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超短パルスレーザー
(Ultrashort Pulsed Laser)

■ 超短パルスレーザー

重川研究室では走査プローブ顕微鏡(SPM: Scanning Tunneling Microscope)技術と並ぶもう一つの柱として、超短パルスレーザーを応用したフェムト秒時間分解測定技術を有しています。SPM が極限的な空間分解能を有しているのに対して、超短パルスレーザー技術は極限的な時間分解能を持っており、例えばこれを用いることでフォノンによる結晶の格子振動を実時間で測定することが可能になります。

← 超短パルスレーザーを用いて測定された Bi 表面のコヒーレントフォノン振動
1 THz 以上振動数を持つフォノン振動を完全に捉えることができている

■ 何がそんなに短いか

この種のレーザーは、名前が示すとおりパルス発振をします。つまり、ある一定の間隔を置いて間欠的に発光します。超短パルスレーザーは、この発光している時間が非常に短いのです。重川研のチタンサファイア(Ti:Sapphire)レーサーを例に取ると、800nm の赤外領域で約 25fs の光パルスを約100MHzの繰り返し周波数で出力します。


パルス幅25fsは非常に短い時間です(fs=フェムト秒=10-15sec)。図のとおり、パルス内で光の電場振動が数回しか起こりません。最近では、更なる短パルス化が進んでいて、最先端では4fs程度のパルスまで得られるようになっているそうです。このような究極の超短パルスでは、1パルスあたりの電場振動は2サイクル以下になっています

■ 何に使うのか

超短パルスレーザーをどのように使えば上のフォノン振動のような非常に高速な物理現象を解析することができるのでしょう?ここで重要なキーワードがポンプ・プローブ法になります。上の測定を例にポンプ・プローブ法の考え方を説明してみましょう。

ポンプ・プローブ法では、それぞれポンプパルス、プローブパルスと呼ばれる2つのレーザーパルスを用います。まず1つめのパルス、ポンプパルスは、強い光照射によって試料を瞬時に励起状態に移します。上の測定例で言えば、Bi表面の結晶格子を構成する原子を揺らすわけです。そこから試料は徐々に緩和して、元の状態に戻るのですが、この時の試料の様子を2つめのプローブパルスを使って測定します。上の例では、励起直後の試料表面にプローブパルスを当てて、その反射率から試料の様子を観測しました。反射率ではなく、透過光強度を測って吸収率の変化で試料状態をプローブすることも行われます。

← 超短パルスレーザーを用いたポンププローブ反射率測定の模式図

ポンプパルスを当ててから、プローブパルスで測定するまでの遅延時間(Delay Time)を徐々に変えながら測定を繰り返し、得られた値を遅延時間に対してプロットすると、上で示したように試料の緩和過程を実時間で見ることができます。

■ ポンプ・プローブ法の時間分解能

ポンプ・プローブ法の一番の利点は、使用する検出器に高速な時間応答が必要ないという点です。励起してから、測定するまでの時間は、2つのパルス間の遅延時間にのみ依存しているため、検出器では単に反射してきた光強度(の積分値)を正確に測れればよく、反射強度の時間変化を知る必要はありません。

代わりにポンプ・プローブ法の時間分解能を左右するのは、2パルス間の遅延時間の正確性とパルス自信の持つパルス幅になります。このうち、2パルス間の遅延時間は一般に図のような干渉計型の光回路を用いて2つの光路長に微小な差をつけることで制御します。

← 干渉計型光回路による遅延時間の制御

遅延時間は光路長差を光速で割ったものになるので、3 µm が約 10fs に対応します。100nm 程度の精度で光路超を制御することは現在の技術を使えばそれほど難しくは無いため、実際に時間分解能を左右するのは使うレーザーのパルス幅となり、これがより短い光パルスレーザーがもてはやされる理由になります。

■ われわれの研究室では

重川研究室ではポンププローブ反射率測定を用いて、有機物低次元伝導帯であるβ-(BEDT-TTF)2PF6の金属・絶縁体相転移現象を観測したり、GaAs への N ドープによる欠陥準位導入とそれに伴うキャリア寿命変化の測定を行うほか、高い空間分解能を持つSPM技術と超短パルスレーザー技術を融合させることで、ナノスケールで、なおかつフェムト秒の時間領域で起こる、極微・超高速応答を測定可能な新技術を開発することを試みています。