一次元箱形障壁のトンネル
トンネル現象†
「トンネル現象」は古典物理学では起きえない不思議な現象として、 量子力学の代名詞ともなっているような有名な現象である。
ここではこの問題を以下の順で理解していきたい:
- 量子力学では確率の流れを伴う定常状態が存在する
- トンネル現象などの問題を記述するのに平面波を用いた近似が役に立つ
- 波動関数のエネルギー固有値 $\varepsilon$ がポテンシャルエネルギー $V$ よりも
- 大きいところ $\varepsilon>V$ では波動関数が振動的にふるまう
- 小さいところ $\varepsilon<V$ では波動関数が指数関数的にふるまう
- すなわち自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁中で存在確率は指数関数的に減衰する
- 減衰しきらず残った部分は反対側の有限振幅の振動解と接続し、有限の透過確率 = トンネル確率を与える
目次†
確率の流れを伴う「定常状態」†
古典論では「定常状態」とはすべての粒子が静止している状態、 あるいは一定の運動を繰り返している状態を指す言葉であった。
一方で、量子論では 定常的な確率の流れ を伴う「定常状態」を考えることがある。
一例として、1次元空間における自由な電子に対するシュレーディンガー方程式の解
$$\psi(x,t)= e^{i(kx-\omega t)}$$
を挙げる。確認のためシュレーディンガー方程式
$$ i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi(x,t) =-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\psi(x,t) $$
へ代入すると、
$$ \hbar\omega\psi(x,t)=\frac{\hbar^2k^2}{2m}\psi(x,t) $$
であるから、$\hbar\omega=\hbar^2k^2/2m\ \ (=\varepsilon)$ となるように $\omega,k$ を選べば方程式を満たすことが分かる。
そしてこの平面波解 $\psi(x,t)$ は、
$$ \psi(x,t)=\underbrace{e^{ikx}}_{\varphi(x)}\,\underbrace{e^{-i\omega t}}_{\tau(t)} $$
のように、空間座標依存性 $\varphi(x)$ と時間依存性 $\tau(t)$ とに分離可能であるから、 その空間部分 $\varphi(x)$ は時間を含まないシュレーディンガー方程式を満たす。
$$ \underbrace{-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}}_{\hat H}\,\varphi(x)=\underbrace{\frac{\hbar^2k^2}{2m}}_{\varepsilon}\,\varphi(x) $$
$|\tau(t)|=1$ は時間に依存しないから、
$$ |\psi(x,t)|^2=\underbrace{|\varphi(x)|^2}_{t\,\text{を含まない}} $$
のように、確かに 確率密度の空間分布は時刻によらず変化しない ことを確かめられる。
この、「確率密度の空間分布は時刻によらず変化しない」が量子力学における 「定常状態」の定義であり、 この解が $x$ 軸の正方向へ 確定した運動量 $p=\hbar k$ を持って進む 電子を表していることや、 そのために $x=-\infty$ から $x=\infty$ へと 確率が定常的に流れていること と、この解が「定常状態」であることは矛盾しないのである。
確率流密度†
ある波動関数に対する確率の流れの大きさ(確率流密度)は、
$$ S=\mathrm{Re}\bigl[\psi^*\,\hat v \,\psi\bigr] =\mathrm{Re}\left[\psi^*\frac{\hat p}{m} \psi\right] =\mathrm{Re}\left[\psi^*\frac{\hbar}{im}\frac{\partial}{\partial x} \psi\right] $$
と表せるのであった。 上記の $\psi(x,t)=A e^{i(kx-\omega t)}$ ただし $k\in \mathbb R$ に対しては、
$$ \begin{aligned} S&=\mathrm{Re}\left[\psi^*\frac{\hbar k}{m} \psi\right]\\ &=\frac{\hbar k}{m} \mathrm{Re}\left|\psi\right|^2\\ &=\frac{\hbar k}{m}|A|^2= v|A|^2 \end{aligned} $$
確率の流れはその場所での確率密度と速度との積で表せることが分かる。
三次元では単位時間当たりにある面を通って流れる確率は、この「確率流密度」に面積をかけることで求められる。 電流密度に面積をかけることで電流を求められたことと対比して理解せよ。
今は一次元問題なので、上で求めた $S$ はそのまま単位時間あたりにその地点を通過する確率を表す。
近似的な波動関数としての平面波†
厳密な平面波は通常の意味で規格化することができず、 物理的な状態とは言えない。
それでも、例えば大きく広がった波束の中央部分では時間及び位置に対して振幅や波数・振動数はほとんど変化しないため、そのような状態を平面波で近似して扱うことがよく行われる。
そのような「準定常状態」は上記のような「定常状態」の解とほとんど同じ振る舞いをするだろう というのがその理由である。
以下ではそのような準定常状態の近似として、平面波で表される「定常状態」を考えることにする。
電子のエネルギーとポテンシャルエネルギー†
電子のエネルギーはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和である:
$$\varepsilon = V(x) + \frac{p^2}{2m}$$
このため、古典力学においては常に、
(1) $\varepsilon \ge V(x)$
であった。ところが量子力学では
(2) $\varepsilon < V(x)$
となる領域にも有限の確率密度を取り得るのであった。上の式を $p^2$ や $k$ に対して解けば、
$$p^2=\hbar^2k^2=2m\{\varepsilon-V(x)\}$$
$$k=\pm\frac{1}{\hbar}\sqrt{2m\{\varepsilon-V(x)\}}$$
であるから、
(1) の領域では運動量 $p$ および波数 $k=p/\hbar$ は実数であり、
$$e^{ikx}$$
は振動する解を与える。
(2) の領域では運動量 $p$ および波数 $k=p/\hbar$ は虚数であり、
$$e^{ikx}=e^{\pm|k| x}$$
となり、指数関数的に減衰・増加する解を与える。
下図はばね定数 $K$、質量 $m$ を持つ調和振動子に対する波動関数を図示したものである。
横軸は $r_0=\sqrt{\hbar/m\omega}$ を単位として測った位置座標、縦軸は $\hbar\omega$ を単位として測ったエネルギーになっている。 ただし、$\omega=\sqrt{K/m}$ は系の固有振動数である。
二次曲線が調和振動子のポテンシャルエネルギーを表しており、 量子数 $n=0$ から $n=10$ までに対応する波動関数 $\varphi(x)$ (左図)およびその絶対値の二乗 $|\varphi(x)|^2$ (右図)を、エネルギー固有値 $\varepsilon_n=\hbar\omega(n+1/2)$ に対応する位置に適当なスケールで描いた。
上記の関係をこれらの図にあてはめて理解せよ。
特徴:
- 古典的な調和振動子では二次曲線で表された範囲の外には出られない
- 量子力学的な解の確率密度は外側にも少しはみ出している
- 外側 $\varepsilon<V$ では指数関数的に減衰する
- $V(x)$ に比べて $\varepsilon$ が小さいほど早く減衰する
- 内側 $\varepsilon>V$ では振動する
- $V(x)$ に比べて $\varepsilon$ が大きいほど波長が短く=波数が大きくなる
トンネル現象†
上記のように、量子力学においては電子が自身のエネルギーよりも高いポテンシャル中にも存在できることを反映して、 「トンネル現象」あるいは「トンネル効果」と呼ばれる量子力学に特有の現象が生じる。
電子が図のように、自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁
$$ V(x)=\begin{cases} 0 &(x<0,a\le x)\\ V_0\ \ >\varepsilon &(0<x\le a)\\ \end{cases} $$
へ左から入射する場合を考えよう。
古典論ではこのような障壁は完全弾性障壁とみなせ、 入射方向と逆方向に入射時と同じ大きさの運動量を持って跳ね返される。
通常、量子論でも電子はエネルギー障壁に跳ね返される(反射する)。 しかし上でも見たとおり確率密度の一部は障壁の中へ染み込む。
染み込んだ障壁中で確率密度は距離とともに指数関数的に減衰し、 すぐに実質上ゼロと見なせる程度に小さくなる。 しかし数学的には障壁の右端でも完全には零とならず、 その成分はエネルギー障壁を通り抜けて進む電子を表す確率密度となる。
すなわち量子論においては、電子が 自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁を通り抜けて進む 確率が存在する。
あたかもエネルギー障壁にトンネルを空けてその中を電子が通るかのようであるという意味で、 この現象は「トンネル現象」と呼ばれる。
高く、厚い障壁の場合には、この確率は無視できるほど小さいが、 障壁が低く、薄い場合には観測可能なほどの透過確率が得られることもある。
現実の問題としては、わずかな間隙を挟んで平面的な金属電極が向かい合わされている状況が、 上図の状況に相当する。 電子にとって真空部分のポテンシャルエネルギーは金属内部のポテンシャルエネルギーよりも高く、 その部分がエネルギー障壁となる。 電極間距離が 1 nm 程度まで近づけば、十分に計測可能な程度の「トンネル電流」が計測される。
江崎玲於奈氏のノーベル賞受賞理由となったエサキダイオードは、このトンネル現象を利用した素子である。 通常、素子に印加する電圧を増やせばより大きな電流が流れるが、エサキダイオードでは電圧を増加すると むしろ電流が減る「負性微分抵抗」を示す特異的な素子である。 この負性微分抵抗が現れる理由は量子力学的なトンネル現象により説明される(この授業では詳細に立ち入らない)。
以下ではこのトンネル現象を時間を含まないシュレーディンガー方程式から理解する。
解くべき問題†
右下図の1次元箱型障壁に左から振幅1の平面波が入射した際の、反射、障壁への侵入、透過について調べるために、時間を含まないシュレーディンガー方程式を解いて「確率の流れを伴う定常解」を求めたい。
$$ \underbrace{\Big[-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x)\Big]}_{\hat H}\,\varphi(x)=\varepsilon\,\varphi(x) $$
この問題においてポテンシャルエネルギーは区分的に定数であるから、それぞれの領域($x<0$ と $0<x<a$ と $a<x$)における一般解はいずれも
$$ \varphi(x)=A e^{ikx}+B e^{-ikx} \hspace{5mm}\text{ただし}\hspace{2mm} k=\frac1\hbar\sqrt{2m(\varepsilon - V)} $$
である。ただ $0<x<a$ においては $k$ が虚数となるため $\kappa=\frac k i$ と置いて、
$$ \varphi(x)=A e^{\kappa x}+B e^{-\kappa x} \hspace{5mm}\text{ただし}\hspace{2mm} \kappa=\frac1\hbar\sqrt{2m(V - \varepsilon)} $$
となる。
- $e^{ik}$ : $x$ 軸の正方向へ進む平面波
- $e^{-ik}$ : $x$ 軸の負方向へ進む平面波
を考慮して、
入射波: $\varphi_I(x)=e^{ikx}$
反射波: $\varphi_R(x)=Re^{-ikx}$
透過波: $\varphi_T(x)=Te^{ikx}$
障壁内: $\varphi(x)=B_-e^{-\kappa x}+B_+e^{\kappa x}$
(I:incident, R:reflected, T:transmitted, B:in barrier)
とすると、これらはそれぞれ個別にシュレーディンガー方程式を満たす。
そこで系全体の波動関数を上記の波動関数をつなぎ合わせることで
$$ \varphi(x)=\begin{cases} \varphi_l(x)\ \equiv\varphi_I(x)+\varphi_R(x)&(x\le 0)\\ \varphi_m(x)\equiv\varphi_B(x)&(0<x\le a)\\ \varphi_r(x)\,\,\equiv\varphi_T(x)&(a<x)\\ \end{cases} $$
のように構成し、これが必要な境界条件を満たす解となるように各パラメータ、 特に $R,T$ を定めるのがここでの問題である。解をこのように置いた時点で、 $x=\pm\infty$ における境界条件が満たされていることを確認せよ。
シュレーディンガー方程式は線形なので、反射波、透過波の振幅は入射波の振幅に比例する。 上記のように入射波の振幅を1として問題を解いておけば、得られた解に実際の振幅をかけることで任意の入射波に対する解を容易に求められる。
$R,T$ より、
反射率:$S_R/S_I=\frac{\hbar k}{m}|R|^2/\,\frac{\hbar k}{m}|1|^2=|R|^2$
透過率:$S_T/S_I=\frac{\hbar k}{m}|T|^2/\,\frac{\hbar k}{m}|1|^2=|T|^2$
が求められる。
境界条件†
以下に見るように、$\varphi$ は $x=0,a$ で滑らかに接続しなければならないため、
$$\varphi_l(0)=\varphi_m(0)\ \ \ \ \varphi'_l(0)=\varphi'_m(0)$$
$$\varphi_m(a)=\varphi_r(a)\ \ \ \ \varphi'_m(a)=\varphi'_r(a)$$
が成り立つ。
$$\varphi_I(x)=e^{i(kx-\omega t)}$$
$$\varphi_R(x)=Re^{i(-kx-\omega t)}$$
$$\varphi_T(x)=Te^{i(kx-\omega t)}$$
$$\varphi_B(x)=B_-e^{-\kappa x-i\omega t}+B_+e^{\kappa x-i\omega t}$$
この4つの条件式から4つの未知数 $R,T,B_-,B_+$ を定めれば問題が解けたことになる。
波動関数の連続性†
ポテンシャルに有限の飛び(不連続性)がある点においても、波動関数はなめらかに接続しなければならない(一次微分まで連続でなければならない)ことは以前にも使った条件であるが、ここではこれを証明しておく。
シュレーディンガー方程式は $x$ に対する2階微分を含んでいるから、 $V(x)$ が連続である限り、波動関数は「$x$ で2階微分可能」になる。
$$\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}\varphi(x)=\Bigl[ V(x)-\varepsilon\Bigr]\varphi(x)$$
ただし、上記の箱型障壁の端点ように $V(x)$ が 不連続に変化する点 では、 この限りではない。このような点での波動関数の振る舞いを見るために、$V(x)$ が $a<x<b$ の範囲で連続に、しかし急峻に変化する状況を考察する。
この区間で時間を含まないシュレーディンガー方程式を積分すれば、
$$ \int_a^b\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}\varphi(x)+V(x)\varphi(x)-\varepsilon\varphi(x)\right)\,dx=0 $$
$$ \left[\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d}{dx}\varphi(x)\right]_a^b =\int_a^b\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)\,dx $$
$$ \begin{aligned} \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\varphi'(b)-\varphi'(a)\Big) &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\int_a^b\,dx\\ &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\cdot (b-a) \end{aligned} $$
ここkで、$\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}$ は区間 $[a,b]$ における $\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)$ の平均値である。
$V(x)$ が非常に急峻に変化しており、$a$ と $b$ を十分に近く取れる場合には $b-a=0$ とみなせるから、平均値が有限である限り
$$\varphi'(b)-\varphi'(a)=0$$
すなわち、$V(x)$ が不連続に変化する点を挟んで、$\varphi'(x)$ が連続であることが示される。
ただし、無限大の深さをもつ井戸型ポテンシャルの時のように不連続点の片側で $V(x)$ が $\pm\infty$ となる場合には、 右辺の平均値が有限とならないため、 $\varphi'(b)-\varphi'(a)$ の値も不定となる。
すなわち、そのような点では $\varphi'(x)$ は不連続になりうる。 実際、井戸型ポテンシャルでは境界で傾きが不連続に変化した。
境界条件から係数を求める†
上に示した境界条件に波動関数を代入すると、
(1) $e^{ik0}+Re^{-ik0}= B_-e^{-\kappa 0}+B_+e^{\kappa 0}$
(2) $ike^{ik0}-ikRe^{-ik0}=-\kappa B_-e^{-\kappa 0}+\kappa B_+e^{\kappa 0}$
(3) $B_-e^{-\kappa a}+B_+e^{\kappa a}= Te^{ik a}$
(4) $-\kappa B_-e^{-\kappa a}+\kappa B_+e^{\kappa a}= ikTe^{ika}$
となる。$\kappa/k=\lambda$ と置けば、
(1)' $1+R=B_-+B_+$
(2)' $1 - R=-i\lambda \big(- B_-+B_+)$
(3)' $B_-e^{-\kappa a}+B_+e^{\kappa a}=Te^{ik a}$
(4)' $i\lambda B_-e^{-\kappa a}-i\lambda B_+e^{\kappa a}= Te^{ik a}$
(1)'+ (2)' より、$2=(1+i\lambda)B_-+(1-i\lambda)B_+$
(3)'- (4)' より、$(1-i\lambda)e^{-\kappa a}B_-+(1+i\lambda)e^{\kappa a}B_+=0$
したがって、
$$B_-=-\frac{1+i\lambda}{1-i\lambda}e^{2\kappa a}B_+$$
$$2=\left[-\frac{(1+i\lambda)^2}{1-i\lambda}e^{2\kappa a}+(1-i\lambda)\right]B_+$$
$$ \begin{aligned} B_+&=\frac{2(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{(1-i\lambda)^2e^{-\kappa a}-(1+i\lambda)^2e^{\kappa a}}\\ &=\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{2i\lambda\cosh\kappa a+(1-\lambda^2)\sinh\kappa a} \equiv\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{X}\\ \end{aligned} $$
$$ B_-=\frac{(1+i\lambda)e^{\kappa a}}{X} $$
繰り返し現れるややこしい部分を $X$ と置いた。
(1)' より、
$$
\begin{aligned}
R&=B_-+B_+-1\\
&=\frac{2i\lambda\cosh\kappa a+2\sinh\kappa a}{X}-1\\
&=\frac{(1+\lambda^2)\sinh\kappa a}{X}
\end{aligned}
$$
(3)' より、
$$
T=\frac{(1+i\lambda)-(1-i\lambda)}{X}e^{-ika}=\frac{i2\lambda}{X}e^{-ika}
$$
流量†
反射率や透過率を評価するため、$|R|^2, |T|^2$ を求めたい。
$$ \begin{aligned} |X|^2&=4\lambda^2\cosh^2\kappa a+(1-\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a\\ &=4\lambda^2(1+\sinh^2\kappa a)+(1-\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a\\ &=4\lambda^2+\underbrace{(1+\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a}_{4\lambda^2Y^2\,\text{と置く}}\\ &\equiv 4\lambda^2(1+Y^2) \end{aligned} $$
$$ |R|^2=\frac{(1+\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a}{4\lambda^2(1+Y^2)}=\frac{\cancel{4\lambda^2}Y^2}{\cancel{4\lambda^2}(1+Y^2)}=\frac{Y^2}{1+Y^2} $$
$$ |T|^2=\frac{\cancel{4\lambda^2}}{\cancel{4\lambda^2}{(1+Y^2)}}=\frac{1}{1+Y^2} $$
であるから、$|R|^2+|T|^2=1$ を満たすことが分かる。ここで、
入射流量:$S_I=\mathrm{Re}\big[\varphi_I^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\partial}{\partial x}\underbrace{\varphi_I(x)}_{e^{ikx}}\big] =\frac{\hbar k}{m}$
反射流量:$S_R=\mathrm{Re}\left[\varphi_R^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\partial}{\partial x}\varphi_R(x)\right] =-\frac{\hbar k}{m}|R|^2$ 反射率:$|S_R/S_I|=|R|^2$
透過流量:$S_T=\mathrm{Re}\left[\varphi_T^*(x)\frac{\hbar}{im}\frac{\partial}{\partial x}\varphi_T(x)\right] =\frac{\hbar k}{m}|T|^2$ 透過率:$|S_T/S_I|=|T|^2$
であるから、$|R|^2+|T|^2=1$ は $S_R+S_T=S_I$ を表している。 反射した量と透過した量を加えると入射した量に等しくなるのは期待通りと言える。
トンネル確率†
反射・透過確率を求めるため $Y^2$ を評価しよう。
$$ \begin{aligned} Y^2&=\left(\frac{1+\lambda^2}{2\lambda}\right)^2\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{k^2+\kappa^2}{4k^2\kappa^2}\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{V_0^2}{4\varepsilon(V_0-\varepsilon)}\sinh^2\kappa a\\ \end{aligned} $$
$\sinh \kappa a$ は $\kappa a$ に対する単調増加関数であり、 壁が高く、厚い場合に相当する $\kappa a\gg 1$ の条件では、
$$\sinh \kappa a=\frac{e^{\kappa a}-e^{-\kappa a}}2\sim e^{\kappa a}/2\gg 1$$
このとき 透過確率 = トンネル確率は、
$$|T|^2\sim Y^{-2}=\frac{16\epsilon(V_0-\epsilon)}{V_0^2}\exp\left[-2a\sqrt{\frac{2m}{\hbar^2}(V_0-\varepsilon)}\right]$$
のように壁の厚さ $a$ と高さの平方根 $\sqrt{V_0-\varepsilon}$ の増加に対して指数関数的に減少する。
電子の質量: $9.10938291 \times 10^{-31}\,\mathrm{kg}$
素電荷: $1.60217657\times 10^{-19}\,\mathrm{C}$
ボルツマン定数: $6.62606957 \times 10^{-34}\,\text{m}^2\text{ kg / s}$
を入れれば、自身のエネルギーよりも $1\,\mathrm{eV}$ だけ高い障壁に対して、
$$ \begin{aligned} |T|^2&\propto e^{-a/A}\hspace{2cm}(A=0.39\,\mathrm{nm})\\ &=10^{-a/B}\hspace{1.8cm}(B=0.90\,\mathrm{nm}) \end{aligned} $$
すなわち、障壁厚さが $0.9\,\mathrm{nm}$ 増えると透過確率は $1/10$ になる。
これは $10\,\mathrm{nm}$ で $1/10^{11}$ 未満となることを意味するから、 トンネル確率はマクロスコピックには完全に無視できることが分かる。
波形†
波動関数の実部 $\mathrm{Re}[\varphi(x)]$ をグラフにした結果は下記の通りになる。 ここでは $\frac{\hbar^2}{2m}=1,k_I=1$ (すなわち $\varepsilon=1$)とした上で、 $V_0=1.1,a=5$ と置いた。
- $x<0$ では進行波(赤)と反射波(青)とが干渉し、定在波が立っている
- 障壁内部と外部の波動関数はなめらかにつながる
- 障壁内部では振幅が急激に減衰する
- 透過波は入射波と同じ波数、同じ周期を持つが、振幅が減少し位相がずれている
波動関数の振幅の二乗 $|\varphi(x)|^2$ は以下のようになる。障壁の左側では進行波と反射波の干渉を反映して振幅が波打つ。 障壁内では振幅が急速に減少し、右端で残った成分が透過波となる。
$1/\kappa$ よりも厚い障壁に対しては、透過率は障壁厚さに対して指数関数的に減少する。
電子波の干渉と定在波†
上では障壁の入射側に、入射波と反射波とが干渉して生じる定在波が生成されることを見た。
これと同様の原理で生じる電子密度の定在波は実際に顕微鏡で観測されている。
上の画像は "IBM Image Gallery" に掲載されていた走査トンネル顕微鏡画像である。
彼らは原子レベルで平坦に磨き上げた銅の表面に鉄原子をばらまいて、 それを針でつついて動かすことにより直径 12.4 nm の「囲い」を作成した。 この「囲い」は銅の表面近傍の電子に対して「エネルギー障壁」のように働くため、 囲いに入射する電子波は反射波と干渉し、その近傍で電子密度の定在波を生じる。 (定在波であるから時間的に波打ったりはしない)
走査トンネル顕微鏡は電子の存在確率密度を可視化できるため、 上のような画像が得られるのである。
質問・コメント†
質問†
匿名希望 ()
質問が2つあります。
一つ目は、入射波、反射波、透過波のエネルギーについての質問です。
subsection{エネルギー}の本文中に、「シュレディンガー方程式を満たすとき、入射波、反射波、透過波のエネルギーが等しくならなければならない。」とあります。これはなぜでしょうか?
また、この部分のシュレディンガー方程式ですが、プランク定数が抜けていないでしょうか?
2つ目は、運動量演算子に関する質問です。
先日、量子力学の教科書を読んでいて、感じた疑問なのですが、運動量演算子には$\frac{\hbar\nabla}{i}$と、$-\frac{\hbar\nabla}{i}$の定義があるのですか?
- 質問ありがとうございます。このページは書き直したいと思いつつそのままになっている部分があり、わかりにくくてすみません。 -- 武内(管理人)
- 「シュレディンガー方程式を満たすとき、入射波、反射波、透過波のエネルギーが等しくならなければならない。」については、(1) 全波動関数は「流れのある定常状態」の解と見なせますので、あるエネルギーに対する固有関数になります。(2) いずれも等しいエネルギーの固有関数である入射波、反射波、透過波の重ね合わせとして全波動関数を表せるとき、波動方程式の線形性から全波動関数もそのエネルギーに対する固有関数となるため、そのようにして境界条件を満たす全波動関数を求めようというのが上での方針です。 -- 武内(管理人)
- シュレディンガー方程式にプランク定数が抜けていたのはご指摘の通りでした。 -- 武内(管理人)
- 運動量演算子については、波動関数を $e^{i(\bm k\cdot \bm x-\omega t)}$ と置いたときに $\hbar\bm k$ が出てくるよう、$\hat{\bm p}=\hbar\bm\nabla/i$ と置くことが多いと思います。 -- 武内(管理人)
質問†
領域a ()
トンネル効果の問題で確率密度の話が出てきますが、電子の存在確率が反射するとはどういうことでしょうか?
壁から染み出すと波形が小さくなるとのことですが、透過した粒子は透過する前(元の粒子)と同じと言えるんですか?
- 「電子の存在確率が反射する」について:「存在確率が反射」ではなく「存在確率密度の流れが反射」と言った方が良いかもしれませんね。光の反射を思い浮かべれば理解しやすいと思います。平面波の入射波は例えば「平均すると1秒間に1010個の電子がやってくる(電流にすると約1.6 nA)」というような状況を表していて、例えばそのうち 1/10 にあたる 0.16 nA 分の電流が透過した先で、9/10 にあたる約 1.4 nA が反射した先で電流として検出される、というような意味になります。「存在確率密度」は、ただそこにあっても我々からは見えず、同様の状況を何回も作りだし、繰り返し測定して始めて実測された確率と比較することができます。どのように測定したときにどういう結果が現れるか、という視点で考えると良いのではないでしょうか。 -- 武内(管理人)
- 「同じと言えるかどうか」について:我々の日常の感覚からすると至極もっともな疑問ではあるのですが、「ある電子に印を付けておいて、後に検出された電子と同じであるかどうかを検証する」というような実験は不可能ですので、「実験事実により検証できない内容については議論しない」 という原則からすると「同じであるか」という問いは科学的ではないということになってしまいます。 多粒子系の量子力学 の単元でしっかりと学ぶことになりますが、現在の量子力学は 「同種粒子の不可弁別性(個々の電子を区別できない)」 を内包していると解釈されています。 -- 武内(管理人)
- もう少し感覚的な話をすると、実験事実として「障壁の左側に電子源があり、電子源から電子を送り込んだときのみ障壁の裏側で電子が観測される」という現象が見られたときに、電子源から出た電子が障壁をすり抜けて右側へ到達した、と解釈するか、電子源から出た電子がどこかで消えて、別の電子が右側で発生した、と解釈するか、の違いになりますね。「トンネル現象」という名前が受け入れられている事実からすると、多くの人は左から入ったのと同じ粒子が右側で観測されているのだろう、という意識を持っているのでしょうけれど、実際にそれを確かめる手段はありませんので、どちらが正しいかを議論しても仕方がありませんよ。という話になります。 -- 武内(管理人)
周期的ポテンシャル障壁の高調波の振る舞い†
伴 公伸 ()
ごく薄い壁の厚さしかない周期的ポテンシャル障壁において高調波の透過とそれら高調波の位相が各界面でどのようになるか、興味があります。
教えてください。masanobuban@m.ieice.org
- 申し訳ないのですがご質問はこの量子力学の授業の範囲を超えていて、すぐに適切な答えを用意できません。想定されている状況はどちらかというと固体物理学で扱われる内容に近いように思います。「クローニッヒ・ペニーの模型」 の設定を少し変えることでそのような状況を適切に記述できそうに思います。ネット上にもいろいろと解説があるようですので参考になれば良いのですが。。。 -- 武内(管理人)
添付ファイル: corral_top.gif 1023件 [詳細] transmission-vs-width.png 1935件 [詳細] tunnel.png 1988件 [詳細] tunnel.gif 2245件 [詳細] no-tunnel.png 2315件 [詳細] tunneling-waves.png 2068件 [詳細] potential-step.png 1712件 [詳細]