一次元箱形障壁のトンネル の履歴(No.8)
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- 量子力学Ⅰ/一次元箱形障壁のトンネル へ行く。
電子のエネルギーとポテンシャルエネルギー†
電子のエネルギーはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの和であるから、次式が成り立つ。
このため古典力学においては、常に
(1) (電子のエネルギー) > (ポテンシャルエネルギー)
が成り立った。
一方、量子力学では
(2) (電子のエネルギー) < (ポテンシャルエネルギー)
となる領域にも有限の確率密度を取り得ることを見てきた。
と書きなおせば分かるとおり、
であり、(1) では √ 内部が正であるが、(2) では負である。つまり、
(1) では運動エネルギーは正である。これは数学的には運動量が実数であるためである。
(2) では運動エネルギーは負である。すなわち運動量は虚数になる。
これらに対応して、(1) に対応する位置においては波数 は実数であり、
は振動する解を与える。 はポテンシャルエネルギーの関数であるから、場所によって波長も異なる。
一方、(2) に対応する位置においては波数 は虚数であるから、
と置けば、
となり、指数関数的に減衰する/増加する解を与える。
次は調和振動子に対する波動関数を図示したものである(左が 右は )。 上記の関係をこの図にあてはめて理解せよ。
特徴:
- 二次曲線は であり、古典的な調和振動子ではこの外には出られない
- 量子力学的な解は外側にも少しはみ出している
- の領域では振動する
- では指数関数的に減衰する
- に比べて が大きいほど波長が短く=波数が大きくなる
- に比べて が小さいほど早く減衰する
トンネル現象†
量子力学においては、電子が自身のエネルギーよりも高いポテンシャル中にも存在できるため、 「トンネル現象」と呼ばれる量子力学に特有の現象が生じる。
図のように、電子が自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁
&math( V(x)=\begin{cases} 0 &(x<0,a\le x)\\ V_0\ \ >\varepsilon &(0<x\le a)\\ \end{cases} );
へ左から入射する場合を考えよう。
古典論ではこのような障壁は完全弾性障壁とみなせ、 入射方向と逆方向に入射時と同じ大きさの運動量を持って跳ね返される。
古典論でも電子はエネルギー障壁に跳ね返される(反射する)が、 確率密度の一部は自身よりも高いエネルギーをもつ障壁の中へ染み込む。
染み込んだ障壁中では確率密度が距離とともに指数関数的に減衰するが、 障壁の右端でも完全には零とならず、 その成分はエネルギー障壁を通り抜けて進む電子を表す確率密度となる。
すなわち量子論においては、電子が 自身のエネルギーよりも高いエネルギー障壁を通り抜けて進む 確率が存在する。
あたかもエネルギー障壁にトンネルを空けてその中を電子が通るかのようであるという意味で、 この現象は「トンネル現象」と呼ばれる。
現実の問題としては、わずかな間隙を挟んで平面的な金属電極が向かい合わされている状況が、 上図の状況に相当する。 電子にとって真空部分のポテンシャルエネルギーは金属内部のポテンシャルエネルギーよりも高く、 その部分がエネルギー障壁となる。 電極間距離が 1 nm 程度まで近づけば、計測可能な程度の「トンネル電流」が計測されることになる。
以下ではこの現象をシュレーディンガー方程式から理解しよう。
確率密度の流れを伴う「定常状態」†
古典論には「定常状態」とはすべての粒子が静止している状態、 あるいは一定の運動を繰り返している状態を指す言葉であった。
量子論では確率密度の流れを伴う「定常状態」を考えることができる。
は、 軸の正方向へ確定した運動量 を持って進む電子を表す波動関数であった。
電子は静止しておらず、一定の運動を繰り返しているわけでもないが、 確率密度の空間分布は時間とともに変化しない。
このような状態を考える上で問題となるのは、この波動関数を規格化できないことである。 現実にはこのような確率密度の流れがあれば左遠方の電子の確率密度が減少し、 右遠方の確率密度が増加しなければならず、そのような電子の供給源、 吸収先が存在しないことが規格化できないという問題の根底にある。
それでも、上記のような波動関数を考えることには物理的な意味がある。
先に学んだように電子の波数が に確定しておらず、 の範囲にあるような波束を考えれば、 そのような波束は空間的に 程度かそれ以上に広がることを学んだ。
が十分小さい場合、 は十分大きく、 そのような波束の中央部分ではほぼ と同じ状態が実現する。
そのような「準定常状態」は上記のような「定常状態」の解とほとんど同じであろうというのがその理由である。
シュレーディンガー方程式は線形であるから、 「準定常状態」において生じる物理現象を議論する目的には 波束全体の規格化によって決まる波動関数の振幅を確定する必要はない。 入射波の振幅が2倍になれば、反射波や透過波の振幅も2倍になるだけである。
各領域における波動関数†
そこで以下では、左から入射する電子の波動関数を
ただし、
と置く。(I は incident electron 入射電子 の頭文字)
また、反射波と透過波を
ただし、
ただし、
と置く。(R は reflected electron 反射電子、T は transmitted electron 透過電子 の頭文字)
さらに、障壁内部をトンネルする電子を、
ただし、
と置く。(B は electron in barrier 障壁中の電子 の頭文字)
が与えられたとして、 を境界条件から決定するのがここでの問題である。
は より上記の分散関係を用いて容易に求まることに注意せよ。
波動関数の連続性†
上記の問題では障壁端面での波動関数の連続性が境界条件を与える。
シュレーディンガー方程式は に対する2階微分を含んでいるから、 がなめらかである限り、波動関数は 「 で2階微分可能」になる。
ただし、上記の箱型障壁の端点ように が 不連続に変化する点 では、 「 に対する1階微分が連続」 ではあるが、「2階微分は不可能」になる。 そもそもその点では の値が決まらないので、 シュレーディンガー方程式自体が意味を持たないことに注意せよ。
波動関数の空間微分 が連続であることは、 が の範囲で連続に、 しかし急峻に変化する状況を考えれば証明できる。
この区間でシュレーディンガー方程式を積分すれば、
&math( \int_a^b\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}\varphi(x)+V(x)\varphi(x)-\varepsilon\varphi(x)\right)\,dx=0 );
&math( \left[\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d}{dx}\varphi(x)\right]_a^b =\int_a^b\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)\,dx );
&math( \frac{\hbar^2}{2m}\Big(\varphi'(b)-\varphi'(a)\Big) &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\int_a^b\,dx\\ &=\overline{\Big(V(x)-\varepsilon\Big)\varphi(x)}\cdot (b-a) );
ただし、 は区間 における の平均値である。
が非常に急峻に変化しており、 と を十分に近く取れる場合には とみなせるから、
すなわち、 が不連続に変化する点を挟んで、 が連続であることが示される。
ただし、無限大の深さをもつ緯度型ポテンシャルの時のように不連続点の片側で が となる場合には、 「 の平均値」が有限とならないため、 の値も不定となる。
すなわち、そのような点では は不連続になりうる。
境界条件†
障壁の左端と右端とで波動関数が
- に対して連続
- に対してその1回微分が連続
となる条件から、上記のすべての未知変数を決定できる。
波動関数は、
障壁の左側:
障壁の内部:
障壁の右側:
として、
左端:
右端:
となる。具体的には、
(1) &math( e^{i(k_I\cdot 0-\omega_I t)}+Re^{i(-k_R\cdot 0-\omega_R t)}= B_-e^{-\kappa_B \cdot 0-i\omega_B t}+B_+e^{\kappa_B \cdot 0-i\omega_B t} );
(2) &math( ik_Ie^{i(k_I\cdot 0-\omega_I t)}-ik_R Re^{i(-k_R\cdot 0-\omega_R t)}=
- \kappa_B B_-e^{-\kappa_B \cdot 0-i\omega_B t}+\kappa_B B_+e^{\kappa_B \cdot 0-i\omega_B t} );
(3) &math( B_-e^{-\kappa_B a-i\omega_B t}+B_+e^{\kappa_B a-i\omega_B t}= Te^{i(k_T a-\omega_T t)} );
(4) &math(
- \kappa_B B_-e^{-\kappa_B a-i\omega_B t}+\kappa_B B_+e^{\kappa_B a-i\omega_B t}= ik_T Te^{i(k_T a-\omega_T t)} );
となる。
(1) より、 &math( 1+Re^{-i(\omega_R-\omega_I) t}=\big(B_-+B_+)e^{-i(\omega_B-\omega_I) t} );
ここから でなければならないことが理解できる。 同様に、(3) より であることが得られるから、 すなわち、 となり、 すべての箇所で電子のエネルギーは等しい。
ここから、 ( と置く) および ( と置く) を得る。
このとき と置けば、
(1)'
(2)'
(3)'
(4)'
(1)' と (2)' より、
(3)' と (4)' より、
したがって、
&math( B_+&=\frac{2(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{(1-i\lambda)^2e^{-\kappa a}-(1+i\lambda)^2e^{\kappa a}}\\ &=\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{2i\lambda\cosh\kappa a+(1-\lambda^2)\sinh\kappa a} =\frac{-(1-i\lambda)e^{-\kappa a}}{X}\\);
&math( B_-=\frac{(1+i\lambda)e^{\kappa a}}{X} );
より、
&math( R&=B_-+B_+-1\\ &=\frac{2i\lambda\cosh\kappa a+2\sinh\kappa a}{X}-1\\ &=\frac{(1+\lambda^2)\sinh\kappa a}{X} );
&math( T&=\frac{(1+i\lambda)-(1-i\lambda)}{X}=\frac{i2\lambda}{X} );
ここから、
&math( |X|^2&=4\lambda^2\cosh^2\kappa a+(1-\lambda^2)^2\sinh\kappa a\\ &=4\lambda^2(1+\sinh^2\kappa a)+(1-\lambda^2)^2\sinh\kappa a\\ &=4\lambda^2+\underbrace{(1+\lambda^2)^2\sinh^2\kappa a}_{4\lambda^2Y^2}\\ &=4\lambda^2(1+Y^2) );
&math( |R|^2&=\frac{Y^2}{1+Y^2}\\ );
&math( |T|^2=\frac{1}{1+Y^2} );
となり、 を確かめられる。
これは入射電子の振幅が 1 であることと対応している。 反射した量と透過した量を加えると入射した量に等しくなるのは期待通りと言える。
&math( Y^2&=\left(\frac{1+\lambda^2}{2\lambda}\right)^2\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{k^2+\kappa^2}{4k^2\kappa^2}\sinh^2\kappa a\\ &=\frac{V_0^2}{4\epsilon(V_0-\epsilon)}\sinh^2\kappa a\\ );
波形†
波動関数の実部をグラフにした結果は下記の通りになる。 ここでは とした上で、 と置いた。
- では進行波(赤)と反射波(青)とが干渉し、定在波が立っている
- 障壁内部と外部の波動関数はなめらかにつながる
- 障壁内部では振幅が急激に減衰する
- 透過波は入射波と同じ波数、同じ周期を持つが、振幅が減少し位相がずれている
波動関数の振幅の二乗は以下のようになる。障壁の左側では進行波と反射波の干渉を反映して振幅が波打つ。 障壁内では振幅が急速に減少し、右端で残った成分が透過波となる。
よりも厚い障壁に対しては、透過率は障壁厚さに対して指数関数的に減少する。