 の入れ替えに対して対称性を持っている(値が変わらない)ことに注意せよ。

一般に、ハミルトニアンは同種粒子の入れ替えに対して対称な形をしている。
 ↔ 質量やポテンシャル=相互作用が違えば「同種」とは言えない

同種粒子の不可弁別性

多粒子系において、粒子 j k とが同種の粒子 (たとえば電子)であるとする。

粒子 j \bm r_a に、粒子 k \bm r_b に、見つかる確率と、
粒子 j \bm r_b に、粒子 k \bm r_a に、見つかる確率と、
は常に等しい、というのが同種粒子の不可弁別性である。

量子力学では観測するまで粒子の位置は決まっていない。

観測した結果、2カ所に電子が見つかったとして、 それらのどちらがどちらの電子かを判別する方法はない。

そもそもそれら2つの状態は区別できないのだ、 として構築した理論が現実をよく再現する。

粒子の入れ替え

不可弁別性を式で書けば、同種粒子 j k に対して、

 &math( &\big|\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\big|^2\\ =&\big|\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\big|^2\\ &\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );

すなわち、

 &math( &\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ =C&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t)\ \ \ ただし |C|=1\\ &\hspace{1.4cm}^\uparrow_j\hspace{1.1cm}^\uparrow_k );

同種の2つの粒子の座標(一般には空間座標+スピン座標)を入れ替えても、 波動関数の絶対値は変化せず、位相のみが変化する。

一般には、 C は位置座標 \bm r_k に依存して変化してしまうのであるが、 この値が \bm r_a, \bm r_b によらない定数となるように エネルギー固有関数を構成することがいつでも可能である。

以下、これを証明する。

「関数に作用して座標 \bm r_a \bm r_b とを入れ替える」 という線形演算子 \hat P_{ab} を導入する。粒子 a,b が同種粒子であれば \hat P_{ab} に対してハミルトニアン \hat H は不変になるから、 \hat P_{ab}\hat H=\hat H 。すると、任意の \Psi に対して

 &math( \hat P_{ab}\big\{\hat H\Psi\big\}=\big\{\hat P_{ab}\hat H\big\}\big\{\hat P_{ab}\Psi\big\}=\hat H\hat P_{ab}\Psi );

が成り立つ。すなわち両者は可換 \hat P_{ab}\hat H=\hat H\hat P_{ab} であるから、 両者の同時固有関数が存在する。それを \Psi とすると、

  \hat H\Psi=\varepsilon \Psi

に加えて、

 &math( \hat P_{ab}&\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)=C\Psi(\dots,\bm r_a,\dots,\bm r_b,\dots,t)\\ =&\Psi(\dots,\bm r_b,\dots,\bm r_a,\dots,t) );

が成り立ち、このとき C \hat P_{ab} の固有値であり、 \bm r_k によらない定数となる。

さらに、 \hat P_{ab}^2 は恒等変換となるから C^2=1 であり、そこから C=\pm 1 が導かれる。

ボゾンとフェルミオンの対称性・反対称性

場の量子論などの進んだ研究から、 実在粒子の波動関数はシュレーディンガー方程式の解になることに加えて 粒子入替操作 \hat P_{ab} の固有関数になっているという条件も満たさねばならないことが知られており、 例えば電子では C=-1 、光子では C=+1 の固有関数になる。

  • C=+1 を満たす粒子はボーズ粒子(ボゾン)
    → スピンは整数値を取る

  • C=-1 を満たす粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)
    → スピンは半整数値を取る

と呼ばれ、すべての粒子はこのどちらかに属する。

実際には、波動関数は実空間座標の他にスピン座標 s_j の関数でもあるから、

  \Psi(\bm r_1,s_1,\bm r_2,s_2,\dots,\bm r_n,s_n)

の形を取る。粒子の入れ替えは空間座標とスピンの座標を同時に入れ替える操作に対応する。

特に覚えておくべきなのは、粒子の入れ替えに対する ボーズ粒子の対称性 \hat P_{ab}\Phi=\Phi や フェルミ粒子の反対称性 \hat P_{ab}\Phi=-\Phi は、「シュレーディンガー方程式とは独立した基本原理」であるから、 多粒子系の波動関数を求める際には、それがシュレーディンガー方程式を満たすことだけでなく、 これらの対称性を備えていることも確認しなければならないことである。

逆に言えば、与えられたポテンシャルに対してシュレーディンガー方程式(+境界条件)だけでは 数学的に波動関数を一意に定めることはできず、 対称性を指定して始めて波動関数が1つに定まるのである(規格化定数を除いて)。

電子、陽子、中性子などの「物質的な粒子」はすべてフェルミオンとなり、 これらの粒子は同種の粒子と物理的に重なることができない(パウリの排他律)。

光子、ウィークボゾン、グルーオンなど、相互作用を媒介する粒子(それぞれ電磁気力、弱い力、強い力を媒介)や、フォノン、ポラリトンなどの仮想粒子、 ヘリウム原子のようなスピンが整数値となる原子、などがボゾンとして振る舞う。

以下では主に電子を想定して、フェルミオンについて主に学ぶ。 ボゾンについては付録的に述べる。

パウリの排他律1

フェルミオンに関する著しい性質として、 2つのフェルミオンが同じ座標を取る確率は常にゼロになる。

なぜならこの場合、2つの位置座標を入れ替えても形が変わらないため、

 &math( \Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=C\Psi(\dots,\,&\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)\\ &\ \ \uparrow\hspace{17mm}\uparrow\\ &\ \ \ 入れ替えた );

 &math( &(1-C)\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\ );

フェルミオン C=-1 では

 &math( &2\Psi(\dots,\bm r_a,s_a,\dots,\bm r_a,s_a,\dots,t)=0\\ );

となり、波動関数の値がゼロであることが導かれるためだ。

ボゾンの場合には 1-C=0 となるため、必ずしも波動関数はゼロとならず、 同じ座標に複数の粒子が存在できる。

多粒子系の物理量

粒子の不弁別性により、

  • 粒子1の位置
  • 粒子2の運動量

などの物理量は、「観測可能量」とはならない。

観測可能(定義可能)な物理量としては、

  • 全エネルギー
  • 全運動量
  • 全角運動量

のような「全粒子の物理量の総和」や、

  • ある範囲に入る粒子の数
  • 上向きスピンを持つ粒子の数

のように「ある条件を満たす粒子数」など、
「個々の粒子を区別せずに定義できるもの」のみとなる。

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