量子力学Ⅰ/水素原子 の履歴(No.28)
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概要†
水素様ポテンシャル内での電子の運動を考える。
水素原子†
水素原子の原子核の電荷は であるが、 ここでは少し一般化して電荷を として解こう。 また、原子核の質量は電子の質量に比べてずっと大きいので、 原子核は原点で静止していると考える。*1正確に解くのであれば、電子の位置を表すのに核と電子の重心を原点とする相対座標を用い、さらに を換算質量で置き換えればよい。このとき問題の本質は変わらない。
エネルギーを表す と区別するために、真空の誘電率を と書いていることに注意せよ。
まず、長さを無次元化するため
と置く。ただし はボーア半径と呼ばれる。
後に見るように つまり水素原子の基底状態は となるから、 は水素の大きさ程度の長さである。
これを用いて と書くと動径方向の方程式は、
&math( \frac{\PD^2\chi}{\PD\rho^2}+\left\{\frac{2}{\rho}-\frac{l(l+1)}{\rho^2}\right\}\chi+\eta\chi=0 );
のように単純化できる。
ここで、 であり、後に見るように は系の基底状態のエネルギーとなる。
ポテンシャルエネルギーが 倍になると、より強い引力により のように電子と原子核の距離は 倍になり、それに伴い系のエネルギーは 倍になる。
調和振動子の時と同様に と置いて方程式に代入し、係数 に対する条件を検討することにより、
(ただし は の整数)
となるときのみ解が存在することを示せる。→ 詳しくはこちら
このとき、
と表わせ、系のエネルギーは にはよらず だけで決まる。
- 磁気量子数
- 角運動量量子数(方位量子数)
- 主量子数 ← new!
以前にも見た通り $m$ に対してエネルギー順位が縮退しているのは中心力に共通の性質であるが、 $l$ に対する縮退はクーロンポテンシャルに特有のものである。 先に見たように は全軌道角運動量を表わすから、 が大きくなれば運動エネルギーが大きくなると共に遠心力によって回転半径が大きくなり、ポテンシャルエネルギーも増加するはずである。 それなのに異なる を持つ状態のエネルギーが縮退している理由は $n$ ではなく $n-l$ が動径方向の振動振幅を表す量子数となっているためであり、同じ $n$ で比較すると $l$ が大きくなるとともに動径方向の振動が小さくなるためであり、クーロンポテンシャルでは $l$ によるエネルギー増加と $n-l$ によるエネルギー減少がたまたま完全に打ち消すことから $l$ に対する縮退が現れるのである。この点については下でさらに詳しく考察する。
ポテンシャル形状がクーロン相互作用と少しでも違えばこの縮退は解け、 異なる に属する状態は異なるエネルギーを持つようになる。
n | l | m | 名称 | 縮退度(水素) | 縮退度(一般) |
1 | 0 | 0 | 1s | 1 | 1 |
2 | 0 | 0 | 2s | 4 | 1 |
1 | -1,0,1 | 2p | 3 | ||
3 | 0 | 0 | 3s | 9 | 1 |
1 | -1,0,1 | 3p | 3 | ||
2 | -2,-1,0,1,2 | 3d | 5 | ||
4 | 0 | 0 | 4s | 16 | 1 |
1 | -1,0,1 | 4p | 3 | ||
2 | -2,-1,0,1,2 | 4d | 5 | ||
3 | -3,-2,-1,0,1,2,3 | 4f | 7 |
水素原子ではほぼ完全なクーロンポテンシャルを考えれば良いが、 電子を複数持つヘリウム以上の原子では、1つの電子は原子核からのポテンシャルの他に 他の電子からのポテンシャルも感じながら運動する。 他の電子からのポテンシャルは原子核からのポテンシャルを遮蔽するよう働くため、 純粋なクーロンポテンシャルよりも早く減衰することになる。 こうして に対する縮退が解け、 現実の原子では の異なる電子軌道は異なるエネルギーを持つ。
一方、量子数 はそもそも方程式に現れないため、 のみが異なる 個の状態は ポテンシャルエネルギーが中心対称である限り、その具体的な形状によらず縮退している。 物理的には、エネルギーは回転速度(= 各運動量の大きさ )によって変化しうるが、 回転軸の方向(= で決まる)には寄らないということであり、 これは系が等方的(= 中心対象)であることに対応する。
正規化条件†
で表した正規直交性は、
&math( \int_0^\infty \big\{rR'(r)\big\}^*\big\{rR(r)\big\}\,dr &=\int_0^\infty {\chi'\big(\rho(r)\big)}^*\chi\big(\rho(r)\big)\,dr\\ &=\frac{a_0}{Z}\int_0^\infty {\chi'(\rho)}^*\chi(\rho)\,d\rho\\ &=\int_0^\infty \Big\{\sqrt{\frac{a_0}{Z}}\chi'(\rho)\Big\}^*\Big\{\sqrt{\frac{a_0}{Z}}\chi(\rho)\Big\}\,d\rho\\ &=0\ \text{or}\ 1);
となる。
具体的な解の形†
$n$ は $l$ より大きな整数でなくてはならないから、逆に1つ $n$ を決めると $l$ は $n>l$ を満たすことになる。
のとき、
であれば
のとき、
であれば
であれば
のとき、
であれば
であれば
であれば
のとき、
であれば
であれば
であれば
であれば
体積あたりの確率密度†
は、
$$\begin{aligned} R_n{}^l(r)&=\Big[r\,の\,n-1\,次多項式\Big]e^{-Zr/na_0}\\ &=r^l\Big[r\,の\,n-1-l\,次多項式\Big]e^{-Zr/na_0}\\ \end{aligned}$$
の形をしており、
- $r=0$ が $l$ 重根
- $r>0$ に残りの $n-1-l$ 個の根を持つ
したがって、 のグラフは下図左のようになる。(普通に表示すると非常に見にくいので、縦軸は $s$ 状態は $r=a_0$ の値で、それ以外は最大値で規格化した。$s$ 状態は $r=0$ で大きな値を取るが、上記の通り有限であり、発散するわけではない。)
この $|R(r)|^2$ は体積あたりの電子の確率密度に比例する。 体積あたりの確率密度は常に原点あるいは原点に一番近い山において最大値を取ることが分かる。
半径あたりの確率密度†
一方、電子がどのくらいの半径の箇所に高確率で見いだせるか、 を考る場合には、その確率分布は である(動径分布関数と呼ばれる)。
これは、半径 から の範囲に粒子を見出す確率を計算すると、
&math( &\int_r^{r+dr} r^2dr\int_0^\pi\sin\theta\,d\theta\int_0^{2\pi}d\phi\,|\varphi(r,\theta,\phi)|^2\\ &=\int_r^{r+dr} |R(r)|^2 r^2dr\underbrace{\int_0^\pi|\Theta(\theta)|^2\sin\theta\,d\theta}_{=\,1}\underbrace{\int_0^{2\pi}|\Phi(\phi)|^2d\phi}_{=\,1}\\[-3mm] &=|rR(r)|^2\,dr\\ );
となることにより確認できる。
動径方向のシュレーディンガー方程式が、 の方程式ではなく、 の方程式となっていたのは、動径分布関数が であることに対応していたのである。 すなわち、$R(r)$ ではなく $rR(r)$ こそが動径方向の「一次元波動関数」としての役割を持つ。
が常に原点付近で最大値を取るのに対して、 は原点から最も遠い 個目の根の外側の部分で最大値を取ることが分かる。
量子数 $n$ の意味†
例えば $2s$ と $2p$ について $|rR|^2$ のグラフを比較すると、$2p$ の方が内側に寄っている。
角運動量が大きければ遠心力で外へ寄るはずなのに、なぜだろうか?
→ 実は、同じ $n$ で比較することに無理がある。
$r$ を変数とする波動関数に「山」の数が多い(波数が大きい)ことは、動径方向の運動量が大きいことに対応する。
- 一山:$1s$, $2p$, $3d$, $4f$, ...
- 二山:$2s$, $3p$, $4d$, ...
- ...
そこで、山の数が同じもの($r$ 方向の運動量が近いもの)同士で比べれば、$l$ が大きくなるほど外側へシフトする、という期待通りの結果になっている。 同様に、同じ角運動量を持つ状態同士を比べれば、$r$ 方向の運動量が大きくなるに伴い、$r$ 方向の「振幅」が大きくなるために軌道は原子核から遠ざかり、クーロンエネルギーも大きくなることが分かる。
すなわち、基底状態($1s$)から、
- $r$ 方向の運動量を1単位増やしたのが $2s$ 軌道
- 角運動量を1単位増やしたのが $2p$ 軌道
- $r$ 方向を2単位増やしたのが $3s$ 軌道
- $r$ 方向を1単位、角運動量を1単位増やしたのが $3p$ 軌道
- 角運動量を2単位増やしたのが $3d$ 軌道
- ...
などとなっていて、クーロンポテンシャルに対してはたまたま $r$ 方向の運動量に対するエネルギー増加と角運動量に対するエネルギー増加が等しいため、 $n$ の等しい順位が縮退しているのだ。
ここで、量子数の付け方には任意性があることに注意せよ。
例えば $n'=n-l$ と定義すれば、$n'$ は $r$ 方向の運動量に対応する量になるから、この $n'$ を量子数としても形式上は問題ないし、むしろ物理的には分かりやすい。
- $n=n'+l$: 全エネルギーを表す量子数($n>l$)
- $n'=n-l$: 動径方向の運動量の大きさを表す量子数(n'\ge 1)
- $l$: 全角運動量の大きさを表す量子数($l\ge m$)
- $l'=l-m$: $x$ 軸周りの角運動量と $y$ 軸周りの角運動量とを加えた大きさを表す量子数($l'>0$)
- $m$: $z$ 軸周りの角運動量を表す量子数($m>0$)
歴史的経緯のため原子核周りの電子軌道を議論する際には常に が量子数として用いられるが、 今後見るとおり原子核周りの電子軌道以外の系では $n$ でなく $n'$ を量子数と取ることも普通に行われる。 混乱しないように。
クーロンポテンシャルでない場合†
量子力学Ⅰ/球対称井戸型ポテンシャル で見るように、 球形の井戸型ポテンシャルに対しては、 に比べて、 に対するエネルギーの増加が小さくなり、 に対する縮退が解ける。
これは、クーロンポテンシャルでは すなわち角運動量の増加による遠心力のために軌道が原点から遠くへ移動すると、クーロンポテンシャルによるエネルギー増加があったが、箱型ポテンシャルにおいては角運動量の増加は運動エネルギーの増加としてしか寄与しないためである。
量子力学Ⅰ/3次元調和振動子 で見るように、調和振動子ポテンシャルでは の増加は、 の増加の2倍のエネルギーの増加を伴うため、 やはり に対する縮退が解ける。
代わりに が等しい、すなわち が等しい状態が縮退することになる。
演習:半径に対する確率密度†
半径 を を単位に測った場合、 は次のように表せる。
&math( R_{2s}(r)=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(1-r/2\right)e^{-r/2} );
(1) が極値を取る の値を求めよ。
(2) (1) で求めた
に対して実際に極値を求め、
が最大値を取る
の値を求めよ。
ただしここでは
の近似で評価すれば十分である。
(3) の期待値を求めよ。 を用いてよい。
解説†
通常のスケールでは、最大値を取る は
一方、
であり、両者はぴったり一致するわけではないが近い値を取ることが分かる。
質問・コメント†
半径あたりの確率密度、量子数$n$の意味、$\chi$ に関する方程式 の部分について†
()
内容とは関係ありませんが、量子数$n$の意味の小見出しとメモの$\chi$ に関する方程式の部分がうまく変換されていませんでした。また、半径あたりの確率密度のセクション内にもうまく変換されていない部分がありました。
- 数式表示に使っていた mathjax というライブラリが動かなくなっていました。表示速度の問題もありますので、順次 katex に置き換えようと思います。 -- 武内(管理人)