量子力学Ⅰ/球面調和関数 の履歴(No.24)
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目次†
球面調和関数 $Y^m_l(\theta,\phi)$:角運動量の固有関数†
球面調和関数(球関数)が全角運動量および 方向の角運動量の固有関数となることと、その性質について学ぶ。
の方程式
&math(\Big[\sin\theta \frac{\PD}{\PD \theta} \Big(\sin\theta\frac{\PD}{\PD \theta}\Big)+l(l+1) \sin^2\theta\Big]\Theta(\theta)=m^2\Theta(\theta));
は、 が
の範囲の整数になるときのみ解を持ち、その固有関数はルジャンドルの陪関数を用いて表わせる。
ただし、 はルジャンドルの多項式で、
によって与えられる。これらを用いた
&math( Y_l^m(\theta,\phi)= \underbrace{\rule[-15pt]{0pt}{0pt}(-1)^{(m+|m|)/2}\sqrt{\frac{2l+1}{2}\frac{(l-|m|)!}{(l+|m|)!}}P_l^{|m|}(\cos\theta)}_{\displaystyle \Theta_l{}^m(\theta)} \underbrace{\rule[-15pt]{0pt}{0pt}\frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{im\phi}}_{\displaystyle\Phi_m(\phi)} );
は、
&math( \int_0^\pi \Theta_l^m(\theta)^*\Theta_{l'}^m(\theta)\,\sin\theta d\theta=\delta_{ll'} );
&math( \int_0^{2\pi}\Phi_m(\phi)^*\Phi_{m'}(\phi) d\phi=\delta_{mm'} );
を満たす正規直交完全な固有関数となり、この関数を 球面調和関数 と呼ぶ。*1ここでは符号を に含めたが、符号を に含めても、両者で分け合っても、正規直交条件を満たすことはできる
・・・ |
ルジャンドル多項式は、 を、内積 の下で正規直交化して得られる関数系であった。→ 線形代数II/関数空間#obfa5335
において、 はルジャンドル多項式で表されるが、
&math( (\Theta_l^0,\Theta_{l'}^0)\propto\int_0^\pi P_l^*(\cos\theta)P_{l'}(\cos\theta)\sin\theta\,d\theta &=\int_1^{-1} P_l^*(\cos\theta)P_{l'}(\cos\theta)\,d(\cos\theta) );
となることから、 の直交性はルジャンドル多項式の直交性から直接導かれることに注意せよ。
特徴†
- と の 次同次関数になっている ( などとなることに注意せよ)
- &math( (-1)^{(m-|m|)/2}=\begin{cases}
- 1\hspace{0.5cm}&m\le 0\\ (-1)^{m}\hspace{0.5cm}&0<m \end{cases} \ \ =\begin{cases}
- 1\hspace{0.5cm}&m\,が偶数\\
- \mathrm{sgn}(m)\hspace{0.5cm}&m\,が奇数 \end{cases} );
形状†
方向別に原点から の距離の点を結ぶ曲面をプロットした。 色は複素数としての位相 を表しており、黄色が+1、青が-1に対応する。
- は実数関数である
- は位相を回転させるだけで大きさを変えない
- そのため絶対値のプロットは 軸を中心とする回転体となり、また、 と は同じ形になる
- 位相 (
で決まる) は
- が一周する間に 回だけ回転する。回転数=振動数なので、振動数が多いことはそのまま、 周りの角運動量が大きいことに対応する。
- と とは 平面に対して対称になる
- 形状 (
で決まる) は
- 方向は隣り合う突出部で符号が反転することから、位相も反転する
-
が等しいもの(上図で縦に並んだもの)について形状が似ている
- 後に見るとおり、これらは互いに が等しい状態である
- 方向には 個の突出部が見られる。突出部の数=振動数なので、振動数が高いことはそのまま、 軸や 軸周りの角運動量が大きいことに対応する。
- 同じ縦列では、 が大きくなるほど扁平になり、半径も大きくなる。 が大きくなるため遠心力により引き延ばされている。
$x,y,z$ との関係†
は位相成分 を含むため、 に対しては必然的に複素関数となる。
一方、 を作れば、
であり(ただし、複合の順序は両辺で必ずしも一致しない)、係数を適当に選ぶと全体を実数関数にできる。
以下に例を挙げる:
$p\ (l=1)$ 状態†
&math(\begin{array}{lll}
- (Y_1{}^{1}-Y_1{}^{-1}) &\propto \sin\theta\cos\phi&\propto x/r\\ i(Y_1{}^{1}+Y_1{}^{-1})&\propto \sin\theta\sin\phi&\propto y/r\\ Y_1{}^0 &\propto \cos\theta&\propto z/r\\ \end{array} );
であるから、これらの軌道は と呼ばれる。
$d\ (l=2)$ 状態†
&math( \begin{array}{lll}
- i(Y_2{}^{2}-Y_2{}^{-2})&\propto \sin^2\theta\sin 2\phi&\propto xy/r^2\\ i(Y_2{}^{1}+Y_2{}^{-1})&\propto \sin\theta\cos\theta\sin\phi&\propto yz/r^2\\
- (Y_2{}^{1}-Y_2{}^{-1}) &\propto \sin\theta\cos\theta\cos\phi&\propto zx/r^2\\ (Y_2{}^{2}+Y_2{}^{-2}) &\propto \sin^2\theta\cos 2\phi&\propto (x^2-y^2)/r^2\\ Y_2{}^{0} &\propto 3\cos^2\theta-1&\propto (3z^2-r^2)/r^2 \end{array} );
であるから、これらの軌道は などと呼ばれる。
同様に、
などとも表せる。
実関数表示†
以下に をプロットした。( についてはそのまま をプロットした)
と は互いに直交するため、これらの関数も正規直交系をなす
実際にこれらをキレイな形の実関数とするためには符号に注意する必要があり、正確な表示は次のようになる。
&math( \Psi_l^m=\begin{cases} i\Big\{(-1)^{|m|}Y_l^{|m|}-Y_l^{-|m|}\Big\}/\sqrt 2\hspace{4mm}&(m<0)\hspace{5mm}\propto\ \sin m\phi\\ \hspace{1cm}Y_l^0&(m=0)\hspace{4mm}\propto \ \ \ 1\\ \Big\{(-1)^{|m|}Y_l^{|m|}+Y_l^{-|m|}\Big\}/\sqrt 2&(m>0)\hspace{4mm}\propto\ \cos m\phi\end{cases} );
これらの関数は、 の状態と の状態とを等しい重みで重ね合わせたものであるので、 となる。当然これらは の固有状態ではなく、 の値は等確率で のどちらかの値を取ることになる。
隣り合う突出部では波動関数の符号が反転しているが、節をまたぐと符号が反転する理由は下図を参照せよ。
$z$ の特殊性†
球面調和関数は および の同時固有関数となるように取られているため、 表式の上では が特殊な方向となっている。しかし、
&math( \begin{array}{lll} p_x:\ \Psi_1{}^1\hspace{2.3mm}=(-Y_1{}^{1}+Y_1{}^{-1})/\sqrt{2} &\propto \sin\theta\cos\phi&\propto x/r\\ p_y:\ \Psi_1{}^{-1}=i(Y_1{}^{1}+Y_1{}^{-1})/\sqrt{2}&\propto \sin\theta\sin\phi&\propto y/r\\ p_z:\ \Psi_1{}^0\hspace{2.3mm}=Y_1{}^0 &\propto \cos\theta&\propto z/r\\ \end{array} );
のようにして作った が と異なる方向を向いているものの、まったく同じ形になることからも分かるとおり、 中心力に対するシュレーディンガー方程式自体は当然等方的であり、その解も 方向を特別な方向としているわけではない。
実際、ある特定の に対する 個の関数 を用いることで、 となる任意の関数をこれらの線形結合(重ね合わせ)で表現できる。
言い換えると、 の固有値 の固有空間は 次元であり、 はその空間に取った正規直交完全系である。
この正規直交完全系のそれぞれが の固有関数であるように選んだために が特殊な方向になったのである。
このことを示すように、同じ に属する 個の固有関数の確率密度をすべて足し合わせてしまえば、次のように球対称な定数関数が得られる。これは、仮想的に全ての に1つずつ電子が入るなら、その電荷密度は空間的に等方的に分布することを示している。
演習:$m$ に関する漸化式†
より、
一方、 を に変換するには、先に導入した演算子
が役に立つ。 具体的には に対する次の漸化式が成り立つ。
&math( \begin{cases} \,\hat l_+\,Y_l{}^{m}(\theta,\phi)=\hbar\sqrt{(l-m)(l+m+1)}\,Y_l{}^{m+1}(\theta,\phi)\\ \,\hat l_-\,Y_l{}^{m}(\theta,\phi)=\hbar\sqrt{(l+m)(l-m+1)}\,Y_l{}^{m-1}(\theta,\phi)\\ \end{cases} );
すなわち、 は量子数 を1だけ増やす/減らす演算子になっている。
(1) の は の範囲に入らなければならなかった。 のとき、さらに1だけ を増やそう/減らそうとすると何が起きるか? 上記の漸化式を元に確かめよ。
(2) は の固有関数でも、 の固有関数でもないが、 や の固有関数になっている。 その固有値を求めよ。
(3) となることを確かめよ
(4) (2),(3) の結果を用いて を示せ。
解説†
(4) より、 は および の固有関数であると共に、 の固有関数でもある。(ただし、 や の固有関数ではない)
このことは、次のように書き表してみると明らかである。
&math( \underbrace{\hat l^2}_{\hbar^2l(l+1)}Y_l{}^m= (\underbrace{\hat l_x^2+\hat l_y^2}_{\hbar^2(l^2+l-m^2)}+ \underbrace{\hat l_z^2}_{\hbar^2m^2})Y_l{}^m );
すなわち、上記 (4) の結果は と とから直接導けるものである。
この関係を図形的に理解しよう。
たとえば に対応する f 状態では であるから、 対応する角運動量ベクトル は半径 の球面上にある。
この状態に対してある方向の角運動量成分 は と同時に確定値を取ることができて、その値は に対応する 個の値を取りうる。
例えば の状態に対しては であり、 球面調和関数の一般系から を導ける。 このとき、 であるから、 についてはその二乗の和が分かるだけであり、それぞれの値は完全に不定である。
すなわち、 は左図に示した紫の円錐上にあることになる。
他の についてもそのような円錐を考えることができ、その方向は中図に示したようになる。
これは角運動量ベクトルの成分を確定した方向(ここでは 軸)と、 実際に角運動量ベクトルが向く方向との間の角度、 すなわち方位が 通りに決まると言ってもよい。 そこで は方位量子数あるいは軌道(角運動量)量子数と呼ばれる。
一方、 はある方向への磁化を決める量であるため、(軌道)磁気量子数と呼ばれる(荷電粒子である電子の磁気モーメントは角運動量に比例するため)。
方位量子数という名前について†
「方位量子数」は英語で Azimuthal Quantum Number といい、Azimuth の語を方位と訳したのがこの名前だ。
通常 Azimuth とは角度 のことを表すので、この名前はむしろ にこそふさわしい感じがして、紛らわしいのだが、どうやらこの命名は歴史的経緯によるものであるらしい。
この量子数を導入したアルノルト・ゾンマーフェルトも始めは Azimuth を 軸周りの角度の意味で使っていたのであるが、後に「軌道面上で測った角度」の意味で使い始め、 結果的に Azimuthal Quantum Number が「軌道面に垂直な軸周りの角運動量」すなわち「全軌道角運動量」 を表す量子数を指すようになったらしい。*2https://hsm.stackexchange.com/... を鵜呑みにした解説なのだけれど、、、信憑性は高そう?
非常に紛らわしいので、特に国内では「軌道(角運動量)量子数」との呼び方が一般的になりつつある。
質問・コメント†
*1 ここでは符号を に含めたが、符号を に含めても、両者で分け合っても、正規直交条件を満たすことはできる
*2 https://hsm.stackexchange.com/questions/7107/why-is-the-azimuthal-quantum-number-so-named を鵜呑みにした解説なのだけれど、、、信憑性は高そう?