一次元箱形障壁のトンネル の履歴(No.21)
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- 量子力学Ⅰ/一次元箱形障壁のトンネル へ行く。
目次†
確率密度の流れを伴う「定常状態」†
古典論には「定常状態」とはすべての粒子が静止している状態、 あるいは一定の運動を繰り返している状態を指す言葉であった。
量子論では 確率密度の流れ を伴う「定常状態」を考えることができる。
一例として、
は自由な電子に対するシュレーディンガー方程式の解となる。確認のため
&math( i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi(x,t) =-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\psi(x,t) );
へ代入すると、
&math( \hbar\omega\psi(x,t)=\frac{\hbar^2k^2}{2m}\psi(x,t) );
であるから、 となるように を選べば方程式を満たす。
この は、
&math( \psi(x,t)\propto \underbrace{e^{ikx}}_{\varphi(x)}\underbrace{e^{-i\omega t}}_{\tau(t)} );
のように、空間部分 と時間部分 とに分離されており、 特に であるから、
&math( |\psi(x,t)|^2\propto |\varphi(x)|^2 );
のように確率密度の空間分布は時刻によらない。
つまり定常状態を表しており、 しかも、 軸の正方向へ確定した運動量 を持って進む電子を表す波動関数である。
流れの大きさ†
ある波動関数に対する確率密度の流れの大きさは、
&math( S&=\mathrm{Re}\left[\psi^*\left(\frac{\hat p}{m}\right) \psi\right]=\mathrm{Re}\bigl[\psi^*\,\hat v \,\psi\bigr] );
と表せるのであった。上記の ただし に対しては、
&math( S&=\mathrm{Re}\left[\psi^*\frac{\hbar k}{m} \psi\right]\\ &=\frac{\hbar k}{m} \mathrm{Re}\left|\psi\right|^2\\ &=\frac{\hbar k}{m} );
すなわち、 は単位時間あたり、( 面内の)単位面積あたり、 個の電子に相当する確率密度の流れを伴うことが分かる。 これは 自身の振幅が1であり、単位面積と粒子の速度 との積で表される体積に含まれる電子の数が体積自身に等しいことによる。
近似的な波動関数としての平面波†
の表す波動関数において、電子は静止しておらず、 一定の運動を繰り返しているわけでもない。 それにもかかわらず確率密度の空間分布が時間とともに変化しないのは、 確率密度が右へ出ていくのとちょうど同じ分だけ左から入ってくるためである。
このような状態は通常の意味で規格化できず、そのまま物理的状況を表すとは言いがたい。 このような確率密度の流れがあれば、左遠方の電子の確率密度が減少し、 右遠方の確率密度が増加しなければならず、そのような電子の供給源、 吸収先が存在しないことが規格化できないという問題の根底にある。
それでも、上記のような波動関数を考えることには物理的な意味がある。
先に学んだように、電子の波数が に確定しておらず、 の範囲にあるような波束を考えれば、 そのような波束は空間的に 程度かそれ以上に広がる。
が十分小さい場合、 は十分大きく、 波束の中央部分ではほぼ と見なせる。
そのような「準定常状態」は上記のような「定常状態」の解と同様の振る舞いをする というのがその理由である。
以下ではそのような準定常状態の近似として、平面波で表される「定常状態」を考えることにする。
電子のエネルギーとポテンシャルエネルギー†
電子のエネルギーはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和である:
このため、古典力学においては常に、
(1)
であったが、量子力学では
(2)
となる領域にも有限の確率密度を取り得る。
であるから、
(1) の領域では運動量 および波数 は実数であり、
は振動する解を与える。
(2) の領域では運動量 および波数 は虚数であり、
と置けば、
となり、指数関数的に減衰・増加する解を与える。
次は調和振動子に対する波動関数を図示したものである(左が 右は )。 上記の関係をこの図にあてはめて理解せよ。
特徴:
- 二次曲線は であり、古典的な調和振動子ではこの外には出られない
- 量子力学的な解は外側にも少しはみ出している
- の領域では振動する
- では指数関数的に減衰する
- に比べて が大きいほど波長が短く=波数が大きくなる
- に比べて が小さいほど早く減衰する
トンネル現象†
上記のように、量子力学においては電子が自身のエネルギーよりも高いポテンシャル中にも存在できることを反映して、 「トンネル現象」あるいは「トンネル効果」と呼ばれる量子力学に特有の現象が生じる。
電子が図のように、自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁
&math( V(x)=\begin{cases} 0 &(x<0,a\le x)\\ V_0\ \ >\varepsilon &(0<x\le a)\\ \end{cases} );
へ左から入射する場合を考えよう。
古典論ではこのような障壁は完全弾性障壁とみなせ、 入射方向と逆方向に入射時と同じ大きさの運動量を持って跳ね返される。
通常、量子論でも電子はエネルギー障壁に跳ね返される(反射する)。 しかし上でも見たとおり確率密度の一部は障壁の中へ染み込む。
染み込んだ障壁中で確率密度は距離とともに指数関数的に減衰し、 すぐに実質上ゼロと見なせる程度に小さくなる。 しかし数学的には障壁の右端でも完全には零とならず、 その成分はエネルギー障壁を通り抜けて進む電子を表す確率密度となる。
すなわち量子論においては、電子が 自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁を通り抜けて進む 確率が存在する。
あたかもエネルギー障壁にトンネルを空けてその中を電子が通るかのようであるという意味で、 この現象は「トンネル現象」と呼ばれる。
高く、厚い障壁の場合には、この確率は無視できるほど小さいが、 障壁が低く、薄い場合には観測可能なほどの透過確率が得られることもある。
現実の問題としては、わずかな間隙を挟んで平面的な金属電極が向かい合わされている状況が、 上図の状況に相当する。 電子にとって真空部分のポテンシャルエネルギーは金属内部のポテンシャルエネルギーよりも高く、 その部分がエネルギー障壁となる。 電極間距離が 1 nm 程度まで近づけば、計測可能な程度の「トンネル電流」が計測されることが知られている。
江崎玲於奈氏のノーベル賞受賞理由となったエサキダイオードは、このトンネル現象を利用した素子である。 通常、素子に印加する電圧を増やせばより大きな電流が流れるが、エサキダイオードでは電流を増加すると むしろ電流が減る「負性抵抗」を示す特異的な素子である。 この負性抵抗が現れる理由は量子力学的なトンネル現象により説明される。
以下ではこのトンネル現象をシュレーディンガー方程式から理解しよう。
各領域における波動関数†
入射波:
(incident electron)
反射波:
(reflected electron)
透過波:
(transmitted electron)
障壁内:
(in barrier)
とする。
シュレーディンガー方程式は線形なので、反射波、透過波の振幅は入射波の振幅に比例する。 上記のように入射波の振幅を1として計算しておけば、任意の振幅に対する答えを容易に求められる。
各部のシュレーディンガー方程式より、 と との間には以下の関係がある。
系全体の波動関数を上記の波動関数をつなぎ合わせることで
&math( \psi(x,t)=\begin{cases} \psi_l(x,t)\ \equiv\psi_I(x,t)+\psi_R(x,t)&(x\le 0)\\ \psi_m(x,t)\equiv\psi_B(x,t)&(0<x\le a)\\ \psi_r(x,t)\,\,\equiv\psi_T(x,t)&(a<x)\\ \end{cases} );
のように構成し、これがシュレーディンガー方程式の解となるように各パラメータ、 特に を定めるのがここでの問題である。 より、
反射率:
透過率:
が求められる。
エネルギー†
上記の が
を満たすとすれば、 でなければならない。
このとき、
波数†
進行方向を考慮して、以降は、
と書く。
境界条件†
以下に見るように、 は で一次微分まで連続となる境界条件を満たすため、
が成り立つ。
より、上記の4つの条件式から4つの未知数 を定めるのがここでの問題となる。
波動関数の連続性†
上記の問題では障壁端面での波動関数の連続性が境界条件を与える。
シュレーディンガー方程式は に対する2階微分を含んでいるから、 が連続である限り、波動関数は「 で2階微分可能」になる。
ただし、上記の箱型障壁の端点ように が 不連続に変化する点 では、 この限りではない。このことを見るために、 が の範囲で連続に、 しかし急峻に変化する状況を考察する。
この区間でシュレーディンガー方程式を積分すれば、
&math( \int_a^b\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}\varphi(x)+V(x)\varphi(x)-\varepsilon\varphi(x)\right)\,dx=0 );
&math( \left[\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d}{dx}\varphi(x)\right]_a^b =\int_a^b\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)\,dx );
&math( \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\varphi'(b)-\varphi'(a)\Big) &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\int_a^b\,dx\\ &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\cdot (b-a) );
ここkで、 は区間 における の平均値である。
が非常に急峻に変化しており、 と を十分に近く取れる場合には とみなせるから、平均値が有限である限り
すなわち、 が不連続に変化する点を挟んで、 が連続であることが示される。
ただし、無限大の深さをもつ井戸型ポテンシャルの時のように不連続点の片側で が となる場合には、 右辺の平均値が有限とならないため、 の値も不定となる。
すなわち、そのような点では は不連続になりうる。 実際、井戸型ポテンシャルでは境界で傾きが不連続に変化した。
境界条件†
境界条件に波動関数を代入すると、
(1) &math( e^{ik0}+Re^{-ik0}= B_-e^{-\kappa 0}+B_+e^{\kappa_B 0} );
(2) &math( ike^{ik0}-ikRe^{-ik0}=
- \kappa B_-e^{-\kappa 0}+\kappa B_+e^{\kappa 0} );
(3) &math( B_-e^{-\kappa a}+B_+e^{\kappa a}= Te^{ik a} );
(4) &math(
- \kappa B_-e^{-\kappa a}+\kappa B_+e^{\kappa a}= ikTe^{ika} );
となる。 と置けば、
(1)'
(2)'
(3)'
(4)'
(1)'+ (2)' より、
(3)'- (4)' より、
したがって、
&math( B_+&=\frac{2(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{(1-i\lambda)^2e^{-\kappa a}-(1+i\lambda)^2e^{\kappa a}}\\ &=\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{2i\lambda\cosh\kappa a+(1-\lambda^2)\sinh\kappa a} =\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{X}\\ );
&math( B_-=\frac{(1+i\lambda)e^{\kappa a}}{X} );
(1)' より、
&math(
R&=B_-+B_+-1\\
&=\frac{2i\lambda\cosh\kappa a+2\sinh\kappa a}{X}-1\\
&=\frac{(1+\lambda^2)\sinh\kappa a}{X}
);
(3)' より、
&math(
T&=\frac{(1+i\lambda)-(1-i\lambda)}{X}e^{-ika}=\frac{i2\lambda}{X}e^{-ika}
);
流量†
反射率や透過率を評価するため、 を求めたい。
&math( |X|^2&=4\lambda^2\cosh^2\kappa a+(1-\lambda^2)^2\sinh\kappa a\\ &=4\lambda^2(1+\sinh^2\kappa a)+(1-\lambda^2)^2\sinh\kappa a\\ &=4\lambda^2+\underbrace{(1+\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a}_{4\lambda^2Y^2}\\ &\equiv 4\lambda^2(1+Y^2) );
&math( |R|^2&=\frac{(1+\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a}{4\lambda^2(1+Y^2)}=\frac{\cancel{4\lambda^2}Y^2}{\cancel{4\lambda^2}(1+Y^2)}=\frac{Y^2}{1+Y^2}\\ );
&math( |T|^2&=\frac{\cancel{4\lambda^2}}{\cancel{4\lambda^2}{(1+Y^2)}}=\frac{1}{1+Y^2}\\ );
であるから、 を満たすことが分かる。
入射流量:&math(S_I=\mathrm{Re}\left[\varphi_I^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\PD}{\PD x}\underbrace{\varphi_I(x)}_{e^{ikx}}\right] =\frac{\hbar k}{m});
反射流量:&math(S_R=\mathrm{Re}\left[\varphi_R^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\PD}{\PD x}\varphi_R(x)\right] =-\frac{\hbar k}{m}|R|^2); 反射率:
透過流量:&math(S_T=\mathrm{Re}\left[\varphi_T^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\PD}{\PD x}\varphi_T(x)\right] =\frac{\hbar k}{m}|T|^2); 透過率:
すなわち、上記の等式は を表している。 反射した量と透過した量を加えると入射した量に等しくなるのは期待通りと言える。
透過確率†
&math( Y^2&=\left(\frac{1+\lambda^2}{2\lambda}\right)^2\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{k^2+\kappa^2}{4k^2\kappa^2}\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{V_0^2}{4\varepsilon(V_0-\varepsilon)}\sinh^2\kappa a\\ );
は に対する単調増加関数であり、 では、
このとき、
電子の質量:
素電荷:
ボルツマン定数:
を入れれば、自身のエネルギーよりも だけ高い障壁に対して、
ただし、 あるいは、
ただし、 を得る。
すなわち、障壁厚さが 増えると、透過確率が 1/10 になる。
波形†
波動関数の実部 をグラフにした結果は下記の通りになる。 ここでは とした上で、 と置いた。
- では進行波(赤)と反射波(青)とが干渉し、定在波が立っている
- 障壁内部と外部の波動関数はなめらかにつながる
- 障壁内部では振幅が急激に減衰する
- 透過波は入射波と同じ波数、同じ周期を持つが、振幅が減少し位相がずれている
波動関数の振幅の二乗 は以下のようになる。障壁の左側では進行波と反射波の干渉を反映して振幅が波打つ。 障壁内では振幅が急速に減少し、右端で残った成分が透過波となる。
よりも厚い障壁に対しては、透過率は障壁厚さに対して指数関数的に減少する。
質問・コメント†
質問†
領域a ()
トンネル効果の問題で確率密度の話が出てきますが、電子の存在確率が反射するとはどういうことでしょうか?
壁から染み出すと波形が小さくなるとのことですが、透過した粒子は透過する前(元の粒子)と同じと言えるんですか?
周期的ポテンシャル障壁の高調波の振る舞い†
伴 公伸 ()
ごく薄い壁の厚さしかない周期的ポテンシャル障壁において高調波の透過とそれら高調波の位相が各界面でどのようになるか、興味があります。
教えてください。masanobuban@m.ieice.org
- 申し訳ないのですがご質問はこの量子力学の授業の範囲を超えていて、すぐに適切な答えを用意できません。想定されている状況はどちらかというと固体物理学で扱われる内容に近いように思います。「クローニッヒ・ペニーの模型」 の設定を少し変えることでそのような状況を適切に記述できそうに思います。ネット上にもいろいろと解説があるようですので参考になれば良いのですが。。。 -- 武内(管理人)