線形代数II/抽象線形空間 の履歴(No.5)
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「線形代数学」の意味†
1年生の線形代数Iにおいて、「線形」の意味を教わった。
関数 が線形とは が成り立つこと
では「代数学」とは何だろうか?
小学生から大学1年生まで、様々な「数」を学んだ。
- 自然数 = 加算・乗算について閉じている
- 整数 = 減算についても閉じている
- 有理数 = 除算について「ほぼ」閉じている (ゼロは例外)
- 実数 = 収束する有理数列の極限演算について閉じている
- 複素数 = 負数の開根操作について閉じている
知っての通り であり、これまでの数学では新しい「演算」の導入により「数の集合」を拡大する方向で学んできた。
- 解析学は主に の上(あるいは の上)で 極限や微積分を扱う数学である
代数学は
の系列から外れて、
例えば、
乗算は定義されるが加算は定義されない数の集合
などというように、「何らかの演算」が定義された「数の集合」を定め、 そこに現れる「構造」を研究する学問である。
これから学ぶ「ベクトル」も上で言う「数」の一員である。
代数学的構造の例: 群†
ある「数」の集合
には演算
が定義され、
は
について「閉じている」ものとする。
すなわち
である。
さらにこの演算が次の性質を持つ時、
- 結合法則 を満たす
- には単位元 が存在して、任意の に対して を満たす
- 任意の に対して、対応する「逆元」 が存在し、 を満たす
この時、 は演算 について「群」を為す、と呼ばれる。 あるいは簡単に、 は群である、とも。
群の例†
一見すると、 を有理数 、 を通常の乗算 と考えれば 「群の公理」を満たしそうに思えるが、 が逆元を持たないため、 有理数 は乗算 に対して群とはならない。
を有理数 からゼロを除いた集合 、 を通常の乗算 、単位元を とすれば、この集合は群を為す。
また、 を整数 、 を通常の加算 、単位元を と考えると、この場合も上記3つすべての条件を満たし、群を為す。
また、 をゼロ以上の の倍数 、 を通常の加算 、単位元を と考えると、この場合も上記3つすべての条件を満たし、群を為す。
群の要素数が有限である場合もある。
自明な群: に対して、 と定義すれば、 は群である。
に対して、演算 を
* | a | b | c |
a | a | b | c |
b | b | c | a |
c | c | a | b |
と定義すれば、
は群である。
ただし上の表は、左に書かれた数と上に書かれた数との
の演算結果を示した物である。
もし表が、
* | a | b | c |
a | a | b | c |
b | b | c | b |
c | c | b | a |
であれば、 となって、群ではなくなる。
「群」の定義は上記の通り非常に単純であるが、
その数学的構造は非常に奥深く、群論だけで数学の1分野となる。
応用理工では結晶学や分子振動における点群や、ゲージ理論などにおける対称性に関する議論に重要な応用がある。
その他の代数的構造†
- 半群 = 群の公理から 2., 3. を除いて 1. のみを公理とする
- 群 = 上記
- 可換群 = 群の公理に交換律 を加える
- 環 = 2つの演算 を持ち、 に対して可換群、 に対して半群であり、分配法則 が成立する
- 体 = 環でありかつ に対しても、可換で、単位元を持ち、0 以外に対して逆元を持つ
これ以外にも数多くの代数的構造が研究されている。
以上のように、代数的構造は「数の集合」と「そこで定義される演算」の組み合わせに対して定義される。
例えば 有理数
や実数
、複素数
は
に対して可換群であり、
に対しても 0 を除いて可換群である。
したがって上記の定義より、
はこれらの演算に対して 体 を為す。
そこでしばしば「有理体」などとも呼ばれる。
代数的構造の意味†
「代数的構造」の優れた点は数学的に類似の構造を持つ対象を抜き出して、 それらをまとめて議論できる点にある。
「類似点」を公理の形で記し、公理のみを基に定理を導くことにより、 実際に適用される対象に依存せず、その対象の性質のみから結論を導ける。
線形空間 (あるいは ベクトル空間)†
「線形空間」は 線形代数I で学んだ数ベクトルに類似した「代数的構造」を表わす概念。
定義は次の通り。
まず、ある既知の「体」
を想定する。
この授業では は実数 あるいは 複素数 に取られるが、加減乗除が可能であれば他の体でも良い。
- 線形空間
は集合であり、その元をベクトルと呼ぶ
すなわち、 の時 はベクトル - 2つのベクトルの間に「和」が定義され、
はベクトルの和に対して閉じている
すなわち、任意の に対して -
の元とベクトルとの間に「スカラー倍」が定義され、
はスカラー倍に対して閉じている
すなわち、任意の 任意の に対して
さらに、これらの「和」と「スカラー倍」に対して次の公理が成立する。
- 任意の について → ベクトルの和に対する結合律
- ある があって、任意の について → ゼロ元の存在
- 任意の について → ベクトルの和に対する交換律
- について、任意の について、 → スカラーの単位元
- 任意の 、任意の について、 → 分配法則(1)
- 任意の 、任意の について、 → 分配法則(2)
線形空間の例†
ある自然数 を1つ決めたとき、「 次元数ベクトル 」がこれらの公理を満たすことはほぼ自明である。→ たとえば は線形空間である
逆に、これらの公理を満たす集合 を考えた時に、その構造がどこまで と似てくるかを考えるのが以下の目標となる。
は に定義される和と実数倍に対して線形空間となる。
は、自然に定義される和と実数倍に対して線形空間となる。
は、自然に定義される和と実数倍に対して線形空間となる。
線形空間の公理の使い方†
ベクトルの差†
上の線形空間の定義にはベクトルの和は定義されているが、差は定義されていない。
そこで、ベクトルの差を と定義する。
問:任意の
に対して
を満たすことを証明せよ。
答:
一次独立・従属†
に対して、 から を導けるとき、 は 一次独立であると言う。
が一次独立では無いとき、一次従属であると言う。
問:実数を係数とする3次以下の
の多項式を考える →
は線形独立か?
答:
とすると、
すなわち、
となり、これを満たす
は
しか存在しない。
したがって、線形独立である。
同型†
実数を係数とする3次以下の の多項式 | 3次実数ベクトル |
&math(V=\set{ax^3+bx+c\ | a,b,c\in \mathbb R}); | &math(\mathbb R^3=\set{(a,b,c)\ | a,b,c\in \mathbb R}); |
すごく似ている。
こういう時、 と は「同型である」、と言う。
以下で同型を定義する。
は線形空間
から
への写像であるとする。
すなわち
は、任意の
に対して、ただ1つの
を
として定める。
が次の2つの条件を満たすとき、 は線形である、と言う。
ここで、
左辺の和やスカラー倍が
で定義された演算であるのに対して、
右辺の和やスカラー倍は
で定義された演算であることに注意せよ。
(すなわち と は同じスカラーの上に定義されている)
上の例で言えば、
は の線形写像である。
1対1写像(単写)†
も の線形写像である、 が、 となる。
このように、一般の線形写像では異なるベクトルが同じ値に移される場合がある。
であれば必ず であるとき、 は1対1写像である、あるいは、単写である、と言う。
1対nはそもそも写像ではないが、n対1になっていないことを示している。
上への写像(全写)†
任意の に対して、そこに移ってくる の元が存在する時、 上への写像、あるいは、全写であるという。
例えば、
は
への全写であるが、
は
への全写ではない。
上への1対1写像(全単写)†
単写かつ全写であることを言う。
このとき、「逆写像」が定義できる。
- 1対1でないと、ある に複数の が対応してしまう
- 上への写像でないと、ある に対応する が存在しない場合がある
同型†
と
との間に上への1対1写像
が存在する時、
と
は同型であるといい、
と書く。
またこのとき、 を同型写像と呼ぶ。
これは上で述べた2つの写像が「似ている」ことを数学的に表わした物。
同型写像によって、2つの空間はすべて1対1に対応することになる。
とか、
とかも同型写像になる。
同型である2つの線形空間の間の同型写像は一意には決まらないことに注意が必要。
線形空間の「同型」は同値関係の公理を満たす。すなわち、
- : 反射律
- : 対称律
- : 推移律